26話 この海は呪われているかもしれない
防波堤でフィッシングチェアに座りながら釣りをするデコと子町の佇まいはまるでオッサン。
そして釣りはしてないが椅子には座るボコは膝に華火を乗せて不貞腐れている。
「ねえデコ。釣りちっとも面白くない……海で泳ご」
「アンタもまだまだお子様ね。釣りっていうのはこうやってメガロドンがヒットするまでの時間を含めて楽しいと思えるのよ。要は釣りの醍醐味ってやつね。だからいい加減ボコも大人を目指して手始めにシーラカンスでも釣りなさい」
「デコだって最初乗り気じゃなかったくせに……大人ぶるの本当にイタい」
「おお、大人ぶってねえわいッ!」
外見はアレでも中身は大人以上に渋い大人である事を主張するデコとそれを即刻否定するボコは、餌箱から取り出したイソメを交互に投げ合ってはちっぽけな争いを繰り広げている。
一応、ここにある釣り道具は全て海の家から持ってきた物であり、彼女達の私物ではない為、店の物を粗雑に扱うデコボコは父親から注意を受ける。
「デコ、ボコ、くだらない事で喧嘩するのはやめなさい。あと餌は投げない」
「……デコが先に投げてきたのが悪い」
「はあ!? ボコが私をイタいとか言うからでしょ!」
「姉なら動揺してないで、毅然とした態度でいてよ」
「ど、動揺なんかしてないわよ!」
どこの兄弟姉妹も些細なことがキッカケで喧嘩をするように、ウサギに育てられたデコボコも例外なく口論する姿は見た目が見た目だけに何だか微笑ましい。
子町はニヤニヤしながら姉妹観察をしているが、父親からすればみっともないとしか思えないのか華火は溜息を吐く。
「はあ。そんな調子ではいずれ春夜みたいな捻くれ者になってしまいますよ」
「「それは絶対嫌」」
夏出春夜の人生だけはお手本にしてはならないと言わんばかりに、出会って間もない彼の内面を拒絶するデコボコは途端に喧嘩をやめる。
よもや指輪をあげた少女にさえ反面教師の対象にされる春夜は実に哀れな男だと、子町は肘掛けを叩きながら笑う。
「アッハハハ! 確かにアイツみたいになるのは誰だって嫌だよなあ! いやー、滑稽滑稽!」
「急にデカい笑い声出すんじゃないわよ口裂け」
「えぇ? 別にそれくらい良いじゃんかデコー! それにほら、竿の方見てないといつ魚が食い付くか分からないぞ!」
「急に私を呼び捨てするな口裂け」
メガロドンはまだ釣れないが、この短時間で既にカジキ三匹を釣っている子町はかなり上機嫌。
一匹ならまだしも船も出していないのに、一度の釣りでカジキが三匹釣れるだなんて普通の海なら到底有り得ない事だが……メガロドンが生息すると言われる波山羊町ではなんでも有りなのか。
子町だけカジキを釣って、自分だけ魚が釣れないデコはたった数十秒前に魚を待つ時間も楽しいと言ってた割には怪訝な表情を浮かべている。
「ってか何でアンタのとこにだけ魚が寄って来てんのよ! 同じ釣竿と餌使ってるのに…………これ絶対場所の問題でしょ! おい口裂け、今すぐ私と席交換しろ!」
「ん? 別に構わないけど……多分デコが一匹も釣れてないのは食欲を剥き出しにしてないからだと思うぞ」
「食欲? そんなもので魚が釣れるっていうの? アンタ頭おかしいんじゃない?」
「アッハハハ! まあ、そう言わずに一旦食欲を剥き出しにしてみなよ! すぐに食料が食い付いてくるから」
「……これで来なかったらアンタを海に突き落とすから」
欲しいと願えば願うだけ目的の物が入手しづらくなる俗に言う物欲センサーたるものがこの世には存在する。
当然、欲という字が含まれる『食欲』にもセンサーは正常に働き、釣りで魚を一匹たりとも寄越さないといった嫌がらせを容赦なく行ってくる。
