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42話 犬を飼いましょう

 華火の頼みで夏出家は数日の間、デコボコを引き取る事になった。

 春夜達はレストランで解散した後、双子を連れて自宅へと戻るのだが、彼らを出迎えたのは学校帰りの小春と小さな一匹の犬であった。

 これまで夏出家は犬どころかペットすら飼っていなかったというのに小春は一体どこかから拾ってきたのか。

 にしても灰色の毛並みをしたこの子犬、見覚えがあるというかつい最近目にしたような気もするが……


「もう帰っていたのか、早いな。今日は部活なかったのか?」


「ううん、あったけど(あに)やんとお母さんの様子がどうしても気になっちゃって……あれ? 何でウチにデコちゃんとボコちゃんが? 確か車に轢かれて休んだって聞いたけど」


「車に轢かれたって……もっとマシな嘘あっただろ」


 小春と同じ学校で同じクラスのデコボコは休む口実に車に轢かれた事を選んだようだが、この田舎町では走っている車の数が極端に少なければ、こんな事故が起こってしまった場合には瞬く間に話が拡散されてしまう為、その日には嘘がバレる。

 とはいえ彼女らが車との衝突事故と同じレベルで怪我をしている事には変わりない為、そこはせめて殴り合いの喧嘩で休んだという嘘で良かったのではとその道のプロである春夜は思う訳だが……


 車椅子に座るボコを見てそれを本気で信じた小春は双子を快く歓迎した。


「それで小春、この犬は何なんだ? どこで拾った」


「ん? なんか家の前で置物のように座ってたからウチに招き入れたんだけど、凄いよこのワンちゃん。ほら、ご挨拶して!」


 ウキウキした様子の小春は両手に抱えた子犬を揺さぶると、子犬は彼女の期待に応えるように鳴き声──ではなく、人語を突然喋り始めた。


「オイラの名前はヰヰ(うぃうぃ)。家を失くし途方に暮れていたところ、優しい、それはもう本当に優しい小春ちゃんがオイラを拾ってくれたんだ。そこでオイラは決めました。この家に住み着いてオイラのご主人こと小春ちゃんを生涯かけて守り抜いてみせるって。なので一日三食おやつ付きでよろしくお願いします」


「はっ倒してやろうか、寄生(けん)が。お前どこかで見たと思ったら病院に居た犬神じゃねえか」


「その節はどうもお世話になったな。オイラの顔を殴った動物虐待者」


 犬に手を上げるだなんて春夜はどこまで落ちぶれたら気が済むのか。

 犬神のヰヰの発した言葉で小春に蔑まれる自由を失いし兄。

 だがあの時は春夜を驚かせるような登場の仕方をしたヰヰも悪かった訳で、丁度その場所に居合わせていたデコは何故かその事を告げる事なく、春夜が一方的な悪者になるのを黙って見ていた。


「そんな目で俺を見ないでくれ小春。確かにコイツの顔面を俺は殴ったかもしれねえが、あれはあくまで条件反射なんだ。扉を開けた先に人語を解する大型犬が居たら誰だって驚くだろ。つまりあれは事故で俺は何も悪くない」


「そうだね。兄やんはそういう性格だもんね。ねえお母さん、ウチでワンちゃん飼ってもいい?」


「ちょ、小春さん? 俺のそういう性格って勿論良い意味で言ってるよね? そう捉えていいんですよね!?」


 春夜が言っても直らない性格なのは昔からで、小春は含みのある言葉を兄に残して母親に視線を移した。

 小春は数少ない理解者であり、一生慕ってもらいたいと思っている為、春夜は必死になって妹の口からポジティブな言葉を聞き出そうしていた。


 しかし小春の関心は春夜から完全に削がれてしまっている。


「ハルちゃんったらすっかり夢中になっちゃって。そんなにその子のこと気に入ったの?」


「うん、だって面白いでしょ! 私をご主人と持て囃して楽して暮らそうとしているのが丸分かりのあざとい(けん)! しかも会話が可能なペットって普通ではあり得ないんだよ!」


「そうね。別にウチで飼うのは問題ないのだけれど、ハルちゃんの不器用はワンちゃんの命を奪う可能性があるからね……そこが不安だわ」


「大丈夫だよ! 私はヰヰの散歩だけして後のことは兄やんに全てやってもらうから」


「なるほど……うん、それなら大丈夫そうね。いいわよ」


 母親からペット(妖怪)を飼う許可を難なく得た小春。

 彼女の不器用は命を奪うと聞いて一瞬ヰヰの表情が固まったが、流石に不器用にも限度があるだろうと、都合の良い解釈をしてしまう犬はこの家で暮らす意味をまだ理解していない。

