44話 騒がしすぎる墓参り
「色即是空……空即是色」
晴天の日、墓石の前で般若心経の一部分を唱える春夜は相も変わらず黒ローブを身に纏い、母親と手枷で繋がった状態で立っていた。おまけに母の聖書という荷物も首からさげている。
彼が外出できているという事は即ち、美春の部屋で一週間を過ごす罰を終えたというわけだが、いつになったら彼は本当の自由を得ることができるのだろうか。
せめて光を吸収し熱を持つ黒いローブは着替えたいところだが、その布が嫌なら裸になれという選択肢しか与えられていない春夜は我慢する外なかった。
「今日も嫌になるくらい良い天気ね。大した運動もしていないのにもうこんなに汗かいちゃった。ハル君とはしゃいだ後みたいだわ」
「だから言ったろ母さん。屋内ならまだしも、お婆ちゃんの墓参りくらいはせめてまともな格好で出向いた方がいいって。この日差しに黒ローブは流石に無茶。側から見たら完全にカルト教信者だぞ」
「うふふ、こういう時でも私の体調を第一に気遣ってくれるなんて本当に出来た息子だわ。きっとお婆ちゃんも三途の川の向こう側で笑顔で手招いてるわ」
「三途の川……川っていうからには涼しいんだろうな」
一週間丸々、母親とべったりみっちり過ごしていたせいか、美春の支離滅裂な発言に対して的外れな答えで返す春夜は完全に母の色で染まっていた。
お盆の時期にはまだ少し早いがこうして定期的に亡き祖母、夏出桜に顔を見せる春夜達は家族の絆だけは何よりも大事にしていた。
「──お母さーん! お供え物のお花持ってきたよー!」
活気に満ちた声で両手に花束を持つ作務衣姿のちょんまげ娘。
そんな彼女を背に乗せるは体の大きさを自在に変化させる事のできる犬神のヰヰ。
つい先日、夏出家に迎え入れられたヰヰはあれからというもの、ちょんまげ娘こと小春に大変懐き、学校に行く時はポケットに収まるぬいぐるみサイズ、散歩に行く時は今みたいな獅子の大きさから、愛らしい子犬のサイズまで気分に応じて体の大きさを変化させ、ご主人のボディーガードを務めていた。
そして隣に並ぶは体操服姿のスズ。しかし彼女は何故か顔中から汗を垂れ流しながら四つん這いで歩き、その大きな背中には春夜が苦手とするあの赤い髪の女が大きく手を振って笑顔を振り撒いていた。
「おっすー美春、私も来たぞ!」
「あら茉未ちゃん、おはよう! 今日はお仕事お休みなのね!」
小春の通う学校の職員で春夜の元担任でもあるオープン体罰教師、遠藤茉未。
彼女が夏出小春をこよなく愛しストーカー行為を繰り返しているのは周知の事実であるが、夏出美春とは学生時代からの付き合いで最も親しき友人でもある。
そしてこの小春の顔がドアップにプリントされたTシャツを恥ずかしげもなく赤いジャージの下から覗かせる筋肉女がやって来たことで露骨に嫌な反応を示したのは春夜。
「チッ、遠藤茉未。何で来やがった」
「会って早々舌打ちとは大層なご身分になったもんだな夏出の春夜君! しかも何で来やがっただと? 貴様が私を家に招き入れないから休みの日はこうして小春ちゃんの外出するタイミングを狙っているんじゃないか! いい加減私を家に入れろ! 私に家庭訪問させろ!!」
春夜の家はチビヤクザの発明品によって特別なシステムが組み込まれている。その名も『対エンマバリア』。
これは遠藤茉未、略称エンマを絶対に自宅に侵入させない為の不可視の壁。夏出家の敷地に足を踏み入れた瞬間にそれは発動し、対象者を強烈な臭いを発する下水道まで一瞬で転送させるという春夜考案の防犯兼、最悪の嫌がらせグッズ。
どういう原理で人を飛ばすのかは作った本人にしか分からず、外部から壁を壊すことは不可能である為、遠藤茉未は春夜と会う度に愚痴を言っている。
「というかアンタ、何でスズの上に跨ってんだ。可哀想だろ」
「春夜が他人の心配を……正気か?」
春夜の元担任として彼の嫌な部分や最悪な部分、良い所以外は沢山見てきたからこそ言える。
自分以外の者への思いやりを見せる春夜の発言は極めて異常であると。その為、遠藤茉未は顎が外れる勢いで口を開き目を点にしていた。
