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20話 鏡の国の王様

 成金(つど)うこの場所に足を踏み入れた時点で春夜は囚われの身となってしまったのか、次から次へと客や従業員に捕まってしまう男は、呪いとも言えるループした状況に苦悩する。


「さあ、早く私を席の方まで案内しなさいこの愚図(ぐず)


「……高圧女はくたばれ」


 春夜の出会う女は何故こんなにも上からの態度の奴が多いのか。

 黒ドレスの女の不満を小さく呟いた春夜は、床に腹をつけた状態で目を(つむ)ると死んだフリをかました。


 赤ん坊ならともかく、ただの投げ飛ばしで19歳の青年が死ぬ筈ないのに、春夜はよっぽどこの女をもてなしたくないのだろう。


 だが、こんなのでも春夜は(はた)から見れば(いち)従業員。

 そのような者が客を放置して死んだフリをするとは、店側も(よろ)しくないと判断したのか、少し離れた場所で彼らの様子を(うかが)っていた別の従業員が直様フォローに入ると、黒ドレスの女に詫びを入れてからテーブル席まで案内する。

 しかし移動する際、春夜の態度が気に食わなかった女は、男の背中をヒールで踏みつけると嘲笑しながら鬱憤を晴らしていた。


「……クソッ。あの女、丸焼きにして塩振って食ってやろうか」


「──やめるミャウ。そんな事したら国家間で争いが起きるから絶対にやめるミャウ」


 脅す立場の人間が、今度は客からぞんざいな扱いをされている事に多少心がスカッとした猫又は、何百年も前を生きる妖怪みたいな食人発言をする春夜を咎める。


「それにしても厄介なお客が来たミャウね」


「厄介って、アイツのこと知ってんのか?」


「逆に君は知らないミャウか? この国に住む大半の者が知ってる有名人ミャウよ」


「いや知らねえし、俺ここに住んでねえし。それに厄介な有名人って何、もしかして凶悪犯罪者だったりすんのかアイツ」


「犯罪者はこの店お断りミャウ。その様子だと本当にチュン様を知らないみたいミャウね」


「チュン様だあ? え、鳥かなんかの妖怪?」


 高飛車女は外見は人間でも、その正体は豚や猫に続いてまたもや動物系妖怪なのかと、格式高いお店が段々と動物園に思えてくる春夜は、そのチャーミングな名前に呆然としていた。


「鳥じゃないミャウ。彼女はれっきとした人間ミャウよ。そして同時に一国の王様でもあるミャウ」


「……お前、猫のくせに気持ち悪い冗談言いやがるんだな。初対面の相手の背中を平気で踏みつけるような人間が民に慕われるわけないだろ。それとも世襲で位についた暴君か? それならまだ納得がいくが」


「そういったお国事情はボクも知らないミャウ」


「自国の王がいかにして君臨したか興味ねえのか? お前ニュースとか見ないタイプだろ」


「いや、ニュース以前にチュン様は妖帝府の王じゃないから、そんなテレビに映らないミャウよ」


「……え、妖帝府以外にも国があるのか?」


「えッ!?」


 地球という巨大な星に人間の住まう国は196も存在する。

 それなのに妖怪の国が妖帝府たった一つで済まされるわけないだろうと、一般常識が備わっていない者に向ける嘲笑に、春夜は反射的にイラッとしてしまう。


「君はちゃんと学校に通っていたミャウか? 妖の小国ならまだしも、妖帝府含めた五大国くらいは6歳児ですら知ってる一般常識ミャウよ」


「それは俺が6歳児未満の馬鹿と言いたいのか、この馬鹿」


「そうは言ってないけど、妖帝府しか知らない人間に会うのは初めてだから少し驚いたミャウ」


「その驚いたは俺が馬鹿すぎて驚いたって事だろ?」


 今までにも犬や兎の妖怪など、様々な動物系妖怪に見下され続けて来た春夜だが、低姿勢でマウントを取ってくる猫妖怪は今回が初めて。

 ド直球に(けな)してくる犬や兎は仕返しとして何度も保健所に通報してやっては散々困らせて来たが、この遠回しに貶してくる猫は保健所を呼ぶよりも、腹を空かせた大量のカラスを住処(すみか)に置いてやった方が効果的だろうか。


