35話 頭のおかしいお友達
「そうだよね。デコちゃんも驚いちゃうよね。だって君の可愛い妹は人を傷つけるような事は絶対にしないんだからさ」
春夜の腹から湧き出る血の泉は、彼の着る衣服を赤一色に染め上げると、水月はその様を氷のような目つきでジッと見つめながらボコに接近する。
明らかに普段見せない表情をしている水月はボコの後ろ髪をたくし上げると、彼女のうなじ部分に付着した翡翠色の繊維が露わになった。
「ア、アンタが!! ボコの頭をおかしくしたのッ!?」
「あれ? クマさんに怯えて喋れないのかと思ったけど、流石に慣れてきたのかな?」
身体の震えは一向に収まらないが、クマさんに見られながらも気合いでなんとか喋れるようになったデコ。
しかし本調子でない彼女が好きに動けない事を知っている水月は、自分のペースを乱す事なくボコの髪の毛に混じった繊維を指の腹で撫でて発光させる。
「平静を欠く必要はないよデコちゃん。僕がこの子を攫ったのは君のためでもあるんだから」
「私のため? どど、どういうことよ……どうして私のためにボコが攫われなきゃならないの。意味がわがらないんですげど!」
水月と初めて出会ったのは先日訪れた海の家。
それ以降は一度たりとも彼と出会う事はなかったのに、何故水月は自分たちに干渉をしてきたのか。
その意図が全く読めず思考を乱すデコは二口女の胸元を強く押すと、彼女の腕から離れて地面に落ちた。
「ふふ。君はさ、春夜くんとボコちゃんの関係性についてどう考えてる? 僕はね、彼が君の妹に対して過度な接触をしているのが非常に快く思わないんだ。春夜くんとこの子の繋がりはある女の子を悲しませるからね。知ってる? 凍呼ちゃん」
「と、とうこ……それって確かこの町の海を氷の大地に変えた女」
「あれは衝撃的だったね。たった一瞬で妖怪達を氷漬けにしたんだからさ。でもね、そんな彼女だって一人の女の子なんだよ。大好きな人が自分の知らない場所で他の女の子と仲良くしているだなんて……春夜くんは少し痛い目を見るべきだと思わない?」
「アンタまさか……コイツが自分の思い通りに動かないから、ボコを巻き込んで春夜も殺してやろうって事? 狂ってんじゃない!? 別に春夜がどうなろうと知ったこっちゃないけど、ボコを巻き込むって神経が考えらんないわ!」
命令を下されない限りは動く気配すらない──そう、まるでロボットのように静止するボコに、弱々しい呼吸をしながら虚ろな瞳を浮かべる春夜。
これらは全て水月の身勝手な都合の結果である事がわかると、デコは鋭い牙を剥き出しにして威嚇する。
「あはは、僕はまだまともな方だよ。それにこの程度の傷で彼が死ぬなんて事、絶対にあり得ないから。ほら見てみなよ」
腹を貫かれた人間に待っているのは暗い死のみ。
そうなってしまった場合、水月──いや、直接手を下したボコが人殺しという汚名を着せられてしまう訳だが、そんな事は決してあり得ないと断言する水月は彼の弱っていく姿が見えていないのか。
デコは水月に言われた通り、春夜の方へ視線を移すと、彼の左瞼の内側から植物の根っこのような赤い物体が上に向かってウジャウジャと伸びているのが確認できた。
「何あれ……き、寄生虫? きんもっ」
宿主の栄養を奪い、生を得る寄生虫を連想させるウネウネと動く奇妙な物体に顔を青くするデコ。
本当なら春夜の体を心配をするべきところなのだろうが、そんな事よりも気持ち悪いという感情が勝ってしまったデコは次の瞬間、思わず目を疑ってしまう光景を目の当たりにする。
春夜の腹にぽっかりと空いた一つ穴。あの様子だと内臓のいくつかは駄目になり筋肉の繊維もズタズタになって使い物にならない筈だが、春夜の腹部は失われた細胞を取り戻すべく、もの凄い速さで自身の肉体の修復を行うと、細胞一つ一つが適切な箇所で結び合わさり、本来なら何ヶ月何年とかけて治す傷をものの数秒で完治させた春夜はたちまち顔色を良くしていく。
「ほらね、死ななかったでしょ」
「春夜……アンタって化け物なの?」
妖怪ですら肉体の再生には時間を要するというのに、恐るべき再生能力で人体を修復し、左目から奇妙な物体を出す春夜は一体何者なのか。