「正気かどうか聞きてえのは俺の方だよ。どうせ自分を差し置いて妹ポジションについたコイツが気に食わねえから八つ当たりしてんだろ。おい小春、言ってやれ。スズに意地悪するアラフォーは嫌いだって」
「あはは、茉未ちゃんにそんな酷いことは言わないけど、兄やんの言う通りスズが悲しむような事はやめて欲しいかな」
「こ、小春ちゃん!? 今すぐ退くからどうか私を見限らないでくれ! す、すまなかったスズ!」
春夜の言葉には決して耳を傾けたりはしないが、小春に対しては絶対的な信頼を寄せる茉未。
彼女は愛する者に拒絶されるのを畏れ、すぐさまスズの背中から離れるとスズの膝についた砂を召使いの如く手で払った。
「あぁ、やっと解放された」
「お前も災難だったな。こんな暴力女に振り回されて」
「うん。この町はヤバい人間がいっぱい」
かつて似たような経験をしたことのある春夜はスズの憐れな姿に対し同情の念が湧き上がるが、スズにとってはその春夜もヤバい人間のうちの一人であり、スズは安心を求める子供のように美春の元へ寄ると、母の腕に無言でしがみついた。
「あらまあ、スズちゃん傷ついちゃった。もう駄目だよ茉未ちゃん。この子の心はとっても繊細なんだから」
と言いながらスズの頭を優しく撫でる美春だが、夏出の母も過去にはスズを恋敵と思い込んで乳を引きちぎろうとしていた。
類は友を呼ぶとはよく言うが、遠藤茉未と夏出美春の根底には暴力で物事全てを解決するという節があるのだろう。
「あっ、そうだお母さん! お墓の掃除ってもう済ませた?」
「ええ、ハルちゃんが来る少し前に終わらせたわよ」
「そっかー残念。私もお婆ちゃんの墓石磨きたかったんだけどなあ」
「えっ……そ、それは駄目よ。ハルちゃん勢い余ってお墓壊しちゃうでしょ」
供え物を小春から受け取る美春。
息子同様に美春は母親としてめいいっぱい娘のことも甘やかすのだが、いくら小春のやりたい事とはいえ彼女の不器用は知っての通り周囲にまで影響を及ぼす程の『害』。
目を爛々と輝かせる小春には申し訳ないが、祖母の墓を護る為にも小春の頼みを断る美春は心苦しそうな表情をしていた。
「代わりと言ってはなんだけど、せっかくだしお花お供えする?」
「え、いいの!?」
「もちろんよ! このお花はハルちゃんが持って来てくれたんだから! 大好きな孫にお花を飾ってもらえるなんて、お婆ちゃん嬉しすぎてもしかしたらあの世から蘇ってきちゃうかも〜」
「あっはは、まさかー!」
やる事なす事、頭ごなしに否定するのではなく、小春の可能性を少しでも見出す為に、まずは彼女の丈に合った事をやらせようとする美春は娘がチョイスした供え物の花、真っ赤に染まった棘つきの薔薇を両手に持たせた。
「小春ちゃん手怪我しないよう気をつけるだぞ! もし棘が刺さったら直ぐに言ってくれ! その薔薇売ってるガーデニングショップにクレーム入れて潰してくるから!」
「こんな綺麗な薔薇を咲かせるお花屋さんに文句は駄目だよ茉未ちゃん。それに私そこまで不器用じゃないから安心して!」
「不器用じゃない……そ、そうか。小春ちゃんがそこまで言うなら、うん。黙って見守ろう」
不器用の極致に達した人間が不器用じゃないと主張する時は決まって何か面倒なことが起こる。
これは小春のことを赤ん坊の頃から見守ってきたからこそわかる遠藤茉未の直感。
後々の被害のことを考えると、今ここで彼女の行動を阻止するのが正しい判断なのだろうが、彼女の成長の機会を奪ってまで自分の直感には従いたくはない。
夏出小春の姉であり叔母であり妻であり子供でもありたい遠藤茉未は、ヰヰの背中から降り墓石の前に立つ小春の姿を早速自前のカメラで激写していた。
「……墓に供える花が薔薇ってどうなんだ」
「おい春夜! 小春ちゃんの選んだ花にケチつけるな! 吐血するまで腹パンするぞ!?」
「こっわ」
つい先程まで小春の選んだ花を売る店にクレームを入れようとしていたのに、妹のセンスに口出しした途端にこれかと、理不尽に怒鳴られる春夜は引き攣った表情をする。
左右に取り付けられた花立に薔薇を入れるだけ。
