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7話 妖怪失踪事件の始まり

 夏出家の食事会に参加できたのはおよそいつぶりだろうか。

 その記憶すら遥か遠くに感じる凍呼は、皆で囲んだ食事に感極まり涙すると、その後はご満悦な様子で春夜の部屋の床で寝そべっていた。


「久々に食べたけど、おばさんって料理だけは上手だよね! 性格はアレだけど……本当、あの料理が毎日食べれる春夜くんと小春が羨ましいよ! あ、あと新しくこの家に加わったスズちゃんもか」


 美春は五人分の洗い物を一人でこなし、小春とスズは二人仲良くリビングでテレビ鑑賞、そしてこの部屋には春夜と凍呼の二人きりとなっていた。

 凍呼は彼の部屋に入っては心躍らせていたが、美春に『浮気』と誤解させない為にも平常心を保ちながら春夜と接していた。


「魅力がないって言われたこと、まだ気にしてんのか?」


 ベッドで横になりながら眠たげに右目を擦る春夜は先刻スズが口にした内容について触れた。


「そりゃあねー、私だって女の子だもん。とんでもない身体をした、とんでもない女性に毎日憑かれてる春夜くんからしたら私の貧相な体なんて(かす)んで見えるんだろうけどさー」


 皮肉を込めてそう発言する凍呼は、美春のことを息子に取り憑く悪霊として捉えているのだろうか。

 たしかに凍呼の体は胸が控えめであればお尻も小さく、理想の大人体型とは程遠いものなのだが、比較対象があまりに最悪すぎる。


 夏出美春、それは圧倒的美貌と魅惑的な体を兼ね備えた女性。

 そして二児の母でありながらも『美の極致』に達している為、凍呼は勿論のことアイドルのように可憐な女性であっても彼女の足元には及ばない。

 まさに絶世の美女といったところか。


 しかしいくら桁違いの美女でも春夜にとってはただの母親。

 それに子供の頃から今の今までその魅惑的な体とやらを春夜は散々押し当てられてきた為、今更興奮などするわけもなければ母親に欲情するなどもっての(ほか)だ。


「少なくとも母さんよりかはお前の方が女として見れるけどな」


「──へっ? そ、それって本当ッ!? はは、春夜くん、私のこと女として見てくれてるの!?」


 そりゃあ自分の母親よりかは血の繋がりのない幼馴染を異性として意識するだろうよと、至って正常な考えをする春夜は母親に聞こえてはまずい為、極力小さな声でその言葉を発した。

 そして凍呼は女として見られている事が飛び上がるほど嬉しかったのか、気落ちした態度もすっかり元通りになり、彼女は口元を緩めニヤニヤと笑みを溢していた。


「ところで凍呼、お前がうちに来た理由なんだが」


 食後の休憩がてら夏出家を訪れた理由について凍呼から聞き出そうとする春夜は布団の上で体を起こす。

 凍呼の天敵である美春が居るというのにわざわざこの家にやって来たのだ、彼女はよほど大事な事を告げてくるのではと身構えるが──


「ああ、何だか最近ね! 波山羊町の妖怪が行方不明になってるんだってさ!」


 凍呼は何というトンデモワードを笑顔で口走っているのか。

『妖怪』だからあまりピンと来ない部分があるが、これを『人間』に置き換えたら警察も介入するほどの大事件だ。

 いくら春夜からの言葉が嬉しいからといって、内容が内容だけにその話とその表情を混ぜてはいかんだろと珍しく思う不謹慎ボーイ春夜。


 しかし妖怪が行方不明になるという話は何処ぞのウサギも口にしていた様な……


「やっぱり話題になってんのか、その妖怪が失踪ってのは」


「あれ、春夜くんもう誰かから聞いてる感じ?」


「華火が同じ事言ってたからな」


 そのせいで持ちたくもない防犯ブザーを持たされた春夜は嫌な顔をして凍呼に返事をした。


「まあ私も直接目にしたわけじゃないけど、廉禍(れんか)が言うには、ここ三週間で百もの妖怪が忽然(こつぜん)と姿を消しているらしいからね。割と大事(おおごと)にはなってるかも」