人ではない何かを彼から感じ取ったデコは自分が思っている以上にこの男はとんでもない生き物ではないのかと、眉間にシワを寄せては放心状態にあった。
「あぁ……冴えねえ。ったく、今のでどれだけの血が体内から失われたんだ? 一瞬、川の向こうで手招きするおばあちゃんが見えたが……ゔぉえッ、貧血で今にもぶっ倒れそう」
細胞の修復は完了しても失われた血液は補填されない為、怠そうに半身を起こし腹の具合を確かめる春夜は血で汚れた服に嫌な顔をすると深い溜息を吐いた。
「院内に張り巡らされた糸クズ、あれと同じものを青髪の目隠し変態男と会った時に目にしたから、てっきり奴の能力かなんかかと思ったが……水月、まさかお前のモノだったとはな。それを使ってボコを洗脳したのか?」
「うーん、洗脳とはちょっと違うかな」
洗脳でないならどうしてボコは異常な行動を取ったのか。ボコに下手に近づいてはまた腹を貫かれる恐れがある為、春夜は不本意ながらも少女から少し距離を取って水月に話しかける。
「この翡翠の糸。僕は安直に発光糸と呼んでいるんだけど、これは繋いだ者の妖力の反応を掻き消す他、その者の意識を書き換える事が出来る能力なんだ」
「……意識を書き換える? じゃあその発光糸とやらでボコに『俺を殺す』という意識を植え付けたのか? 洗脳となんら変わらねえじゃねえか」
「変わらなくないよ。僕は彼女達を支配しようだなんて微塵も思っていないからね。それにボコちゃんに上書きした意識は『春夜くんを殺す』ではなく『春夜くんを決して好きにならない』だよ。本当は今日の昼までには返す予定だったんだけど……君たち、夜中に病院に忍び込んだ挙句、物を色々壊したからね。罰として『お仕置き』は加えさせてもらったよ」
病院に侵入し物を壊しただけで腹を貫かれるならまだ警察に捕まって親に多大な迷惑をかける方がマシだと感じる春夜は人生が思い通りに行かない事に歯痒さを覚えていた。
水月の言っている事が本当なら波山羊町で失踪した妖怪達は糸の力で意識を書き換えられ、疑問すら持つことなくこの病院に留まっているのだろう。
病衣を着る二口女が警備員のように徘徊し、深夜でありながら警備をする者がやたらと多いのが何よりの証拠だ。
「凍呼を悲しませまいとする意志の強さは伝わったが、そのとんでもねえ能力を今まで隠していたとはな。俺たちが知り合ったの高校1年の頃だぞ? 打ち明けるにはあまりに遅すぎやしねえか?」
「まあ僕は無闇に手の内を明かすような人間じゃないからね。とはいえ、この糸を使って僕は何度か君たちを助けてあげたりもしたんだよ。ほら、前の迷い犬探しの依頼人にアフロ先輩がクワガタを渡した事があったでしょ? あれ、僕がオバさんの認識を書き換えて、クワガタをペットだと思い込ませたんだ」
「はっ、どうりで様子がおかしかったもんなあのババア。けど俺が犬探しをする羽目になったのはお前のせいじゃねえか!」
元を辿れば水月が犬神のヰヰを攫わなければババアから依頼を受けることもなかったし無駄に金を消費することもなかったと、さも良いことをした風に語る水月に不満をぶつける春夜。
「まあまあそこは目を瞑っておいてよ。それより春夜くんさ、僕とちょっとしたお遊びをしないかい?」
「しない」
「あはは、即答。春夜くんらしいや……けど残念。君は強制参加だよ。このいつもと様子が違うボコちゃんを治せるのは春夜くんだけだからね。それに無事彼女を正気に戻す事ができたらご褒美として僕がここに妖怪を集めていた理由を教えてあげるよ」
「おいッ、勝手に話進めんな! 俺は別にお前が妖怪を攫った話なんか興味ねえんだよ!!」
ボコの様子はともかく、彼女が生きている事はこの目でしっかりと確認できた為、これ以上痛い目に遭いたくない春夜は友人の遊びの誘いを躊躇なく断る。
しかし水月はボコの髪の一部を翡翠色に発光させる事で、この子はまだ自分が好きにできる立場にあると、言葉にせずとも視覚で脅し、春夜が拒否できない状況に立たせた。
「お前は非情か? チッ……クソ面倒くせえが一つ聞いておきたい事がある。どうしてお前はボコを巻き込んだんだ? その発光糸とやらを俺に繋げておけば『凍呼以外の女に振り向かない』とか適当に洗脳できただろうし、お前自身こんな真夜中に外に出る必要だってなかったんだぞ」