こんな単純な作業、知能が発達していない幼児でもできることだが、小春はそれすらも危うい。
というより春夜は小春に対して万に一つも可能性を感じておらず既に諦めた顔をしている。
「薔薇は美しさや優雅さを象徴するお花。今の私には魅力なんてこれっぽっちもないけど、いつかはお母さんみたく周囲に魅力を放つ薔薇のような女性になりたいと思って選んだんだ! だからお婆ちゃん見守ってね!!」
三途の川の向こう側で待っている祖母に向けて──今、小春の想いが込められた薔薇が勢いをつけて花立に挿されると、次の瞬間『夏出家』の墓の両隣にある墓石が何の前触れもなく何故か木っ端微塵に破裂した。
「あ……こ、壊れちゃった。え、なんでッ!? 私、今回余計な事してないのに、なんでお隣さんの墓破裂したの!?」
「オ、オイラこんなの初めて見たぞ」
花立に薔薇を入れた瞬間に起きたありえない事故。
両隣の墓石が跡形もなく消えた事で、お婆ちゃんに挨拶どころの話ではなくなった小春は、墓を破壊する起爆スイッチが花立の中に仕込まれていたのではないかと底を覗くが当然そんな物は見当たらない。
二つの墓を直接手で触れずに破壊する小春の離れ業にあっと驚くヰヰ。
だが当の本人は故人を偲ぶために建てられた墓を……しかも人様の家の墓を消し飛ばしてしまい柄にもなく焦っていた。今更ちょんまげを揺らして細かな破片を掻き集めても墓は絶対に元に戻らないというのに。
「熱膨張が原因で爆発しましたって言って逃げれば?」
「んな適当な! それ言って逃げれるの兄やんだけだよ! 私には良心があるから流石に無理だよ」
「おい俺にだって思いやりの心はあるぞ。失礼だな」
日頃の行いが最悪な所為で実妹から心なき人間として扱われる春夜。
彼は即座に自身が心優しき人間である事を主張するが、春夜の言葉を遮るように『それはない』と告げる遠藤茉未は小春に続いて四散した墓の破片、というより粉末を必死に掻き集めていた。何とも無駄な行為である。
「うふふ。結果はまあ残念だったけどナイストライよハルちゃん」
「お母さん、全然ナイストライじゃないよ。私の不器用がお墓壊しちゃったんだよ?」
「別にいいじゃない。お墓だって所詮は物。形あるものはいつかは風化して消えていくんだから。この世は諸行無常よ」
祖母の墓が破壊されるのを恐れて娘に墓石を磨かせなかったくせに、他の家の墓が壊れたら仕方ないで済ます美春は何とまあ自己中なことか……
本来、墓地とは喧騒とかけ離れた静かな場所。
夏出ファミリーとそのファミリーに入りたがる筋肉女の迷惑行為とも呼べるやり取りは当たり前だが悪目立ちし、その様子を遠目から見ていた一つの人影が徐々にこちら側に迫る。
「お、お久しぶりですぅ美春さん、春夜くん」
金髪おさげに今の時代には珍しい瓶底メガネをかける古風な女性。大正時代の趣を感じさせる袴を着用する猫背な彼女は、オドオドしながら美春達に挨拶をした。
「あらー、今日も相変わらず時代錯誤な服を着ているわね多子ちゃん」
「そ、そういう美春さんこそどうしたんですかぁそのローブ。春夜くんとお揃いで…………あっ゛! も、もも、もしかしてそれがテレビとかでよく目にするカップルコーデってやつですか! 手錠で繋がっちゃってるし」
「うんうん、そうよぉ。気づいちゃったぁ?」
「え、えへー。やっぱり美春さんは凄いなぁ。この世の常識に囚われず自分の恋に真っ直ぐなんだもん。私もいつかできるといいなぁ真に自由な恋愛」
「その心意気があれば、アナタもどんな壁だって乗り越えられるわよ」
息子を愛するという言葉の意味合いは人によって異なるが、殆どの場合はそこに恋愛感情などはなく子供の成長や幸福を願い、支え、育てること表す。
もちろん美春も初めはそうして春夜を育ててきたのだが、いつの日か彼女は息子に愛を狂気を向けるようになった。
そして先日、美春は自室にて春夜を軟禁し、彼の頭の中を自分で埋め尽くした。
敬愛するアイドル『わさビッチがーる』、唯一無二の幼馴染『白来凍呼』、数少ない理解者である『ボコ』よりも遥かに優れた雌はここにいると、春夜は綿密に組まれた『お母さんプログラム』によって徹底的に叩き込まれた。
