「普段のヴィー様の様子もとても素晴らしいものなのだけれども、戦っているヴィー様はまた違う雰囲気で……!!」―皇妃、記憶喪失編⑳―
「まぁ……! なんて恐ろしい見た目なの……」
そう言いながら、マドロールが釘付けなのは目の前に居る魔物である。この森の中には、多くの魔物が生息している。魔物と呼ばれる生き物は、危険な存在である。それこそ年間で、何人も被害者が存在している。
帝国では他国と比べて被害者は少ない。それは各地で騎士達が目覚ましい活躍をしているからである。
恐ろしい魔物。
戦う術など持たないマドロールは、一人でその存在と対峙すれば間違いなくすぐに命を失ってしまうことであろう。
しかし万全の守りの中で、彼女は此処に居る。
(ヴィー様、なんてかっこいいの!! 何というか、動きがスマートすぎるというか……!! 様になっていて、本当に素敵……っ!! 普段のヴィー様の様子もとても素晴らしいものなのだけれども、戦っているヴィー様はまた違う雰囲気で……!!)
マドロールはヴィツィオに視線を向けて、ぽーっとした様子である。
ヴィツィオがかっこよすぎて、どうしようもない思いを抱えていた。
「マドロール様、陛下に見惚れていらっしゃるのは分かりますが、あまり気を抜いてはいけませんよ。陛下や騎士達が居るとはいえ、魔物が生息している場所に居るのですから」
「はっ、そ、そうよね……!! ここは危険な場所なのだもの。この調子で、不意打ちで怪我でもしてしまったら大変だもの」
「はい。そんなことが起こったら、陛下がどれだけ心を痛められるか想像するだけでも恐ろしいです。陛下はマドロール様のことを本当に心の底から大切に思っていらっしゃいますから」
そう言われて、マドロールは頷く。
今の皇妃は、これまで生きてきたマドロールとしての記憶を失っている。とはいえ、目が覚めてからの皇帝の態度を見ていれば自分のことをどれだけ大切にしてくれているかすぐに分かる。
(ただ私が想像している以上にヴィー様は私のことをまるで宝物か何かのように慈しんでくださっているんだわ。それこそ周りが私に何かあるとヴィー様がどれだけ悲しみ、お怒りになるか分からないという風に。……私の前ではヴィー様はいつだって優しい。でもそれって私の前だからなんだろうな)
そう、『暴君皇帝』が柔らかい表情を浮かべているのは、妻である皇妃の前だけだ。そのことを実感すると、マドロールは胸が暖かい気持ちになっていた。
(私のヴィー様、私だけに優しい素敵な人。その戦う様から、目を離せないわ)
長剣に魔力を込めて、魔物を叩き切る。その様子からマドロールは目を離すことなど出来ない。
「ヴィー様、お疲れ様です」
ヴィツィオが魔物を討伐すると、すぐ様マドロールは駆け寄る。
そこには恐れなどといった感情が何一つない。魔物の血がべったりとついている長剣を見ても、血だまりを見ても――彼女の心は揺らがない。
(不思議だわ。ヴィー様ならば全く恐ろしいと思えない。他の人がこんな状態だったら、私は恐ろしいと思うのに……ヴィー様だと寧ろ高揚した気持ちになる)
マドロールは自分の感覚がとても不思議だった。こんな感情を抱いていることが、彼女自身はとても不思議だった。
「ヴィー様、かっこよかったですわ。ヴィー様だったらどんな敵が居ようとも全て倒してしまうんでしょうね」
マドロールがそう口にすると、ヴィツィオが笑う。
(はぁああああ、かっこいい!! なに、その笑み!! ヴィー様ってば、私に褒められるとこんなに嬉しそうにするなんてやばすぎじゃない?)
皇妃はドキドキしていた。それはあまりにも皇帝の笑みが好きすぎるからである。
「マドロール、なぜ、顔を背ける?」
「ヴィ、ヴィー様の笑みが好きすぎてっ!! 直視していると変な顔をヴィー様に見せそうで」
「いいからこっちを向け」
皇妃が思わずと言った様子で顔を背けていれば、皇帝は不機嫌そうにそう言った。
「……はい」
結局のところ、愛しい夫の言葉に逆らうことなど出来ない。寧ろ喜んでしたがってしまう。
「あ、あの、ヴィー様?」
そしてマドロールがヴィツィオへと視線を向けると、じっと見つめられる。
それだけで彼女は落ち着かなくて、「ど、どうしよう」とそんな気持ちでいっぱいだ。
そんな妻に手を伸ばし、頬へと触れる。
「マドロール」
そして名を呼んだかと思えば、周りに護衛や侍女達の姿が多くあるというのに口づけをした。
優しい口づけだ。『暴君皇帝』と呼ばれていることやその性格からも、もっと乱暴に唇を奪うようなイメージだ。だけれども、マドロールに触れる時は、いつだってヴィツィオは優しい。
(ああああ、もう大好き!! ヴィー様ってば、いつも私に接する時は優しいの。優しすぎるの!! ああ、でももっと乱暴に扱われてもそれはそれでありだけど!! だって私の大好きなヴィー様が行うことなんだもの!!)
マドロールは口づけをされながら、ずっとヴィツィオの愛を心の中で叫んでいるのだった。