「それができたら僕も苦労しなかったんだけどね。どういうわけか君にはできないんだよ。僕の発光糸による意識への干渉がさ」
ただ糸を対象者に繋ぐだけでその者を好きなように操れる万能な能力かと思ったが、自分にはそれが通じないと言われ小首を傾げる春夜。
水月が言うには糸と肉体を直接繋げることは可能なのだが、春夜の深層心理の奥底で何かが書き換えの邪魔をし、意識の上書きが不能だとの事。
するとその話を耳を澄まして聞いていたデコは突然身震いを起こすと、もしや自身も知らぬ間に意識の書き換えが行われているのではないかと、発光糸が付着していないか体のあちこちを触れて確認し始めた。
「デコちゃん、君には付けてないから安心して」
「安心できるかッ!! どうせ私にも植え付けたんでしょ!? オオ、オバケに対する恐怖心とか! でないと私が気絶しまくる道理がつかない!」
「いや、つくだろ」
何でもかんでも水月の所為にするのはお門違いで、デコのお化け嫌いは根っからのものだと断言する春夜は別に水月の敵になったわけではない。
違うものは違う、正しいものは正しいと、春夜を味方につけれず頬を真っ赤に膨らませるデコは腹いせに『黙れッ寄生虫男が!』と彼の外見を揶揄った。
「オッドアイに次いで左目まで馬鹿にすんのか。やべえなお前、いじめっ子の素質をあるぞ」
「ヤバいのはアンタの両目でしょ。変色したり寄生虫飛び出したり、一体何を食べたらそんな体になんのよ」
「母さんの料理」
春夜のきめ細やかな肌や丈夫で健康的な髪、そして適度な筋肉は全て母親の至高とも言える料理で形成されており、その副産物として蒼き瞳やその左目から飛び出る寄生虫とやらが生まれたのなら喜んで受け入れると、春夜はすました顔でデコの問いに答えた。
がしかし、春夜のすまし顔はものの数秒で崩れると胸元に手を当て、ある物を失くしている事に気付く。
「せせせ、聖書がねえッ!!」
聖書──それは母親から受け取った卑猥な写真集で、春夜は親に嘘を吐きまくった結果、罰として朝昼晩10回ずつ、つまりは1日に30回は完読しなければならないのだが、家を出た時に身に付けていた聖書を春夜はあろう事か失くしてしまった。
「おい嘘だろ……えぇ!? いつ失くした!? 俺病院に来た時はちゃんと首にかけてたよな……なあデコ!?」
ボコに腹を突かれた時以上に、とてつもない焦りを見せる春夜。夜の無断外出をした挙句、母親と妹の血と汗の結晶を紛失してしまったのだ。春夜は唇を震わせデコに縋ると、一体どこで聖書を失くしてしまったのか自分で考えるよりも先に、彼女から必死に聞き出そうとする。
「き、キモいから近づくな! ずっと気を失ってた私がそんな事知ってると思うわけ!?」
「やべえやべえ、やべえよ……殺されるよ。母さんに夜中家を抜け出して聖書を失くしましたなんて言ったら、薬品漬けにされて標本として母さんの部屋に飾られちまう。おいッ! 今から見つけに戻るぞ!」
「はあ!? アンタ目の前にボコが居るっていうのに何言ってんのよ!」
やっとの思いでボコに会えたというのに、それを放ってこの場から離れるなど言語道断と、春夜が逃げないよう彼の手首を力強く握るデコ。
春夜は痛い痛いと喚きながら少女の指を剥がそうとするのだが、単純な力勝負で叶う筈もなく……春夜は青褪めた顔を水月に向けた。
「そんな目で見られても僕も分からないよ。一応、発光糸を付けた妖怪を通して君たちのことは監視していたけど、少なくともこの建物に侵入した時点では春夜くんの言う聖書とやらは見当たらなかったよ」
「侵入した時点で無かったって…………あ゛ァッ!! デコに掴まれて電柱からジャンプした時じゃねえか!? あの時、俺の聖書が暗闇の中に消えちまっただろ絶対ッ!」
水月の助言のおかげで早くも聖書を失くした原因を突き止めた春夜。デコも悪気があってやった訳ではないのに何故か春夜に脳筋だと責め立てられる少女は釈然としない様子でクズ男を睨みつけた。
