40話 ブチ切れお母さん
波山羊町から水月と蘭丸、そしてグロいクマさんが姿を消してから数時間後。
妖怪御用達のファミリーレストラン『ぴょんぴょんラビット』では地獄のように重たい空気が流れていた。
ボックス席には春夜と美春、向かい側にはデコと凍呼と二口女が口を閉ざしながら座り、テーブル上にこの店のオーナーである兎の妖怪の華火がちょこんと佇んでいた。
手足の骨がボキボキに折れているボコは車椅子に乗って皆の様子を窺っている。
「美春、一つ聞きたいのですが、貴女一体春夜に何をしたんですか。服装まで被せて」
暴君に恐れをなす民のように誰が見ても分かる主従関係がそこには在った。
人を殺す目つきをした美春と生きる目的を失い廃人のように窶れた顔をする春夜は揃ってロング丈の黒ローブを身に纏っていた。
美春はテーブルの上に左手を置くと彼女の手首には鋼鉄の手錠、そしてその先に繋がれていた春夜の右手があった。
「遂に子供の自由を完全に奪いましたか」
美春の行き過ぎた行為に呆れ返る育ての親の華火。
しかし鬼の如く激昂する美春は嘘を吐く息子はこうなって当然だと自分の言動に何一つ疑問を持っていない。
「これから俺は一生母さんから離れられない。風呂トイレ行くのに服は邪魔だとこの布切れ一枚で過ごす事になったし、俺はもう終わりだ」
「プッ、哀れね春夜。アンタは一生ママのおっぱいでも吸ってなさい。赤ちゃんニートがお似合いよ」
躾と言うにはあまりに聞こえが良く、実際は母に隷属する形になってしまった春夜に愉悦の笑みを浮かべるデコ。
しかし、美春が怒っているのは何も春夜一人だけではなく、息子を唆したデコ、そしてそれに関わった者全てに怒りを感じている為、問答無用で卓上にあった呼び鈴を少女の額に投げつけた。
「いっだァッ!! いきなり何すんのよこのクソ女!」
「口の利き方がなっていないわね。クソ女ではなく私の事はお姉様と呼びなさい」
「誰が呼ぶかこのオバサン! 今日普通に学校あるのに召集してアンタ何様よ」
「だからお姉様だって言ってるでしょ。華火に育てられたのはアナタだけじゃないのよ。このドチビ」
「キィイイイイッ! 今チビィって、私のことチビィって言ったわよこの女──」
同じ育ての親を持つ身として多少の慈悲を持ち合わせているかと思いきや、猿のように騒ぎ立てるデコの顔面に右ストレートをお見舞いする美春。
「ねえ華火、この子に礼儀ってものを教えるから少しだけ借りるわよ」
「あぁ……程々にしてくださいよ」
華火にとってはデコだけでなく美春も大事な娘であり彼女の要望も断れない為、デコの身が危ないと分かっていながらも彼女らが厨房の中に入っていくのをただ黙って見ている事しかできなかった。
──3分後、実質姉妹とも言える二人とその姉に拘束された春夜が戻ってくると、あの傲慢でクソ生意気なデコがなんと歯を食いしばりながら情けなく泣きじゃくっていた。
春夜の引き攣った表情を見て何が行われたのかおおよそ予想がつく華火は憐憫の眼差しをデコに送る。
「ゔっ……ぐすっ……ごめなざい。ナマ言ってごめなざいぃお姉様ぁ」
「全く自分の立場を弁えなさい小娘が」
十数年共にいる春夜でさえ母親に逆らえないというのに、新参者のデコが彼女に太刀打ちできる筈もなく、自分の立ち位置というものを分からされた少女は椅子に座らず、床で正座していた。
「嘘……デコが他人の言いなりになってる」
夏出美春にここまで恐れる姉を見て愕然するボコはチラチラと目線をちらつかせながら次は自分が標的になるのではないかと怯えていた。
実際春夜が深夜に無断外出したのも自分が水月に捕まったのが事の発端である為、美春のいびりから逃れられるとはボコ自身も思っていない。
そして恐れていた事が早速起こってしまう。