それなのに欲望を剥き出しにして竿を振れば魚が釣れると言ってくる子町はもしかしたら自分を嵌めようとしているのではないか……
そう思いつつも現に目的のカジキを釣っている子町に流されるデコは目を大きく見開くと、唾液を垂らしながらブツブツと呟いた。
「メガロドン食わせろメガロドン食わせろメガロドン食わせろ……もしメガロドンが食わせてくれないなら私はこの海に黒い油を流すぞ。それでも良いのか」
「デコ……気持ちは分かるが環境破壊はよそうな?」
海が汚染されてしまっては子町の今後の食料だけでなく町の漁師も害を被る為、冗談でも重油を流すと言うのはよしてくれとデコに苦い顔を向ける口裂け。
「ねえ、本当にこれでメガロドン釣れるの?」
「そこに食欲さえあれば何だって釣れるぞ────お、ほら! 早速何か食い付いたみたいだ!」
「うぉほぉい! マジかッ!」
子町の助言通り食欲をできる限り剥き出しにしたデコはこの方法が絶滅種にも通用するのかと疑った矢先、少女の釣竿の先がグイッグイッと激しく揺れ始めた。
明らかに小魚ではない食い付き方に目の色を変えたデコは直様、リールのハンドルを回して糸を巻く……と思いきや、竿の先端にある糸を素手で掴んだ彼女は力を込めて引っ張った。
彼女は釣りのやり方を誰からも教わっていないのか、あまりに原始的且つ力業が過ぎる方法に子町は呆気に取られたように口を開いた。
しかしデコの膂力が相当なのは言うまでもなく、マグロ一本釣りの要領で網を使う事なく獲物を軽々と海から引きずり出した。
「っしゃあ! 何か釣れたァッ!」
デコの有り余るパワーによって宙を舞い、地面にドサッと音を立てて落ちた獲物の大きさは丁度デコボコくらいか。
全長十数mの古代ザメではなかったにせよ、1m近くあるこの獲物は初めての釣りにしては中々のアタリなのではないか。
脳筋デコは自分の釣った獲物を近くで確認する為、椅子から離れると、予想とは大分異なる形状をした獲物についつい言葉を失ってしまう。
「おい、コイツさっきの……」
その獲物には一般的な魚についている筈の鱗が一枚もなく、それどころか毛むくじゃらの皮を被った人間である事が一目で判る。
これが女なら軽く腹を小突き、口から海水を出して救ってやったが、あろうことかその人間は男である上に全裸といった度し難い変態。
デコは男の掛けている黒いサングラスとマリモのようにまん丸とした茶色いアフロに視線が行くと、この男が先程自分達姉妹を口説いてきたチビオッサンならぬ春夜の知人であるチビヤクザだと気付く。
「一発目で人間釣るなんてデコには食人願望でもあんのか?」
食欲を剥き出しにすれば獲物は釣れるとは言ったが、まさか人間を釣るとは思ってもみなかった子町は冷たい視線をデコに向けてしまう。
「ひ、人を食った事なんて一度もねえわいッ! というか問題はそこじゃないでしょ! ななな、何で海で人間が釣れんのよ。こういうのって普通は長靴とか空き缶が釣れるんじゃ…………もも、もしかしてこの海、頻繁に失踪者が出て────えッ、呪われたビーチ!?」
海水をふんだんに吸収したビシャビシャなアフロには釣り糸が複雑に絡まっている。
彼がどのくらいの間、海の中を漂っていたのかは知らないが、青褪めた顔をする彼は只今意識を失っている為、事情を聞くことは現段階では不可能。
サメを釣るつもりが人を釣ってしまった事で身震いを起こすデコは、この波山羊の海が人の魂を喰らうバケモノだと嫌な考えを頭によぎらせてしまう。
「うーんと、デコ? もしかして心霊系苦手?」
「に、にに、にににっ、苦手じゃねえわ!」
