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9話 無駄になった100万円

 この世で最も高いであろう手帳を購入した春夜は早速チビヤクザの指示に従いながら犬の毛を一本、開いた左側の(ページ)の上に載せる。


「おい、これでいいのか?」


「まあ、黙ってワッシの言う通りにしてみぃ」


 こんな小さな手帳如きに100万円も掛けたんだ。

 一枚たりとも紙を無駄にしてやるもんかと、春夜はやたら慎重にチビヤクザの手順に間違いがないかどうかを確認していた。


 だが春夜の懸念とは裏腹に、次の瞬間、紙の上に置かれた犬の毛は溶けるようにして手帳に取り込まれると続けてインクのような黒い液状のモノがブクブクと泡を立てて溢れ出してきた。


「おおっ、来たか!?」


 まるで鉄道ジオラマを眺める少年のように心躍らせる春夜は、得体の知れぬ黒い液体に気持ち悪がりはしたものの、期待を込め、食い入るように手帳を見つめていた。

 そしてそれは隣で見ていた水月も同じこと。


 やがて黒い液状のモノは紙の上半分に集まると一つの円となり次にはシャボン玉のように弾けた。


「……す、凄い。本当に浮かび上がったよ」


 技術力は他の誰にも劣ることがないと普段から自画自賛しているだけあって、チビヤクザの発明品はやはり本物かと感服する水月。

 紙の上半分には正面から見た犬の顔と、横から見た犬の小さな体躯(たいく)が描かれていた。おそらくこれは小型犬の方だろう。


「顔が出てきたという事は、あとは犬の居場所だけか────ん?」


 犬の姿が分かったというのにどこか顔色が優れないチビヤクザ。

 別に安定器が不具合を起こして店内の気温が急激に上昇したわけでも低下したわけでもない。

 ましてやせっかく手にした100万円を失くしていないにも関わらず何故この男はこんなにも気まずそうな顔をしているのだろうか。

 (いぶか)しげな視線を送る春夜は何やら嫌な予感がしてならなかった。


「おいチビヤクザ、何か問題起きただろ」


「──へっ!? い、いやぁ……おお、起きてへんよ?」


「そんな上擦った声で誤魔化せると思ってんのか? 正直に言わねえと今すぐ暴れ回って店の商品駄目にするぞ」


「お前っ、それは卑怯……」


「だったら正直に白状しろ」


「…………い、いやぁ。本来なら対象者の顔が見えた時点で居場所も同時に描かれる筈なんやが……何故か現れんのお」


 春夜は今一度、手帳に視線を向けた。

 たしかに犬の顔ははっきりと黒いモノで描かれているが、居場所を示すものは何処にも浮かび上がっていない事を確認するとチビヤクザに視線を戻す。


 これはつまりあれだ、春夜はぼったくり店主に不良品をつかまされたのだ。


「よしチビヤクザ。死ね」


 悪徳店主などこの世から滅んでしまえとチビヤクザの首元を両手で掴む春夜はその拳に力を込める。

 知人が販売する品であった為、信用して高値で買ったというのに、まさかアフロが詐欺を働くようなクズ野郎だったとは。

 これは楽には死なせてやらんぞと緩急をつけながら首を締める春夜はまさしくドS。


「ぐぅぉっ……助けっ! み……水月、こいつを止めてくれッ!」


「駄目じゃないですかアフロ先輩。詐欺なんてしたら」


「……さ、詐欺やない! ワッシは…………ワッシはこの商売に誇りを持っとる男やぞ!?」


「あっはは、手帳を100万円で売りつける人の言葉は流石に信用出来ませんよ」


「ぐッ……貴様も、そっち側の人間かッ!!」


 怒り状態の春夜に助けを乞おうとしたところで、これまでの経験上、絶対に解放してくれない事を把握していたチビヤクザは鬱血(うっけつ)しながら水月にヘルプ要請するも涼しい顔であっさり断られる。


 ならば頼れる者は自分だけと、春夜の手を両手で引き剥がそうとするがチビヤクザの最大握力およそ30。

 これではいつまで経っても春夜の手を引き剥がす事は不能であると、チビヤクザは宙に浮かせた足をバタバタ暴れさせていた。


「ま、待て春夜! ……お前はまだ一本、犬の毛一本しか試してないやろ!? だったらワッシに……ワッシにもう一度チャンスを、くれへんかっ!」


「おい見苦しいぞ」


「そこををっ……そこを何とか頼むぅ! 春夜ぁあああッ! ハルヤああああッ!!」


「いや、うっせえし汚っ! ……ったく、どうせ結果は見えてるが、そこまで言うならもう一回試してやるよ」


 チビヤクザが必死に頼み込む姿があまりにも情けなく嫌悪感を抱くものだったのか、春夜はチビヤクザの首から手を離すと、先程と同じやり方で今度は右側の頁に犬の毛を載せた。