「ところでボコちゃん、その胸元に隠してある物は一体何かしらね」
「えっ……いや……な、何もない、よ」
ボコの首に掛けられたネックレスに目線が行った美春は空いた右手でそれを手にすると、捨てたと言っていた筈の真紅の指輪、つまりは春夜が渡したエンゲージリングがそこにはあった。
「ボコ、まだそれを持って──いやこのタイミングでそれは最悪だな!」
邪な想いを込めて作った指輪がゴミ処理場に行かなくて本当に良かったと心の中で歓喜する春夜は同時にこれが美春の目に映った事でどのような影響を及ぼしてしまうのか、取り敢えず静観しようとしたその時。
「ハル君、これはどういう事なのかなァッ!!」
「ぶばぁはっ!!」
ボコの折れた手足を配慮してくれたのか、美春の手刀は春夜の目元を狙って繰り出されると、彼は驚きと物理的衝撃で眼球が飛び出しそうになり、浮気に対する罰がいかに重いか身をもって体験する事になった。
「ひぃぃ……私のせいで春夜が、死んだ」
「し、死んでねえけど、死ぬほど痛え……」
デコの怪力に匹敵する美春の暴力は痛みだけでなく罪悪感をも与えてくる為、尚タチが悪い。
美春は手に持った指輪を粉々に砕くと粉薬を飲むようにして口の中に放り込んだ。
「嗚呼……ハル君の味が体全体に染み渡る。これが私の血となり肉となり骨となるなんて……想像するだけで気持ちが昂ってくるわ」
「母さん、その指輪ボコにあげたやつなんだけど……」
「ああ゛!? 何か言ったッ!?」
「お母さんダイスキ」
「そうよね。この指輪は私の為に作ってくれたのよね。まったく、ハル君はいつになったら親離れができるのかしら。本当に困った子」
支離滅裂な言動をする美春に絶句する春夜は申し訳なさそうな顔をしてボコを見つめた。
既に母親の不興を買っている春夜がここで反論をすれば、この店は忽ち血みどろの殺人現場となってしまう為、彼はいつも以上に発言を気を付けているつもりだ。
「さて、私のハル君を誑かしてケーキ屋で密会もしているこの子にはどのような処罰がお似合いかしら。ねえ白来凍呼さんはどう思いますか?」
「ふ、フルネームでさん付け……物凄く怖いんだけど」
ハロウィンのコスプレかと目を疑ってしまう程、凍呼の体に巻きつけられた包帯は血で滲み、傷は目立つが存在的には目立ちたくなかった彼女は美春からの突然な指名に心臓が縮み上がると、何とも答えづらい質問に頭を悩ませ下を向いた。
「は、反省文はどうでしょうか……」
「うふふ、はっ倒すわよ。この世界のどこに旦那の不倫相手に反省文書かせる妻が居るのかしら」
「はい、すみませんでした」
斬首とか絞首とかそういった過激な案を凍呼の口から聞きたかったのか、見当違いな発言をする凍呼に対し声のトーンを一段階下げる美春の圧力は、彼女の胃に容赦なくダメージを与えた。
しかしボコの身体の具合を見て、凍呼の言葉の真意にすぐさま気付く美春は何かを納得した様子で掌をポンと軽く叩いた。
「そっか! 今のボコちゃんは手足が使い物にならないから、その状態で反省文を書かせれば罰になるのか! じゃあ早速コンビニで400字詰め原稿用紙あるだけ買ってきてくれるかしらデコちゃん。3秒以内でね」
「はっ! お姉様の仰せのままに」
すっかり美春の使い走りに収まってしまったデコは今から妹が苦しい目に遭うというのにコンビニに原稿用紙を買いに行くと、3秒どころか1秒も経たずして戻ってくると両手いっぱいのレジ袋を卓上に置いた。お金はちゃんと払ったのだろうか……
「うふふ、ご苦労様。では早速、ここにある原稿用紙を全部使って反省文書いてねボコちゃん」
「えっ……手足使えないのにどうしたら」
無理難題を押し付ける美春の微笑みに狼狽するボコ。
一度決めた事は否が応でも突き通す美春は、少女の口にボールペンのノック部分を突き刺すと悪女の如く言い放つ。
