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48話 アフロ業者

 学校のない休日。夏出の家に招待された水月と凍呼は、リビングのソファに腰をかけては言葉を失った。

 春夜は部屋を片付けたと言うが、家具や食器の残骸がそこかしこに散らばっており、壁一面に広がる引っ掻き傷のような跡。

 一応、客人にスリッパを差し出す気遣いをみせたが、このエリアではスリッパよりも、靴を履いていた方が安全だと思えて仕方がない。


「せ、戦争中?」


 亀裂の入った天井を見上げながら、崩れてこないか不安になる水月の表情は強張っていた。


「不安なら2階行くか?」


「2階に行ったところで、この緊張は取り除けないよ。それに僕たちの重みで倒壊したら洒落にならないから」


「そうだよ! せっかくおばさんが出張で居ないからウキウキだったのに、春夜くんは私達に部屋の掃除でもさせる気!?」


 凍呼が最も恐れているといっても過言ではない『おばさん』こと夏出美春が不在で、心の底から喜んでいた彼女だが、この部屋の惨状を目の当たりにし、私は何故この家に招かれたのか、真剣な目つきをして春夜を見据えた。


 するとリビングの扉がギィと音を立てて開いた。サングラスをかけた背の低いアフロ頭の男が姿を現し、ゆっくりと部屋の中へと歩み入る。


 そのアフロ男は何故か青い作業服を着ていて、シャツの袖は腕まくりされていた。油汚れがついた作業ズボンには、大きなポケットがいくつもあり、工具がはみ出している。


「アフロ先輩も来てたんだ」


「何や、お前らも来とったんか」


「はい、今日は特に用事もなかったので。ところでアフロ先輩は何故そんな格好を?」


 アフロ男こと、春夜達の先輩であり、波山羊高校の生徒会長を務めるチビヤクザ。

 自分たちは私服で夏出家を訪れたのに、どうしてチビヤクザは業者みたいな格好をしているのか、水月は不思議に思う。


「そりゃあ見たまんまや。ほれ、クソったれの春夜が家が滅茶苦茶になったっちゅうから、水道管やらガス管やらをわざわざ修理しに来てやったんや」


「へえ、なんか様になってるね配管工」


「腹立つ言い方やな。自分の顔に自信があるからって、配管工のこと見下しとるやろ。水道管を修理するワッシはそんなに滑稽か? いてこますぞワレェ!」


 チビヤクザは容姿に恵まれなかった所為で、これまで一度も女性に好意を持たれたことがない。

 その為、水月や春夜のような顔立ちの整った者の発言に非常に敏感で、ちょっとした事でも逆上する面倒臭い性格をしている。


「誰もそんなこと言ってないよ。勝手にキレないでください。それに配管工といえば、キノコを食べて大きくなる世界的に有名な職業だからね。尊敬こそすれ、見下したりはしないよ」