その甲斐あってか、悠然とした態度をとる美春に多子と呼ばれる女性は胸の前で手を組むと、憧憬の念を抱いていた。
「おーい、美春の言うこと真に受けんなよー。自由な恋愛ってのはお互いの意思が尊重された上で成り立つもんだ。美春の場合はその逆、束縛と洗脳で春夜を操ってるからなー」
「え、えっ!?」
「もう茉未ちゃんってばイジワル言わないでよお。私とハル君は正真正銘真実の愛で結ばれているの! もうハル君からも言ってやって、美春愛してるって!」
「……ミハルアイシテル」
「きゃあああッ!! 言った言った! ハル君が私のことミハルって呼んで、アイシテルって言ったー!!」
「これを洗脳と言わずして何と言うか」
息子に甘い言葉を囁かれ、猿のように飛び跳ねる美春は心の底から歓喜する。
完全に美春の操り人形と化してしまった春夜だが、幾度となくこのような光景を見てきた茉未は、歳を重ねるごとに反応が過剰になる親友の姿に頭を痛くする。
「そういえば……そ、そちらの妖怪さんは初めましてですよねぇ?」
自分の身長を凌駕するスズの巨体に威圧される多子。
顔もなければ着ている服も体操服と、場にそぐわない格好をしているスズの異質さに恐怖を覚える多子は、その感情を誤魔化す為にも左右のおさげを両手でギュッと握りしめた。
「こんにちは、スズです、10歳です」
「あ、はい、私は27歳の独身アラサー女、各理多子ですぅ。よろしくお願いしますスズさん。年齢は10歳でまだまだお若いんですねぇ…………ん?? 10歳?」
スズの自己紹介は定型文。
誰に対しても同じ挨拶をするスズに顔をなるべく合わせずお辞儀を繰り返す多子からは、暑さとは別の汗が顔から吹き出ていた。
そしていつも通りスズの年齢と容姿がまるで一致していない事を突っ込まれると、多子は自身が小心者故に揶揄われているのではと春夜に苦い顔を向けた。
「まあ初めは誰しもがそんな顔をするよな。けど多子さん、スズの10歳はどうやら本当らしいぞ。と言っても人間の年齢に換算すると1000を超えるクソババアらしいけど……そうだったよな小春?」
「スズはクソババアじゃないけど永い年月を生きているのは本当だよ兄やん! デコちゃんがこの前教えてくれた。悟りの妖怪は長寿だって」
「桁がおかしい……だからそんなに背が高いんですかぁ」
スズの身長は大体2メートル半、世界にはごく稀に彼女と同じ背丈の人間がいるみたいだが、この町の住人は腰の曲がった老人が大半を占めている為、2メートル半は疎か、波山羊町の平均身長は全国各地の平均身長と比べるとだいぶ下回っている。
とはいえスズは種族がそもそも違う為、比較する対象としては間違っているのだが。
「妖怪だから人と体のつくりが違っているのは頭では理解できているんだけど、いざ高身長の女の子を前にすると足が竦む……ます」
「んふふ、懐かしいなー。私も初めてスズと会った時は身長があまりにかけ離れていて目ん玉飛び出そうになったけど、スズはとっても良い子なんで仲良くしてあげてくださいね多子さん!」
「そ、そうなんだぁ。小春ちゃんはスズちゃんの事が大好きなんですね」
「うん、私はこの子のお姉さんだからね! 妹は大切なんだよ!」
「──ぐはぁッ!! こ、小春ちゃんが何処の馬の骨とも知れない顔なし妖怪を大好きって……その言葉は私にくれえっ!!」
小春の優しい愛情に包まれるスズの立ち位置がどうしても気に入らない遠藤茉未。
自分以外の者に『大切』と告げるなんて聞くに耐えない茉未は自身の両耳を指で力強くほじくると血を垂らし、聴覚を一時的に遮断した。
そこまでして小春の妹ポジションを狙いに行く茉未の執念は正直気味が悪く、今後も絶対に家に入れないと心の中で誓う春夜であった。
「あっ、そうそう! 多子さん、このワンちゃんも実は犬神って妖怪なんだよ! ほら挨拶して!」
先程は獅子のような大きさだったヰヰはご主人の要望に応え、子犬のサイズにまで体躯を縮小させると、小春に抱えられた。
「どうもオイラヰヰです、10歳です、ヨロシクです」