「ひゃっ──ひゃくうっ!?」


 波山羊町の妖怪を全て把握しているわけではないが、いくら非力な妖怪でも人間の、それもプロ格闘家の十人分くらいには力は持っている筈。故にそんな妖怪たちがこの短い期間で百体も姿を消すとは流石に偶然とは思えない。


 仮にもしその百体もの妖怪が一斉にこの町で悪巧みなんて考えようものなら、殆どジジババしか居ないこの町は瞬く間に壊滅する。それ程までに妖怪百体とは凄まじい数字なのだ。


 現に春夜は想像を超えた行方不明者の数に眼球剥き出しにすると、声を荒げて驚いた。


「こ、これはなにか、今からこの町で百鬼夜行が起こるというサインなのか? そうか。なら年寄りと子供は置いてとっととこの町を出るぞ凍呼」


「……春夜くんのゴミっぷりはいつ見ても清々しいよね」


 そうと決まれば早速町を出る支度をしようと体を動かす春夜は、何故こうもあっさり町の住人や、これまで過ごして来た町そのものを見捨てる事ができるのか、常に自分しか見ていない男に凍呼は蔑視する。


「それに春夜くんの心配する様な事は起こらないと思うけどなあ」


「何でそう言い切れんだ。この町には俺に幼虫食わすアホ妖怪だって居るんだぞ!?」


 妖怪全体の信用を失くすほどあのゲテモノ料理は春夜にとってトラウマだったのか、思い出しただけで寒気がする男を目視しながら、また何かしらの問題に巻き込まれたんだろうなと心中察する凍呼。


「万一に失踪した妖怪がこの町の脅威になったとして、ここにはそれ以上の数の妖怪がいるんだよ? それこそ華火さんとか茉未(まみ)先生が出てきたらあっという間に場も収まるでしょ」


「……あー、確かに言われてみればそうか。って廉禍の力で失踪した妖怪を探し出す事は出来ねえのか?」


「うーん、普通の妖怪なら難なく探し出せるんだけど、失踪した妖怪は何故か妖力(ようりょく)自体が消失しちゃってるみたいだから……」


「妖力が消えてるって、まさか死んでるのか?」


 通常、妖怪とは妖力を生命エネルギーとし活動を可能とさせているのだが、その妖力を利用する事で常人には出来ない能力を発動する事なんかも出来たりする。スズが先に使用した自在に髪を動かすのもその一つだ。


 しかし肉体強化や能力発動で妖力は減りはするものの完全に消失する事は滅多に起こらなければ、時間経過で妖力はたちまち回復する為、完全な妖力消失というのは即ち死を表す。


 最悪な想定をした春夜は思わず額に脂汗を滲ませるが……


「うん、本来なら妖力が完全に消えた時点で妖怪は死んでしまうんだけど、今回の場合はそれに該当しないみたいなんだよね」


「該当しない? それってどういう」


 妖力を失っても死なない妖怪がこの世に存在するのかと春夜が困惑しているところ凍呼は説明を述べた。


 本来妖怪が死ぬまでの流れとして、妖力がいきなりゼロになる事は決してなく、右下がりで徐々に妖力を減らしていき、その妖力が完全に底を尽きた時、妖怪は生涯を終えるのが必定。

 たとえそれが即死であっても、風船から空気が抜けるように肉体から妖力が消失していく。


 つまり妖怪が絶命する場合、妖力がいきなり百からゼロになる事は絶対にあり得ないのだと凍呼は断言すると、彼女は続けて今回の失踪者は全員もれなく瞬間的に妖力が消えた事を告げた。


