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4話 ファミレスの0円メニュー

 波山羊町の妖怪達が集うファミリーレストラン『ぴょんぴょんラビット』。

 ここは波山羊町のとある路地を右に行ったり左に行ったり、はたまた上に行ったり下に行ったりと、正しい順序で進んだら現れる妖怪専用のファミレス。但し人間も利用する事は一応は可。


 内装は皆が知るファミレスと何ら変わらず、違う点といえば客層と出される料理が妖怪用と人間用で分かれている事くらいか。


 店内では床を水浸しにする半魚人や子犬サイズのティラノサウルス、更には河童や首長(くびなが)のろくろ首といったメジャー妖怪たちがごくごく当たり前に昼食をとっていた。


 そんな妖怪達に囲まれながら家族席を一人で陣取る男は夏出春夜。


 料理、洗濯、掃除に子守りと全ての家事を3日間フルでこなした彼の顔は今にも死にそうなくらい(やつ)れていた。


 そして卓上にある呼び出しボタンを無心で連打し続ける彼の前に、口の裂けた黒髪ロングの女性、俗に言う『口裂け女』が店員としてやって来るわけだが……


「お、お客様。何回もボタンを押さなくてもちゃんと伝わっていますので、今も(なお)ボタンを押し続けるのやめてもらえますか?」


「うっせえこっちは客だぞ、我慢しろ」


「…………で、ではご注文お伺いします」


「注文? んなもん決まってねーよ。店長呼んでくれ」


 初っ端から害悪なクレーマーみたいな返しをする春夜はまだメニューを注文していなければ、出された水すらも口にしていない。

 一体この状況で店長を呼び出しては何をするつもりなのか、春夜の悪態に口裂け女は引きつった笑みを浮かべる。


「あのー、まずはご注文を決めていただけますか?」


「断る。それよりも早く店長呼べ」


「いやあの、いきなり店長呼べと言われましても、お客様まだ何も注文してませんし……せめて何か注文してからその後に店長呼ぶとかにしません?」


「……だから要らねえって言ってんだろ。お前の耳にはクソが溜まってのか? ならとっとと耳掃除して店長呼びやがれ耳クソ女」


 いくら自分がこの3日間、地獄の様な時間を過ごしたからといって、そのイライラを店員にぶつけるのは客としても人間としても最低最悪なこの行為。

 これには流石の口裂け女も店員として笑顔の仮面が剥がれ落ちるのではないかと思った矢先、その想像はすぐさま現実となり、迷惑客こと春夜の胸ぐらを掴んだ彼女の額には太い血管がビキビキと浮かんでいる。


「──こっちが下手に出てりゃあ好き勝手言ってくれやがって、こんのクソったれ春夜! こちとら暇じゃねえんだよ、からかいに来たなら店から出て行け! それが嫌ならとっとと注文決めろ! じゃねーとその自慢の顔面ボコボコに凹ますぞ!?」


「……めんどくせ、じゃあ店長一つで」


「店長はメニューじゃねえだろうがッ!!」


 メニューにない注文をするふざけた男に心底腹が立つ口裂け女は春夜の胸ぐらを掴みながらもう片方の腕を大きく振り上げた。

 しかし、これから殴られるというのに当の春夜はどこか落ち着いた様子で、口裂け女の口は何故こんなにも大きく開くのだろうかと、全く別のことを考えていた。


 すると次の瞬間、男の顔面を目掛けて上げた拳が振り下ろされる。


 ──が、口裂け女の拳は春夜の顔面の手前でピタリと止まると、何を思ったのか突然その場で膝から崩れ落ちた。


「くそッ!! いくらコイツがどうしようもないクズ野郎でも、アタイに他人(ひと)を殴る事はやっぱりできない!」


 なんと驚き。口調は荒いが彼女の心の中は意外にも平和的であった。


 普通ならこんな(ねじ)れた性格の男は一発殴って即座にKOといきたいところだが、口裂け女はいくら相手が性格最悪のクソったれでも痛めつけることはまた違うだろと、是非とも春夜に学んでほしい良心を持ち合わせていた。


