45話 主食は墨
窓の外に広がる景色は灰色の雲に覆われ、どんよりとした雰囲気が漂っていた。
そっと落ちる雨粒は静かに地面を打ち、教室の机で頬杖つきながらぼんやりと眺める夏出春夜はこの頃、高校二年生。
「はあ、山葵食いてえ」
机の上に置かれた書道で使用する欠けた固形墨を尻目に溜め息を吐く春夜は、自由な格好をする妹とは違って学校指定制服である黒いジャケットを着用していた。
時刻は12時を回り教育に縛られた学生が一時的に解放される昼休み。
教室では各々のグループが机を合わせランチや会話を楽しんでいる中、春夜の気分は深く沈んでいた。
「午後の授業体育あるけど、春夜くんはお昼食べないのかい? 栄養失調で倒れちゃうよ?」
今日の天気のように暗いオーラを放つ春夜とは対照的に周囲の空気を明るく彩る眩しい笑顔を見せる白髪の青年、糸南水月は弁当を片手に、春夜の席に椅子を持ってきた。
「ご覧の通り食事を楽しんでいますが、何だ嫌味か?」
両者性格に癖あり、だが同時に本校で一二を争うイケメンが一つの席に集まる。
他人の不幸を喜ぶ性格の春夜はともかく、誰に対しても分け隔てなく接する水月の笑顔は異彩を放っており、周囲の者の注目──主に女生徒の視線を釘付けにしていた。
そして春夜は水月の昼食である油淋鶏弁当を見るや否や、眉間に皺を寄せ不快感を露わにすると、机上にある固形墨を手に取り、まるで板チョコに齧り付くようにして墨を摂取した。
「あはは、ごめんごめん冗談だよ。それにしても面白いよね。小春ちゃんと大喧嘩した罰として当分の間は固形墨しか食べちゃいけないって。それって美味しいの?」
「美味しくねえから罰なんだろ。というか俺の目の前で味の濃さそうなもん食ってんじゃねえよ」
ここ数日、栄養にならない腹の足しにもならない墨しか食べていない春夜の前で肉を食う水月は意図的にやっているのだろうか。
春夜は自分の気持ちを少しでも理解してもらう為に、理科室にあるガスバーナーで水月の肉を全て炭に変えてやろうと思い浮かぶが、それに至るまでの労力を考えると急にやる気がなくなる春夜の体力は既に底を尽きかけていた。
「気丈に振る舞っているみたいだけど、墨生活は既に限界を迎えているようだね。僕の弁当食べるかい?」
「簡単に食えたら苦労しねえよ。帰宅した瞬間に内視鏡を鼻の中に突っ込まれんだぞ。そこで墨以外の物が見つかったら更に酷い罰が……ああ想像したくもねえ」
「そうは言ってもさ、凍呼ちゃんを見てみなよ。春夜くんの体が心配でお友達との食事会を集中できないでいるよ」
後々の事を考えると母親の指示に逆らえないでいる夏出春夜。既に心は真っ黒なのにこれ以上墨で黒く染まったら本当に手遅れになってしまうと失礼な事を思う水月は後ろの席を指で指した。
するとそこには仲の良い女生徒同士で机を合わせ弁当を広げる春夜の幼馴染、白来凍呼がそれはもう物凄い頻度で春夜の方をチラチラ見ていた。
「おおっ、やべえなアイツ。1秒に3回は俺を見てるじゃねえか。目回らねえのか」
「あはは、アレならいっそのこと凝視した方が楽なのにね。今朝から凍呼ちゃんずっとあの調子だよ」
「マジかよ。しかもそれを不自然に思わない周りの連中もおかしいだろ。挙動不審な凍呼に向かって普通に話しかけてんぞ」
幼馴染として自身の体を気遣ってくれるのは、まあ悪い気はしないが、それよりも人間業とは思えないほどの速さで瞳孔を動かす凍呼ははっきり言って気味が悪い。
そしてそんな凍呼に対して普通に接するどころか、異常である事にすら気付いていない彼女の友人を馬鹿にする春夜は、椅子にもたれかかり天井を仰ぐと目を閉じた。
「せっかくの休み時間なのに寝てしまうのかい」