 一回目が失敗したところでまだ二回目があるのだ。

 簡単に(つまず)いてたまるかと、春夜は疑心暗鬼になりながらも強制手配帳の効果が現れるのを確認した。


 だが結果は左の頁で起こった反応と全く同じで、犬の姿は映るのだが、その所在までは不明。

 春夜はチビヤクザのアフロを無数のチョップで凹ませる。


「あ、あれぇ……おかしいなぁ」


「あれぇおかしいなぁじゃねえよ! もう犬の毛なくなったぞ!? なにが消費者を必ず満足させる『本』当に素晴らしい『物』だ! このゴミ手帳全然100万の価値ねえ──っていうか金返しやがれクソアフロ!」


「当店、返品交換一切受け付けておりませんので」


「不良品の対応くらいしとけこの詐欺師が!」


「うっさいわ! ワッシかて、こないな事想定しとるわけないやろ! なんで場所だけが映し出されんのや……ワッシの発明品に狂いはないのに」


 最悪な事にこの店に置いてある商品は一種類につき一つしかない。つまりは在庫がない為交換すら出来ない事を知っていた春夜は当然返金を要求するのだが、このチビアフロ相当な守銭奴な故、一度貰った金は決して手放そうとしない。


 それどころか自分の発明品は完璧で不具合など起こさないと今尚言い張るチビヤクザは商人としてかなりの醜態を晒している。


 一応、発明失敗で店内を極寒の地に変えた男だ。

 発明品に狂いはないと言われたところで、簡単に信じれるわけないだろと(いが)み合う両者を前に自分の髪を触り始めた水月は口を開く。


「──じゃあ僕の髪で試してみてもいいかな」


 彼が思うに発明品がうまく機能しないのは必要な細胞が足りていない、即ち春夜が用意した犬の毛ではせいぜい犬の姿形の情報しか映し出せないと踏んだ水月は自身の頭髪を引き抜いてそれを試すよう提案した。これも不毛な争いを避ける為。


 しかし発明者であるチビヤクザが言うには、取り入れる細胞はごく少量であってもちゃんと機能するとの事だが、この際詐欺師の言葉は一旦遮断するものとし、水月の提案に乗っかった春夜は十本近い髪の毛を別の新しい頁の上に載せた。


「これで尚、同じ結果だったらお前を警察に突き出してやるから覚悟しとけクソアフロ」


「ふん、やれるもんならやってみぃ」


 この際100万円は諦めて、チビヤクザの懐に収めてやるとしよう。だが同時に失敗した際には必ず檻にぶち込んでやると決心した男の目はいつになく真剣。

 何せチビヤクザが刑務所に入れば、巨大アフロは邪魔だと難癖をつけられ丸刈りが必至。

 毎日何時間も飽きもせず、延々と手入れしているあのアフロが慈悲なきバリカンで一瞬にして剃り落とされるのだ。


 そんな楽しいイベントを逃すわけにはいかないだろと完全に趣旨を見失った春夜は『失敗しろ』という想い一つで両手を合わせた。


 だがしかし、金が絡まない春夜の運は常人を遥かに下回る度合いで悪い為、水月の髪の毛を取り込んだ強制手配帳は先刻同様に黒い液体を出すと、今回は紙の上部分だけでなく一面に広がった。

