27話 敵キャラなんて結局はその程度
「落とし物の髪飾りもいいですが、貴方達の額につけられたという紙は今は何処にあるのでしょうか。話によればその紙が二人の肉体を山から空に、一瞬で移動させたという事ですが……」
山に落ちていた黄色い花飾りよりも青髪男が使ったとされる古びた紙について詳しく知りたい華火は、その紙の在処を春夜と凍呼から聞き出そうとするのだが、二人は同時に目だけを上に向けると、ここで額に貼られた紙が消えている事にようやく気付いた。
「あれ、紙がなくなってる! え、いつの間に取れたの────てかいつ取れたの!?」
「それを私が聞いているのですが」
「上空から落とされた時、俺たち結構焦ってたからな……その時に風で吹き飛んだか? いやでも、あの紙無理に引っ張っても取れなかったよな……それが風で飛ばされる訳ないし。というか凍呼が落下最中に寝るとか言い出した時にはもう無かったような……あー、ダメだ忘れた」
「貴方達は本当に……」
二人にとって謎の紙を額に貼り付けられた事よりも、パラシュート無しで高度1万メートルの空から落とされた事の方がよっぽど印象深かったのだろう。
一時的に頭の中が落下の恐怖で支配されたとはいえ、青髪男に繋がる手掛かりをみすみす逃してしまうとは、なんとも二人らしいと少し呆れた様子の華火。
「その如何にもコイツ使えねえって顔やめてもらえますかね!? こちとらさっきまで死神背負って、玉をヒュンヒュンさせてたんだぞ! そんな状態で額の紙に意識が向くと思うか!?」
「貴方には初めから期待はしていませんので安心してください」
「このクソウサギ、ケツの穴に人参ぶっ刺してやろうか……」
せめて額に紙が貼られている間に春夜の全身が氷漬けになっていれば、こう落胆する事もなかったのになと他人事な華火に血走った目を向ける春夜は小動物の尻を凝視していた。
「とまあ冗談はさておき、目隠しをした和装の男とはまた異質な存在が町に現れましたね」
「そうなんですよ! いきなり私たちの事を人の子とか言ってくるから妖怪かなと思いきや、妖力の反応が微塵も感じられなかったし、初対面なのに態度もめちゃくちゃ上からだったんですよ!? 本当、春夜くんと同じじゃんって思っちゃいましたもん!」
「──誰が敵キャラと同じタイプだ。思ってもそんな事口にするんじゃねえ。今後初対面の奴と接する時その言葉が頭をよぎるだろ」
「……貴方はもう少し自重した方が良いですけどね」
華火に見下された直後に幼馴染からも人間的に良くない部分を指摘される春夜は扱いの酷さに白目を剥いた。
「にしても妖力の反応が無いのに貴方達の体を空に飛ばしたとは……何か妙ですね」
「そうか? 時間は常に流れてるからな。空間転移が簡単に行える道具くらい今の時代あるだろ。ほら、チビヤクザだってイカれた発明品作ってるし」
「残念ですが、人間の社会に空間転移が可能な道具は一つもありませんよ。しかもたった一枚の紙切れで人体を丸々飛ばすなど……恐らく、その男が使ったとされる紙は妖具の類ですね」
「……用具? 運動とか福祉とかで使う?」
「違います。妖怪の力が込められた道具、通称『妖具』です。知っているくせにふざけないでもらえますか春夜」
「あはは、これくらい別にいいじゃねえかよー。聞き馴染みのない奴を思って、俺は触れてやってんだからー」
「……誰に向けて発信してるんですか、まったく」
人々の生活に欠かせない必需品がある様に妖怪の世界にもなくてはならない実用品が存在する。
勿論、人間の世界にある道具を妖怪も頻繁に使っていたりするが、中にはより利便性の高い物を求める妖怪も存在し、今の人類の技術では到底辿り着けない、それこそ青髪男が使用してきたお手軽空間転移道具などを生み出したりしている。
こんなにも高性能な道具があるなら人間の世界にも展開をし、莫大な利益を生み出せば良いのではと思うところだが、生憎この『妖具』という物は普通の人間には扱えない。
するとウサギ同様に子町も何か引っかかる点が浮かび上がったのか顎に手を当てながら華火の方を向いた。