「腹減ってる時は寝て誤魔化すのが一番。音楽プレイヤー持ってるか?」
「音楽? 携帯でいいならあるけど」
「イヤホンとセットで貸してくれ。午後の授業を受ける気力は俺にはもうねえ」
この後の授業をサボる気満々の春夜は、水月が渋々出した携帯端末とイヤホンを強引に奪い取った。
「自分の携帯があるのに何でわざわざ僕の携帯を借りようとするのか……」
「そりゃあバッテリーの消耗を抑えたいからだろ」
「なるほど、春夜くんらしい理由だ。でもこの前みたいに怪しいサイトに会員登録するのはやめてよ。知らない番号から何度も電話かかってきて大変だったんだから」
「ああ、『放課後パチンコ座談会』を運営してるサイトか。面白そうだったから登録してやったが、ちゃんと参加したか?」
「……したよ。安くない年会費を払わされたからね」
たとえ仲の良い友人であっても個人情報がぎっしり詰まった携帯端末を無闇に渡してはならない。何を仕出かすかわからない人間の場合は特に……
その所為で過去に散々な目に遭った水月だが、いざ友の頼みとなると従わずにはいられない。
これも生まれて初めて出来た友人が夏出春夜という悪どい男であり、彼と関わっていく内に目を背けたくなるような性格に水月が慣れてしまった所為である。
春夜は机の横にかかった鞄から大きめな荷物を取り出すと気怠げに席を立った。
「どこか行くのかい?」
「この椅子で寝ると首が痛くなりそうだからな。後ろで寝る」
そう言って教室の後ろに移動した春夜は手に持った荷物を床に広げた。
暖かそうな厚手の素材でできている春夜の私物、それがキャンプなどで使われる寝袋であることが判ると、春夜は寝袋のファスナーを慎重に閉めて、その中で快適な眠りにつく準備を整えた。
水月から拝借したイヤホンを耳に挿して周囲の騒音を遮断すると、春夜はイヤホンに繋がった端末を弄り『わさビッチがーる』の曲を選択し再生した。
腹は満たされずとも、これで心は満たされると目を閉じようとしたその時、春夜は教室の後ろで屯していたクラスメイトから突然胴を蹴られ、その衝撃で耳からイヤホンが外れる。
「こんな場所で寝るな! 邪魔だクソったれ春夜!」
「い、いっでえッ!! てめえらいきなり何しやがんだッ! はっ倒されてえのか!」
夏出春夜は性格が破綻している為、学校の大半から嫌われている。
特に男子からは、性格が悪いのに顔や才能には恵まれた春夜が大層気に入らないらしく、殴り殴られの暴力関係が両者の間で成立している。
「う、うるせえ! 俺はなお前のせいで昨日彼女に振られたんだよ! 『サッカー部なのに顔も才能も至って凡庸。これからは多彩でイケメンな春夜くんを推すね!』って。な、なんだよ凡庸って……サッカー部に入ってる奴が皆んなイケメンで運動神経抜群とでも思ってるのか!? あ、あけみぃ……俺のもとに戻って来てくれぇアケミィィ!」
波山羊高校サッカー部、前田は涙ぐんだ顔で叫んだ。
サッカー部なのに帰宅部の春夜に負けた悔しさ、結局は容姿を重視していた『元』彼女。
未練がましい男の嘆きは何とも惨めであり、教室にいる女子達は揃って絶句した。
「馬鹿じゃねえの! 完全にとばっちりじゃねえか! そもそもアケミって誰だよ、俺知らねえぞその女」
「アケミ、何でだアケミィ……糸南を推すならまだ諦めがついたっていうのに、何でこんなクズ野朗を」
「クズ野朗って……ふん、だがまあいい。そのアケミって女が俺を気に入っていると分かった以上、そう易々と手放すまい。わさびチューブが切れたらコンビニまでダッシュで買いに行かせ、船で車道を走ってもらいたいから船舶免許と運転免許を取らせるか。あ、『元』彼氏の前でアケミのケツを引っ叩いて鳴かせるのも面白そうだな」
