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32話 真夜中の散歩

 おねしょの処理を親に見つかる事なく無事に終えた春夜は、動きやすい格好。つまりはジャージに着替えて自室の窓から外へ出ると、デコと横並びで街灯の少ない夜道を歩いていた。


 そして彼は未だに聖書を首にぶら下げている。


「アンタ、なんで首に本なんかぶら下げてんの? 前衛的なファッション?」


「誰が聖書をファッションに取り入れる奴がいる。これはただ母さんの期待を裏切った罰だ。そんな事より、ボコが消えたことについて詳しく教えろ」


 自分に課せられた罰なんかよりもボコがこの時間になっても家に帰っていない事の方が気になる春夜は保護者面で早速ボコから事情を聞き出そうとする。


「そ、そうね。アンタの事はこの際どうでもいいわね」


 日付を一つ戻した夕暮れ時。

 その日の晩御飯の食材を買いに商店街へと出かけたボコ。

 いつもなら彼女が寄り道したとしても三時間もすれば家に戻っているのだが、その日、彼女は家に帰らなかった。


 そして現在ボコは華の女子高生。一般的に言うと夜間の外出が憧れる年頃なわけだが、デコが言うにはボコはインドア派。日中ならまだしも、夜中に一人で出歩いたりしないと言う。


 いつまで経っても家に戻らないボコを不審に思った姉は自慢の能力を使って妹が行きそうな場所を隅々まで見て回ったのだが、一向に見つかる気配もなく、晩御飯も取らずに一日が過ぎてしまった。


「ところで華火には伝えたのか? ボコがまだ家に帰ってない事」


「いや、パパはいま出張で別の場所に居るから話してないわよ。無駄に心配かけてここに戻って来させる訳にもいかないしね」


「いやそこは話せよ。可愛い可愛い妹が居なくなってるんだぞ? 変に気を遣ってると取り返しのつかない事になるぞ」


 子供は親に心配をかけるのが当たり前だと、常日頃から母親をハラハラさせ寿命を縮ませる春夜が言うのだが、今回に限っては彼の意見が正しく、『自分に頼る前に()ず父親に頼れ』『事件が起きてからじゃ遅えぞ』と春夜は珍しく説得力のある発言をした。


「私だってアンタみたいな人でなしに頼るなんて考えたくなかったわよ! けど仕方ないじゃない。私この町に引っ越して間もないし、知ってる奴が殆ど居ないんだから」


「あっ、なるほど。友達が居ねえんだな」


「と、友達くらい普通に居るわ! ……前に住んでた場所には」


「え? なんて?」


「うっさい! アンタも似たようなもんでしょ!」


 初対面の者に対して一切の遠慮を見せない少女は意外な事に友達作りが下手ときた。

 春夜は性根が腐り切っている為、友達ができないのは至極当然の事なのだが、デコは彼ほど心は腐っていない。

 ルックスも全くと言っていい程問題はないし、友達の10人や20人、既に出来ていると思ったが、自分に素直になれない性格が彼女の友達作りを邪魔したのか。


 ここで春夜を頼ったのが何よりの証拠であると、彼は煽るようにしてデコの頬をツンツンする。


「しっかしお前、俺に頼るの遅すぎやしねえか? 俺はボコの為なら基本何でもする男だぞ。それをボコが居なくなって数時間後、それもこんな夜遅くに頼ってくるとか非常識かコイツは」


「アンタはニートなんだから別にいいでしょ。それよりも私たちは一体何処に向かってんの? 何も考えずに道を歩いてるけどさ」


「あー、そろそろ試してみるか」


「え、試す?」


 目的地も告げず、ただひたすらに歩いているだけかと思ったデコ。

 しかしこの夜の散歩は夏出美春からできるだけ距離を離す、つまりは美春が居る位置と春夜の居る位置を離す為のものだったのだが、彼は唐突にその場で立ち止まると、ジャージのポケットから手帳を一つ取り出した。


「じゃじゃーん。強制手配帳ー!」


 まるで四次元のポケットを巧みに扱うロボットを真似する春夜は未だ活躍の場がない100万円の手帳をデコの前に披露した。


「何? 強制手配帳?」


「そうだ。チビヤクザの店で買った高級手帳だ。これを使えば探したい人物をリアルタイムで見つけ出してくれる優れ物。但し、探す場合には対象者の遺伝子情報が必要だから俺に寄越せ、ボコの使用済み歯ブラシを」