 この時点で先程とは違う結果だ。

 そして黒い液体は円となって弾けると、上半分には糸南水月の姿、そして下半分には彼の今いる場所である『アフロワールド』の外観が描かれていた。


「ぐあっ! チビヤクザの丸刈りが……」


「おいクソったれ春夜、お前また不吉な事を考えとったろ」


 チビヤクザ丸刈りの実現が遠のき、膝から崩れ落ちる春夜。そこまでして悲嘆するアフロが見たかったのか……


「どうやら春夜くんは不良品を掴まされたわけじゃなかったみたいだね」


 水月が機転を利かせてくれたおかげで晴れて『本物』の発明品である事が証明できたチビヤクザは優男の手を握ると心から感謝していた。


「それじゃあ春夜くん、もう一度犬の毛を貰いに行こっか。僕もこの後暇だしついて行くよ」


「……犬の毛? おい待て、まさかあのババアの家まで取りに行こうって言ってんのか!?」


「そうだよ。でなきゃ、手帳を使った犬探しは出来ないでしょ?」


「ッ!? じゃ、じゃあ他の方法で犬を探し出そう! うん手帳なんて要らねえよ!」


 せっかく使えると分かった100万円アイテムをこうもあっさり切り捨てるだなんて一体犬の毛を入手するまでに何があったのか。

 水月は犬の飼い主の家に向かおうと勧めるが頑なに首を横に振る春夜はなんだか怯えている風にも見える。


「急にどうしたの春夜くん」


「……なあ水月。女装で撮影会ってしたことあるか?」


「あ、あはは、じゃあ別の方法で迷い犬探そっか」


「……なあ水月。視姦(しかん)って言葉の意味知ってるか?」


「も、もういいから」


 どうやらこの町のマダム達は歪んだ性癖をお持ちなのだろう。

 春夜の言葉の内容から犯罪の香りがプンプン漂ってくると水月はあまり触れない方向で話を進めた。


「にしてもどうしようか……取り敢えず手帳で犬の姿は確認できても、手掛かりが少なすぎるからなぁ」


「ん、手掛かり? 手掛かりならここにまだあるぞ、ほら」


 手帳がなくても春夜は犬の毛と一緒に二枚の写真を飼い主から預かっていた為、それを水月に手渡すと彼は小型犬と大型犬が写った写真を交互に見比べ始めた。


「なるほど、灰色の犬を探す感じだね」


「灰色っていっても結構数居そうだしなー。そん中から親子を探して来いって言うからあのババア普通に性格(ねじ)れてるぞ」


「あはは、春夜くんがそれを言うんだ。でもさ、これって親子じゃないよね?」


「ん? これだけ似てて親子じゃないって、なら兄弟か?」


「いやそもそもこの犬、二匹じゃなくて一匹じゃないかな」


「は、一匹?」


 水月はいきなり何を言い出すのか。

 この二枚の写真に写った犬は確かに灰色の毛並みで顔つきも若干だが似ているが、そもそも体のつくりが根本的に違っている。

 小型犬と大型犬、誰もがそうはっきり捉えれるほど異なる犬を何故一匹だと言えるのか。

 水月の考えに納得のいかない模様の春夜。


 すると水月は二枚の写真を比較するよう指の先を向けた。


「ほら、こことここ見てみてよ」


「……耳と、首輪?」


 水月が指した場所は犬の左耳と赤色の首輪。

 一体これのどこが犬が二匹ではなく一匹に繋がるというのか、疑念を抱きながら目視していた春夜はあることに気付く。

 それは小型犬と大型犬、両方の左耳が同じ位置かつ同じ大きさで欠けていること。

 そしてそれぞれの写真に写った犬が着けている首輪のネームタグに『ヰヰ』という文字が刻まれていることに。


「確かに共通点はある、が……そもそも体の大きさがまるで違えじゃねえか」


「そうだね。けどもしこれが普通の犬じゃなく妖怪だとしたらどうかな?」


「…………あ、犬神(いぬがみ)か!」


 ハッとするように言葉を発した春夜は知っていた。

 この町には体の大きさを自在に変化させ、人語を理解する特殊な犬が存在する事を……


 ──犬神

 古くから波山羊町の山奥に棲まう犬の姿をした妖怪。

 その存在は森を守護する者として地位を確立しており、森を汚す者あれば、徹底的に排除するといった信条をお持ちのお堅い妖怪なのだが……


「じゃあ、あのババアは犬神をペットとして飼っていたっていうのか!?」


「この写真を見るに多分そうだろうね。首輪つけてるし」


「犬神をペット扱いってババア相当肝が据わってるな。サイズが変わってる事に疑問とか抱かないのかよ」


「まあこの町の住人はかなり鈍感だからね。もしかしたら妖怪だってことに気付いてすらないかもよ」


「いや、それはもう鈍感通り越してもはやボケだろ」


 夏出家で暮らしているスズのような人型妖怪ならまだしも、肉体を頻繁に変化させ人語を話すような犬を平然と飼うだなんてこの町の住人はまともじゃないと思う春夜は人のことを言えない。

 それに犬神も犬神で、森を守護する事に(こだわ)る妖怪が何故山を下りて町で、それも家屋で暮らしているのか理解が追いつかないでいるとチビヤクザが横から口を挟んできた。


「お前は飼い主から犬の特徴について何も聞かなかったんか」


「あ? あの状態で話なんかされても頭に入るわけねえだろ。こちとら女物のスク水、着せられてたんだぞ」


「……結構アブノーマルな撮影会やったんやな。想像しただけでもう気分悪いわ」


「俺だって好きでやったわけじゃねえんだよ! クソッ、思い出したら俺も吐き気が……」


 自らの女装撮影会を回顧して吐き気を催すとは、よっぽど際どいポーズをマダム達から要求されたのか……

 兎にも角にも辱めを受けた春夜は心に深い傷を負って涙目になるのだが、チビヤクザと水月は友を慰めるどころか、露骨に視線を逸らす薄情者であった。


「じゃ、じゃあ早速、犬神が居る森に行ってみよっか。もちろんアフロ先輩も来るよね?」


「ばかたれ水月、ワッシを巻き込むな! 仮にもワッシはここの店主やぞ、ワッシが出ていったらこの店どないするんや! 誰もおらんくなるやないか!」


「だったらもう閉店でいいじゃないですか。一日で100万も稼いだんですから。それともアフロ先輩はこの店に他のお客が来ると思ってるんですか?」


「新規の客、期待してもええやろうが! それに春夜の用事済ますくらいなら店ん中で物を発明してる方が何倍も有益や」


「ちょっ先輩、声がデカいです。春夜くんに聞こえたらどうするんですか!」


「──お前ら二人とも普通の声量で喋ってる事に気付け」


 腫れ物を触るよう扱われている春夜は、二人の態度に不快感を覚えると、アフロの頭をガシッと掴み、野郎三人で山奥へ向かう事を決意した。

 ここまで付き合ってもらったんだ、だったら結末もちゃんと見せてやらないと失礼だよなと春夜は何か企んでいる様子。

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