「ただだからといって、私はずっとヴィー様や家族とだけ話す日々を望んではいません」―皇妃、記憶喪失編⑪―
「マドロール」
マドロールが侍女達と会話を交わしていると、ヴィツィオが寝室へと戻ってきた。
皇妃は夫の姿を見た瞬間、ベッドから起き上がる。
「ヴィー様、お帰りなさい」
そしてにこやかな笑みを浮かべてヴィツィオを迎え入れる。
「ああ」
「本日はどうでした?」
「どうって、いつも通りだ」
「その詳細をお聞きしたいのです。私、記憶を失っているので漫画の中の知識でしかヴィー様のことを知らないんですもの。今、目の前で生きているヴィー様のことをもっと知りたいんです」
マドロールはそう言いながら、少しだけ不満そうな顔をする。
ヴィツィオからしてみればいつも通りのことだろうとも、今世の記憶が全くないマドロールからしてみると全てが新鮮なことである。
妻からそんな視線を向けられた皇帝は、マドロールの隣に座る。
そしてその美しい銀色の髪を撫でながら、口を開く。
「……そうだな。国内から届いた陳情に目を通したりしたな。とはいっても必要最低限のものだけだが」
「まぁ、そうなのですね。ヴィー様の元へ届かないものもあるのですか?」
「そうだな。俺の判断が必要なものだけが、俺の元へと届く」
マドロールの問いかけに、ヴィツィオはそう答えた。
「ヴィー様は本当に優秀な方なのですね。現実のヴィー様が、私が知っている漫画のヴィー様よりもずっと凄いなと実感します」
「そうか」
「はい。漫画でのヴィー様は……もっと危うさがあったように思えましたから。なんというか、周りの意見を聞かなさ過ぎて反発とかもらったりするのかなとか思っていたので」
マドロールはそんなことを軽い調子でヴィツィオに言ってのける。皇帝本人に向かってこのような意見が出来るだけでも記憶を無くしていてもマドロールらしいと言えるだろう。
他の者がこのようなことを言い出せば、どうなるか分かったものではない。
「お前が居るからだ」
「私が居るから?」
「そうだ。マドロールが居るから、俺が丸くなったと周りは言っていた。俺が反発を周りから集めた分、マドロールが周りからの良い評価を集めている」
「そうなんですね……」
マドロールはヴィツィオの言葉を聞きながらも、記憶を失う前の自分は凄かったのだなと他人事のように考えていた。
(記憶を失う前の私は、それだけの成果を出していたのだ。皇妃としての活躍をしていることはもちろんとして、皇帝であるヴィー様に対して良い影響も沢山与えていた。……今の私はヴィー様の足を引っ張っていないかな。ちゃんと、出来ているのかな)
記憶を失う前の自分が、どういう風に過ごしていたか。それは周りから聞いている。比較的自由に、楽しく、幸せに過ごしているというのは分かる。だけれどもそれだけではなく、皇妃としてきちんと行動を示していたのは確かだろう。
「私、ヴィー様のお役に立てるように頑張りますね! 記憶を失う前の私は国内の施策なども提案していたのですよね。地球の記憶しかない私がどれだけ役に立てるか分からないけれど、何か思いつけないか考えてみます!」
「気を張る必要はない。マドロールはこれまで十分帝国に貢献しているから、少しぐらい休んでも誰も文句は言わない」
「ヴィー様はそうやって私のことを散々甘やかそうとしますけれど、駄目ですからね? 記憶を失っていても私が皇妃であるという事実には変わりません。このままだとヴィー様は私が記憶を取り戻さないままならずっと、表に出さないつもりでしょう?」
マドロールがそう口にすると、図星をつかれたからか無言のヴィツィオ。
それを見て、何とも言えない表情のマドロール。
「ヴィー様が私のことを大切にしてくださっていることも、私のことを誰にも見せたくないと思ってくださっていることも……私はとても嬉しいですわ。ただだからといって、私はずっとヴィー様や家族とだけ話す日々を望んではいません」
マドロールが流されるままの性格であったのならば、ヴィツィオにただ囲われるだけの日々を受け入れたかもしれない。ただ彼女はそういう人間ではないのだ。マドロールは自分の意思をきちんと持っている。それでいて記憶を失っていて、幾ら混乱している状況であろうともそのままでいいとは一切思っていないのだ。
「だからヴィー様、私のことをちゃんと国政の場に出してください。もちろん、今の私が……出来る範囲でですけれど」
マドロールがそう言うと、ヴィツィオは頷くのだった。
「ああ。分かった。ただ……マドロールの記憶が戻せるように魔法使いたちを集めている。もうしばらくは大人しくしていて欲しい」
そう言ったヴィツィオの言葉に、マドロールは驚いた表情になった。
案外、マドロールの記憶が戻るのも早いのかもしれない。




