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25話 高度1万メートルの恐怖

 凍呼の頑張りのおかげで数分程度で陸に戻ることができた二人は、そのまま山の方へ向かい足を踏み入れると、草木が生い茂る場所で立ち止まった。


「……何だこれ」


 春夜は地面に落ちた一輪のイエローハイビスカスを手に取ると、その花に翡翠色の繊維みたいなものが絡まっている事に気付く。

 繊維は動物の呼吸の様に一定間隔で淡い光を放ち、彼らは5m程先にジッと佇む一人の男を視認した。


 猛暑日というのに青と白が入り混じった花柄の着物を(まと)う男は、太腿(ふともも)辺りまで伸びた金青(こんじょう)の長髪を後ろで一つ結びしており、目元には白い包帯を巻き付け自らの視界を塞いでいる。高い背丈の男は二十代後半くらいか……


「こんな茂みで目隠しプレイか? とんだ変態野郎じゃねえか」


「違うよ春夜くん。妖怪の反応が消失したのはこの辺りだから、多分あの人……」


「コイツが事件の犯人って事か? たしかに敵キャラみたいな風貌はしてるが…………でも、やっぱり目隠しプレイの変態じゃねえか? 普通居ねえぞ、目に包帯巻き付けて真顔決め込む奴」


「ちょっ、一旦目隠しプレイから離れてくれるかな?」


 何としてでも目の前に居る男を変態として扱いたい春夜に変な偏見は捨てて欲しいと頼む凍呼。

 すると二人の声に反応した不審者は春夜達に顔を向けると口を閉じたまま歩み寄ってきた。

 山の中で白い足袋と黒の下駄は明らかに不便そうだが、男は履き慣れているのか地面に足を取られる気配がない。


「おい! 凍呼の声がデカ過ぎてこっち来たじゃねえか!」


「春夜くんが変な事言うからだよ。それにこの人、妖力の反応が微塵も感じないから注意して」


「注意って、妖力感じないって事はただの人間じゃねえのか? 見た目も人型だし」


「ただの人間が百体もの妖怪を(さら)ったりできないでしょ! それに春夜くんの言う通り、この人は明らかに敵キャラだよ! こんな田舎町で青髪なんて見たことないからね」


「いや。お前の髪も青色入ってるけどな」


 外見だけで害ある者かそうでないかを判断する二人の人生経験はまだまだ浅い。

 眼前の青髪男が敵キャラならば、春夜の風貌は数々の凶悪事件を起こしてきた黒幕……つまりはどの作品でもよくあるラスボス的な外見をしている為、彼は他人(ひと)の事を言えなければ寒色系の髪色をした凍呼もまた同様。


 そして男は二人の若者の前で立ち止まると感情のこもっていない声で喋りかけてきた。


「──人の子がここで何をしている。ここは立ち入り禁止区域の筈だが」


 妖怪の反応消失に意識が向くあまり、どうやら立ち入り禁止の看板を無視して侵入してしまったらしい春夜と凍呼。


 凍呼は極力法律を破らないよう今まで心がけていた為、若干の罪悪感はあったが、過去に住居侵入で補導された事のある春夜にとって私有地の侵入など今更気に留める必要でもないと、眉間にシワを寄せては反論する。


「筈って事はアンタも俺らと同じくルール破ってるよな? こんな人目のつかない場所で変態やりやがって……動画回してインターネットに流すぞ、この敵キャラが」


「ぬおっ、春夜くん! 取り敢えず目隠ししてる人を『変態』って一括りにするのはよそっか! ね?」


 春夜の偏見は各方面から苦情を呼び寄せる可能性を秘めている為、それを危惧した凍呼は咄嗟に彼の口元を手で覆うと作り笑いを浮かべた。


「……敵キャラ?」


「あは、あはははは……この子の言うことは鵜呑みにしないで下さいねー。私たちはただ、ここで妖怪が神隠し的なのものに遭わなかったか調べてるだけなので、ファイティングとか求めてないですから本当に誤解しないで下さいよ!?」


 仮にもしこの青髪男が百以上もの妖怪を一瞬で消した実行犯ならば、何かしら危険な道具や能力等を隠し持っているのは確かな為、ここは何とか穏便に事を済ませたい凍呼は脇汗をダラダラ垂れ流しながら男を宥める。


