「ヴィー様が私のことをドキドキさせるのが悪いの」―皇妃、記憶喪失編⑲―
「マドロール、俺の傍から離れるな」
「はいっ!!」
マドロールは元気よく返事をする。
現在、皇帝夫妻が居るのは、とある森の中である。皇妃の記憶喪失を解消するための薬。それの材料集めに来ていたのである。
今世の記憶のないマドロールは、こんな場所にやってくるのは初めてで目を輝かせていた。
不安一つない様子の彼女のことを、周りは流石だと思ってならなかった。時折魔物の鳴き声が聞こえてくるものの、皇妃にとっては皇帝の隣が安全な場所であると分かっているからか、いつも通りの柔らかい笑みだ。
この場に居る者達は、皇妃の記憶喪失事情をしっかりと把握していた。
そもそもそれを知っていない状況で、皇妃の傍に居ることは許されないだろう。
「ねぇ、ヴィー様。記憶を失う前の私も、こうしてついてくることはあったのですか?」
「そうだな。たまにだな。ただ基本的には魔物討伐も騎士達に任せていた。俺が行く必要のないものが多い」
「ふふっ、そうなんですね。お忙しいヴィー様が私の薬のためにと、こうして魔物討伐にきてくださるのがとても嬉しいです。これって、私のことを大切にしてくださっている証ですもんね!!」
マドロールは嬉しかった。
ただヴィツィオが、マドロールのためだけにこうして力を尽くしてくれることに胸が暖かくなった。
「お前のためなら、何だってやろう」
「も、もぅ……ヴィー様ってば本当にイケメンなんだから!! ときめきすぎてどうかなりそう……っ」
「そうか」
「本当にそうですよ。私、ヴィー様の言葉を聞く度にこう……ときめき指数みたいなものが更新されていくのが分かるの。毎日毎日ときめきすぎて……心臓が持ちません。ヴィー様のことを好きすぎて、そのまま死んでしまいそうっ」
「死ぬな」
マドロールが胸を押さえて、はぁはぁと息を荒くしている。はたからみたらただの変態である。
そんなマドロールに対して、死なないようにとただ口にする。
(はぁ……ヴィー様、最高すぎるぅ。なんでこんなにかっこいいの? やばすぎない? 私を何処までときめかせるつもりなの?? ヴィー様の命令に関してはなんだって叶えたくなってしまうのだけど、私のことを愛してくださっているからこそ私に生きて欲しいって願うヴィー様って本当にどうしようもないほど最高じゃない?? やばくない? 私、死ぬの? ってぐらい幸せなんだけれど??)
マドロールの内心は大変、騒がしかった。
「はい。私はずっと、ヴィー様の傍に居ます。ヴィー様が、許してくださる限りですけれど」
「俺の傍に居ることを許すのはマドロールだけだ」
そんなことを口にされて、「ひゃい」という変な声が漏れるマドロールである。
記憶を失う前より、ヴィツィオのこういった甘い言動に慣れておらずこの調子である。ヴィツィオの言葉一つ一つにだらしない表情になってしまうマドロール。
皇帝はそんな妻の表情を誰かに見せたくないのか、ぎゅっと抱きしめる。
「ヴィー様?」
「そんな可愛い顔を周りに曝すな」
「そ、そうは言われても!! ヴィー様が素敵な発言をされるから、ときめきすぎてやばいの!! ヴィー様のせいですから!!」
自分がこんな表情をしてしまうのはヴィツィオのせいだなんて口にして、拗ねたようにマドロールは文句を口にする。
こんなことを皇帝に言えるのもマドロールぐらいである。
「俺のせいか」
「そうよ!! ヴィー様が私のことをドキドキさせるのが悪いの」
マドロールがそう言うと、楽し気にヴィツィオは小さく笑う。
「もーっ、ヴィー様? 何を笑っているんです? ヴィー様が私をときめかせなければ、もっとこう……私は平然としていられるんですからね? わかったら、ときめかせすぎないでください」
「無理だ」
「無理って、なんでですか……?」
「マドロールが可愛すぎるのが悪い」
「………だ、だからそんなことをイケボで言わないでくださいっ!! 耳元に口を近づけて言われると本当にもうっ、腰が砕けそうになるの!! 自分の顔と声の良さを自覚してください!!」
思わずといったようにマドロールはまた文句を言う。
(ほ、本当に無理!! 麗しすぎるヴィー様に、美しすぎる声でこんなこと言われたら立ち上がれなくなってしまうのは当然よね? というか、無理に決まっている!! どんな女性だってこんな風に言われたらどうしようもなくなってしまうわよ。それにしてもこうして楽し気に笑っているヴィー様も本当にいいっ……!! なんというか漫画で読んでいたよりもずっとこう……子供っぽいというか、可愛らしいというかって、絆されたら駄目よ!! こんなにたくさんの人が居る中でときめきすぎてどうしようもない表情ばかりを見せ続けるわけにはいかないもの)
マドロールは何だかんだ、周りの目を気にしていた。
というより恥ずかしすぎるのであった。
しかし結局のところ、愛しい夫の言動には勝てず振り回されっぱなしであった。
そしてそれは目的の素材の取れる魔物が現れるまで続いた。




