「あの陛下が愛を知るなんて、面白すぎる」
陛下と昔なじみの公爵令嬢。時期的に妊娠前ぐらい。
「陛下が皇妃殿下を愛しているねぇ」
「クダーゼ。他国に赴いていた君は知らないかもしれないが、事実だよ」
「これだけ噂になっているから、十分の一程度は事実だとは思っていますけど」
「それでも信じられないのか?」
「そうね。あの陛下ですもの」
そう呟くのは、クダーゼ。
帝国の公爵令嬢である。つい先日、他国から帰国したばかりである。
帰国したばかりのクダーゼの耳に入ったのは、あの暴君が皇妃を愛しているらしいという噂である。
ちなみにクダーゼは、公爵令嬢というのもあり、ヴィツィオとは昔からの知り合いである。クダーゼも金色の髪の美しい令嬢だが、ヴィツィオは関心もなかった。クダーゼもヴィツィオを昔から知っているので、その妃になりたいなど全く考えていなかった。
どんな女性にも興味など抱かないし、恋なんてものは一切しないだろうとそう思っていたのだ。
だから父親からそういう話を聞いても、噂話を聞いても……やっぱり半信半疑である。
(あの陛下が、皇妃様を愛しているだなんて、本当なのかしら? よっぽど皇妃様がかわいらしい方とか? でもそういう幾ら可愛くてもあの陛下が惚れるなんて……)
そんな風に思ってならないクダーゼ。
クダーゼにとってはなんとも現実味のない話である。
(これから私は皇妃様とも接することが何らかの機会であるだろうし……、その時に確認できるかしら)
クダーゼはそんな風に呑気に考えていた。
そして噂の皇妃様に会う機会は案外すぐにやってきた。
「……陛下からの呼び出し?」
「ああ。皇妃様のためだと書いてあるな。これからの社交のためにお前に力を貸してほしいようだな」
「皇妃様はまだあまり社交はしていないのですか?」
「そうだな。まだ皇妃様主催のものはないから、それでじゃないか?」
「……あの陛下が、皇妃様のために私を呼ぶなんて。それだけ気に入られている皇妃様の機嫌を損ねたら大変そうだわ」
「それは問題ないだろう。皇妃様と話したが優しい方のようだから大丈夫じゃないか?」
「お父様は、他人事だと思って適当すぎでは? 私があの陛下の不興を買ったら家にまで来ますよ?」
「はははっ、大丈夫さ。クダーゼならどうにかなると私は信じている」
「……お父様」
クダーゼは、父親の言い草に思わずため息を吐いた。それから少し経って、クダーゼは皇妃であるマドロールに会うために王城に上がった。
王城へと上がったクダーゼは王城の一室に案内される。皇妃がどういった存在なのだろうかと緊張した面立ちのクダーゼ。その元へと、マドロールが訪れる。予想外にヴィツィオも一緒でクダーゼは少し身構えた。
マドロールだけ来るかと思っていたようである。
「初めまして。クダーゼ! 私はマドロール。よろしくお願いしますわ」
「は、はい。よろしくお願いします」
「クダーゼ、マドロールと仲良くしろ」
……ヴィツィオがそんな風にばさっと言うので、クダーゼは身構えた。
こんな風にヴィツィオが言うのも初めてのことである。何と答えるべきかクダーゼが悩んでいる中、マドロールが言う。
「ヴィー様! そんな無理やり言っちゃ駄目ですよー。それに私は大丈夫ですから、ヴィー様はお仕事戻りましょ? お仕事忙しいって聞いてますよ」
「でも……」
「大丈夫ですってば。それにクダーゼはヴィー様と昔からの仲でしょ? ヴィー様が私に会わせる時点で信頼できる方ですしねー。ね、ヴィー様」
「……ああ。じゃあ行く」
「はい。いってらっしゃい。頑張ってくださいね!」
マドロールがにこにこと笑いながら、親し気にヴィツィオに話しかけるのでクダーゼは驚いた。そもそもヴィツィオをヴィー様呼びしていることにも驚いていた。
そして去っていくヴィツィオは、明らかにクダーゼを睨んでいた。
(マドロール様に何かしたら許さないって感じね。それにしてもヴィー様呼びを許している時点で心を許している証だし。本当にマドロール様と敵対しないようにしないと)
クダーゼはヴィツィオが去っていく方を見ながらそう思った。
「マドロール様は、陛下に大切にされているのですね」
「ふふ、そうみたいです。嬉しいです」
そう言ってにこにこ笑うマドロールはかわいらしい。
その様子を見て、そういうところが好かれているのだろうと思うクダーゼだった。
「クダーゼ、私はまだこの国でお茶会なども開けていないの。今後開くから、手伝ってもらってもいいかしら?」
「もちろんです。……それにしても失礼ですが、どうやってあの方に好かれることに?」
「何でかは私にも分かりません。でも陛下が私のことを好きになってくれたのは奇跡だって思うので、このままその奇跡が続いてくれたら嬉しいです」
「マドロール様、呼び方先ほどので大丈夫ですよ。それにしても本当にマドロール様は陛下が好きなのですね」
「はい! ヴィー様のこと、大好きです」
そうやって嬉しそうに笑っているマドロールを見ると、クダーゼも思わず笑ってしまった。
それから世間話をしていくうちにマドロールとクダーゼは仲良くなった。
「昔のヴィー様はどんな感じだったんですか?」
そして仲良くなったことがよっぽど嬉しいのか、つい、マドロールはそんなことを問いかけた。
マドロールはやっぱりヴィツィオのことが大好きなので、そのことが気になっていたらしい。
「ふふ、陛下は昔からあの調子ですよ。可愛げがないっていうか、人にあんまり興味がなくて……」
「ヴィー様は可愛いですよ?」
「ぶっ、ちなみに具体的にはどこが?」
「照れ屋さんなところとか。私が沢山ヴィー様の良い所言うと、照れたりしますよ」
「ま、まぁ、そうなんですか?」
想像が出来なくて思わずクダーゼは笑いそうになっている。
(陛下が愛を知ったからこそ、マドロール様に可愛いって言われているんだろうなぁ。あの陛下が愛を知るなんて、面白すぎる)
そんな風にクダーゼは思って仕方がないのだった。
「陛下の昔の話だと……皇太子になる前からあの顔なので異性から色々ちょっかいかけられてましたね。皇帝になってからは益々そうなってましたけど、散々血の雨を降らせていたので……、思ったよりも数が少なかったですわね。まぁ、しつこい人は腕切り落とされたりしてましたけど」
「まぁ! ヴィー様は本当にそういう性格ですわよねぇ。冷たいヴィー様も素敵ですわぁ」
「……そこでうっとりしているからこそマドロール様は陛下に気に入られたんでしょうね。怖くないですか? 私は正直昔からの陛下との付き合いはありますが、恐ろしいと思いますが」
「怖くはないですね。そもそもヴィー様になら殺されても本望っていうか……。なんか大好きだからいいかなぁと思っています」
「凄いですね……」
思わずマドロールに尊敬の念を感じてしまうクダーゼであった。
クダーゼとしてみれば暴君がその名の通りの行動を起こさずに大人しくしてくれると嬉しいので、ヴィツィオがマドロールを愛して穏やかにしているのは良いことだと思っている。
なのでクダーゼもにこにことしながらマドロールの話を聞くのであった。
――そしてマドロールとクダーゼは、友人になったのであった。