「あ? ぶっ殺されたいのアンタ」


「いや至って真面目な話をしているんだが。何だったら下着でもいいぞ」


「馬鹿なの? ねえアンタ馬鹿なの? そっかアンタは馬鹿だったわ。まったく何が人探しが出来る手帳よ。そんな胡散臭い物、私が信じるとでも思うわけ? 仮にその手帳でボコを見つけれたとして、私が妹の私物をホイホイ渡すわけないでしょ。ましてやアンタみたいなクズに」


「そうか。なら俺の私物を使うしかねえな」


 あれだけ探して見つからなかったボコがこんな手帳一つで見つかっては自身の能力の価値が下がるだけでなく、初めから春夜を頼っておけばよかったと認めざるを得ない為、春夜に手を貸す姿勢を見せないデコ。


 だがそんな事は想定内。

 春夜は再びジャージのポケットを弄ると、手のひらサイズの小瓶を一つ取り出した。

 ここら一帯は街灯もなく闇に覆われている為、小瓶に顔を近づけて中身を確認するデコは透明のガラスから見える白い物体に首を傾げていた。


「な、なにこれ?」


「ボコの爪」


「え?」


「あ?」


「はあッ!?」


 強制手配帳に必要な物は対象者の遺伝子が詰まった物。

 デコがその提供を断り、ならば私物を使うと言い出した春夜。

 この時点で嫌な予感はしていたが、まさか妹の爪を集める異常者がこんなにも近くに居たとは……

 これだったらまだ下着を盗まれた方がマシだと思うデコは精神的ショックを受けた。


「なな、なんでアンタが、私の……ボコの爪を持っているのよ」


「そりゃあボコの爪を切った際に盗み取ったから」


「盗み取った……え? アンタ、ボコの爪を切る機会なんていつあったのよ」


「ボコの家に遊びに行った時とかな」


「ボコの家にね……ってそれ私の家じゃない!! はあッ!? アンタ、私が居ない間に勝手に家に上がったって事!? マジで信じらんないんだけど!」


 家に最も呼びたくない人物が知らぬ間に安らぎの場を汚していた事を知ったデコ。妹が客人とも言えないゴミを勝手に家に招いた事もそうだが、何よりその出来事について一切知らされていなかった彼女は頭を抱えながらボコと春夜の関係性について今一度深く考える。


「え、アンタ達付き合ってるの?」


「付き合ってるどころかもう結婚してるぞ。先日、俺が指輪渡したの見ただろ?」


「いいや見てないわ……そんな場面は一度たりとも見た事ない!!」


「そうか。ま、見てないなら見てないで良いんだけどな」


 万一にも二人が結ばれている可能性が拭えないデコは現実から目を背け狼狽するのだが、彼女が慌てふためいている姿を見て心の余裕が生まれる春夜は、小瓶に入ったボコの爪のかけらを取り出すと、強制手配帳を開き、まだ何も書かれていないまっさらな(ページ)の上に置いた。


「ちょっ、まだ話終わってないのに何勝手に進めてんのよ!」


「お前本来の目的忘れてやしねえか? ボコが居なくなってんだぞ。俺だってこんな真夜中に叩き起こされてクソ眠いっつうのに、俺を邪魔する理由がてめえにあるのか? ああ?」


 デコの気持ちも分からなくないがその話はまた後日でいいと、春夜は欠伸をしながら手帳が爪を取り込むのを確認した。


 そして手帳は前回と同様に黒い泡を立てて一つの円になるとシャボン玉のようにパチンっと弾けた。しかしそこに映し出されたのはボコの愛らしい顔だけで、結果は言うまでもなく失敗。


