「皇妃様は不思議な雰囲気の人だ」―聖なる乙女と聖獣⑥―
「皇妃様、聖獣様はとても可愛らしいですね」
「マドロール様、陛下とのお話を聞かせてください」
その日、マリアナは皇妃であるマドロールに呼ばれて、城へと顔を出していた。
……呼び出しを受けて以来、マリアナは度々マドロールから声をかけられていた。マリアナの父親はそうやって呼び出されるのならば皇帝の関心もかえるはずなどと愚かなことを口にしていたが、いつも呼び出された先で待っているのはマドロールだけである。
皇帝が同席していることは少なかった。
マリアナはどうしてマドロールが何度も何度も自分を呼び出すのかは分からなかったが、「ようこそ、マリアナ」と嬉しそうに笑いかけられると悪い気はしなかった。
貴族というものは仮面を被っているものであるとマリアナは思っているけれど、マドロールからはマリアナに対する悪感情は感じられなかった。
そして今日はマリアナ以外の貴族夫人や令嬢たちも混ざったお茶会が開催された。
(……事前にお茶会に参加してみないかしら? と聞かれたのも不思議だ。だって皇妃様は私よりも上の立場なんだから私の意見なんて聞かなければいいのに。勝手にそういう場をセッティングしてもいいのに……)
マドロールからしてみれば「ヒロインであるマリアナが嫌がることはしたくない!」ということなのだが、そんなことマリアナに分かるはずがない。
お茶会の最初の話題はマリアナと聖獣のことだった。
しかし、すぐに話は移り変わってその話の中心にはマドロールがいる。
このお茶会に参加する夫人や令嬢たちは、マドロールから皇帝の話を聞くのが好きらしかった。
「マリアナ様はとても幸運ですね。マドロール様のお茶会には中々参加が出来ないんですよ」
マリアナは隣の席に座る令嬢にそんなことを言われた。
「……そうなのですか?」
「ええ。マドロール様は陛下に愛されてますから。きちんと選別された相手しかお茶会に参加できないのです。それにマドロール様とのお茶会は大人気なのですよ」
「そうなのですね。……皆さん、陛下の話を聞きたがっている様子ですが」
「それはそうよ。だってあの陛下がマドロール様のことを溺愛しているのですよ。誰にでも冷たい陛下がマドロール様にだけは優しくて、そういう話を聞くとときめいてしまいますよね! 前は自分こそが陛下に相応しいって愚かなことをした方もいたのですけれど、陛下に冷たくされてましたから。マドロール様が陛下のことをとめてくださって良かったです。パーティーの場で人の首がはねられるのは見たくないですから」
……そんなことを隣の令嬢から興奮したように言われてマリアナはぞっとした。
なぜなら、気分を害せば簡単に皇帝は人の首をはねるというのを実感したからである。
(陛下は皇妃様のおかげで丸くなったらしいけれど、それでも恐ろしい人には変わらない。このお茶会に参加している方たちもそのことが分かっているからこそ、陛下から寵愛を得ようとか考えてなさそう)
マリアナはお茶会の様子を観察していて、そのことを理解する。
生粋の貴族の女性たちが、皇帝が優しいのは皇妃相手だけであると理解しているのだろう。
寵愛を得ようとして、自分ならばと驕って――その結果、報復を受けた人を知っているからこそ、皇帝に手を出そうとはしないのだろう。
(……皇帝陛下は恐ろしい人だというのは、皆の共通認識ということよね。……幾ら綺麗で権力を持っていたとしてもあんな恐ろしい人相手に怖がることもしない皇妃様ってある意味凄い。皇妃様は不思議な雰囲気の人だ。なんというか、良い意味で浮世離れしているというか、ふわふわしているというか……。一見すると皇妃様に見えなくて、いつも嬉しそうににこにこと笑っていて。でもちゃんと皇妃様として貴族たちに認められていて)
マリアナはそんなことを思う。
『暴君皇帝』の妻だと聞くと、もっと冷酷で、しっかりした皇妃を思い浮かべてしまう。そもそも皇妃という立場の女性はそれなりに冷酷さも持ち合わせ、周りから見くびられないようにしているものというのがイメージである。
でもマドロールは公式な場では取り繕ってはいるが、基本的にいつも嬉しそうに笑っていてどこか無邪気さも感じられる。
(皇妃様は一児の母親で、この帝国で一番地位のある女性だけど、私のような平民の庶子のことも見下すこともなくて。だからといって皇族らしくないというわけでもなくて……やっぱり不思議)
マリアナはマドロールに何かあれば皇帝がどんな対応をするか分からないので、マドロールに会う時は緊張している。でもマドロールがいつも嬉しそうにマリアナに笑いかけるからその緊張もほぐれてきていた。
そしてマドロールのことを個人的にマリアナは好ましく思っている。
「今日の陛下は――」
笑みを浮かべて、嬉しそうに皇帝の話をするマドロールは愛らしく聞いているマリアナも、他の夫人や令嬢も楽しそうにするのだった。
その後もマリアナは一人で呼び出されたり、夫人や令嬢たちがいるお茶会に参加させてもらったりとマドロールと交流を深めていった。
そんなある日、事件が起きた。