「口が使えるじゃない」
「……おんきえいっえる?」
「ええ本気よ。寧ろこんな優しい罰で済む事に感謝してもらいたいわね。ほらさっさと口動かす!」
大きな声を出して急かしてくる人が何よりも苦手なボコは涙目になりながら原稿に手、もとい口をつけ始めるが、不倫の反省文と言われても、した覚えもなければ何故大学の卒論が可愛く思えてくるような枚数の紙に文字を記さなければならないのか、しかも口で。
理不尽な要求のせいで頭が回らないボコは美春の言いなりになったデコをジッと黙視すると、妹の無言の圧に耐えかねた姉は視線をそっとずらした。
そして同時に反省文がこんなにも辛い罰になるとは思ってもみなかった凍呼もまた心の中でボコに謝罪した。言葉にすると美春に何をされるか分からない為。
「美春、彼女たちはまだ子供ですよ。もう少し優しくしてあげられませんか」
「無理ね。子供とはいえ高校生なのよ。何が良くて何が悪いのかその判別くらいはできるでしょ。特にこのデコとかいうチビ助けは私が眠っている間にハル君を攫い、会う度に暴力を振るっているらしいじゃない。優しくする理由なんてある? 婢女がお似合いよ」
春夜のお気に入りのボコを一番憎んでいると思わせて、息子に怪我を負わせる要因となっているデコに強い当たりを見せる美春。
華火も苦笑を浮かべながら彼女を宥めようとするが、デコが暴力的な面を持ち合わせている事を否定できずに、この先の言葉に詰まるウサギを見て、誰も母を制止できない現実を突きつけられた春夜は落胆する。
「それで、ビスカスカス女は何でここに居るんだ。水月が消えて洗脳は解けた筈だろ」
家族でもなければ学生時代の友人でもないぽっと出の二口女が何故、喪に服した服装をして椅子の上で丸くなっているのか。
春夜は二口女に声をかけるが、それに応じたのは夏出美春の暴走っぷりに衝撃を受けて固まる彼女ではなく、今にも爆発しそうな隣にいるお母さんだった。
「彼女は重要な手掛かりになるから呼んだのよ。ハル君を傷つけた連中と最も近くに居たらしいからね。まあ情報次第ではこのカス女の処分も考えているわ」
「処……それって私を殺すって事、ですか?」
「アナタが何をしたかによるわね。どうやら宝玉も絡んでいるみたいだし」
二口女もボコも、水月の発光糸で操られた者たちは皆揃ってその時の意識が曖昧であると述べるが、そんな状態の彼女から果たして有益な情報は得られるのだろうか。
高校時代から猫を被っていた水月は一応宝玉についてペラペラと喋ってくれたが、彼自身も何故宝玉に妖力を流し込む必要があるのかよく分かっていないと言っていた。
水月の発言を鵜呑みにする訳ではないが、それ以上の情報を期待するのは難しいと春夜は可哀想なボコを尻目に呟いた。
「母さん、スズは連れて来なかったのか?」
他者の心を読むことの出来る義妹を呼べば二口女が覚えていない事ももしかしたら分かるかもしれないと考える春夜だが、美春が言うには彼女は現在病院で水月の洗脳にあった者達から事情を聞き回っているとの事。
「おや、噂のスズさんとはまだお会いできませんか」
悟りの妖怪のスズと19歳無職の春夜が邂逅したのは朝占いを過信する華火の発言があったからこそ。
しかし華火は未だスズと対面した事はなく、女として生を受けていながら何故あの美春に気に入られたのか、そしてすっかりこの町に馴染んでいる彼女を一目見たかったらしい。
「では聞かせてくれるかしら。アナタが連中に捕まった経緯から」
正直自分の首がかかっている為、美春の聴取から今すぐにでも逃走したいが、逃げたら逃げたで終わりの見えない反省文を書かされている少女以上の罰を受ける事になるのは必至。故に二口女は重い口を開くのであった。
『アンタまだグッピーに人生の貴重な時間を費やしてんの?』