「案ぜずとも、私は無為な争いは好まない性格だ。その『妖怪探し』とやらも好きにするといい」


 所詮は十代の子供が生んだ好奇心。

 まともに取り合う必要性を感じないと判断した青髪男は二人の真横を歩くと、この場から立ち去ろうとするが──


「──あっ、待って下さいッ!!」


 突然声を上げた凍呼はこのまま終わらせる訳にはいかなかった。

 妖怪失踪事件が発生してから今日で1ヶ月と2週間が経過した。

 当然妖怪にも人間と同じく家族が居て、友達が居て、帰りを待つ者が居る。


 消えた妖怪の安否は依然判らないが、これ以上悲しむ者を増やさない為にも勇気を振り絞る凍呼は男の動きを止めた。


「何だ」


「き、聞かせてください! 今さっき、ここに妖怪が居たと思うんですけど! おお、お兄さん見てないですか?」


「見ていない」


「それは本当ですか?」


「本当だ」


「うっ。そ、そうですか──」


「──と言っても、お前達は信じないだろ。ならばお前達がその小さな頭で考えている通りだ」


「へっ?」


「どうした。この答えを求めていた訳ではないのか」


 春夜と凍呼が考えている事。それはつまりこの青髪の男が何らかの方法を使って数多の妖怪の足取りを掴めなくしたという事。

 その考えを認める事(すなわ)ち自身の罪を白状したも同然なのだが、予想に反した言葉に思考が止まる凍呼は腕の力がスッと抜けると春夜の口を自由にしてしまう。


「結局、見た目通りの敵キャラって訳か。よし、アンタ少しの間ここで待ってろ。海に居る妖怪全員引き連れて集団リンチしてやるから」


「一般的に考えて私がその案に乗ると思うのか?」


「え、乗らないの?」


 目隠しする変態はボコボコに痛めつけられても心の底から喜んでくれると、見当違いな解釈をする春夜は見事に場の空気を破壊してくれた。


「春夜くん。最近、女子高生に喧嘩売ってボロ負けして自信失って辛いのは分かるけど、私刑は日本で禁止されてるから駄目だよ」


「何言ってんだよ、禁止されてる事をするから気持ち良いんだろうが──あれ、ちょっと待って。何で俺が女子高生に敗北したこと凍呼が知ってんの?」


「私も認めたくないんだけど、春夜くんはこの町で一番嫌われてる人間だからね。悪い人ほど噂は広まりやすいんだよ」


「あー、なるほど。俺が思ってる以上に夏出春夜という男は嫌われてんだな。常日頃からジジババとか言ってる所為か?」


 春夜が嫌われる要因は老人を敬わない事だけでは無い気もするが、まさか高校生に負かされた事が凍呼にまで伝わっていたとは……

 流石に負かした張本人がチビ猿である事は気付いていなかったみたいだが、子町や水月もそれを知ってて今日接してきたと思うと何だか無性に腹が立ってくる。


 強がっていても心はちゃんと傷つく春夜の頭を撫でる凍呼は深刻な顔をすると青髪男に重要な事を聞いた。


「消えた妖怪は生きてるんですか?」


「さて。どうだろうか」


「どうだろうって……貴方が妖怪達の反応を消失させたんですよね? なのに自分が取った行動覚えてないんですか? たった数分前の事も?」


「数分前の私か……そういえばこんな事をしていたな」


 妖怪の命が関わっているという事もあり、温厚な凍呼にしてはやや厳しめの口調で質問を繰り返す。

 しかし強く問い詰めた所で感情の起伏がない男の態度が変わる筈もなく、男は突然左腕を上げ眼前の二人に着物の袖口を向けると、そこから古びた紙切れを二枚飛ばした。


 風も吹いていないのに宙を舞う紙はまるで意思が宿っている様で、それはやがて凍呼と春夜、両者の額にベタッと貼り付くと何も描かれていない紙に見た事もないような紋様がジワジワと浮かび上がってきた。