 対して春夜は別にペットを飼いたい訳でもないのに何故その世話を自分がやることが決定しているのか……飼ったはいいがペットの世話を全くしない子を持つ親の気持ちになっていた。


「そういえばお母さん、コレ見つかったよー」


 新しい家族が増え気分が高揚している小春は、美春に辞書のように分厚い一冊の本を手渡した。


「これは……私がハル君に持たせた写真集? ハルちゃんが見つけてくれたの?」


「私じゃなくてヰヰが拾ってくれてた」


「あら、気の利くワンちゃんじゃない。この本がないとハル君、発狂しちゃうから見つかって本当に良かったわ」


 病院に侵入した際、春夜が失くした夏出美春のどエロい写真集こと聖書。

 満身創痍の春夜が朝方に帰宅し、聖書が紛失したことが美春に知られた時は耳元で尋常じゃないほど呪いの言葉を囁かれたが、ヰヰが手土産として聖書を持ってきてくれたおかげで春夜は安堵する一方、また一日に何十回もの読書時間を設けなければいけない事に苦渋の表情を浮かべる。

 そして春夜は再び首に色々な意味で重い聖書を掛けた。


「じゃあハルちゃん、この二人を適当な部屋に案内してあげて。あ、勿論ハル君の部屋は絶対に入れたらダメだからね」


 夏出ハウスはバリアフリー対応していない為、車椅子から降ろされたボコは姉のデコにお姫様抱っこされた状態で家に上がると、部屋の案内を任された小春の後をついて行った。


「デコちゃんとボコちゃんはお風呂とトイレ、どっちで寝たい?」


「は?」


 部屋に案内と聞いたからてっきり個室を用意してくれるのかと思ったが、カマドウマが喜びそうな場所の二択で選択させようとする小春に目が点になる双子。

 すると小春は状況が飲み込めていない二人を見ながらクスクスと笑い始めると──


「くすっ……ぷっ、あははは! 冗談だよ二人とも! 大切なお客さんをそんな場所で寝かせるわけないでしょ! 兄やんじゃないんだから」


「……そ、そうよね、思わず自分の耳を疑ってしまったわ。てっきり小春とお姉様が結託して私たち姉妹を陥れようと画策しているものかと」


「あはは、ごめんごめん! 来客用の部屋があるから二人はそこにちゃんと案内するよ! あ、でも敷布団になっちゃうけど大丈夫かな? どうしてもベッドがいいって言うなら私の部屋と交換するのも可能だけど」


「別に私たち布団に大したこだわり持ってないからそこまでする必要はないわよ。それよりも……その部屋って豆電球とかある? ボコが真っ暗闇が苦手でうちではいつも夜に豆電をつけて寝てるんだけど……」