 つまりそれが何を示すか、春夜は閃いたように口を開く。


「妖力感知の阻害……または空間移動を可能とする奴がこの件に関わってるってことか。因みに廉禍はどれくらいの範囲で妖怪を感知してんだ?」


「範囲で言えば波山羊町全体だよ。常時発動じゃなかったらもっと範囲を広げる事も可能だけど」


「波山羊町全体ッ!? しかも常時って……凄すぎて逆に引くわ」


「あの、そんな目で私を見ないでくれるかな。春夜くん」


 別に自分が何かをしたというわけでもないのに、冷淡な目つきをした春夜に凝視される凍呼は若干戸惑っている。


「なあ凍呼、妖怪が消えたタイミングと場所ってバラバラなのか?」


「時間帯は朝と夜でバラツキがあるけど、場所は『波山羊高校』と『安らぎ病院』、あとは『にやにや商店街』に偏っているかな。それと妖怪が消えた時、その周辺で妖力の反応が見られなかったから、妨害系の能力者が絡んでるかも」


 それを聞いた途端、春夜は面倒臭そうに溜息を吐くとそのまま布団の中に潜り込んでしまった。

 食後という事もあり、色々と話をして眠くなったのかと思いきや春夜は突然呻き声を発すると、凍呼に頭の心配をされる。


「えっ、どうしたの春夜くん」


「ゔぉえっ、近え、近えぞ……波高、病院、商店街って全部ここから20分圏内の場所にあるじゃねぇか」


「う、うん、そだね。でも、それってそんなに嘆く事かな? あはは」


「そりゃあ嘆くだろうが!! だってこれってどうせ俺が解決する羽目になるんだろ!? だからこんな近い場所でポンポンポンポン、妖怪が失踪してんだろ!? あー、もう本当嫌だ。一生家に引きこもっていたい」


 無職のくせに家に引きこもりたいなどとは笑わせてくれると言いたいところだが、布団の中でこうも嘆く春夜は何を根拠に事件に巻き込まれると言っているのか、凍呼はまたもや彼の頭を今以上に心配してしまう。


「あの、春夜くん? まだ巻き込まれると決まったわけじゃないと思うけど……」


「いいや、言うな凍呼。どうせ俺はこの先、クソ面倒臭い妖怪に絡まれて、事件の当事者となってしまうことが目に見えてんだ。凍呼もその時が来たら勿論協力してくれるよな?」


「……う、うん。私で良ければ、いくらでも協力するけど」


「よし、凍呼が居れば百人力だ。それじゃあ、おやすみ」


「──ええっ!? ちょ、春夜くん!」


 厄介な問題は一人で背負(しょ)い込むよりも皆で背負う方が幾分かマシになるよなと、凍呼が逃げないようにここで言質(げんち)を取った春夜はそのまま布団の中で就寝した。

 客人がまだ家に帰っていないというのにこの男は即刻寝息を立てたのだ。マイペースも度が過ぎると無礼でしかない。


 ◆◆◆


 そして数日後。

 かんかんと照りつける太陽の下、衣服を汗でびっしょり濡らし、(せみ)の鳴き声に苛立ちを見せる春夜は『にやにや商店街』の中を前屈(まえかが)みになりながら歩いていた。


 外気温40度という事もあり、足を一歩進めるごとに寿命を一日分削り取られているような感覚に陥る春夜は、何故こんな真っ昼間から外に出歩いているのか。


 それは近頃、この近辺で妖怪が相次いで失踪している為その現地調査としてここに……などでは全くなく。

 以前春夜が偶然にも盗んでしまった下着の持ち主に謝罪をした際、困り事があるからそれを解決してくれ。でなければ夏出春夜は50過ぎたおばさんの下着を盗むのが趣味だという事を、町の住人に片っ端から言いふらすと脅しを受けてしまった為、彼は今現在この場所に立っているわけだが……


「ちくしょう。ババアの分際で俺をいいように使いやがって。50過ぎのババアは普通黒いブラジャーじゃなくて肌色のブラジャーだろ……妙に色気付いてんじゃねえよ。ああ、あっぢぃなぁッ!!」