「き、キサマァアアアアッ!!」
発言から滲み出る春夜のクズさに怒り心頭に発する前田は顔を真っ赤にして春夜の首を絞める。
「ゔぐっ……あ、アケミはもうお前の女じゃねえ…………俺がっ、何をしようと俺の勝手、だろ! みっともねえぞ、この負け犬が」
「お前がアケミを口にするなあァッ!! おいっ、お前達もクソったれ春夜に不満溜まってんだろ!? やるならコイツが弱ってる今がチャンスだぞ!」
憎悪のこもった前田の言葉で再び動き出す春夜アンチのクラスメイト。
春夜に反撃する隙を与えまいと前田の首絞めから、目潰し、みぞおちパンチ、股間蹴りと、えげつない攻撃で一気に畳み掛けようとする。
「覚えてるかクソったれ春夜! この前お前が僕の腕をへし折った所為で、命よりも大事なピアノのコンクールに僕は出られなかったんだ! 死んで詫びろ!」
「クソったれ春夜、クソったれ春夜……まだ中学生にもなってない可愛い可愛い天使のような妹に、何度も何度も何度も何度も首筋にスタンガン当てて泣かしやがって、死ねクソったれ春夜」
「去ねクソったれ春夜! 足の悪い爺ちゃんから杖を奪って折って投げ捨てて嘲笑いやがって、どうしてお前はそんな非情な事ができるんだ!?」
募りに募った不満を春夜に暴力込みでぶつけるクラスメイト。
中には笑えない内容をぶちまける生徒も居たが、春夜の墨生活が体に及ぼす影響は予想以上に大きかった。
本来ならここで首絞め、目潰し、みぞおちパンチに股間蹴りと、やられた事を倍にして返す春夜だが、口を動かす事に体力を費やした所為で一方的な暴力を食らわせられる春夜の姿は完全にいじめられっ子。
春夜のやってきた事は決して許されるべき内容ではないが、数の暴力を見兼ねた水月と、春夜のクズを丸ごと愛す凍呼が間に割って入った。
「こらこら、春夜くんに恨みがあるとはいえ暴力では何も解決はしないよ」
「糸南! お前、春夜の肩を持とうっていうのか!?」
「水月くんの言う通りだよ。少し落ち着いて前田くん。確かに春夜くんには目を瞑りたい部分が山程あるけど、集団で彼を痛めつけるのは駄目だよ。それこそ春夜くんが日頃からやってるクズ行為と何ら変わらないと私は思う!」
「白来まで……お前絶対コイツのこと好きだろ」
「へぇっ!? と、突然何を言い出すの! そそそ、そんな事ないかもしれないよ〜!」
この頃の凍呼はまだ春夜に好意を寄せている事を隠し通せていると思っている。
しかし現状は前田だけでなく春夜を含めたクラスメイトの殆どから悟られている為、紅潮した顔で誤魔化そうとする凍呼の行いは全くもって無意味。
「と、とにかく! 春夜くんが本調子になるまでは一方的な暴力は反対! 今はその怒りの矛をどうにか収めて! こんなのフェアじゃないよ」
「確かにこの状況はコイツにとっちゃあフェアじゃないかもしれない。だが無理だ! コイツの調子が戻ったら俺たち普通にボコされるからな。だから無理だ!」
「なんて潔さ……」
春夜が常日頃から喧嘩を売っている相手は何も人間だけではない。
幾度となく波山羊町の妖怪達と衝突を繰り返した春夜の力量はこの町の妖怪を含めても平均的。
故に何の力も持たない人間を相手にする時には無類の強さを誇る為、前田達がたとえ束になってかかって来ようと春夜には敵わない。
それを理解しているからこそ、この絶好の機会を逃してたまるかと躍起になる前田達の瞳は熱く燃えていた。
「そのやる気、部活やこの後の体育で使えたらいいのにね。急に運動神経が良くなるなんてのはまず有り得ないと思うけど、君が物事に熱心に取り組む姿勢を見ればアケミさんの見る目も少しは変わってくるんじゃないかな。と僕は思うけどね」