 明らかに現代で見ないその文字は甲骨文字に近しい感じがする。


「うおっ、何だこれ! (ふだ)か!?」


「しかも剥がれない! って事は結構マズイ状況かもよ春夜くん」


 二人の顔に引っ付いた紙は瞬間接着剤をつけられているのではと思えるほど強力で、力任せに紙を剥がそうとすれば確実に顔の皮膚がめくれる。

 勿論、凍呼と春夜はグロの代償を得てまで紙を引き剥がそうとは思わない為、一旦紙から手を離すと青髪男を目視した。


「消えた(あやかし)の行方が気になるのなら、自分の目で直接確かめれば良い」


「──なっ!?」


 春夜と凍呼に貼り付けられた古びた紙は男の声に呼応する様、突如蒼い光を発する。

 目に近い場所に紙がある所為か、光を強く感じる二人は思わず目を閉じる。

 すると次の瞬間、彼らは平衡感覚を乱すと、大穴に足を踏み外した感覚……つまりは高い所から落下している様な感覚に陥ってしまう。


 先程まで周囲には落とし穴的なトラップは見当たらなかった筈だが、男が何かしらの細工をしていたのだろうか……

 二人は同時に目を開くと、春夜と凍呼の視界に驚くべき光景が映し出される。


「あ、ああっ────ぁぎゃあああああッ!!」


 少女よりも先に情けない声を上げる春夜は、いつもより少しだけ大きく見える太陽、そして辺り一面に広がる澄んだ青。

 更には綿飴のように真っ白でフワフワしている雲が下に見える事から、ここが波山羊町から遠く離れた上空である事に気付く。


「おお、落ち着いて春夜くん! これは夢……そう、これは夢だから一旦落ち着いてー!」


「こんな夢があってたまるかッ! お前の方こそ落ち着いて現実を受け止めろ!」


「アハ、アハハハハ……ソウデスヨネー。ハハハ…………はぁーあ、寝よ」


「おい、マジか」


 人はどうしようもなく絶望的な状況に直面すると現実から目を背けようとするが、凍呼の場合は上空から落下している最中に睡眠に入ろうとする。

 寝ている間に永遠の眠りに就けば着地点まで怯える必要もないと彼女なりに考えた行動なのだろう。

 ある意味肝が座っている凍呼の腹にしがみ付く春夜は、彼女の頬を叩いて意識をこちら側に戻そうとする。


「おーい、諦めるな凍呼ー。すじ雲が下に見えるって事は大体ここが高度1万メートルくらいだから、えーっと、空気抵抗の事も考えて……地上に叩きつけられるまでまだ1分くらいの猶予があるか。だから人生諦めるなー」


「……これは夢…………春夜くんが私の顔面殴ってDVしてくるけど、これは夢だから。しっかり気絶しなさい私」


「ええッ? 今なんて言った!? 風の音がうるさ過ぎて声が小さいと全く聞こえないんだが!」


「春夜くんのDVが嬉しいって言ったの!」


「……えっ」


 高度1万メートルは飛行機が飛んでいる高さとほぼ同じで、そんな高所から突き落とされたとなるとたとえ誰であっても気が触れてしまう。

 勿論それは春夜も理解しているのだが、絶体絶命な状況の中で変態的な発言をする凍呼に青年の背筋は凍りつく。


「ま、まあ性癖は人それぞれだよな。俺だって自分の鼻にワサビームしただけで凄え気持ちよくなれるし…………って、今はそんな事より無事に助かる方法を模索しねえと!」


「春夜くん、ワサビームについて詳しく」


「そんな話はまず助かってからだ」


 聞いてもいない性癖を勝手に暴露する事で凍呼の恐怖心を瞬く間に払拭した春夜。

 普段はドSな振る舞いをする彼も、性に関してはドMになるというギャップに心ときめく凍呼は真のダメンズ好き。


「えぇ……助かるって言っても私運動神経良くないから五点着地なんて出来ないよ」


「何で五点着地なんだよ。それが通用するのはせいぜい5メートルくらいだろ。それに俺たちが落ちるのはどうやら陸じゃなく海みたいだしな。失敗すれば魚の餌だ」


「うわ……数十秒後にはキラキラした海が私たちの臓物で汚れるんだ」


「グロはやめろ」


 そうこうしている内に二人の体は雲を突破し、波山羊町全体の景色が見えてくると、残された時間が刻一刻と迫っている事を改めて実感する。

 せめてパラシュートが付いていれば、使い方は分からずとも僅かな希望だけは持てたのだが……


「仕方ねえ。能力使って何とかするか」


「能力……あれ? 春夜くんの能力でこの状況を打開できるのなんかあったっけ?」


「ない。だから凍呼さんお願いします。僕を助けて下さい」


「あっ、私に頼る感じね」


 春夜は先の喧嘩で敗北を味わってからというもの、自身の能力がいかに使えないか、そしてオッドアイは時代の波に取り残された過去の遺物なのではとすっかり自信を失くしてしまっている。


 彼の口調から察するに凍呼もまた体の内に妖力を秘める者であるのだが、この状況下で自分がまだ助かると思っている春夜は白来凍呼の能力に絶大な信頼を置いている。


「春夜くんが私を求めてくれるのはこの上ない幸せだけど……今、廉禍(れんか)に代わるのはお勧めしないかも」


「この死ぬかもしれないって時に何言ってんだ! 俺たちの命運はもはや廉禍に委ねられてんだぞ!? ねえ、お願いだから廉禍に代わってぇぇ! せめて死ぬなら二十歳いってからがいいィィ!」


「うへっ、駄々っ子春夜くん可愛い……」


 おもちゃ屋で玩具を強請(ねだ)る子供のように我が儘を言う春夜の姿は母性をくすぐるのか、気持ちが(たかぶ)る凍呼は(よだれ)を垂らすと自身の能力を使うかどうか迷っていた。


「けどけど今の廉禍、映画鑑賞中だから呼び出した途端に八つ当たりしてくるかもしれないよ? それでも良いんだったら、代わるけど」


「死ぬのに比べたら八つ当たりの方が断然マシだ!」


「分かった……じゃあ一つ条件。もし無事助かったら、午後の時間は私の為だけに使うって約束して」


「今日これから先の時間は凍呼の為の時間……はい、神に誓って約束します」


 春夜の午後のスケジュールは午前同様に海の家で働く事が決まっていたが、青髪男がぶっ飛んだ事をしてくれたおかげで、凍呼に時間を捧げることになってしまった。

 この場合、華火から『わさビッチがーるの握手券』は貰うことは出来るのだろうか……

 一抹の不安がよぎりながらも彼は凍呼に身を預けるのであった。


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