「おい、それは一体どこのブラザーズや。ワッシには兄弟も、助けを求める姫様もおらん……やっぱりワッシのことコケにしとるやろ」


 水月には悪気はないのだが、口を開くごとにチビヤクザの怒りが徐々に膨れ上がる為、これは何を言っても無駄だと諦める水月はそっと視線を逸らした。


「でも珍しいね。アフロ会長が無償で春夜くんの手伝いをするなんて」


 チビヤクザはお金に対する執着が人一倍強く、何かを頼む際は金品を必ず要求してくる。

 それなのに春夜から頼まれたからといって水道管やガス管など、修理に手間のかかる作業を自ら進んでやるとは……

 何か裏があるのではと訝しむ凍呼は眉を顰めた。


「誰も無償とは言っとらんやろ。来週末、春夜がワッシのために合コンをセッティングしてくれるっちゅうから、その代わりに修理を手伝ってやったんや」


「合コン……春夜くん、私その合コン誘われてないけど」


 合コンをセッティングしたという事は当然その主催者も参加する筈。

 春夜が参加するなら当然ダメ男好きの凍呼も無理にでも加わろうとするのだが、その話を今になって聞かされる彼女は露骨にショックを受けていた。


「なんでお前を誘わなきゃなんねえんだ。それに合コンをセッティングするのは俺じゃなくて水月だぞ。俺は合コンなんて腑抜けたイベント、興味がねえ」


「……えっ、僕!?」


「ああ、俺は心無い言葉で女を傷つけてしまうからな。誰に対してもヘラヘラしてる水月が適任だろ」


「い、嫌だよ」


「おいおい、そんなこと言ってやるな。それだとチビヤクザが無償で労働したことになるだろ。見てみろコイツの顔」


 合コンの場さえ用意してもらえれば、春夜か水月、どちらが主催者になっても一向に構わないのだが、そもそもその会すら開かないとなると話が大分変わってくる。

 チビヤクザはこの世の全てのイケメンに憎悪を向けるかの如く、鋭い眼光をサングラス越しに向けてきた。


「開けや合コン。ワッシの為に若くて可愛い女をぎょうさん掻き集めるんや」


「最っ低」


 一応ここにも若くて顔は普通の女の子が居るが、凍呼に配慮を一切せず、モテない理由が詰まった言葉をチビヤクザは発する。


「容姿がどうこう言う前に、会長はまず女心というものを勉強してきてください」


「女心? そんなもん、いらんいらん。ワッシのおもしろトーク術にかかれば、町の女共は(たちま)ち虜になるんや。ただ、ワッシにはこれまで女と接する機会がなかっただけで、それを活かせんかったんや」


「アッハハハ! それを真面目に言ってんなら、確かにおもしろトーク術だな! まさかチビヤクザがそんなに自分に自信を持てるタイプだったとは傑作だ!」


 モテない男の勘違いほどイタいものはないと言わんばかりに、春夜は腹を抱えて笑い出した。

 まだ水道管の修理の途中だが、夏出家の水道から水ではなく泥水が出るよう細工をしてやろうかと考えるほど、春夜の発言にチビヤクザは腹が立った。

 そしてチビヤクザは水月の方に顔を向け、無言の圧をかける。


「……わ、わかったよ。合コンがどういうものなのか、僕はあまり詳しくないけど、女の子と話せる場を設ければ良いんだね?」


「そうや。流石はワッシの見込んだ男や。どっかの顔だけ性悪男とは違う」


「まったく、仲が良いんだか悪いんだか」


 春夜とチビヤクザ、二人は中学の頃からの付き合いと聞く。

 それで慣れている所為か、互いが互いを見下す傾向があり、かと思えば互いの要望を聞き入れる関係性でもある。

 春夜はチビヤクザの能力を買い、チビヤクザは春夜の顔を憎むと同時に利用価値を見出している為、ある意味利害関係が成立している。


 すると現在進行形で春夜と喧嘩中の小春が居候の身である各理多央と共に帰宅する。


「ただいま……あれ、トッコ来てたんだ。それに水月さんと配管工のおじさんも」


「誰が配管工のおじさんや、失礼やぞ!」


「お邪魔してるよー小春。っと、隣の方は噂の居候さんですね。本当に宇宙服着てたんだ」


 まだおじさんという年齢でもないのに、見た目がイカついからという理由で、小春におじさん扱いされるチビヤクザ。

 そして凍呼は最近、夏出家の世話になっているという各理多央と対面し、あまりにもコスプレじみた服装に、驚愕していた。


「恥ずかしながら、数日間この家で寝泊まりさせてもらってる各理多央だぜ。よろしくね」


「……この人が」


 夏出家に世話になるより前に、各理多央についての情報を蘭丸から聞いていた水月は、腹の内を隠しつつ、密かに視線を送った。


「というか二人してどこに行ってたんだよ。今朝から居なかっただろ」


「兄やんには関係ない」


「関係ないって、ガキじゃあるまいし」


 口を開く度に地雷を踏んづける夏出家の長男。

 今は客人が居るため小春も怒りを抑えられているが、凍呼達がこの場に居なければ、小春は本能のまま怒りをぶつけ、せっかく家の修理に来てくれたチビヤクザの苦労も水の泡になっていたかもしれない。