「──嘘つかないでデコ。暗いの苦手なの、私じゃない……デコでしょ」


 夜の病院で大層ビビり散らかしていたデコは直ぐにバレる嘘を吐いて虚勢を張る。

 ボコはまあいつもの事だからと諦めた顔をするが、ホラーが苦手なことに自分自身恥を感じているデコは妹の言葉に対し目を泳がしていた。


「へえー、怖いの苦手なんだデコちゃん。赤ちゃんみたいで可愛いね」


「てめっ、誰がチビィじゃい!!」


 中学生扱いされるのですら物凄く嫌なのに、怖いのが苦手な所為で女児を吹っ飛ばして赤ちゃん扱いされるデコは地団駄を踏んで癇癪を起こした。

 小春はそんな姿も愛らしいとデコの頭を撫でながら移動し、皆が着いた場所は2階の空き部屋。


 小春は来客用の部屋と言っていたが使われなかった期間があまりにも長かったのか、そこには大量のダンボールが積まれており、完全な物置部屋と化していた。


「なんか、思ったより物がいっぱい……」


「ごめんねーボコちゃん。急な来訪で部屋とか全然片付いていなくて。もし荷物が邪魔だったら適当に焼却してもいいから」


「焼却する必要はない……どういうわけか私たち、スペースをあまり取らないから」


 身長が低いという直接的な表現をせず、自分たちが傷つかない範囲で言葉選びをするボコ。

 小春はそれならばと押入れから取り出した布団を窮屈な空間に敷き詰めると、デコは口元に手を当て眉を(ひそ)める。


「え、待って。布団一枚だけ?」


「勿論! だって双子は同じ布団で向き合って寝るのが世の常識でしょ?」


「いや、全然常識じゃないけど? さっきもさらっと邪魔な物は燃やしていいとか言ってたし、もしかして小春って割とガサツ?」


「むっ、失礼だなあデコちゃん! 私だってサングラス作れるくらいには手先器用なんですけど!」


「な、何故にサングラス?」


 双子に対し用意する布団は一枚と、気配りが足りていない小春に呆然とするデコ。

 自分自身、器用な性格に分類される者でない事を自覚しているデコだが、小春のそれは明らかに危険な香りを発している為、無意識にも顔が強張ってしまう。


 するとそんなデコの反応に彼女は突然、対抗意識を燃やし始めると、双子が知る由もない話題……以前小春が自らの手で完成させたサングラスの話をし始めた。


 フレームとレンズをかなりの数駄目にしたが、それでも尚一つの物を作り上げた事実は不器用な小春に大きな自信を与えたのだろう。


「そういえば二人とも手ぶらだけど家から何も持ってきてないの?」


「急に話がぶっ飛んだわね。服や日用品はお姉様が用意してくれるらしいから私たちは何も持ってきてないわよ。勿論お金も」


「泊まりに来たんだからお金は必要ないよー。それより問題はデコちゃん好みの服がウチにあるかどうかだよね。凄いセンスだよね、私服が探検服って」


「いや、アンタの作務衣も中々でしょ。学校でも着て行ってるでしょ、それ」


 奇抜なファッションを愛する者が必ずしも共鳴するとは限らず、寧ろ小春から見たデコの姿、そしてデコから見た小春の姿は、常人の目に映るものと何ら遜色なく、互いが互いのセンスに微妙な反応を示していた。


 現代女子のシンプルな服装をしているボコからするとこの二人の格好は実に滑稽。


「二人とも、まともな服着なよ」


「「まともって何!?」」


 ──夏出家一階浴室。


 真っ白な泡に塗れた二人の男女は視線を交わしながら互いの肌を舐め回すように指でなぞる。


「んっ……ハル君、そこッ」


「はいはい肩を揉んで欲しいんだなー。分かったから変な声は出さないでくれ。心臓に悪い」


「何よーもう。年頃の男女が裸の付き合いしているんだから官能的な気分になっても問題ないでしょ?」


「と、年頃?」


 手枷で繋がっている事を除けば、若いカップルあるいは新婚夫婦が仲睦まじく風呂を愉しんでいる風に見えるのだが、いくら仲が良かろうと親子という関係が覆ることはなく、ましてや年齢の差が縮まるなんて事は決してあり得ない。

 その為、母の言葉に耳を疑う春夜は取り敢えず美春の身体を熟視し、老化している部位がないかを確かめていた。

 子持ちの体にしてはあまりにもきめ細やかな肌をしている為。


「まあハル君ったら! お母さん体を食い入るように見ちゃって……聖書だけじゃ我慢できなくなっちゃったのかしら。いいわよ、いつでも来て」


「いや、母さんの体にガタが来てるところがないかを確かめてるだけなんだけど」


「こらハル君! 女の子にガタが来てるなんて言ったらメッでしょ! お口の悪いハル君は後でお母さんのお部屋でお仕置きなんだからね!」


 デリカシーのかけらもない春夜に対して両頬を真っ赤に膨らませる美春は、少しでも若く見られようと口調をあざとく変化させ両手でツインテールをつくり可愛い子ぶる。


「母さん、年相応って言葉知ってるか?」


「ミハル、10ちゃいだからわかんなーい」


「うわ、スズの真似して誤魔化してきやがった!」


 スズですらそのデカい図体が故、10歳に見えないというのに、この色気ムンムンの女性が10歳は流石に無理があると、たわわに実った美春のおっぱいが上下左右に激しく揺れるのを見て春夜は血の気が引いたような表情をする。