 だが初見のデコは手帳に妹の顔が描かれるとは思いもしなかったのか、口に手を当て驚いていた。


「え、もうボコ見つかったの!?」


「いいや見つかってねえ。けどボコは手帳の中でも可愛いな」


「は? じゃあ失敗? ボコの細胞を許可なく取り込んどいて、その手帳は失敗したっていうの!? コンビニ行ってグミ買って来りゃあ!!」


「何言ってんだお前。飯も食わずにずっと走り回って頭おかしくなってんじゃねえか?」


「グミを食べちゃあ、ソースでしょ!!」


 先程コーヒー牛乳でカフェイン摂取を行なっていたが、ついに脳が限界を迎え、突然訳の分からない事を言い出したデコ。

 一応は高校生であるが、幼児体型な故、一般的な学生と同じようにデコは夜更かしができない事をここで知る春夜はどうしたもんかと頭を悩ませたが、答えは割とすぐに出てきた。


 春夜は少女の頭を左右の手でガッシリ掴むと、ミキサーのように激しく揺らし振動を与え、取り敢えずの脳震盪(のうしんとう)でデコを気絶させた。全ては自分の取る行動一つ一つに文句を言わせない為。


「さてと、もう一回試してみるか」


 デコが落ちた事で伸び伸びとボコ探しが出来る春夜は再度小瓶から爪を取り出すと強制手配帳を使用する。


 ◆◆◆


 波山羊町で最も大きな町病院、『安らぎ病院』の前まで来た春夜は現在進行形で気絶中のデコの襟元を掴んで彼女を引き()っている。


 時刻は午前三時手前で、病院の正面玄関含め、一階から四階までの窓ガラスから見える明かりはごく僅かで中々に薄気味悪い雰囲気を醸し出している。


 田舎だというのに虫の鳴き声すら聞こえてこないのがより一層の恐怖心を煽ってくる。


「おいデコ、着いたぞ。早く起きろデコ助」


「んぁ……あー?」


 気絶したデコを道端に置いてきても良かったが、ボコが居なくなり、強制手配帳も犬探しの時と同じように不具合を起こしていた事からボコは妖怪失踪事件に巻き込まれたのではと考える春夜。

 そしてデコは戦力面では割と使える方だと自身の経験からそう断言できる春夜は腕に負担をかけながらも、わざわざこの場所まで彼女を連れて来てやった。


「というかボコは妖怪なのか?」


 妖怪の娘であり、片方は妖力を使って自身をボコボコにしてきた。

 という事はボコも姉と同じく妖力を持っている筈だが、失踪事件の対象者は妖怪だと聞いている。

 しかしここに来て犯人はターゲットを妖怪ではなく妖力を持つ者に変更したか。でなければボコが消えた理由が見つからない。

 ただのロリコン野郎に、スイーツを餌に誘拐されたのなら話は変わるが……


「なにゃー? ここどこよぉ?」


 春夜にビンタで起こされ、目を細めながら周りを見渡すデコはまだ意識がはっきりしていない。


「ここは病院だ。今からここに侵入するぞ」


「びょうみん…………ゔえッ!? びょ、びょういん!?」


 普段から高圧的な態度を取るデコは妖怪の娘でありながら怖いものが大の苦手。

 夜更けにボコを探している時も、春夜の家に突撃しに行く際も、陽気な音楽を聴きながら大声で歌い、暗闇に対する恐怖心を誤魔化していた。だが夜の病院に侵入するなんて流石に笑えない。


