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33話 深夜の病院

 デコの能力のおかげで、すんなり病院の屋上まで来ることに成功した春夜はここに警備員が居ないと知って安堵する。

 一階の感じから見るに各所に警備員が配置されていると思ったが、屋上には高いフェンスもあり扉は施錠され、侵入する者は居ないと踏んでくれたのだろう。

 愚かな指示を下した警備員のリーダーに春夜は感謝する。


「この扉ぶっ壊してもいいの?」


「別にいいが、デカい音は立てるなよ」


 生憎ここにはピッキングができる者は居ない為、デコの力に任せて中に入ろうと企む春夜。


 デコは彼から許可を得ると扉のドアノブに手をかけ、音を立てるなと言われたにも関わらず、普通にどデカい音を立てて扉を取り外した。そもそも施錠された金属扉を音も出さずに開けろというのが無理な話だ。


「お前っ、静かに開けろっつたろ!」


「無茶言わないでよ! そもそもアンタがピッキングの練習しておけばこんな無駄な場所でリスクを負う必要なんてなかったんだから、そうアンタのせいよ!」


「何で俺がわざわざピッキングの練習しないと行けねえんだよ。あれやってる奴、イタイ奴しか居ねえんだぞ?」


 春夜が病院の屋上に居るという事はそう簡単に家に帰ると言えなくなったという事。

 よって好き放題言えるようになったデコは早速高圧的な態度で春夜に言葉を返すが、彼も彼で偏見が過ぎるセリフを吐き捨てた。


「まあ、ごちゃごちゃ言ったところで仕方がねえ。この病院が難聴者で溢れてる事を願って中に入るぞ」


「アンタ不謹慎にも程があるでしょ。そんなんじゃ、いつ消されても文句は言えないわよ」


「知らね。そん時はそん時だろ」


 一つ発言をする度に各方面に敵を作る春夜は何食わぬ顔で建物の中に侵入をすると、彼の背中にセミのように張り付くデコはいよいよ入ってしまうのかと冷たい汗を垂らしながら夜の病院に怯えていた。


 屋上からその下の四階までは一本の階段のみで繋がっており、出来るだけ足音を立てないように階段を下りようとするのだが、近くにあった照明が誘導灯とほぼ明かりがないようなもので、春夜は足を踏み外すとデコを巻き込んで階段を転げ落ちた。


「ちょっアンタ開始早々何やらかしてくれてんのよ! これでおお、オバケが来たらアンタの所為よ!」


 落下による衝撃で感じる痛みは一切ないが、人に音を立てるなと言った割には自分が物音を鳴らしている事に理不尽さを感じたデコは小さな声で春夜を叱責する。


「いっ、いっでえ! お前が俺の背中に引っ付いてるからバランス崩しちまっただろうが! 俺から離れろッ」


「いっ、嫌よ! この中に居る間は絶対にアンタから離れてやらないんだから! ちょっと目を離した隙にアンタが消えてるなんてオチが一番あっちゃいけないんだから!」


 デコの顔面に手を押し付けて引き剥がそうとするが、それに抵抗して春夜にしがみつく彼女の必死さは一周回って面白い。

 こんな場所でいがみ合って人に見つかったら更に面倒になると判断した春夜は彼女の寄生先になることを甘んじて受け入れると、彼らの発する音があまりにも大きかったのか、足音がこちら側に向かってくるのが聞こえてきた。


「やべっ、バレたか!?」


 急いで立ち上がる春夜はデコと共に一番近くにあった病室に断りもなくお邪魔すると、息を殺して廊下にいる者の様子を扉越しに(うかが)う事にした。


「──今ここで物凄い音が鳴ったような気がしたけど、あれ誰も居ない?」


「──さあ、ただのラップ音じゃないですか? この病院、過去に亡くなった患者がよく徘徊しているって看護師の間で噂になっていますし」


「──そうなの? 死んでも尚、こんな場所を彷徨(うろつ)くなんて他にやる事がないのかな。なんか面白いわね」


 声を聞いたところ現在廊下にいる者は二人のようで一人は短絡的な女性でもう一人は噂話を鵜呑みにする男性。

 春夜は二人の会話を盗み聞いては早くどっかに行ってくれないかとしか思わなかったが、扉越しにいる男性がスピリチュアルな話を始めた所為で、怯えた瞳をするデコは口から泡を吹いていた。


