「――愛してます、ヴィー様。だから、私に手、出して?」―皇妃、記憶喪失編㉑―
「ふふっ、素敵な部屋ですね」
マドロールは満面の笑みを浮かべている。
――素材集めのために魔物を討伐した後、マドロールは愛しい夫と共に宿泊施設の一室に居た。
流石に日帰りではなく、泊りがけでここまでやってきたのである。
マドロールとして目を覚ましてから、ずっと彼女はこれまで見たことのないような高価な家具などに囲まれていた。例にももれず、この宿泊施設も一般人では手の届かない価格がする。
「それにしても……相変わらずベッドはおひとつなのね」
そう言ってぽっと顔を赤くするマドロール。
彼女はいつも、ヴィツィオと一緒に眠っている。とはいえ、まだまだ慣れておらず中々眠りにつけなかったりする。それでもヴィツィオは、一緒に眠ることを望んでいた。そのため毎回ドキドキしながら一緒のベッドに入っていたのだ。
「嫌か?」
「もう……ヴィー様ってば、私の答えを知った上で聞いているでしょう? 私がヴィー様の頼みを断るわけなんてないの分かっているだろうに」
「そうだな」
悪びれもせずにそう言われて、マドロールは「仕方がないな」と言った様子を見せる。
(でもヴィー様、口づけはしても私に手を出してこないのよね。記憶を失っている私に遠慮しているみたい……。だって記憶喪失前は、ふ、夫婦の営みが普通にあったらしいもの。私が記憶喪失で、大変だからってそんな風に気遣いしてくれているのは優しすぎるわ……!!)
ヴィツィオの優しさにどうしようもないほど、ときめいていた。
冷たい印象を人に与えるような顔立ちなのに、こんなにも愛しい存在には優しさを見せる。それがただ愛おしくて、マドロールは悶えていた。
「ねぇ、ヴィー様」
「どうした」
マドロールが、自分よりも背の高いヴィツィオを見上げると優しく問いかけられる。そのあまりにも優しい目に、心臓がバクバクしていた。
「ヴィ、ヴィー様はわ、私に手を出してくれないの?」
「ん?」
「き、記憶を思い出してからそ、そのヴィー様はキスはしてくださるけれど、えっと……そ、その先は手を出してくださらないでしょう。わ、私が記憶を失っていて、だからだというのは分かっています。でも、その……!!」
マドロールは顔を真っ赤にしていた。自分からこんなことを言うのは初めてのことだ。
(は、恥ずかしすぎる!! 地球で過ごしていた頃だって、私はこんなこと男の人に言ったことないもん!! でもこう……ヴィー様に口づけされるだけでは物足りないっていうか、もっと先までしてほしいっていうか……こんなことを考えているなんて破廉恥だわ!! 記憶を失う前の私は、どうだったんだろう。ヴィー様に自分から言うなんて、はしたないって思われる? ヴィー様に引かれたらどうしよう! でも……一緒に眠っているのだから!!)
マドロールは様々なことを考えながら、ヴィツィオの目をまっすぐに見る。
皇帝は、楽し気に彼女を見ている。――皇妃が何を言いたいか悟っているのだろう。それでいて、おそらく言わせようとしていた。
それがマドロールにも分かるから、落ち着かなくてむずむずして、照れくさい。
「わ、私に手を出してほしいんです! ヴィー様の気遣いは嬉しいですし、優しすぎて、もう大好きで仕方がないです。ヴィー様のその優しさが素敵すぎて、ときめいて仕方がなくて……!! でも私とヴィー様は夫婦ですもの。だから、お願いします」
「具体的には?」
「くぅ……ヴィー様、分かっていて言ってますよね!? いじわる! でもその意地悪な顔も良すぎて、好き!!」
「知ってる」
「ぐぅぅううう……」
マドロール、照れた様子で更に顔を赤くする。
その様子をヴィツィオは愛おしそうに見ていた。その目にまた、マドロールは落ち着かない。
(なんなの!? ずるい!! 私がヴィー様に惚れているのが分かった上で、こんな態度だなんてっ! でも大好き! こんな悪戯なヴィー様も好きすぎる!!)
マドロールは少しだけ子供っぽい様子のヴィツィオを見て、愛おしさでいっぱいである。彼女からしてみれば『暴君皇帝』と呼ばれている男は大変可愛らしかった。
「キスして、ヴィー様」
腹を括ったマドロールが意を決してそう言うと、小さく笑ったヴィツィオはマドロールに口づけを落とす。
優しいキスである。
「次は?」
「……っ!!」
あくまでマドロールに言わせようとして、この状況を楽しんでいるヴィツィオに声にならない声を彼女はあげた。
一瞬下を向く。
どうするか悩んでいるのだろう。
それから何かを決心した様子のマドロールは、ヴィツィオの手をひいてベッドに寝かせた。それからヴィツィオの上へ乗る。
「――愛してます、ヴィー様。だから、私に手、出して?」
そう言ってそのままマドロールは自分からヴィツィオに口づけをした。
――皇帝は流石にそこまでされて我慢が出来ずそのまま夫婦の時間が始まるのだった。
翌日の皇帝夫妻は、大変満足した様子だった。