「今、とんでもない事を考えていたミャウね」


「別に。俺の思考はいつも通りの平常運転だ」


 猫の天敵であるカラスは猫又という妖怪相手にも十分通用するかなりの強者(つわもの)

 そんな暗黒動物を一匹や二匹にとどまらず、大量に用意しようと考えるとは……

 カラスを乱獲するのが前提な春夜のイカれた思考に背筋が凍りつく猫又は顔をしかめていた。


「ブサイクな顔を俺に向ける前に、先ずはその五大国とやらを教えろ。今みたいな反応をこれから先もされたら、たまったもんじゃねえ」


「それが人にものを頼む態度ミャウか」


「お前は人じゃねえだろ」


 妖怪の一般常識を人が取り入れるのもまた珍しい事だが、一応春夜の住む町にも妖怪の知り合いがいたりする。

 猫又から軽い(あお)りを受けただけでもストレスでニキビができそうなのに、春夜に常識が備わっていないことを波山羊町の陰険(いんけん)妖怪たちが知れば、恐らく向こう五年くらいは同じ内容で揶揄(やゆ)し続けてくる。

 そうなればニキビができるどころか、フサフサの頭が綺麗さっぱりなくなり、玄秋斎(げんしゅうさい)や色々なハゲを笑えなくなってしまう。


 理由は非常に下劣であるが春夜の知識を得たいという気持ちに嘘偽りはなく、猫又も素養が身についていない従業員がここに居るのは店の印象を下げ兼ねないと判断したのか、相変わらずのデカい態度に不満は抱きながらも、五大国についての説明を超簡潔に述べた。


 ──現在、春夜たちが立つ妖怪の世界には陸や海、そして空に53の国が存在し、48の小国と5つの大国で区分けされている。

『妖帝府』を始めとした『鏡の国』『砂の国』『真実の国』『竜の国』は民や経済、政治に軍事などなど、ありとあらゆる分野で各国に多大な影響を与える大国であり、その五大国の中の一つである『鏡の国』を統治するのが先程春夜の背中を踏みつけたチュン。


「……鏡の国の王、チュンか。ボディーガードもつけないで随分と余裕かましてるみたいだが、闇討ちでも仕掛けてやろうか」


「だからそういうのはやめるミャウ。チュン様が護衛を雇わないのは守られる必要がないからミャウよ」


「え、妖怪の世界では王を(さら)ったり暗殺しようと考える奴は居ないって事か?」


「言い方が悪かったミャウ。チュン様は護衛をつけずとも、自分の身は自分で守れるお方……純粋に力が強いミャウよ。それに自身の周りに他人(ヒト)が立つのは目障りだと前に言っていたから、それもあって護衛は絶対に雇わない人ミャウね」


「そんなんで、よく王になろうと思ったな」


 ボディーガードが目障りなら、王に(すが)る国民はもっと目障りではないのかと、性格に難ありの女王様は本当に王としての素質があるのか疑う春夜。


「そして完全予約制のこの店に予約なしで突然訪問してくるお客で、これまで4名の店長と38名の店員をクビにした実績がある王様ミャウ」


「厄介者と扱われる所以(ゆえん)か。そんな害悪客、出禁にしてしまえ」


「一国の王を出禁にできると思うミャウか?」


「できる」


 いくら女王でも店のルールを守らない上に気に入らない従業員の首を切るといった暴挙は許してならない。

 偽従業員でも贔屓(ひいき)には厳しい春夜は、猫又を使って女王に入店拒否の(むね)を伝えさせようとするが、従業員をクビにする力を持っている時点で彼女を出禁にするのは困難かと思われる。

 無駄にチュンを刺激して職を失いたくない猫又は、店長代理の頼みを即刻断った。


「何でボクがわざわざチュン様に出禁の事を伝えないといけないミャウか。そこは普通、店長代理である君が先陣切って行くべきミャウよ」


「俺だってあんな奴とこれ以上関わりたくねえよ。先の尖ったヒールで背中をぶっ刺してきたクソ女なんだぞ?」


「もしかしてビビってるミャウか? お客が大国の王様だと分かった途端、手を出し辛くなったミャウか? へえ、存外君も大した事ない男ミャウね」


「おい、そんな安い挑発でもちゃんと腹が立つからやめろ。誰が王にビビってるだと? こちとら王様だろうが神様だろうが、目潰しだって切断乳首だって平気で行える人間だぞ。アイツの元に行ったら俺は必ず取っ組み合いを起こすが、それでもいいなら話つけてやる」