 想像を絶する暑さで情緒が安定しない春夜に課せられた使命。それは何とペット探しだった。

 一週間ほど前、依頼人の熟れた女は愛犬を連れてこの商店街で買い物していたらしいのだが、ちょっと目を離した隙に愛犬はリードを鋭い歯で噛みちぎり、逃走してしまったらしい。

 この事は勿論警察にも相談をしたのだが、必死に探してくれる様子もなく、ただ愛犬の帰りを家で待っていたところ、無職で時間を持て余した若い男……つまりは春夜が訪れ脅されたというわけだ。


「はあ、しかも二匹揃って逃走とかババア犬に好かれてねえだろ」


 口で特徴を説明されても犬を探し出すのは非常に困難な為、春夜は逃走した犬が映った写真を二枚、おばさんから事前に受け取ると眉を(ひそ)めながらそれを睨みつけていた。

 一枚目は薄い灰色の毛並みをした小型犬、二枚目には同じく薄い灰色をした大型犬。この二匹は親子なのだろうか……


「やっと着いた」


 緩慢な足取りで商店街の中を進み、やっと思いでたどり着いた場所は『アフロワールド』というふざけた名前の看板が立てられたお店。

 春夜はすぐさま店の中に足を踏み入れると、店内の棚や台の上にはガラクタのような物で埋め尽くされているのが確認できる。


 だが今はそんなガラクタに気を取られてる場合ではない。春夜は夏の暑さから解放してくれる冷房で涼を取ると徐々に顔色を良くしていった。


 やはり夏といえばガンガンに効いた冷房が一番だという結論に至った春夜はここであることに気付く。


 この店、なんだか冷房がやけに効いていないかと……


 まだ入店して一分も経っていないが、春夜の口からは既に白い息が出ている。それどころか唇が紫色に変色しているのだ。

 冷房で冷えた室内というよりかは冷蔵倉庫の中に居る表現の方が近いだろうか……春夜は凍えた体で無人の勘定場へ移動すると店奥に向かって叫んだ。


「──おいッ!! いくら外が地獄だからって、ここまでの寒さは求めてねえぞ!」


 外に出れば地獄のような暑さ、店に入れば地獄のような寒さ。

 暑さと寒さがあまりに極端すぎるだろと文句を垂れる春夜に呼応して、店の奥から姿を現したのは厚手の防寒着を着用した一人の男。


 顔面三つ分の大きさの茶色いアフロがトレードマークの彼は130cmほどの低身長で、黒いサングラスを常に掛けていることから付いたあだ名は『チビヤクザ』。

 春夜とは中学からの付き合いで、こう見えて一つ上の先輩の二十歳。


「なんや、えらいうっさいのぉ。誰やワッシの店で騒ぐ阿呆は」


「阿呆はお前だろチビヤクザ。つーかそんな雪山でも行くような格好するくらいなら、冷房の温度上げろよ! マジ凍え死ぬわ!」


「……なんや、クソったれ春夜か」


 客かと思って顔を出してみればそこに居たのは夏出春夜と、彼の顔を見るや否や、がくしと肩を落とすチビヤクザはこのガラクタショップの店主で、この田舎町で使うにはあまりに不自然なエセ関西弁を使用している。


「生憎、この店に冷房は置いてなくてのぉ。店ん中が寒いのはワッシの発明品が爆発したからや」


「お前またゴミみたいな物、作ってたのか」


「ゴミがワッシの発明品をバカにするな」


 チビヤクザは波山羊町唯一の発明家。

 個人として持っている技術力は高いものの、生み出す品は実用性のないものばかり。

 簡潔に言えばこの店が繁盛していない事を指し示す。


 今回は冷凍庫に入れずとも、恒久的に冷え続ける保冷剤を開発していたところ、作成手順を見事に誤り、結果的に店内に冷気を充満させる羽目になった。

 しかしこのアフロは客のことを一切考えていなければその相手が春夜という事もあって、チビヤクザは温かい飲み物を用意しなければ半袖姿の彼に上着を与えようともしなかった。


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