「そういえば、もうそろそろスズちゃんが帰ってくる頃かしらね。今日はデコボコちゃんも居るから早くお風呂上がって夕飯の支度しなくちゃ」


「おおっ! 母さんとの洗いっこはもうおしまいか!」


「何で嬉しそうなのよハル君。今は大事なふれあいタイムが終了してしまうけれど、まだ夜が来てないのを忘れちゃダメよ。今夜はマジの本気で寝かせないんだから。うふふっ」


「え、俺病院から帰ってきて一睡もしてないんだけど……布団に入ったら即気絶する自信あるけど」


「残念だけどそれは無理な話ね。ハル君が気絶する時は私の欲求が満たされた時……そう既に決定しているのだから」


「よ、欲求……なるほど。興味深い」


 美春の一糸纏わぬ姿、艶っぽい唇の動きに視線を奪われる春夜は神妙な顔をして母の欲求とやらに興味を惹かれていた。

 毎日、所構わずベタベタしてくる美春に対して『やめてくれ』と口では否定していてもやはり思春期男子、エロい欲望には抗えないか。その対象が実の母親であっても……


「──ただいま戻りやした、お姉ちゃん」


 双子に部屋の案内を終えた小春はリビングのソファで寝転がりながら携帯を弄り、その横ではデコとボコが教育アニメにかじりついている。ヰヰは新しい住処に興奮を抑えられず家中をちょこまか走り回っている。


 女子三人は部屋の戸が開く音、そしてキュートな声色に耳をピクリと動かすと、そこには美春の頼み事を終えて帰ってきたスズがナース服を着用し(よだれ)を垂らしていた。


「で、ででっ、でっけえ巨人が来たああああッ!!」


 児童体型のデコボコにとっては身長180cmから巨人に分類されるのだが、それすらも霞む高い背丈のスズを見た途端に奇声を発し出すデコは非情な現実を突きつけられたことで悔し涙を浮かべる。

 そしてそれはボコも同じで、叫び声こそ上げなかったが無言で白目を剥き、鼻血を垂らす程度にはショックを受けていた。


「デコボコちゃん突然どうしたのッ!?」


「あ、いや……私たち姉妹は身長の高い奴見ると深い憎しみが湧き上がってきて、精神的大ダメージを負うのよ。まさか小春の家にこんなバケモノが居るなんてね……屈辱の極みよ」


「デコ、初対面の相手にバケモノはない……せめてヒグマって言わないと」


「アンタこそ初対面の女に対してクマ扱いは酷いでしょ」


 帰ってきて早々、見知らぬ少女達から容赦無く中傷されるスズは困惑した様子でお姉ちゃんこと小春に顔を向けると、この瓜二つの女児について説明を求めた。


「あははー、突然の悪口にスズも驚いちゃったかー。この双子ちゃんはね私の同級生で、前髪の真ん中が飛び出てる子がデコちゃん、そしてもう片方の物静かな子がボコちゃん。今日は二人ともウチにお泊まりだから仲良くしてあげてね」


「なるほど、理解した。スズです、10歳です、ヨロシクです」


 初対面でバケモノ呼ばわりしてくるような相手には普通心を開きたくないものだが、流石は狂人が集う夏出家に適応しただけの事はある。小春の紹介で直様(すぐさま)デコとボコを受け入れるスズは口角を少し上げると頭を深々と下げた。


「見たところ、アンタって悟りの妖怪よね? それで10歳って……え、マジで言ってる?」


 どう足掻いても10歳に見えないスズの容姿に初見の春夜達と全く同じ反応をするデコ。

 だがスズは春夜とは違って嘘を吐かない純粋な女の子であると家族の一員として小春は胸を張って主張する。


「違うわよ小春、私が言いたいのはそういう事じゃないの……悟りの妖怪っていうのはね、数ある妖怪の種族の中でも一二を争うほど長寿なの。それはもう人間の一生と虫の寿命が同等に思える程にね」


「私たちの寿命が虫と一緒!? そ、それじゃあ、私がスズよりも先に死ぬのは決定事項で、スズは火葬された私の骨を泣きながら拾うって事なの!? そんなの嫌だよ! スズをひとりぼっちにするくらいなら私が死ぬタイミングでスズも殺して一緒に焼かれる!」


「アンタそれは家族としてどうなのよ。それにこのスズって子は目がついてないから泣いてるかどうか分からないでしょ」


「いいや! スズは私が死んだら絶対に泣くね! だって私、お姉ちゃんなんだよ? ね!? スズ泣くよね!?」


 似ても似つかないこの二人が一体どうやって姉妹になれたのか。その経緯も気にはなるが、姉らしからぬ発言をする小春の圧にデコは勿論、泣くことを強制されているスズは押されていた。

 スズと同じタイミングで死に共に火葬されたいのか、はたまた自分の葬式でスズに号泣してもらいたいのか、小春の支離滅裂な発言に気の毒そうな顔をするスズ。


「しかし悟りの妖怪で10歳ってことはスズは相当なババアね。人間の年齢に換算すると大体1000歳くらいだから」


「へえ、いつもは10歳10歳って言ってるけど実際はそんなに長生きしてたんだ。十世紀分の歴史をその目、じゃなくてその口で見てきたなんて、我が妹ながら凄いことだよ!」