「他のお客に迷惑にならない程度ならいいミャウ。あと、チュン様の服を脱がすのは駄目ミャウよ。ああ見えても、まだ16か17くらいの少女だった気がしたミャウから」


「はあッ、未成年!? お前らそんなチビガキに翻弄され続けてんのか!?」


 春夜よりも高い背丈で凛とした雰囲気を醸し出す女王様は完全に二十代後半の外見。


 とあるクイズ番組で春夜とチュンを横に並べて『どっちが年下?』というクイズを100人に対して出題したとしても、解答者全員が揃いも揃って春夜の方を指さす。

 少なくともチュンを十代と言い張る者は誰一人として居ないのではないか。


 未成年が国を統治していることにも驚きだが、そんなセレブキッズから店を好き勝手にされて恥ずかしくないのかと、情けない大人たちに春夜は唖然とする。


「君の方こそ、さっきまで女王の道の一部となっていたミャウよね?」


「うるせえ。俺の背中はなぁ、あんな高圧女が道にしていいほど安くはねえんだよ」


「安い以前に、無償で道になってたミャウね」


「なってねえ!」


 まるで国の全てが自分の思い通りになると勘違いしている女王に虫唾が走る春夜は、先日のデコの件といい、近頃の十代は何故こうもクソ生意気に育ってしまったのか……

 19歳で無職になった秀でた自分と重ねては、遠目でチュンを視認する春夜は、たった2つ3つしか違わないが人生の先輩として人間の在り方を教えてやると心に決めると、同時に今度こそこれが最後の仕事だと決意した。


「まあ……俺はクビにされたところで痛くも痒くもない無敵の人だからな」


「お、遂にチュン様に出禁を伝える決心がついたミャウね! だったらコレを持っていくミャウ」


 一国の王であるチュンを逆上させ、春夜が店長代理の任を解かれる可能性がでてきた事に喜んでいるのか、それともただ単純に彼ならチュンという害悪客を店から排除できると思って喜んでいるのか……

 真意は分からないにせよ春夜が率先して動く事に嬉々とした様子でワインボトルを渡してくる猫又。


「何だ、また焼肉のタレか?」


「違うミャウ。チュン様は梅昆布茶がお気に入りだから、それをお出しするミャウ」


「今から出禁伝えようっていうのに、何で飲み物提供しなきゃならねえんだ。そういう甘い考えしてるから、十代のガキに見くびられんだろ。生意気な娘には適当な泥水(すす)らせとけ」


「お客に泥水って、そんな考えできるの恐らく君くらいミャウよ。それにそんな事したら店自体の存続に関わるから論外ミャウ」


「この弱腰猫め」


 嫌な客を追い出すには、下水管から採ってきたウジ虫や糞尿が入り混じったミックスジュースを提供するのが最適解なのだが、猫にはそれを行う度胸すらないとは……

 呆れた溜息を吐く春夜は猫又からボトルを受け取ると、他の客に比べて特段近寄り難いオーラを放っている女王の座る席まで移動した。


「ご注文はお決まりでしょうか」


 爽やかな笑顔で従業員らしい振る舞い方をみせる春夜は、いきなり入店禁止を告げるのではなく、自身の報復も兼ねては女王に陰湿な嫌がらせをしながら、二度とこの店に寄り付かない体質に変えてやろうと画策するのだが……


「──あら貴方、さっきの愚図じゃない」


「お客様……お(たわむ)れを。(わたくし)は『グズ』ではなく『クズ』でございます。週7で女を取っ替え引っ替えしては日々酒に(おぼ)れる生活を送っております。それとここで言うべきか(いささ)か迷いましたが、お客様は以前私が捨てた女にそっくりでございますね。その貧相な絶壁とも言える胸に、くだらねえケツ……あぁ実にそそらない」


「…………もう言わなくても分かると思うけど、貴方クビね」


「ええッ、何故ですか!? 私、お客様を怒らせるようなこと言いましたか────あっ。もしかしてお客様は以前、男に捨てられたご経験がおありで……だからそんな怖い顔をなさっているのですね。いやはや失敬失敬。お客様が男ウケしない性格だと分かっていたのに、そこまで気が回りませんでした」