微笑を浮かべながら前田の肩にそっと手を置く水月はそれっぽい事を言って前田を宥めすかす。
「……糸南。そうだよな、アケミに振られて視野が極端に狭くなっていたが、波山羊町一のモテ男が言うならきっとそいつが正しいんだろうな。おいお前ら、数の暴力をぶつけるのはコイツの体調が良くなってからにしようぜ!」
「──何急に仕切ってんだよ前田。お前だけ女子に良いとこ見せようったってそうはいかねえぞ。早く着替えて体育館行かねえと! 今日の体育はバスケだったよな!」
春夜を助けに入ったつもりが、その行動が裏目に出て前田に赤面させられる凍呼とは違い、学校だけにとどまらず波山羊町で最も人気を獲得している水月の発言には圧倒的な説得力がある。
現に前田達を平和的に退散させ、彼の美しい容姿に魅了される女生徒は、曇天を吹き飛ばす勢いで水月に黄色い声を浴びせた。
しかし彼はこの時、他者の意識を書き換える翡翠色の糸『発光糸』の力を前田達に使用し、騒動を沈静化させたのだが、それに気付いた者はこの場には誰一人として居なかった。
◆◆◆◆
空腹を紛らわせる為に取った憩いのひと時もあっという間に流れ去り、5限目の体育だけでなく、この2年Pu組の教室で行われた数学の授業もまともに受けずに、寝袋の中で安眠をかましていた春夜に鉄槌が下る。
「貴様は何のために学校に来てるんだァッ!」
前田達の攻撃とは比べ物にならないくらい重い衝撃が春夜の腹部に加わると、口から臓器を出しそうな勢いで春夜は吹き出し、飛び上がった。
「あぐわあッ!! こ、殺す気かっ……クソ体罰教師が!」
クラスの皆が見ている中、春夜の腹の中心に全体重を乗せて肘を落とす加減を知らない脳筋女、遠藤茉未。
春夜も担任である彼女が戻ってくる前に起きようと思っていたのだが、思いの外寝袋の中が心地よかった為ついついぐっすり。結果最悪な目覚め方をしてしまう。
「お前が午後の授業をサボった所為でなあ、他の教師連中から苦情が来たんだよ。『遠藤先生の生徒は大人を舐め腐っとる!』って。まあ私に意見した奴は暴力で黙らせてやったが」
「黙らせたならそれでいいじゃねえか! せめて起こすなら最大限の慈愛をもって起こせ! 今は折檻がまかり通る時代じゃねえんだぞこの古代人が!」
「お前らホームルーム始めんぞー」
「無視すんな!」
不真面目な生徒には暴力を以って教育をするという昭和じみたやり方に不満を抱く春夜。
他の生徒は遠藤茉未にぶっ飛ばされるのを恐れている為、彼女に意見しようとは考えないが、春夜は昔からの顔馴染みという事もあり、ズバズバと本音を吐き出す。
しかし毎度のこと春夜の意見はただの見苦しい言い訳と見做され、彼の言葉は右の耳から左の耳へと抜けていく。
溜まった鬱憤を春夜に発散し満足した遠藤茉未は教卓の方に戻ると、ホームルームで使用するプリントを前の席の生徒に渡し、周りの生徒に配るよう指示をした。
「プリントは行き渡ったなー? ではホームルームを開始する」
まだ生徒全員にプリントが渡っていないにも関わらず、勝手に行き渡ったと決めつけ、ホームルームを始める遠藤茉未の仕事に対する熱意は皆無である。
「ふぁーあ、雨の日ってのは何でこうも眠くなるかなー。あー、小春ちゃんに会いてー」
「先生、真面目にホームルームをやってください」
「うるさいな棚本、私はいつだって真面目だ。授業の準備にテスト作成、今日なんて怪物対応もしたぞ。毎日残業は当たり前だし、小春ちゃんには会えないし教員なんて仕事はゴミだゴミ」
生徒の前で教師らしからぬ発言をする遠藤茉未。因みに彼女の言う怪物対応というのは学校にクレームをつける保護者を実力行使で鎮める意であり、学校という職場がいかに過酷な労働環境であるか、欠伸しながら伝える茉未は社会に疲れ切っていた。