「ナニモオモシロクネェ、ナニモ……オモシロクネエ。ナニモオモシロクネエヨ」


 今にも失神しそうなデコはこんな真夜中に怪談話をする者の心境が本気で理解できず掠れた声を発していた。

 しかしこの状況で声を出すなど言語道断。春夜は咄嗟に彼女の口元を手で塞ぐと、廊下の者達に自分らの存在を悟られていないか、心臓が縮み上がるが……


「──今なんか喋った?」


「──いえ何も喋っていませんが。何か聞こえましたか?」


「──うーん、ラップ音なのかな」


「──何もないならもう戻りましょう。私達が騒いで患者を起こす訳にもいかないですし」


 奇跡的にデコの呻き声はラップ音として処理されると、廊下に居る者はここに長居してももはや無駄だと感じたのだろう、彼らから発せられる足音含め物音は徐々に遠ざかっていくと、春夜は扉を少し開け、廊下に居た者達の後ろ姿を確認する。


 が、その者達は春夜が思っていたような者とは違い、警備員が着衣する制服を着ておらず、何故か入院中の患者が着る病衣を身につけていた。男の方は丁度影が重なってよく姿が見えなかったが、女と思われる者の後頭部には大きな口がついていた。


「あれは……妖怪か?」


 波山羊町では人間の生活に紛れて妖怪も暮らしている。

 それは春夜がよく知っている事実なのだが、妖怪が人間の病院でお世話になるなんてのは聞いた事がなければ、妖怪には妖怪専用の病院がこの町にも存在する。

 人間の病気と妖怪の病気は根本的に異なり、人間の医療技術で妖怪を治す事は出来なくもないが、成功の確率は格段に減る。

 だから妖怪がわざわざ人間の病院に入院など余程の理由がない限りはしない筈だが──


「──チミは誰だ?」


「なあッ!?」


 廊下に居る者に気を取られた所為で、今いる病室に患者が存在する事に気付かなかった春夜は絶句した。

 彼は特段ホラーな展開が苦手な訳ではないのだが急に驚かせてくるタイプには人並みに弱い為、度肝を抜いたのだ。


 そしてそれと同時に声を掛けてきた者が人ではなく彼と同じくらいの大きさの犬である事が判ると、春夜は有無を言わさず、犬の鼻先に拳を繰り出した。


「ふぎゃあッ!!」


 犬でありながら人語を話す事からこの犬も妖怪だと判断できるが、春夜はデコ程ではないが腕力には自信はある。そう、人間の部類で上位に位置するくらいには……


 故に体を4、5回床に打ちつけて吹き飛んだ犬は最後壁に頭をぶつけると登場してからたったの数秒で意識を失った。


「ったく時に驚かせるんじゃねえぞ。口から心臓どころか胃袋が飛び出るかと思ったわ」


 落ちた犬のところまで歩み寄りながら、ビビらせた犬にもビビった自分にも腹が立つ春夜。

 しかしその感情は一瞬で変化してしまう。犬についた首輪のネームタグを見る事によって。

 ──『ヰヰ』。

 それはいつぞやの春夜が犬神探しをしていた時、依頼主のババアから貰った写真で見た犬がつけていたものと全く一緒の首輪。

 そしてその犬はあろう事か灰色の毛並みをしており、左耳の一部が欠けている。


「何でコイツがこんな場所に……」


 春夜はその場でしゃがみ込むと犬の顔から尻尾の先までじっくりゆっくりと観察を始めた。

 犬という事もあって病衣は着ていなかったが、翡翠色に発光する限りなく細い繊維が首元に付着している事に気が付いた春夜はそれを指で(つま)んだ。


「この糸クズ、確か前にも見たな。海の家でバイトした日に山に落ちていた花に付着していた……ん?」


 人が呼吸をするように淡い光を発する繊維は犬の首から病室の床下まで続いており、これは何かしらのヒントになるのではと感じ取った春夜は赤い右目を青色に変色させると能力を発動した。