「ハッ、そんな調子じゃいつまでたってもこのイケメン顔を崩す事はできねえなぁ! 尾野々(おののの)子町(こまち)さんよお!」


「ぐっ、コイツ自分でイケメンとか抜かしやがって。否定できないところがすっげえムカつく!!」


 (ひざまず)く口裂け女こと子町を見下しては下衆の笑みを浮かべる外道春夜。


 しかし彼の外道っぷりはここで(とど)まるわけもなく。

 店員が客を殴ろうとした問題を指摘し始めた春夜は、店長を呼び出す事は前提として、店の料理を一品サービスしろとまさにクレーマーらしい発言をする。


「なっ、そんな勝手がこの店で通用するわけないだろ!? バカかお前。というか帰れよ!」


「おいおい、今の俺は悪質なクレーマーなんだぞ? そんな態度とってるとドリンクバーの前でおしっこ漏らすぞ。俺、本気だから。しっかりと撒き散らすから掃除もさぞ大変だろうなあ」


 過去、これほどまでに狂気をはらんだ脅しがあっただろうか。

 クレーマーを自覚した春夜はその場でズボンを脱ぎ始めると下半身をパンツ一枚にし、その言動を()って自身の本気度とやらを子町に示していく。


 だが公衆の面前、()つ飲食店の中で放尿をしようなどとは彼は社会的に死ぬ事を恐れていないのだろうか。


 とにかく今は春夜の行動を阻止しなければこのファミレスの印象は地の底まで落ちて、客入りが悪くなるのは必然的だと、子町はこれまでの接客で培ってきた営業スマイルを使い、春夜の前で颯爽とメニュー表を開いて見せる。


「クソったれ春夜様、こちらのメニューから一品だけ好きな料理をお選びください。そして今すぐに脱ぎ捨てたズボンを履いてください。非常に不愉快です」


「お前の非礼はともかく、ちゃんとサービスする気にはなったんだな。んー、ならこの店で一番高いやつ用意しろ。もちろん人間用でな」


「かしこまりました、当店で一番高いメニューですね。すぐにお持ちしますので少々お待ち────」


 クズの分際で店で一番高い料理を要求してくるとは、図々しいにも程があるだろと子町は内心思いながら席から離れようとすると、春夜は突然言葉を遮り、とんでもないセリフを言い放った。


「──あ、それとこの店からのサービスじゃつまらねえから、お前の金でその一番高い料理とやらをサービスしろよな」


「……え? そ、それってつまりアタイの金でアンタが飯を食うって事?」


 つまりはそういう事だなと汚れきったスマイルを向けて頷くクレーマーを極めし男。


 店側に損害は出さないが、子町の金は俺の手で減らしてやるという春夜の性格の悪さがよく滲み出ている。

 そこまでして彼女が不幸になっていく様を見たいのか、春夜は焦燥感たっぷりの顔をする子町を目視しては(やつ)れた顔に少しずつ生気を取り戻していった。他人の不幸は蜜の味というやつだ。


「……と、当店で一番高い料理はフライドポテトです。今すぐお持ちしますね」


「──おい待て。フライドポテトが一番高い料理な訳ねえだろ。むしろ一番安い料理じゃねえか。ここの元従業員、騙そうたってそうはいかねえぞ」


「ほ、本当に勘弁してくれえ春夜ッ! 今月、マジで金無くてアタイもここ1週間カップ麺しか食えてないんだよ! これ以上金がなくなったら道に生えた雑草しか今後食えなくなっちまう!」


「カップ麺でも雑草でも、食えてんならそれでいいじゃねえか」


 金なき者から金を巻き上げようとする春夜はいつの時代の悪徳領主か。

 ファミレスのフライドポテトでも激安カップ麺が四つ買えるくらいには高い値段のする料理なんだぞと、泣きながら春夜の素足にしがみつく子町は芋で妥協してくれとひたすらに懇願している。