「二人とも、まずは冷静になろうぜぇ。僕と小春ちゃんが朝から家に居なかったのは、華火さんを探していたからなんだ」


「華火? あの兎拉致られたのか?」


「拉致られたかどうかは分からないけど、急に連絡が取れなくなってね。店にも顔を出してないみたいなんだぜ」


「動物愛護団体に捕まっちまったか……それはそうとして何で俺にも声をかけなかった」


「ゴホッゴホッ、それは……」


 こういう冗談を言っている春夜だが、華火とは非常に長い付き合いで、家族みたいな存在である。

 その為、華火が消えたという知らせを今頃になって受けた春夜は疎外感を感じていた。


 すると多央は気まずい表情をしながら小春に顔を向ける。


「私が言ったんだよ。兄やんと一緒になるのがどうしても嫌だったから、華火が居なくなったことを伏せるよう多央さんを口止めした」


「うわぁ……小春がここまでお怒りだなんて、春夜くん一体何したのー?」


 思春期に突入した兄妹は基本的に喧嘩が絶えないものだが、この二人は滅多にいざこざを起こさず、常に良好な関係を築いていた。だからこそ、小春が不機嫌になることはあっても、ここまで激しく感情を露わにするのは初めてで、凍呼は『小春の尊厳を踏みにじるような真似をしたのでは?』と春夜に対し疑念を抱いていた。


「小春には俺の冗談が理解できないんだよ。それより母さんは知ってんのか、華火が居なくなったこと」


「一応、美春ちゃんにも伝えたぜ。けれど、華火さんなら、何か大きな問題に巻き込まれても自力で解決できるから大丈夫だってさ」


「まあ、あの兎はああ見えて年寄りだからな。場数だけは踏んでんだろ」


 随分と華火への信頼が厚い美春と春夜。

 行方知れずでもあの兎なら問題はないと言い張る二人は、一見薄情にも見えるが、それほどまでに華火という妖怪が修羅場を潜り抜けてきた数は多いのだろう。

 そして華火が行方をくらました理由を知っている水月は同調するように頷いた。


「年の功というやつだね」


「そうだ。だからそのうち華火も戻ってくるから放っておけ」


「事件に巻き込まれた前提なんだね。華火さんと今日も会う約束をしていたんだけど、残念だぜ……ゲホッゲホッ」


 突然姿を消すのもそうだが、華火は約束を反故(ほご)にするような妖怪ではない。

 連絡が取れず不安になる気持ちも分かるが、居ない者に時間を割くのは無意味だと、春夜は咳き込む多央を強引に諭そうとする。

 そして春夜は家に招いた凍呼と水月に防護手袋を手渡してこう告げる。


「んじゃ、部屋の掃除頑張ってくれ」


 荒れた部屋に招待された時点で分かっていたことだが、まさか『手伝ってくれ』ではなく『頑張ってくれ』が飛んでくるとは……

 客人に対して言って良い台詞でない事は確かなのだが、凍呼は春夜の役に立つならばと、率先して作業に取り掛かった。


「受け入れるのが早いね、凍呼ちゃん」


「そ、そりゃあ困ってる人がいたら助けるのがふ、普通でしょ!」


「そうかな? 春夜くんをだいぶ甘やかしている風に見えるけど」


「私、春夜くんの都合の良い女じゃないからね!? 誰に対してもこんなだから!」


「あはは、そこまでは言ってないよ。でもまあ、そういった点では僕もさほど変わらないか」


 水月は恋する少女を少し揶揄うように微笑みながら、ゆっくりと手袋をはめた。彼もまた、友達のためならどんな雑用だって厭わない、そんな様子をちらりと覗かせている。


 しかし客人に雑用を押し付けることが大層気に入らない少女がここに一人。


「こんなアホの言うことは無視していいよ。有り得ないでしょ、トッコと水月さんの休日をこんなことの為に使わせるなんて」


「僕は一人暮らしの期間が長いから大丈夫だよ。家の掃除は慣れているからね。それに、こうして皆んなで休日に集まって何かをするって楽しいことじゃない?」


「ううん、水月さんは勘違いしてる。アホの兄やんは、はなから掃除なんてやる気はないし、面倒ごとは全て誰かに押し付けるどうしようもないアホ。二人はこれでも食べながら2階でゲームでもしてなよ。この部屋の掃除は兄やん一人に任せるから」