「…………貴方、名前は? 貴方だけでなく、家族全員の職を奪って路頭に迷わせてあげるから、今すぐに貴方の名前を教えなさい」


糸南(いとな)水月(みずき)です! 夜の営みが大好きな糸南水月です!」


 狂っている。

 春夜の煽りは本当に狂っている。

 初めの自己紹介で早速、女王お墨付きのクビを頂くと、調子づいた春夜は自身が救いようのないクズだという事をアピールする為、チュンの体型と性格が男に合わない事……つまりは彼女の人間性そのものを否定した。


 当然、女王の矛先は春夜の方に向けられるのだが、彼は偽りの名を教えるならまだしも、実在するお友達のお名前を挙げては晴れやかで気持ちのいい笑みを浮かべていた。


 自身の知らない間に女王の標的にされる水月は実に憐れな男。


「覚悟しておきなさい糸南水月。次の日の夜には営みができない笑えない状況になっているから」


「それでも僕は夜の営みが大好きでぇす!」


「貴方、本当に気持ち悪いわね」


 鼻につく声色で糸南水月の印象をガタ落ちさせる夏出春夜に、心の底から嫌悪するチュン。


「……まあ、いいわ。どうせ貴方は今日が最後の仕事になるから、せいぜい噛み締めるように働きなさい」


「かしこまりましたお客様。ご注文は何になさいますか」


 引きつった顔でメニュー表にざっと目を通すチュンに対して、キリッとした表情に変える春夜は唐突に仕事モードに突入した。


「切り替え早いわね……じゃあ()ずはこの『ローズ・ド・ファミーユ』を試させてちょうだい」


「うわ出た。豚に続いてコイツも試食か? お試しなんてこの店はやってねえんだよ! ぶっ殺すぞ!?」


「冷静になったり、いきり立ったり……貴方の情緒は一体どうなってんのよ。それに試食って言ってるけど、ここを飲食店か何かと勘違いしてない? いやでも貴方この店の従業員だし、そんな馬鹿げた事ある筈……」


「────は? テーブルに皿やグラス置いてある時点でここはレストランだろ。お前こそ何言ってんだよ」


「……はあ、馬鹿だったわこの男」


 この店のタキシードを身に(まと)っているにも関わらず、店がどういったサービスを提供しているのかまるで理解していない春夜に、頭を抱えるチュン。


「ここまで酷い愚図は初めて見たわ。ここをどういう店かも分からずに貴方が雇われるだなんて……ちょっと店長呼んできてくれるかしら?」


「今の店長は私でございますが……」


「はッ?」


「え?」


 疑問を疑問で返し、呆然と口を開ける両者。


「つまらない冗談はやめてくれるかしら。貴方のような下劣な人間がこの店の責任者になれる筈ないでしょ。店長が居ないなら、他の従業員呼んできなさい」


「他の従業員はお客様と関わり合いになりたくないらしいので、私がお客様のお相手をと思ったのですが……あ、そうだ! お客様の好きな梅昆布茶お持ちしましたので、()いでもよろしいでしょうか?」


「……不快だわ。貴方もこの店も凄まじく不快だわ」


 店員に最もされたくない行為……つまりは客を蔑ろにする春夜の言動に、チュンはセレブでありながら貧乏揺すりをすると、彼女の中でこの店の印象は最低で最悪なものとなっていた。


 このままいけば、こちら側から出禁を伝えずとも二度と店に寄り付かなくなるのではと期待をする春夜は、まだ飲み物を注ぐ許可をもらっていないのに勝手にボトルの栓を抜くと、先刻ブタに焼肉タレを()いた猫を真似ては、女王の頭に梅昆布茶を垂れ流した。


 チュンの高貴な髪や肌は茶によって一瞬で汚れてしまうと、黒いドレスが肌に張り付いて気持ちの悪い感触となっている。


 豚は焼肉タレをかけられ喜んでいたが、梅昆布茶をかけられた女王は歯を食いしばると同時に、春夜の後頭部を鷲掴みにすると、そのまま彼の顔面をテーブルに叩きつけて、大理石で作られたテーブルを見事に粉砕した。


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