「私にとってはロルナール様と過ごす時間は、幸せな時間ですから」―頑張る、エルマルア編⑭―
食事が届き、読んでいた本を汚さないように脇へと移動させてロルナールとエルマルアは食べ始める。
「美味しいわ」
カフェのメニューであるサンドイッチを口にして、ロルナールは微笑んでいる。
その食べている様子でさえも気品がある。皇女として教育を受けてきたからこそだろう。
「私もここの食事、気に入っています」
「まさに隠れた穴場という感じね。こういう場所をエルマルアはよく知っているの?」
「そんなに多くは知りませんが、いくつかは」
「ふふっ、とても素敵ね。王都でも随一の有名なお店も良いと思うけれど、こういうお店も私は好きだわ」
ロルナールの笑みを見ながら、エルマルアは自分のお気に入りの場所をロルナールが気に入ってくれていることを嬉しいと思っていた。
皇女という、この大陸で最も高貴な一族の娘でありながらロルナールはこのような場所も簡単に受け入れる。
(……なんというか、ロルナール様は全てを叶えられ、手に入れられる立場であるからこそこうなんだろうな)
高貴な身分の女性と聞くと、我儘だったり、他の価値観を認めなかったり――というそういう印象があったりもする。実際にそういう存在もいるだろう。
自分の身分を驕っていれば、「私をこんなところに連れてくるなんて」と怒りを表す存在もいるだろう。逆にロルナールは全てを叶えることが出来、手に入れられる最も高貴な一族の娘なのだ。だからこそ、こうなのだ。
「こうやって外でのんびりと、自分の立場も忘れて過ごせるのはとても穏やかな気持ちになるわ」
ロルナールはそう言いながら、サンドイッチを食し、注文した飲み物を飲む。綺麗に食べ終えると、その後はロルナールは「この続きが気になるから、読んでもいい?」と問いかける。
当然、エルマルアはロルナールの申し出を断ることはない。
それから二人はそれぞれ読みたい本を読み始める。ほとんど無言の時間だ。ロルナールもエルマルアも本を読むことが好きなので、その状況が特に苦にはならない。
時折、水分をとりながら本を読み進める。
そしてしばらくして、丸々一冊読み終えたエルマルアが顔をあげると、そこにはまだ読書に熱中しているロルナールの姿がある。
(……ロルナール様は、本を読んでいる姿もとても絵になる。やっぱりずっと見ていられる)
ロルナールがゆったりとした様子で本を読んでいるのをただエルマルアはじっと見つめている。
あまりにも本に夢中になっているらしいロルナールはその視線には気づいていないようだ。
こうして無言の時間も、エルマルアにとっては特に問題がなかった。ただロルナ―ルと共に過ごせるだけで彼にとっては幸福なことでしかない。
(……もしロルナール様が気持ちを返してくださることがあれば、こうやって過ごすことが当たり前になるんだろう。それだけで本当に幸せだろうな)
そんなことを考えながら、エルマルアはロルナールの読書の邪魔をしないように、ただひっそりとその場で過ごしている。新しい本をとりにいくことも考えたものの、そうするとロルナールの集中が途切れそうなのでやめておく。
「……面白かった!」
そしてロルナールがそう言って本を閉じた頃には、結構な時間が経っていたわけだ。
「あら? エルマルア、もう読み終えていたの?」
「はい。ロルナール様のお読みになられているものより、私が読んでいた本がページ数が少ない読みやすいものだったので」
「まぁ……! 待たせてしまったわね、ごめんなさい」
ロルナールはエルマルアがとっくに本を読んでいなかったことに、今更ながら気づいたらしい。申し訳なさそうな表情をしている。
「構いません。私にとってはロルナール様と過ごす時間は、幸せな時間ですから」
「……も、もうっ。そんな恥ずかしい事さらりと言われたら照れてしまうわ」
エルマルアの本心からの言葉に、ロルナールは顔を赤くする。
ロルナールは帝国の皇女なので、周りからそれはもう賛美の言葉をかけられ続けているがこうもまっすぐに言われると流石に照れる。それにロルナールは『暴君皇帝』の娘だからこそ、真正面からこういうことを言われることはあまりないのである。
エルマルアはそんなロルナールの様子を見て、「可愛い」とそう思ってならなかった。
その後、カフェを出た頃には日が暮れかかっている。
「ロルナール様、そろそろ戻りましょうか」
「まだまだ遊び足りないけれど、仕方ないわね。あんまり遅くなるとお母様とお父様に心配をかけてしまうもの」
ロルナールは残念そうに口にする。
「もしロルナール様がよろしければ……また時間があるときに出かけましょう。私はまたロルナール様とお出かけしたいです」
「ええ。もちろん。私もあなたと一緒にまたお出かけしたいわ」
エルマルアの言葉に、ロルナールはそう言って笑うのであった。
そうしてロルナールとエルマルアの初めての帝都散策は終わった。