妖怪を父親に持っているくせして『呪われた系』にめっぽう弱い一面を見せるデコは己のプライドを保つ為、強がって誤魔化そうとするが、既に涙目になっている事から子町にくすりと笑われてしまう。
「ふふーん、デコはお化けが嫌いと…………けど安心しな。この全裸アフロはさっき砂浜でちびっ子達からナンパの制裁を受けていたからな。その延長線上で海に放り投げられただけだろ。したら、たまたまデコの釣り糸にアフロが引っ掛かって────ご覧の通りって感じだ」
「そ……それ本気? この海、マジで呪われてない?」
「もちろん! まあ海の中で暮らしてる妖怪は多数居るが、デコは妖怪は大丈夫なんだろ?」
「う、うん、妖怪は全然平気だけど…………はあ、マジこのゴミアフロふざけんなよ。よくも私をビビらせやがって畜生が」
正直、妖怪も幽霊もそこまで大差ない存在だと思うが、勝手にホラーな妄想を膨らまし、勝手にビビり倒すデコを見る限り、彼女は今でも誰かの付き添い無しでは夜のお手洗いに行けないのでないだろうか。
チビヤクザの所為ですっかり虫の居所を悪くしたデコはオッサンのアフロを鷲掴むと、自分を無駄に怖がらせた罰として海にリリースしようとするのだが────
彼女達の眼前に広がる波山羊の海が突如パキパキと音を鳴らし、冷たい空気が肌に触れると、海水は瞬く間に凍てつき、次の瞬間には北極の海氷の様に白く、人を寄せ付けようとしない景色へと変わってしまった。
何の前触れもなく海が凍結した事もそうだが、何よりこんなにも暑い夏の季節に気温が一気に下がるとは、やはりこの海は呪われている。
その考えが確固たるものとなってしまったデコは瞼を痙攣させながらショックを受ける。
「やばい気絶しそう……何だったらゲロ吐いて、おしっこ漏らすかも」
「デコ汚い」
「姉に対して汚い言うな。ぎゃ、逆に何でアンタはこの状況で平然としていられるのよ。人が釣れた次には辺り一面の海が凍ったのよ……異常現象にも程があるでしょ」
「だとしても、驚き過ぎ。人間一本釣りは兎も角、海が凍ったのは多分妖怪の仕業」
「いやいやいや、たった2秒で海全域を凍らす妖怪なんて私見たことないから! 仮に居たとしてもとんだモンスターよ、そいつ」
自分の常識では計り知れない現象が起きた事で騒ぎ立てる姉とは対照的に、海から人間が釣れても海氷による影響で急激に体温を下げても、喚く事なく今起きている事象を素直に受け止めるボコの冷静さは大人顔負け。
海の中で妖怪が暮らしていると言ったそばからこんな状況になってしまった事で愕然とする子町は華火と顔を見合わせる。
すると海氷の上にピョンと飛び移った白ウサギは氷の感触を脚で確かめると険しい表情で口を開いた。
「これは凍呼の……という事は何かトラブルに巻き込まれましたかあの二人」
「アイツら、マジでなんて事しやがるんだ。海で暮らしている妖怪は勿論、ここには遊泳中の子供達だって居るんだぞ」
「落ち着いてください子町。春夜ならまだしも、凍呼は遊び感覚で能力を扱うような娘ではありませんよ。先ずは店に戻り事情を聞いて、それからです」
最近この町に越してきたデコボコとは違い、どういった経緯で海水が凍結したのか、そして規模が規模だけに誰の仕業か直ぐに理解した華火と子町は釣りタイムを終了させ急いで道具を片付けると駆け足で海の家に戻ろうとする。
「ちょっパパ!? 凍呼ってさっきクソったれ春夜を殴ったパッとしない女!? そいつが波山羊町の海を凍らせて、私に全裸アフロを釣らせたって事!?」
「いえ、全裸アフロが釣れたのは全く関係ないですよ」
「うへえぇん、そこは関係あって欲しかった!」