「先生……それ昨日も言ってましたよ」
「甘えるな棚本! 世の中には一生同じネタを擦るつまらん教頭だって居るんだぞ! 確かにお前は授業に熱心で、困っている生徒が居れば手助けもする模範的な生徒ではある。学級委員長の仕事だってちゃんとこなしているしな。だがお前は所詮は2番止まり! 授業を碌に受けていない春夜より成績が劣っているんだぞ!? この現実を受け止め、奴に勝てるようもっと精進しろ。でなければ、次からお前のことを『2番目の女』と呼んでやる」
「私が最も気にしてることをこの人は……この人はぁぁ」
遠藤茉未の心ない言葉で涙ぐむ黒髪ボブ眼鏡の学級委員、棚本ミ涼は春夜とは中学からの付き合いだ。
素行不良でありながら成績トップの春夜に対し、彼女は毎日寝る間も惜しんで勉強して万年2位。
その為、2番目というワードに敏感な彼女は小指の爪を齧りながら敵意に満ちた眼差しを春夜に送ると、今日も今日とて劣等感を覚えていた。
「アハハッ、酷い言われようだな委員長。勉強が趣味って思われても仕方ないくらい中学ん時からノートにペン走らせてたのに、才能の差ってやつはこうも残酷なんだなー。次のテスト、手抜いてやろうか?」
「み、見くびらないで! 私は地道な努力の積み重ねが功を奏すると信じてるから! 本気でかかって来ないなら闇討ちします」
「どの口が言ってんだ。委員長、テスト前日に毎回動物の臓器を俺の家に送って知力削ぎにきてんじゃねえか。俺はそれがかなわねえから手を抜こうかって優しい提案してんだよ。あと着払いで送るのヤメロ」
努力が才能を凌駕するという言葉を信じて毎回テストに臨む委員長。
しかし中学一年から現在、高校二年まで春夜と競い合う──というよりかは実力の差を思い知らされる一方で、彼女の心は段々と荒んでいき、努力だけじゃどうにもならない壁があると自覚し始める。
委員長は学年トップの座を奪い取りたいが為に、遂には春夜の弱点を突いた汚い真似をするようになったのだが、それでも彼の知性にはギリギリ敵わなかった。
「くだらないマウントの取り合いはそこまでにして、お前はさっさと席につけ」
一生懸命やっている人間を笑う為、わざわざ委員長の横に立って耳元で嫌味を囁く外道春夜。
彼女は下瞼をピクピクと痙攣させながら机の中に手を入れると、美術の授業で使用する彫刻刀を握りしめ、春夜の赤い瞳を更に真っ赤に染め上げようと考えたが、既の所で席に戻るよう担任から指示を受けた春夜は怪我を負わずに済んだ。
「──ああそうそう。今配ったプリントにも記載してあるが、近頃波高近辺で不審者が多く出没しているそうだ。仕込み杖を持った徘徊老人に道端で横たわる宇宙飛行士、他にも頭のネジが外れた人間が居るみたいだが、詳しい情報は手元の紙に載ってある。下校ルートを変えるなり、特訓して不審者と対峙するなり、個人で対策を考えろ。死ななければ基本どうとでもなる」
「この中には命を狙ってくる不審者がいるんですか?」
ざっと10人近い不審者情報が記された紙に目を通す2年Pu組の生徒たち。
遠藤茉未の雑な注意喚起に、まだこの町に越して一年程しか経っていない水月は衰退していく田舎でも治安は最悪なのかと眉を顰めるが──
「さあな。不審者の考える事など私には分からん。けどまあ学校からも近所のちびっ子を泣かして愉しむクズが出ているからなぁ。警戒しておいて損はない」
「……春夜くん」
夏出春夜という老人や子供にとっての害が存在することでリストに載った不審者もまた、彼同等に性格がひん曲がっている可能性が強まっていくと水月は呆れた表情を春夜に向けた。
「こっち見んじゃねえッ!」