「でも店長、妖具って使用者の妖力を介して使う道具ですよね。それなのに妖力の反応が無いっておかしくないですか」
「そこなんですよね。妖具は妖力があって初めて成立する道具。妖力無しでは妖具などただのガラクタ…………となれば凍呼の感知に引っかからない様、男が自らの体に細工をした可能性が高いですね」
「細工って……え、肉体改造的な!? 顔が牛で胴体が蜘蛛の『牛鬼』みたいな感じになってるって事ですか! 今の時代、妖怪は人型が主流なのに勿体な!」
「……ウサギが店主で悪かったですね」
人型じゃない妖怪は時代遅れと、華火を始めとした数多くの妖怪達を敵に回す一応人型の妖怪子町。
先程、青髪男は人の形をしているという説明を凍呼から受けたにも関わらず、何故か牛鬼を頭に浮かべる彼女の記憶力はニワトリ並か、はたまたダチョウか……
部下から差別的な発言を受け、複雑な心情に陥る華火は娘や凍呼から憐憫な目を向けられると、その光景に不快を極めたニヤけ面を晒す春夜はどこか嬉しそうな様子。
「──ぬあッ!! ちち、違いますよ店長! アタアタ、アタイっ、別に店長を見下してこんな事言った訳じゃないですからね! 深い意味とか本当にありませんから! どど、どうかクビだけはご勘弁を!!」
「貴女が動物系妖怪をそんな風に見ていたとは残念です」
「残念って待ってくださいよおぉ! その反応するって事はアタイ、遂にクソったれ春夜と同じ職無しって事ですかッ!? ええッ嫌だ!」
いつもならここでクビになどしませんよと慈悲深き言葉を送ってくれる華火が、やけに神妙な顔つきで視線を下に向けている事から何やらマズイ予感がする子町。
そして労働を誰よりも嫌う身でありながら自身を無職者と呼ぶ者は許さない春夜は、解雇の危機にある彼女にゲスな提案を持ちかけてくる。
「よっしゃあッ! 口は災いの元とはまさにこの事! 子町、金が欲しくなったら俺に頼めよ。町のチビガキやジジババに『ワタシ綺麗?』って言いながら巨大ハサミ振り回してトラウマ植え付けたら10万でも100万でも好きなだけやるから!」
「そんな簡単に万札が、ゴクリ…………って駄目だ駄目! 人を不幸にして金を得るなどアタイは春夜みたいな落ちぶれたクソったれを目指すつもりか!? そうじゃないだろ! しかも『ワタシ綺麗?』ってお母様の世代で流行ったセリフだし……まず一人称が納得いかねえ! せめて『アタイ綺麗?』にしろ!」
「あははは、いいのかぁぁ? たった数分働くだけで万が貰えんだぞぉ? あーあ、こんなオイシイ仕事他に絶対ないのになー!」
「チクショウッ! 何で神はこんな奴の金運をあり得ないくらいUPしやがったんだ……クソ、クソォッ!」
ゲス男の提案に一瞬でも心が揺らいだ自分が情けないと、子町は地団駄を踏んで春夜の金運に嫉妬する。
「おい、金運だけじゃねえだろ。このイケメンすぎる俺の顔を見ろ。それに大抵のことは一人でこなせる才能だってある。神は他の誰でもない、俺を選んだんだ。この運命を受け入れて、町の住人を畏怖させに行こうぜー」
「……てんちょおおおおぉっ! 何でアタイの方が年上なのに春夜に勝る点が一つもないんですかああぁ! こんなの全っ然、納得できねえ! てかクビにしないでくれえ! あとついでに時給も300円UPしてくれえ!」
いくら働いても金がなく、女でありながら口も裂け、料理の腕も万年プータローの春夜に劣る尾野々子町。
才能や顔がものを言うこの世界で何故この度し難いクズ野郎が恵まれ、暴力を好まず近所の子供や老人に優しく接している自分がこんなにも惨めな思いをしているのか……
不条理な世の中を春夜の言葉で改めて実感する子町は店長の首根っこを両手で掴むと口内の粘液を飛ばしながら自身の現状を嘆き始めた。
「……惨めね」
「……うん、惨め」
本来なら首が締まっている父親を真っ先に助けなければならないこの場面。
しかしデコとボコは首絞めで苦しむ父親よりも社会的に苦しむ子町の方が可哀想に見えたのか、余計なことを言った春夜に左右のまつ毛を数本一気に抜くといった罰を子町の代わりに与える。