「あー、うるせえなぁッ! もうフライドポテトでも何でもいいからとっとと持ってこい」


「わあッ、ありがとうございますお客様! ……チッ、フライドポテトでも高えっつんだよ。半分くらいつまみ食いしてから提供してやろうか」


「おい、聞こえてんぞ」


「ええ? 何も言ってませんけどクソったれお客様」


 泣いて喚いてしつこく粘った結果、なんとか250円のフライドポテトで納得してくれたクレーマー。

 しかし何故(なにゆえ)こんな男の為に金を使わなければならないのか、子町は愚痴を散々こぼしながら厨房に向かって行くと、その様子を見ながら春夜は静かにズボンを履いた。


 ──そして待つこと4時間が経過。


 たった一つのフライドポテトにどれだけの時間を要しているのか。あまりに提供が遅すぎる為、他の店員を呼びつけて文句を言ってやろうとした春夜だったが、クズクレーマーと関わり合いたくない店員達は彼をいない者として扱うとそのままテーブルを素通り。


 自業自得とも言えるが長時間放置され続けた春夜はまたもや放心状態に陥っていると、4時間待たされてようやく子町と再会を果たすことができた。

 しかしこの空いた時間で彼女の身に一体何が起きたのか、制服に付着した泥が子町の身体から溢れ出る汗で酷く滲んでいた。それはもう飲食店の従業員としてあるまじき不衛生な格好で……


「はぁ、はぁ……お、お待たせしましたフライドポテトです」


 息を切らしながらテーブルの上に皿を置いた子町。


「……何これ」


「何って、当店自慢のフライドポテトですよ」


「…………え、これが?」


 普通なら10分で提供されるような料理に4時間も待たされたんだ。

 これはさぞ美味いフライドポテトが(しょく)せるんだろうなと勝手な期待を込めていた春夜だったが、皿の上に載せられた『ポテト』とやらを見た彼は一気に食欲をなくすした。それどころか寧ろ吐き気を催したのだ。


 しかし彼の反応はあくまで正常。


 何せこの皿に載せられていたのは油で揚げられたジャガイモなんかではなく、緑や黄色が入り混じった中指サイズの幼虫達が素揚げされた、とんだゲテモノ料理。きっと春夜じゃなくても吐き気を催す。


「これはあれか、妖怪用のフライドポテトか」


 青褪(あおざ)めた顔をした春夜は手で口元を押さえながら聞いた。


「何言ってるんですかお客様。これは妖怪用でも人間用でもなく、夏出春夜用のフライドポテトですよ」


「俺用のフライドポテトだと」


「はい、お客様だけのオリジナルフライドポテトです。もちろん裏メニューですので値段も驚き、なんと0円! 食材もさっき山奥で集めてきた物しかないので鮮度もバッチリなのです!」


 要約すると春夜ごときに使う金なんて1円たりともねえよと意を決した子町。


 しかし彼女は曲がりなりにも店の従業員。

 どんなクズ男のオーダーでも受けた以上はそれを果たさなければ店員としての名が廃る。


 だがメニューに載ったフライドポテトは250円もの大金が発生してしまう為、それを素直に提供なんて出来る筈もなければ、するつもりも毛頭ない。

 ならばメニューに載っていない料理……つまりはこの店にない裏メニュー(0円)を考案すれば、春夜に料理提供ができる且つ、自身のお金も減ることがなくなるといったまさに一石二鳥。しかし店側には何の利益も(もたら)さない。


 そんなこんなでホール業務を放ってまで山へ向かった子町は、山で必死にかき集めた幼虫(0円)をお金を使わずに揚げるべく、モノを揚げる異能力を持った知人(0円)に協力してもらい見事、裏メニューである『夏出春夜用フライドポテト(0円)』を完成させた。