これじゃあただ自分がアフロを釣った悲しい奴だと嘆くデコは、海氷の上にチビヤクザを不法投棄し、納得いかない様子で華火達の後ろをついて走った。
◆◆◆
そして子町が案じていた通り、波山羊のビーチは現在悲惨なものとなっており、海で泳いでいた者は皆文字通りカチコチの氷漬け。
砂浜では泣き叫ぶ女子供も居れば、トラウマレベルの光景に気絶する男性も普通に居た。
熱系の能力を持つ妖怪は海氷を溶かす為、率先して行動を起こすが、中には違った意味で順応していまう愚か者も存在し、スケート靴を装着しては氷漬けになった妖怪の隣でアイススケートを楽しんでいる。
この狂った状況を見事に作り上げた当人達は一足先に海の家に帰還していて、木にしがみつくコアラの様なポーズをしている春夜は何故か首から下が氷漬け。
そして彼の前で焚き火をする凍呼は白目を剥きながら泣いている。
「……なんかカオスだな」
凍呼の性格を知っている子町は彼女が今、罪悪感で胸がいっぱいになっている事を察するとコップ一杯の水を渡して凍呼に飲ませた。
「グスッ……あ、ありがとう子町さん。そして、ごめんなざい……わだっ、わだしが、映画鑑賞中の廉禍を呼び出しちゃったから…………関係ない妖怪まで巻き添えに────グッ、うヴォエッ!」
「お、落ち着け凍呼。確かに氷漬けにされた妖怪は中々にエグかったが、いくら映画を邪魔された廉禍でも加減はしてくれてるだろ? ほ、ほらそれに、波山羊町の妖怪はタフな奴ばっかだしな……死者は一人も出てねえよ。多分」
「気休めはやめて下さい……わだすは咎人ですから」
「わだすって、何で訛って…………というかそんなに気になるなら妖怪の反応確かめればいいじゃねえか。お前はそういうの出来んだろ?」
「あ、そっか」
気が動転している所為で自身の能力もすっかり忘れてしまっていた凍呼は大人の助言をすんなり受け入れ、目をギュッと瞑っては妖怪の反応が消失していないかを確かめる。
すると最悪な展開は免れたのか彼女は徐々に顔色を良くしていった。
「…………いない。妖力の反応が消えた妖怪が1人も居ないよ! やった! 廉禍、ちゃんと理性あったんだ」
「な、言っただろ────」
──と言ってはいるが、実のところ子町も氷漬けにされた妖怪達が絶命していないかどうか内心ハラハラで、凍呼の能力を通して妖怪が無事である事を知った彼女はそっと胸を撫で下ろした。
「にしても氷漬けの春夜、ウケるな。今だったら何やっても抵抗されねえんじゃねえか」
「おい、子町てめえ! 俺に指一本でも触れてみろ! その時はお前のボロアパートに毎日忍び込んで、くさや焼いてやるからな! 服や身体に臭い染み付かせて近所のチビガキやジジババから『くせえくせえ』って馬鹿にされる日々を送りやがれ!」
「……お前は相変わらず小せえ男だな。毎日くさや焼きに来るって通い妻じゃないんだから。それにアタイが何かしなくとも、既にデコがお前を玩具にしてるみたいだぞ」
妖怪でありながら誰よりも暴力を嫌う子町は口では何とでも言うが、春夜をどうこうしようなどとは初めから考えておらず、対して他の誰よりも夏出春夜を嫌うデコは彼が身動きが取れないのをいいことに、男の頭に大量のイソメを乗せてはギャハギャハと下品に笑っている。
「デコ、お前マジでぶっ殺す」
「ギャハハハッ! やれるもんならやってみなさいよ、このイソメ男が!」
「……これだからチビガキは嫌いなんだ」
調子に乗った子供には躾が必要なのだが、この状態では躾をする事は愚か、首から下の神経が氷による麻痺を起こしている為、春夜は口に溜めた唾をデコの顔面に吐き捨てる事しか出来ない。