 物の一つ一つの動きの流れを予測し、不可視な物までも見通す事のできる能力を……


「うおおっ! こ、この病院、幽霊の数多くねえか!?」


 不可視なものが見えるという事はこの世に未練を残し、ありとあらゆる場所にしがみつく者の魂がオマケとして見ることができるという事。

 デコがこの光景を見たら大発狂どころの騒ぎじゃないのだが、幸か不幸かこの異様な景色を見ることができるのはこの特殊な瞳を持つ春夜のみで、彼女はというと自分の吹いた泡で現在も尚、窒息中。


「しかしこの糸、蜘蛛の巣のように物凄く複雑に絡み合っているな。丁度この下の病室で寝てる患者にも全く同じモノが見られるし……これを辿ればこの奇怪な糸を創り出した奴にも会えたりすんのか?」


 春夜は蒼い瞳でこの病院内に張り巡らされた繊維を視界に捉えるのだが、その繊維は決まって生体反応のある者の体から毛のように生えており、それがどこに繋がっているのか繊維の光が邪魔して確認出来ずにいた。


「クソッ……目が痛え。何だこの光」


 ひとりでに発光する繊維からは妖力の反応も感じられなければ、物質の正体も判らない為、それを不気味に思った春夜は腕に生えた毛を抜くかの如く、犬の首から翡翠色の繊維を引っこ抜いた。


「ん? 引っこ抜いても何も起きないのか? 一体何のための糸クズなんだこれは……」


 如何にも怪しい繊維でありながら引き抜いても何も変化が起きない事に眉を(ひそ)める春夜は訝しみながらも繊維を手首に巻きつけた。

 こうする事によって繊維の先に一体何があるのか、コンパスとして利用できると判断したのだろう。


「あとはデコを連れて行かねえとな」


 幸いこの部屋には車椅子が置いてある。

 これから先、ずっとデコを背中に乗せて病院の中を探索する訳にもいかないし、春夜は彼女の体を軽々と持ち上げるとそのまま車椅子の上に乗せた。


「──こんな時間に何をやってるんだチミ」


「おいマジかよ。もう復活したのか?」


 つい先程まで床に横たわって(よだれ)を垂らしていた筈の犬神が意識を取り戻すと、車椅子の前に立っては単純な質問を投げかけてきた。流石は妖怪といったところか。かなりタフな奴だ。


「俺はお前を知っているぞ。何週間か前に商店街でババアから逃げたペットだろ。お前の所為で俺がどれほど悲惨な目に遭ったか」


 あの時あの家で受けた屈辱を決して忘れてはならないと、春夜は歯を食いしばり、ババアに関係のある犬を睨みつけた。


「オイラはペットじゃないぞ! あのババアがオイラのペットなんだ! とはいえあの家に居続けるのは非常に危なかったから隙を見ては逃げ出したんだけど……あれ? ここはどこなんだ? オイラいつの間にこんな場所に」


 打ちどころが悪かったか、突然記憶喪失っぽい発言をする犬神に春夜は困惑すると犬神は続けてワンワンと鳴き声を発し始めた。


「おいバカ犬うっせえぞ!! 今何時だと思ってんだ! 患者がまだ寝てる時間だぞ!」


「──うるさいのはアンタもでしょ」


 犬の鳴き声は非常に響く為、この際声量は気にしない春夜は廊下の端から端まで聞こえる大きさで叫ぶと、その声に反応したのは顔を引き()らせたデコであった。


「なんだお前ももう起きたのか」


「本当はここを出るまで眠っていたかったけどね。でもボコの姿をこの目で見るまではそれも許されないのよ」


 いついかなる時でもボコを優先する彼女の意思は全国の兄弟姉妹がお手本にするべきで、デコは車椅子から立ち上がろうとするのだが、彼女の両肩を下に押しつけた春夜は椅子に座ったままでいろと命令する。