 家事は主に美春と春夜が行っているのだが、流石にここまでの荒れようとなると家具の買い替えは勿論、壁の張り替えなど業者を呼ぶ事になる為、正直気が進まない。

 それに小春の機嫌が悪い以上、家の修繕を行ったところで次の日には修繕前の状態になりかねない為、片付けは適当に済ましている。

 そんな事情も理解されぬまま、大事に取っておいた、お気に入りの山葵菓子を勝手に水月達に渡す小春には、春夜も我慢の限界が来てしまう。


「さっきから黙って聞いていれば、言いたい放題言いやがって……アホはそっちだろ!? なんだそのアホみてえなちょんまげは! 将来ハゲ確定だな! 家事もろくに出来ねえ小春が俺の考えに口出ししてんじゃねえ!」


「私の髪型バカにしないでくれる!? ちょっと頭が良いからって、すぐ他人(ひと)のこと見下してさ。性格終わってるでしょ。あーあ、優しくてカッコいい水月さんが兄だったら、さぞ楽しかっただろうなー! クズでアホの兄やんは、どこか違う星に飛ばされないかなー!!」


「クソッ! もう我慢ならねえ!」


「それはこっちのセリフだよ!」


 家族以外にこんな醜態を晒すのは気が引けるが、怒りで我を忘れた二人。

 春夜は液晶が割れて使い物にならなくなった大型テレビを、小春は先の尖ったハサミを、互いに向けて投げつけた。


 ただの口論ですら心苦しかったのに、暴力にまで発展するのは見るに耐えないと感じた多央と水月は、頭よりも先に体が動き、兄妹の間に飛び込んだ。

 病弱で激しい運動を避けている多央は、春夜の投げた大型テレビを全身で受け止め、小春の投げた鋭利なハサミは水月の左頬を掠め、軌道を逸らした。


「おい嘘だろ!?」


「水月さんッ!?」


 宇宙服である程度の衝撃は抑えられるとはいえ、常人よりも力が強い春夜が投げるテレビの威力は尋常ではない。多央は呻き声を上げながら宙を舞い、そのまま地面に叩きつけられた。


 一方で、小春の投げたハサミによって頬から血を流す水月。そして驚くべきことに、その傷口から、まるで物理法則を無視するかのように生きたアジが次々と湧き出してきたのだ。これは、小春自身も制御しきれていない能力の影響によるものだった。


「さ、魚!?」


「ごめんなさい! どど、どうしよう、止血……まずは止血!? それとも魚の発生を先に止める? でもどうしたら!」


 全く非のない水月に怪我を負わせたことで罪悪感が生じてしまう小春は、彼の体に起こった異変をどうにかしなければと狼狽する。


「あはは、そんなに慌てなくても大丈夫だよ。幸い傷もあまり深くはないし、ただ生臭いのが気になるだけだから」


「そうは言っても……す、少し待っててください! タオルとか色々持ってくるから!」


 怪我を負わされても咎める事のない水月の優しさときたら是非とも兄にも見習って欲しいところだが、春夜も春夜で、多央を吹き飛ばした責任を感じたのか、柄にもなく、彼の体を支え、大丈夫かと呼びかける。

 もちろん強い衝撃で気を失ってしまった為、大丈夫ではないが。


「殺した……春夜くんが人を殺した! い、急いで車出さなきゃ! 私も手伝うから一緒にこの遺体、山に埋めに行こ!!」


「おい物騒な事言うな! 死んでねえから! ただ気絶してるだけだからな! そもそも凍呼、運転なんてできねえだろ。それにうちの車は母さんが持ってったから今はねえ!」


 凍呼の早とちりに思考を掻き乱される春夜。

 周囲を巻き込む兄妹喧嘩、これを母親の美春が見ていたら何と言っただろうか。少なくとも墨生活は続行な上に、更なるペナルティが課せられていたことだろう。

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