「うぎゃ、きったねえッ! てめえ、いきなり何しやがんだ!」
「何って唾飛ばしただけだけど。それにお前の顔面より俺の唾液の方がよっぽど綺麗だぞ」
「どこがだよ! 平気で他人の顔面に唾かけやがって……ぶっ殺してやる!」
「ははん、やれるもんならやってみろ────ペッ!」
見た目に比例して中身も幼いデコには暴力を振るうよりも屈辱的な行動を取った方が実に効果的で、店側に一切の配慮を見せずに唾を飛ばしまくる春夜は女子高生相手に容赦がない。
デコは顔に細菌を付着させられる事で怒り心頭に発すると春夜の両頬を左手で挟んではサンドバッグにしようとするのだが、店を血で汚したくない華火は春夜の頭上にちょこんと乗っかると不本意ながらも彼を庇った。
「パパ! 何で娘の私よりもそのゴミ野郎を優先すんの!? あり得ないんだけど!」
「じゃあ貴女は彼の脳みそが床に散った場合、掃除できますか? 寧ろ、あまりのグロさに耐え切れず嘔吐して更に店を汚しますよね」
「それは……そうだけど」
「なら、彼を殴るのは諦めて下さい」
「…………うぅっ」
父親に咎められ、すっかり気落ちしたデコは春夜を殴るのをやめる代わりに彼の髪の毛を一本一本、懇切丁寧に引き抜いて静かに遊ぶ事にした。
「暴力から回避出来ると思った矢先これか。何の解決にもなってなければお前たち親子はアレだろ……マジの阿呆だろ。このアホ共が!」
「……では凍呼。波山羊の海が凍てついた理由を詳しく教えてもらえますか」
「────おいッ、俺を無視すんな!」
煩わしい春夜の相手はデコに任せるとして、海水が海氷へと変化してしまった事の発端を凍呼から聞き出そうとする華火は春夜の頭からピョンとおりると、子町もまた食い入るようにして彼女の話を聞く事にした。
因みにボコは姉が引っこ抜いた春夜の髪の毛を元の位置に戻そうと頭の上に毛を乗せるのだが、この無意味な行動で彼の失われた頭髪が再生する訳もなく、寧ろせっかく乗せてもらった毛をウジャウジャと蠢くイソメが無情にも散らしていく。
そして数分後……
見ただけで味がするという理由で春夜がバナナボートに乗らなかった事や春夜が終始スワンボートを女の子に漕がせた事。
和装の青髪男によって高度1万メートルから落ちる羽目になって春夜からDVを受けた事を洗いざらい話した凍呼に華火と子町は揃って顔をしかめていた。
「彼女の要望に応えなければ挙げ句の果てに手まであげるとか、真正のクズ野郎じゃねえか……」
「そうですね……娘達には春夜のような卑劣漢ではなく、甲斐性のある者と結ばれて欲しい所ですね」
「────おいてめえら、もっと他に着目すべき点があるだろ。何で揃いも揃って俺を貶す事しか出来ねえんだ。というか俺はDVなんかした覚えねえぞ!」
凍呼の説明も中々に悪意があるが、日頃から悪行を働いている所為で、酷い言われようの春夜は何故自分よりも青髪男にヘイトが向かないのか。そこが心底納得できない彼はウサギと口裂けに歯を剥き出しにして威嚇した。
「ま、自業自得ね。アンタ、私に目潰しして往復ビンタもして、しまいには眼球ワサビとか最高に意味不明の攻撃もしてきたんだから……信用失くして当然よ。そもそも女の子相手に暴力を振るとかアンタの考えは時代錯誤すぎるし」
春夜がイライラしている最中に突然割って入っては彼の暴力は行き過ぎていると非難するデコ。
これをボコが言うならまだ説得力があったが、このチビメスは無力な男を有刺鉄線で縛ったり、折った電柱を投げつけたりしている為、女に対する暴力は認めない、だが男に対しては何をしても構わないと、春夜はそんな風に捉えてしまう。