「ちょっ、お二人さん? 髪の毛といい、まつ毛といい、俺の体毛を無駄に減らしていくのやめてもらえますかね。それにボコちゃん……君はこんな事をする娘じゃないよね? どうしたのかな、お兄さん話聞くよ?」
「反省して春夜……言葉は時として人──あ、違った。言葉は時として妖怪の心を傷つけるんだよ」
「まあコイツの場合は常日頃から色んな奴傷つけてるから時としてって言葉は当て嵌まらないけどね」
「うっせえクソデコ! お前だけは絶対に許さねえからな! 子供とか女とかマジ関係ねえ! 人間も妖怪もあまりの痛さで泣いちまう攻撃をてめえに食らわせてやるから覚悟しとけ!」
「……アンタ、私に対してホント当たり強いわよね。何よ、妖怪もあまりの痛さで泣いちゃう攻撃って。どうせ前と同じワサビームとかなんでしょ。はぁーあ、芸がないわね。パターンが見え見え過ぎて、全くもってくだらないわ」
「ハッ、余裕こいてられるのも今のうちだ。お前は今日痛い目に合う事が決定してるからな。嗚呼、現役女子高生をグチャグチャに虐めるのたのちみだなぁ!」
「……きもっ」
会話をする度に啀み合うS極同士の春夜とデコ。
現在、春夜は氷漬けになっている為、デコにはかなりの余裕が見られるが、先程から好き放題『毛』を抜かれている春夜の怒りゲージは見た目以上に高め。
それ故かフェミニストは勿論の事、そうでない者も思わず絶句する春夜の発言に、デコはゴミを見るような目を男に向けた。
「春夜くん駄目だよ。その如何にも園児な女子高生を虐めるなんて言っ────え、この娘JKなの?」
「てめ、今私のことチビィって言ったなッ!!」
「いや言ってないけど……」
『親切心には親切心を』の精神をした凍呼は、先程子町から水を受け取ったお返しをする為、悲嘆する口裂けに飲み物を渡しては春夜の過激発言を注意するのだが、同時にデコが高校生だと知った彼女は発育が遅い童女に唖然とする。
「園児は言い換えるとチビィでしょうが! アンタねえ、海をこんな滅茶苦茶にした張本人らしいけど、力が全てだと思うなよ! 自分より弱い奴になら何言ってもいいとか思うなよ!!」
「……お前がそれを言うか」
暴力でしか物事の解決を導き出せないデコがよもや弱い者いじめ反対を語るとは……
たしかにその心意気は大事だが、笑えないレベルの暴力を過去に食らった覚えのある春夜は蔑んだ瞳でデコを見つめる。
「……だが、お前が凍呼よりも弱いって認めるとはな。意外だし判断早いし、クソデコらしくねえぞ」
「何よ、私らしくないって。あんな海を一瞬で凍らせるバケモノに私が喧嘩売る訳ないでしょ。クソったれ春夜みたいな雑魚とは違うんだから。このクソ雑魚オッドアイ」
「誰がクソ雑魚オッドアイだ! 今ここでお前の水着透視して後でその貧相な体デッサンして学校中にばら撒いてやってもいいんだぞ! 言っとくがなあ、俺は美術の評価で『5』より下を取った事ねえから」
「はいはい勝手にやってろ────って、ぎぁああああッ!! コイツ、本当に目の色変えやがった!」
デコとの喧嘩で大した実績を残せなかった春夜の右目の能力。
一応、彼の赤い瞳が青に変わる時、物の動きを先読みする事が出来る且つ、常人の目には決して映らない様なモノまで見えるようになる汎用性の高い能力なのだが、デコの姑息な戦術──毒を盛った攻撃の所為であまりパッとしない能力となってしまった。
そのため赤い左目と青い右目、通称オッドアイはデコにとって何の脅威にもならないとクソ能力扱いされるのだが、勿論春夜はそれを快く思わず、このくだらない場面で彼は赤い右目を青へと変色させた。
葉っぱの上を移動するナメクジの様にねっとりと、そしてべっちょりとデコの身体の隅々を観察する春夜は側から見たら幼児を視姦する性犯罪者。
父親から春夜を殴ることを禁止されたデコだが、この行為を流石に許すわけにもいかず、頭が吹き飛ばない程度に春夜の顔面を左フックからの右ストレートと容赦なくサンドバッグとして利用し、店の中で穢れた男の血を散らした。
「……結局こうなってしまいましたか」
春夜の言動から薄々こうなるのではと危ぶんでいた華火。
凍呼が海を凍らせた時点で店のお客は大分減っていたが、真っ赤な血反吐を噴出させる春夜は更にその勢いを加速させていく。