「犬神って確か人が寄りつかない山奥を住処にしてる妖怪でしたよねぇ。しかもこの犬も10歳なんですね」
「あはは、適当言ってるだけだよ。もうヰヰ、多子さんのこと困らせちゃ駄目でしょ」
「こ、小春ちゃんは個性的な妖怪に囲まれてるんですねぇ」
ヰヰの悪ふざけに翻弄される多子は妖怪と仲睦まじい関係を築く小春に笑顔を浮かべた。
「こんなアホ犬は放っておくとして、多子さんは今日一人で兄さんの墓参りに来たのか?」
夏出春夜といえば、たとえ相手が軍事企業の社長であっても、国を統治する女王様でも、不遜な態度は決して欠かさなかった。
しかし彼の『各理多子』という女性に対しての接し方は明らかに違っていて、冒涜的な発言を使わないのは勿論、あろう事か彼女の名前の後に『さん』をつけて呼称していた。
「私の両親、仕事でしばらくこの町に帰って来ないんですよぉ。だから今日は私一人。春夜くん達はお婆ちゃんのお墓参りですよねぇ?」
「ん? ああ、お婆ちゃんに挨拶は済ませたから、この後多央兄さんに素甘届けようと思ってたところなんだが」
先程から神妙な面持ちで多子と接する春夜はローブの隙間から供え物の入った袋を覗かせる。
「わざわざ持ってきてくれたんですかぁ? 兄さんの好物の素甘。嬉しいなぁ……も、もしかして手作りですか?」
「……まあ俺が作ったやつだけど、まさか多子さんもここに居るとは思ってなかったから、ごめん多央兄さんの分しか持ってきてない」
「そそ、そんなの気にしないで大丈夫だよぉ」
「いや気にするから作った時に余った素甘、後で多子さんの家に届けに行く。母さんもいいよな?」
「ええ。ハル君がそうしたいなら私もついて行くわ」
器用な春夜だからこそ出来る手作り和菓子。
そして美春も愛する人が作った菓子を自分以外のメスが食らう事は絶対に許可しないと、相手が凍呼やボコなら言っていた。
だが多子は性別が女であるにも関わらず、春夜手製の菓子を貰う許可を美春から得ることができた。
この場に凍呼が居たら、頬を真っ赤な風船みたく膨らませ、不平等を訴えていただろう。
多子はそこまでしなくてもと遠慮するが、春夜と美春は揃って頑固。後で家に菓子を届ける事が決定した。
そして夏出桜の墓から少し離れた場所にある各理家の墓。
遠藤茉未の監視のもと、祖母の墓で線香をあげると言った小春達と一旦別れた春夜と美春、各理多子は既に花が供えられた墓の前で合掌をする。
春夜と美春は手錠で片手が不自由な状態だが、それでも無理矢理体を密着させ両手を合わせていた。
「兄さん、春夜くんと美春さんが来てくれたよぉ」
「多央兄さん……素甘持ってきたぞ」
半紙を挟んで供え物の菓子を墓石に置いた春夜から伝わってくる後ろめたい感情。
「春夜くん、もしかしてまだ兄さんのこと引きずっていますか?」
「……なあ多子さん、金玉って覚えてるか?」
「きんたま…………ひやぁっ!? 急に下ネタですかぁ!?」
真面目な顔してセクハラをかましてくる春夜にあたふたする多子。
「いや違えよっ! 金色の宝玉だよ!」
「えっ、ああ、何だそっちかぁ!」
「俺がこんな重い雰囲気醸し出してんのに普通下ネタ言わねえだろ」
「えへへ、すみません」
純粋な多子のおとぼけによって展開された即興コントに美春はくすりと微笑みかけると直ぐに本題へと戻った。
「貴女のお兄さん、多央くんが自分の身体に封じていた呪われた遺物よ」
「金色の宝玉……久しく耳にしていませんでしたが、忘れるはずもありません。あの玉のせいで、私の兄さんは──」
「そうね。あの玉が原因で貴女のお兄さん、多央くんは命を落としたわ」
「はい……そして本当なら私が兄さんの役目を引き受ける筈でした。各理家の者として」
現在彼女達の前にある墓は各理多子の兄、各理多央が眠る場所。
数年前に起こった出来事がきっかけで命を落とした多子のたった一人の兄妹。
それに関係しているのが金色の宝玉──先の一件で糸南水月が所持していた燦然と輝く黄金の球体。
故人の話に触れた事で懐かしさ、そして喪失感が交錯する多子の心情を映し出すかのように、太陽は暗い雲で覆われると、風が荒れ模様を告げていた。