同郷の妖怪で腐れ縁の彼女の一言で二口女は面倒ごとに巻き込まれる羽目になった。
その日は快晴で波山羊町の海は町や町の外から来た妖怪で溢れ返っていた。
これだけ妖怪が集まれば自分に見合った男の一人や二人、簡単に見つかると新婚で浮かれた彼女の提案で二口女はあまり気乗りしない場所へと足を運んだ。
そう、この日は春夜が愛するわさビッチがーるの握手券を手にする為、海の家で労働に勤しんでいた時。
見た目もいつも以上に気を遣って明るいイメージを持たせる為に頭に花飾りも乗せた。
弟のグッピーと過ごす時間は何ものにも代え難いが、その弟にも男の心配をされてしまっては応えずにはいられない。
そして二口女の目に留まったのは絵本から飛び出してきた白馬に跨る王子様──を思わせる目鼻立ちの整った白髪の青年。
二口女はこれまで人間のオスにときめいた事なんて一度たりともなかったが、彼の美しさは種族のそれを軽く超えるどころか、男探しに乗り気じゃなかった彼女のハートを一瞬で射止めた。
しかし水月を取り囲むのは彼女同様に下心丸出しの妖怪ばかりで、流石にこれは高望みが過ぎるかと思った矢先、弟のグッピーから当たって砕けろと応援メッセージを頂き、結果は春夜達も知っての通り、水月の発光糸によって従順な奴隷と化してしまった。
それからは入院患者のように朝は6時半に起床し、妖怪用の計測器を額に当て妖力に乱れが生じていないか確認し報告。
7時には薄味の朝食を病室で済ませ、外部と連絡の取れる通信機器は持たされていなかった──というより必要がないと認識を書き換えられていた為、10時まではテレビや雑誌で時間を潰す。
その後は検査を受ける為に大体13時くらいまで部屋を空けるのだが、その時の記憶が断片的で、発光糸の具合を確かめる水月から髪を触られ、彼と何やら話し込んでいるクマの着ぐるみを着た異形の姿が瞳に映った。
そして検査を終えて病室に戻ると急激な睡魔と疲労感に襲われ、夕食前まで睡眠を取るのだが、そこからは普通の入院患者と似たような行動を繰り返していた。
二口女が言うには春夜とデコが病院に侵入した際に徘徊した記憶は一切ないとの事だ。
「検査とあのグロい奴を除けば割とマシな生活してんじゃねえか。金を払わずに衣食住が確立してんだろ?」
病院での生活は大変退屈そうではあるが、水月の洗脳も思ったよりは酷くはないと言う春夜は何も分かっていない。
「私の話聞いてた? 検査後の疲労感もの凄いのよ。24時間休まず走り続けたような感覚がどっと一気にやって来るのよ」
「お前24時間休まず走り続けた事あんのか?」
「いや……ないけど」
「じゃあ大したもんじゃねえよ」
24時間ぶっ続けで走ったという経験を得られなければ例え話もしちゃいけないのか。
入院生活(洗脳)を体験していないくせに上からの物言いをする春夜に辟易する二口女は口では何とでも言えると、美春を刺激しない程度で彼女の息子を睨みつけた。
「検査時の記憶が曖昧だと言ってるけれど、その時に金の玉は見ていないのかしら。あれ結構派手で目立つのだけれど」
「そう言われても思い出せないものは思い出せない……」
「はあ、使えないわね。ボコちゃんはどう? 玉について何か覚えているかしら」
「私は使い捨て!?」
聞くだけ聞いて有用な情報が得られなかったらすぐに切り捨てる美春の冷淡さに震える二口女。
美春から指名を受けたボコはペンを口で咥えたまま目線のみを彼女に向けると、二口女と同様に洗脳されていた時の記憶はなく、春夜の出した根っこで殴られてようやく自分を取り戻した事を告げた。
だが少女の言葉に顔を途端に険しくする美春。
何かまずい発言をしてしまったかと焦るボコは目を大きく見開いては徐々に美春から視線を逸らすが、彼女の態度が急変した要因は息子にあって──