「勘違いするなよ。俺が眼球ワサビをする時は決まって相手がクソガキだった場合のみだ。お前がボコとの会話を邪魔したり、台風の中体を張って購入したケーキを盗まなければ普通にお前をぶん殴るだけで済んだんだよ」
「……アンタ、話になんないわね。どうせその花飾りも嫌がる女から無理やり剥ぎ取ったんでしょ」
「あ? 花飾りだ?」
結局自分の気に入らない者には何が何でも嫌がらせをする精神の春夜にまたもやウンザリするデコは、彼の水着のポケットから露出した黄色い花を氷越しで視認するや否や、指先の爪で氷をカツカツと叩く。
「出たすっとぼけ。その花がさっきの二口女が着けていた物だって私が気付かないとでも思った? なんならボコもパパも、それに口裂けだってアンタが持ってるそれの持ち主を知ってんのよ。どうせ頭にハイビスカスつけた意識高い系は滅ぶべしとか言って女の髪の毛ごと花飾りを剥いだんでしょ」
「いやこの花は山で拾っただけなんだが……二口女なんか知らねえぞ」
「はいはい、おとぼけはいいから。大体こんな田舎の山にハイビスカスが咲いてるわけないじゃない」
「だから拾ってきたんだろうが……ったく、お前が何処で誰と会ったか知らねえが、この町に住む妖怪全てが俺と繋がりがあると思ったら大間違いだぞ。故に俺を疑ったお前は地面に額を擦り付けて謝罪しろ。デコだけに」
「嫌だし、ちっとも上手くねえよ! 何だ、デコだけにって……くだらない事言う為に私の名前使うんじゃないわよ!」
翡翠色に発光した繊維が絡まる黄色い花ことイエローハイビスカスは青髪男と遭遇した場所で見つけ、何か手掛かりになるのではと思い春夜はここまで持ってきた。
デコはこの光る繊維を女の髪の毛だと主張するが、そんな特殊な頭髪をした妖怪など聞いた事がなければ、ハワイでもないのにハイビスカスを頭に着ける阿呆がこの町に居るわけないだろと、デコの発言を妄言として受け止める。
「それはそうと水月はどうした? さっきまでお前たちと一緒に居たよな。まさか俺の許可なしに勝手に帰った?」
「何で帰るのにいちいちアンタの許可がいんのよ。あの白髪頭なら、二口女とその他の女共連れてどっか行ったわよ。というか会ったんじゃないの?」
「会ってたらこんな事聞かねえだろ。お前はどこまで俺とその二口女を関連付けたいんだ。第一、この花がその妖怪の物だって証拠あんのか? ないだろ」
「証拠も何も、私がこの目で見たって言ってんだからそれを信じなさいよ」
「そんな態度で来られて俺が素直に信じると思うか」
自身の記憶力に絶大な自信を持つデコは何故こんなにも矮小な存在でありながらデカい態度が取れるのか。
せめて人からの信用を得る時くらいは低姿勢であるべきだろと、少女の態度に不満を抱く春夜。
すると先程から割り箸を使って男の頭からイソメを取り除くボコが小さく口を開いた。
「……春夜、デコの言ってる事は本当だよ。さっき見た時は緑色の糸みたいのは付いてなかったけど……その花は私たちが会った妖怪が着けてた髪飾りと同じ」
「…………そっかあ! ボコが言うならそうなんだろうなあ! という事は消えた妖怪の内の一体はその二口女で、水月もそれに巻き込まれてしまったって感じか。アメーン、ヨルノイトナミズーキ!」
「────ちょっとォッ!! 何がアメーンよ! 何でボコの言葉はすんなり受け入れて私の言う事はまず否定から入んのよ! 差別? え、私いま差別受けてる?」
他人の頭に魚の餌を乗せる不届者とは違い、今も尚あげた指輪を薬指にはめているボコの言葉は他の誰よりも信用できると、既に水月を亡き者として扱う春夜は合掌……は現在手が凍っていて出来ない為、笑顔で天を仰いだ。