「年下に当たり散らかすクズ無職は無視するとして……それで? アンタの言うお遊びについてだけど、ボコを正気に戻すという認識で合ってるのよね?」
先ほど水月の口から発せられた『お遊び』の意味を今一度確認するデコ。
水月は彼女の問いに口角を上げてこくりと頷くと、ボコが自分を取り戻せるよう春夜とデコ、二人で協力し合えとイケメンの分際で命令をする。
そもそも春夜を好きにならないという意識をボコに植え付けておいて彼女を元に戻せなど、一体何のためにボコは攫われたのか。その理由が皆目検討もつかない二人は顔をしかめながら立ち上がった。
「……というか凍呼はまだ来ねえのか」
実はボコを探しに家を出て病院に向かうまでの間、面倒ごとに巻き込まれると既に予想していた春夜は少しでも自分の負担を軽減するべく、夜中でもお構いなしに凍呼が起きるまで電話を鳴らし助けを求めた。
普通ならこんな非常識人間の言いなりになる必要もないし、ましてや恋敵であるボコを助ける義理もないのだが、彼女もまた心優しい性格をしている上に、春夜に求められる事に至上の喜びを感じる女性なので次には『直ぐに向かうから待ってて』とダメンズ好きに相応しいセリフを吐いた。
しかし春夜が凍呼に手を借りるのは想定の内。
不敵な笑みを浮かべる水月は彼女がここに来ることはないと簡潔に春夜に告げる。
「ハッ、何言ってんだ水月。凍呼が俺の言葉を無視して狸寝入りを決め込む訳ねえだろ。確かに最近は暴力的な面も見せてくるところもあるが、それでも俺は凍呼を信じてるからアイツは絶対来る! というか来いッ!!」
「君は典型的なアレだね。そうやって女の子の心を弄んで利用する度し難い男だよ。まったく」
幼馴染を都合の良いように使う春夜は生粋のクズ男だと改めて実感する水月だが、そういう彼も人様の妹やその他諸々の妖怪を誘拐している為、人のことを言えない。
やはりイケメンという種族には腹黒しか居ないのかと失望するデコは半目で彼らを睨むと、目にも留まらぬ速さで水月の腹部に蹴りを入れた。
ボコを攫い自身を恐怖に陥れたのだ。それ相応の罰を受けてもらわないと割に合わないと感じるデコは、水月の肋骨を粉砕し、骨の内側にある内臓をも破裂させる勢いで殺人キックを炸裂させると、水切り石のように地面を跳ねる彼の身体は壁に打ち付けられ、激しい衝撃音と共に翡翠色の煙が宙を舞った。
「お前、普通に動けるようになってんじゃねえか。ビビってんじゃなかったのか」
「私は初めからビビってねえわいッ! それにもうあのヤバいクマはここには居ないからアンタもやりたい放題できるわよ」
先程まで怯えていたのが嘘かのように全身の筋肉から体内に流れる血の動きさえも自由に操れるようになったデコは親指である方向を指すと、そこに存在した筈のクマさんが二口女一人残して居なくなっていることを春夜に伝えた。
「おいマジかッ! どうりで俺たちの会話、途中からスムーズに進んでいる訳だ。でもなんで女の方だけ残ってんだ」
春夜とデコを無力化するなら二口女ではなくクマさんを残した方が水月も不意打ちを受けずに済んだのだろうが、糸の主である水月をまるで心配せず、彼らのやり取りをひたすらに静観していた二口女は今考えているのか。
二口女とふと目が合った春夜は首を傾げた彼女から『何?』と訊かれるのだが、それに対し同じ言葉を返す春夜はまともにコミュニケーションが取れない社会不適合者。
「──あいてて……ひ、酷いなぁデコちゃん。僕に突然暴力を振るってくるなんてさ」
立ち込める煙の中からわざとらしい声を発しながら痛がる水月は意外にもピンピンとしていた。
このスカしたイケメン野郎を戦闘不能にするつもりで蹴り飛ばしたデコは当然彼の反応に唖然とするのだが、以前にこの攻撃をまともに喰らって地面をのたうち回った春夜は平然と立ち上がる水月を見て感心していた。
デコに蹴られた部位に翡翠色の結晶が肉体を覆っていた事から、恐らく水月は自らの能力を使って彼女の攻撃の衝撃を抑えたのだろう。だがそれにしてもあの高速移動に対応できる反射神経が水月に備わっていたとは……
「アンタも私の動きを読める奴かよッ!!」