 己の金を守る為にする努力とはここまで恐ろしいものなのか。とにかく彼女の行動力には驚かされる。


「うん……この料理に4時間かけた理由は何となく分かった。でもなあ、山に行ったんなら芋とってこいよジャガイモをよお! 何でこんな気色の悪い幼虫とってくる為に4時間もかけてんだこのバカ子町が!」


「アタイをバカって言うなバカ春夜! それに波山羊町の山にジャガイモなんてあるわけないだろ。だから芋虫大量に獲ってきたんだよ」


「これ全部芋虫なのか……って、まさかお前!」


 このポテトを微塵も感じさせないゲテモノ料理を子町は何故ポテトフライと言い張っているのか、春夜はその理由にようやく気づいた。


 そう、ポテトは日本語に変換すると芋。

 そして春夜の前にあるのは芋虫。

 芋と芋虫。

 つまりは芋虫だって『芋』という字がついているから、もうポテトだろと子町は都合の良い解釈をし、この最悪な裏メニューを作り上げてしまったという……


「因みにアタイ、男に手料理振る舞うの初めてだからよかったら感想聞かせ────むぐっ!?」


 いくら無職でも4時間もの時を奪ったことは絶対に許してはならないと、鬼畜春夜は目の前のポテトフライこと芋虫フライを手で鷲掴みにするとそのまま子町の大きな口に無理矢理ねじ込んだ。


「男に食わせる前にまず自分が味見するのを忘れちゃいけねえよ。ほら、よーく味わえ」


「ゔっ……ゔぉぇ…………ぐ、ぐるじ、ゔぉおえっ!」


 素揚げということもあって歯の先が物体に触れると芋虫の中身が口内でブシュっと音を立てて弾け、それに連動して白目を剥いた子町は盛大に嘔吐(えず)いていた。というよりぐちゃぐちゃになった芋虫フライを床にぶち撒けている。


「どうだ、自分で作った料理は。美味しかったか?」


「て、てめえ……ゔっ、アタイにだけ食わせて──終わるつもりじゃねえよな!!」


 料理人としての味見は終了した。味は言うまでもなく不味かったが……


 そして次はてめえがこのゲテモノ料理を食す番だと春夜同様に芋虫フライを手にした子町は妖怪特有の馬鹿力を使って大量の芋虫を男の口内へとねじ込んだ。

 他者を殴ることは出来ないが、料理を味わってもらう為なら妖怪の力だって使う。

 そんな彼女の『料理を食べて欲しい』という想いがこの場限りではあるが春夜には強く伝わっていた。


「元々お前の為に作った料理なんだ。食わずに帰るは絶対に許さねえぞ」


「ゔっ……し、しぬゔッ!! おゔっ、お前一体なんてもん作りやがったんだッ!」


「なるほど、それはつまりアタイの料理が死ぬほど美味いってことか。アッハッハ! よかったよかった!」


「──クソ不味いんだよッ!! てかお前も吐いてたろ!」


「あ、口から黄色い液体垂れてる」


 昆虫食の独特の味に悶える春夜の口元が虫の体液で汚れているのを指を()して教える子町。そしてその色を聞いて目にした春夜は途端に激しい身震いを起こすと同時、口の中にあった全ての幼虫を丸々飲み込んでしまう。


「あっ、やべえ飲んじまった!!」


 強制的に虫を味わわされた春夜も胃の中に入れるつもりはなかったのか、虫を飲み込んだ事を全力で嘆くと『お前が色さえ教えなければッ!!』と酷く憤慨しながら子町の口にまたもや芋虫フライを放り込んだ。


 こうして互いに虫を食わせては虫を吐き、食わせては吐きを繰り返していると店内にいる客や従業員らもそれに気付いては気分を害していた。


「──二人とも何をやっているんですか」


 飲食店でのマナーを完全に無視した行動をとる子町と春夜の前に現れたのは1匹の白ウサギ。

 このウサギも妖怪であるが故、当たり前のように言葉を話すわけだが『彼』の声が聞こえた瞬間、春夜はテーブル上のウサギに対して血走った目を向けた。


「ようやく来やがったかクソ店長」


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