 幽霊がどこにいるかと聞かれたら病院はランキング上位に必ず入る。

 そんな場所に自ら向かうだなんて愚か者のする事だと、春夜の一言で完全に目が覚めてしまったデコは首を激しく横に振った。


「嫌。イヤイヤイヤイヤ、絶対に嫌だわ! 何で私がこんないかにもって場所に行かなきゃなんないのよ!」


「何でってここにボコが居るからだろ」


「え、それ本気?」


 あれだけ探して見つからなかったボコがこんな目立つ建物の中に居るだなんて、盲点だったのと同時に、夜ではなく日が暮れる前に行けばよかったと悔やむデコは葛藤していた。

 ボコを助けたい気持ちは十分にあるがお化けから逃げたい気持ちもそれに負けじとある……


「お前がおねんねしてる時に居場所を突き止めたんだよ。まあ正確な位置までは分からないがな……というか、もしかしてお前ビビってんのか?」


「そそ、そんなわけねえわいッ!! ほらさっさとボコを助けに行くわよぉゔっ!」


「いや顔面蒼白じゃねえか」


 春夜の前では死んでも怖いなんて言えないデコの意地も虚しく、青い顔に加えて小刻みに震える体が彼女の心情を物語っていた。

 しかし慈悲なき男、夏出春夜は一度行くと言ったんだから二言目はないよなと、デコを肩に担ぐと彼女から逃げる選択肢を奪った。


「あ、あははー。待ってろよーボコー。今からお姉ちゃんが助けに行ってあげるからぁー」


 助けが必要なのはどう考えてもデコなのだが、高すぎるプライドが彼女自身の道を(ことごと)(せば)めていく。

 故にデコは感情のこもっていない声を発し、静かに涙を流した。


「とはいえ何処から侵入したもんか……」


 こんな田舎の病院でも夜間警備員はしっかり雇っており、正面玄関に一人、夜間用の入口に一人、そして地下駐車場に通ずる道に二人、警備員を配置していた。いくら波山羊町で一番の病院だからといって夜に人員を割きすぎではないか。


 そしてこの時間帯ということもあり正面から堂々と行けば春夜は直様不審者として扱われ通報を受ける。母親に話が行くのは時間の問題の為、春夜は何としでても人目を避けてこの病院に潜り込みたい。


「よしデコ。屋上から侵入するぞ」


 下がダメなら上から入ればいいと、ちょうどここには力に自惚れた慢心家が存在する。

 春夜はせっかく担いだデコを肩から下ろすと、彼女に屋上まで連れて行くよう指示をする。


「屋上ってそれ、私に能力(ちから)使えって言ってる? 私、アンタの下についた覚えはないんですけど」


「お前は本当にめんどくせえ女だな。ここで俺一人家に帰ってやってもいいんだぞ? ボコの居場所はちゃんと伝えてあるからな。けど、朝まで待って病院に入ったところで無事にボコが見つかるかどうか……まあ、せいぜい一人で頑張って後悔してくれ」


 母親に黙って家を抜け出すという危険を冒してまで春夜はボコ探しを手伝っている。

 それなのにデコときたら、春夜の使い走りになりたくないからというチンケな理由で能力を使おうとしないなどとは、流石の春夜も頭に来たのかデコに背を向けて家に帰ろうとする。

 下手な行動を取って無断外出してる事を母親に知られない為にも。


 すると不安を煽る春夜の言葉もそうだが、この真っ暗闇に一人置いて行かれる事を恐れたデコは震える右手で春夜の服の裾を引っ張ると──


「や、やっぱアンタに力貸してやってもいいわよ」


「あ? 『いいわよ』だ?  違えだろ。『お願いします。一人で病院に入るのは小便垂れ流しそうなくらい怖いので助けて下さい』だろ。てかそう言え! じゃねえと絶対に手を貸してやんねえぞ!」


「……お、お願いひます。一人でびょ、びょういんに入るのはしょんべん垂れ流しそうなくらい、こ、こわいので……たしゅけてください」


 ちびっ子に罵声を浴びせる春夜の姿はなんたる鬼畜か。

 デコが余計な事を言わなければ彼も穏やかな状態でボコを助けに行けたのだろうが、彼女の一言で機嫌を悪くした春夜は女の子に言わせちゃいけない台詞を無理矢理言わせる。


 当然デコはこのタイミングで逆らってはいけないと知っている為、春夜の言いなりなのだが、これによって満足した春夜は不気味なくらいに優しい笑顔をデコに向けて彼女の頭を撫でた。


「そう、それでいいんだよ。初めから従順なら俺も怒鳴ったりしないんだから」


「ぐっ……このDV男が」


「え? なんか言ったか?」


「言ってないわ──よッ!」


 いつの間に立場が逆転してしまった事を不快に感じるデコは唇を噛んで春夜の襟元を掴むと、地面を蹴っては近くの電柱の上へと移動した。

 人間が電柱を登るのに数分かかるのに対し、デコは十メートル以上ある場所に一瞬で到着すると、相も変わらずとんでもない能力だなと素直に認める春夜は自身の扱いの酷さに目を瞑った。


 そして少女は男を片手に持った状態で、百メートル程離れた距離にある病院の屋上へとそれはもう軽々と跳んでいった。


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