「動きを読んだというか、君の行動を予想しただけなんだけどね。けど少しでも防御が遅れていたら僕がこの病院にお世話になるところだったよ。あはは、笑えないね」
笑えないと言いながらヘラヘラする水月を見てデコは本気で彼の病院行きを願う。
春夜に続きこんなヘラついたイケメンにさえも動きを見切られてしまったデコは最大限に悔しがると醜い形相で中指を立てる。
「にしてもクマさん、僕を置いてどこか行っちゃったかー。タイミングが悪いなあ」
「置いて行った? 水月お前、あのバケモンを操っていたんじゃねえのか」
「いやぁ、アレも君と同じで僕の糸が効かない生き物なんだよ。まったく不思議だよね」
水月の口ぶりからこの病院に居る者全ての行動をコントロールしているのかと思ったが、今の言葉で全員が全員、彼の言いなりでない事が分かると春夜は途端にやる気を出した。
クマさん以外にもグロい見た目をした妖怪に水月が発光糸をつけている可能性だってあるのに、この男は腹を貫かれた影響か、極端に視野が狭くなっている気がする。
「っしゃあッ! クマが居ねえならこっちのもんだ! あの二口女は見た目からして戦闘型じゃなさそうだし、デコと俺とであの馬鹿王子を痛めつけんぞ」
「アンタ、相手にボコが居るって知っててそんな事言ってんの? だとしたら相当のアホだわ。このアホ!」
「あ? アホはてめえだろ、このアホ。ボコが水月側についてるじゃなくて、まずボコの対処法を教えろ。どうせお前と同じで能力持ちなんだろ? このアホ──」
互いにアホアホと罵り合う精神年齢小学生以下の現役高校生と現役無職。
デコの能力が高速移動と馬鹿力なら妹のボコもまた面倒な能力を持っているだろと、姉から情報を得ようとする春夜。
だが、ボコの能力は予想を遥かに上回るくらい厄介で、春夜は勿論のこと、静止した時間の中を自由に動けるデコでさえ妹の動きを捉える事が出来ず、春夜はまたもや胴部分に熱を感じると、左胸に突き刺さっているのは果物ナイフ。
眼前にボコが居る事からこのナイフは彼女が刺したもので間違いないのだろうが……いつの間に距離を詰めたのか。
「──いっだあッ!! ま、また俺の体に穴あけやがって……これがボコ自身の意思でやってんならあまりのショックで俺半年は寝込んじまうぞ!?」
咄嗟に胸のナイフを引き抜く春夜は、先程と同様に瞬時に傷の修復を行うと、同時に一生慣れることのない痛みで顔を歪ませていた。
「ぷっ、あっはははッ!! またボコにやられてやーんの! だっせえだっせえ男だなお前!」
「……いや、そういうてめえもケツにナイフぶっ刺さってるけどな」
他者を愚弄する前にまずは自分のその無様な姿を両目に焼き付けろと言う春夜はたった今、自身の左胸に突き刺さっていたナイフがデコの尻肉に移動している事を告げた。
デコもお尻にナイフが突き刺さるなんて経験は初めてなのだろう。ピューッと血が噴出する事で動揺を隠せない彼女は春夜に対し『こ、この傷今すぐ治せる?』と聞くが、春夜は笑顔で『だっせえチビガキ』と返した。
「だだだ、ダサいって何よ!? 美少女のお尻から血が出てるのが見えないわけアンタ!? 普通、ロリコンなら『大丈夫でしゅかぁ?』って涎垂らしながら傷の処置を優先するでしょうよ!!」
「世の中のロリコンはそんなにキモいのか。終わってんな」
「アンタもその気持ち悪い部類のロリコンでしょ!」
日頃からボコに執拗に付き纏い、セクハラをする春夜は法の裁きを受けるべき人間で、たとえボコに傷つけられても文句を言う資格を持ち合わせていない。
だが寵愛する妹からナイフを刺されるなど、土を被った大根をツチノコと見間違える程あり得ないと、お尻にナイフが突き刺さったのはボコの仕業ではなく、たまたま強い風が吹いたからと突飛なことを言い始めるデコ。
「ここ地下駐車場だぞ。微弱な風なら分かるがナイフが浮くほどの風って、現実から目を背けるんじゃねえよお前。で? ボコの能力は?」
「……半径5メートル以内に入ったモノの動きを限りなく遅くする」
「初めからそう言え、チビガキが」
口を開けば、やれ春夜のせい、やれ自然のせいと、全ての要素に責任を持たせる少女に春夜は圧をかけると、デコはしゅんと肩を落としてはボコの能力について白状した。