「あ、あれ、なんか思ったより反応が軽いわね」


 千年もの時を生きる者が身近に居ればそれがたとえ妖怪であっても普通は泡を吹いて卒倒しそうなものだが、小春はそんな事よりも現在妹が着用している衣服に段々と意識が向くと、明るい笑顔を徐々に曇らせていった。


「それはそうとスズ、何でチミはそんな格好をしているのかな? 今朝は私とお揃いの作務衣を着ていたよね? なのに帰ってきたらコスプレイヤー初心者が着るど定番中のど定番、ナース服…………おのれの作務衣魂は一体どこに行ったんじゃ!! わしと作務衣を語り合った同志じゃろうてッ!」


「うおっ、急にどうした! ヒステリック出たか小春!?」


 これまでの会話の流れで癇癪を起こす要因となるものはまるで無かった筈だが、突如、反社風に怒鳴り散らかす小春を前に目が点になる一同。

 衣服のこだわりが強いのは今ので十分に理解したが、彼女が突飛な行動をするのは母親の血を強く受け継いだからと察するデコは苦笑を浮かべた。


「落ち着いてお姉ちゃん。私、お姉ちゃんがくれた作務衣、大好きだよ。でも病院で気になる服も見つけた。それがこれ」


「それがこれって……スズまさか盗んできたの? 窃盗は兄やんだよ!」


 悪行イコール春夜という考えがすっかり定着してしまっている小春は作務衣よりもナース服を優先したスズに半信半疑になりながら問い詰めるも、スズは自分の価値を下げるような真似する訳がないと即座に否定した。


「ナース服、看護師さんがくれた。どうやら作務衣を着てた私がコスプレイヤーに見えたらしい」


「スズがコスプレイヤー? まあ、兄やんと初めて会った時、クリスマスツリーのコスプレしてたみたいだし……その看護師さんの言ってる事はあながち間違ってはないのかな。にしても、たまたま会ったスズにナース服をプレゼントだなんてやっぱ田舎は奇天烈な人が多いね。わざわざスズの為に採寸もしたって事でしょ?」


 スズが所持する服は緑色の全身タイツを除けば全てが特注品。

 というのも縦にも横にも大きい彼女に合うサイズの服が通常のアパレルショップに置いている筈もなく、医療従事者が実際に現場で着用しているナース服は尚更ない。


 ならばその話に出てきた看護師とやらが患者を放ってまでスズの為に服を仕立てた事になるが、波山羊町の病院というのはそんなにも暇なのだろうか。寧ろ老人が多い分、忙しい風にも思えるのだが……


「──ガールズトークに花を咲かせているみたいね。おかえりスズちゃん。その格好とっても似合っているわよ」


 愛する息子との混浴でいつもより上機嫌な美春は素っ裸で皆の前に現れ、スズのコスプレ姿を褒めた。

 そしてその隣には素っ裸ではないが黒いローブを一枚纏った春夜が(やつ)れた顔して髪を濡らしていた。まるで夢魔に精気を吸われた男のように。


「ありがとう。母もその姿とっても似合ってる」


「うふふ、そうでしょう? ハル君と裸の付き合いをしたことで肌年齢が20歳くらい若返っちゃったわ。もう服なんて捨てて一生裸で過ごそうかしら」


「……もし母さんが『素っ裸おばさん』って題目で全国ニュースに取り上げられたら全部スズのせいだからな」


 今日初めて着た服が似合っていると言われスズが嬉しく思うのは理解できる。

 だがいい歳こいたおば様に向かって裸姿が合ってるというのは間違ってると、ふざけた事を抜かすスズを睨みつける春夜。

 これで母親が本当に素っ裸で町を出歩くようになったら夏出家は晒しものになった挙句に最悪一家離散、なんて事もあり得ると、すっかりその気になっている美春に急遽カーテンを引っ張り布を被せる春夜の気苦労は計り知れない。


「春夜のお母さん……破天荒」


「……お姉様、色々とでっか」


 貧相な身体をしている双子からしたら美春の肉体はまさに異次元。

 どれだけ肉体改造に励んでも自分たちじゃこの領域には辿り着けないと悟ったのか、二人は哀れな春夜を尻目に乾いた笑いを室内に響かせた。


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