「ちょっ私は別にここの患者じゃないんですけど!?」


「うっせえ。お前ここに来てから本当使い物にならねえからな。ボコを助けたいって気持ちは分かるが、また気絶されたら堪ったもんじゃねえ。それにデコが患者を装う事で院内探索も捗るってもんだ」


「私はアンタの便利道具じゃないのよ!」


「やっぱお前はめんどくせぇ──って、騒いでるから誰かこっちに向かって来たぞ!」


 大声を出す事で警備員や看護師、誰かしら向かってくると分かっていた春夜は蒼き瞳で階段やエレベータを使って四階へ向かう者、ナースステーションから出て向かって来る者達の反応を捉えると、デコの乗る車椅子のハンドルを握った。


「デコ、こっから先は毅然とした態度でやり過ごしてくれ」


「まさか正面から行くつもり!?」


 逃げ隠れしながらボコを探すのはあまりに効率が悪く面倒臭い。ボコを見つけた頃には日が昇り兼ねない為、春夜は車椅子を動かすと、鳴き続ける犬神を放置し病室から出た。

 デコは春夜の言いつけ通り首をガクンと下げると、体調を悪くした患者のような姿で挑む事にした。


「こんなんで本当に大丈夫なんでしょうね?」


「いいから黙って寝たフリかましとけ。俺も正直この病院がこんなに警備を固くしてるだなんて思ってもみなかったんだよ。夜中の三時だぞ?」


 そうこうしているうちに、四階に人が多く集まって来ると、春夜は警備員……ではなく一人の女性看護師と廊下ですれ違い、声をかけられた。


「今すごい叫び声が聞こえましたが、大丈夫でしたか?」


「叫び声? ああ犬の鳴き声か。確かに耳が痛くなって目覚めちまったが特に何もなかったぞ。それよりこの子が便所行きたいって言ってるからもう行ってもいいか?」


「そうでしたか。ナースコールを押してくれれば私が向かいましたのに……ん? 貴方、ここの患者さんですか?」


 通常、ぐったりしながら車椅子に座る者はナースコールで看護師を呼んでからトイレまで連れて行ってもらうのだが、看護師ではなく健康的な男性がこんな時間に少女を便所まで運ぼうとしている事に違和感を感じた看護師は、春夜が部外者であることを疑った。


 しかし春夜は平然と嘘を()く許されざる人間なので、患者なのかという質問に対して『はい』と答えると、看護師との会話はこれで終了と足を進めようとする。


「あれ、ちょっと待ってください。お二人ともリストバンドはどうしました?」


「リストバンド?」


 この安らぎ病院では入院する際に患者情報が記されたリストバンドを付けなくてはならない。患者の取り違えを防ぐ為にも……

 しかし春夜を始め、デコの手首にそれが付いていないことに気付いた看護師は咄嗟に彼らを引き留めた。


 だがこんなもの、手首がかぶれるから勝手に取り外したとか適当な理由をつけていくらでも逃れる事ができるのだが、そんな事すら億劫と感じるデコは素早い動きで看護師のみぞおちを殴ると彼女をダウンさせた。


「ゔぉっ……あ、あなた達、まさか勝手に侵入してきたんじゃ」


 事切れたように白目を剥く看護師はその場でバタリと倒れるのだが、廊下のど真ん中で人が、それもこの病院の人間が気絶しているのは後々厄介になりそうな為、デコはまたもや目にも留まらぬ速さで動くと、看護師を適当な部屋に隠し、その後車椅子の上で病人のフリをする。


「デコお前勝手な行動は控えろよ」


「アンタがいつまで経ってもこの階より下に行かないからでしょ。こんなの痺れ切らすに決まってんじゃない」


「これだから血の気の多い奴は嫌いなんだ」


 こう言っている春夜も驚かされたという理由だけで犬に暴力を振るうクソったれだが、その場面をデコは見ていない為、彼を咎めることは出来なかった。


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