「ハル君、使った?」
「ぬゔえッ! な、何も使ってないけど」
美春の言葉に何か心当たりがある春夜は上擦った声で誤魔化そうとするが、彼の慌てふためく姿はかえって彼女の猜疑心を煽る。
「でも今ボコちゃん言ったわよ。ハル君の根っこで自我を取り戻したって」
「あー、あはは……ムチムチ? ムチムチの事だったら、まあ多少は使ったけど──」
「馬鹿じゃないのッ!? あの赤い根っこは貴方の体を蝕む力なのよ! それなのにしれっと黙って……体は大丈夫なの!? ちょっと目見せて」
通常の人間の子供とは違い、生まれながらにして特殊な能力を持つ男、夏出春夜。
『無知なる鞭』──通称ムチムチ。
地面を割って竹のように生えてくる深紅の根っこは発動者の言う事をまるで聞かず、それどころか主人に牙を剥いてくる厄介極まりない能力。その危険性について十分に把握している美春は彼に能力の使用を禁じたのだが、それを見事に無視してボコの為に力を使った春夜を彼女は普段は使わない暴言を吐いて咎める。
春夜の両瞼を指で無理矢理こじ開け、指の腹で眼球を転がす美春はやけに焦燥していた。
母親である彼女がここまで焦るということは、春夜が思っている以上にムチムチはリスクあるものだと考えされられるが、彼は直に眼球を触れられる事の方が傷が入って危ないと、美春の気も知らずにその手を引き剥がそうとする。
「母さん、雑に眼球弄くり回さないでくれ……」
「目玉触られたくないなら何でムチムチなんか使うのよ。見た感じ妖力が漏れ出してるとかは無さそうだけど……心配だから後で先生のとこ行って診てもらうわよ」
「げっ、この格好で行くのか」
とうの昔に恥や外聞も捨てた春夜だが、露出狂が纏うような布一枚に母親と手枷で繋がった状態で町を出歩くのは流石に頭が痛くなる。
この店に来る前も町の住人から後ろ指を指され、腫れ物扱いされていたし、小春とスズには悪いが今頃夏出家は異常者が集う変態一家として噂されているのではないか。まあ元々良い噂はされていないが。
「しかし私が出先にいる間を狙って娘を襲うとは水月君も考えましたね。彼の動きには細心の注意を払っていたつもりでしたが」
「注意してた? おい待て、アンタ波山羊町の妖怪を立て続けに攫った犯人最初から知っていたのか?」
「流石の私も初めから犯人を知っていた訳ではありませんよ。いつの日か貴方が山で拾った髪飾り、それに付着した糸を見た後でようやく誰の仕業か気付きましたから」
「ん? それってつまり、あの糸が水月の能力である事を知って……このウサギ、クソ重要な事を俺に黙っていやがったのか」
一応春夜も早い段階で水月が妖怪失踪事件に関わっている事に気付くことが出来たのだが、彼がどんな能力を持っているかは全くもって知らなかった。
というより何故春夜より面識の少ないこのウサギが水月の秘密を知っているのか、こんな居た堪れない姿になるくらいだったら全てを華火に押し付ければよかったと今更後悔する春夜はローブのポケットから携帯を取り出し、歯をガチガチ鳴らしながら弄り始めた。
「この状況でスマホですか。貴方は典型的な現代人ですね」
「うっせえ! 水月に怒りの長文チャットを送ってんだよ! こうなったのは何もかもお前のせいだってな!」
「彼と連絡取れるんですか?」
「取れねえよ! だから一方的にメッセージを送ってやってんだ!」
「惨めですね」
「どうとでも言え」
まるで想い人に振られ、尚その恋が忘れられずに粘着を繰り返すようになった厄介人間のように、恥を晒し続ける春夜を蔑視する華火。
だが華火が言うべき事を言わない弊害は彼以外にも出ており、水月に攫われたボコは勿論、何も知らされていなかった所為で美春の使い走りになってしまったデコ、そして息子に嘘という裏切りを受けた美春は揃って言葉を失っていた。