「ねえパパ。このお姉さん本当にクビにするの?」
たった一言の失言で春夜と同等、もしくはそれ以下の存在になりつつある子町を気にかけるボコは、貧乏妖怪の首を切るのはいくらなんでも冷酷すぎると父親に意見するが──
「子町が勝手に騒ぎ立ててるだけであって、私は一言も彼女をクビにするとは言ってませんよ。それにウチは春夜という最悪の問題児を雇うようなお店ですからね。子町の発言など可愛いものですよ」
「そっか……良かったね、お姉さん」
「ゔえっ? アタイ……可愛いの?」
「そうじゃなくて、バイトクビにしないってさ」
「バイト、クビならない。バイトがクビに…………え、マジ? ア、アタイ、バイトクビにならないの!? って事はアタイは有職者のままで春夜は永久無職で……っしゃあッ! アタイの方がワンランク上の階級だ────って、デコに殴られてるしコイツ」
要は子町の単なる早とちりで彼女が解雇される現実は万に一つ訪れる事はなかったという正しくお騒がせな口裂け女。
自身が正気を失っている間に春夜とデコの間に何があったのか、まあ容易に想像できるが、今は『有職者』の称号を剥奪されなかった事に子町は嬉々としている。
「あと、時給300円UPしていいよ……パパもきっと、納得してくれる」
「ぬぁあッ!? ホ、ホホ、ホントにいいのか!? 一気に時給が300円上がったら、それこそスーパーの唐揚げ弁当が毎晩食えるようになるんだぞ! あのうっすい味の激安カップ麺を卒業して贅沢できちゃうんだぞ!? いいのか!?」
「うん、好きなだけ贅沢して」
「う、ううっ、天使や。ここに天使がおるぅ」
一度の昇給で時給300UPさせるのがどれほど難しいか、就業経験のないボコは父親の都合も考えずに勝手に話を進めるが、店主の娘がそう言うなら間違いないと真に受ける子町は既に来月の夕飯の事を考えている。
「ボコ、勝手な事を言わないでください。うちが雇っているのは子町だけではないのですよ。いきなり一人だけを昇給したら他の従業員から何を言われるか」
「でもお姉さん、相当お金ないんでしょ。私のお小遣い減らしてもいいから……このお姉さんを救ってあげて」
「気持ちは分かりますが、ボコのお小遣いで賄える程安くはありませんよ。時給300円の昇給は」
「ならデコのお小遣いも減らしていいから」
「貴女には姉を敬う気持ちは無いのですか」
自分のお小遣いで貧乏妖怪が救われるなら幾らでも充てて構わないと優しさを全開に魅せるボコだが、所詮は女子高生のお小遣い。
たとえデコのお小遣いを許可なく合わせたとしても、ほぼ毎日働いている子町の時給300円UPには到底及ばない。
ならば経営者としてここは判断を誤る訳にはいかないところだが、このウサギは娘に対してとことん甘い。
「でもまあ、他の誰でもなくボコの頼みですからね……貴女達のお小遣いを減らす事なく子町の昇給を認めます。但し、他の従業員には内緒ですよ」
「ありがとうパパ……お姉さんも良かったね」
「唐揚げとハンバーグ、そしてお寿司……うまうまぁ」
「……私の声が届かない程、嬉しいんだね」
ボコのおかげで見事、生活の質が少しだけ上がるのが確定した子町は現在、頭の中を食べ物でいっぱいにし、夢見心地のような表情で涎を垂らしていた。
カジキも釣れて春夜も氷漬けで、バイトの時給も上がるという今日は子町にとってのラッキーデー。
「──とまあ話が大分脱線してしまいましたが、青髪の男にはくれぐれも気を付けてくださいね皆さん。どうやら相手は凍呼の感知能力を上回る実力をお持ちの様ですので……特に春夜とデコは侮蔑的な態度を取るのを控えるようにお願いします」
「私はいつだって平和的よ、パパ」
「両手を血で染めて何言ってるんですか」
各々が話の腰を折る所為で青髪男からすっかり関心が逸れてしまった華火を除いた一同。
デコに殴られた春夜は意識を失い、凍呼は大好きな彼から溢れ出た血を顔中に塗りたくって恍惚としている。
先程まで上空から落下していたというのに危機管理がまるでなっていない二人に華火は頭を抱えると取り敢えずデコに手を洗うよう指示をした。