16話 わさびーむ!
気絶したボコを身体から離し、一先ずベンチの上に寝かせた春夜は、鬼の様な形相をしたデコに怨嗟の念を向けられている。
「……私の妹を誑かした罪は相当に重いわよ」
「いやー、悪い悪い。お前とボコの顔があまりに似すぎて、思わずボコを傷付けちまった。でもよお、これってその顔で横柄な態度を取ったお前が悪いよな。人のことサンドバッグみたくボコスカ殴りやがって。これは言わばお前の言動が招いた結果だ」
「だからってボコを傷付けていい理由にはならないわよッ!!」
春夜の言葉にまんまと乗せられるデコは地面を蹴って一直線に向かってくるのだが、彼の蒼き瞳はその動きすらも軽く捉える。
デコはそれを理解していてこの行動に出たのかと思いきや、彼女の狙いは春夜を攻撃する事ではなく、瞬時にボコの身を回収するとデコは妹諸共その場から姿を消した。
それに加え、春夜がわざわざ商店街まで買いに行ったケーキも箱ごと消失していた。
「なッ、ちくしょう!! アイツ、俺の買ったケーキ盗んで行きやがった!」
ケーキがなければ妹からどんな扱いを受けるか……
春夜は手ぶらで家に帰った場合の事を想定すると、パシリから奴隷にジョブチェンジする未来が直ぐに浮かび上がった。
それに盗まれたケーキは限定商品という事もあって購入制限が決まっていた。
この狭い田舎で、荒天で出歩く人も限りなく少ない今日。
今から商店街に買いに戻ったところで、特徴的な顔をした春夜は既に店員に覚えられており、台風限定商品を再度購入する事は恐らく難しい。
デコに一杯食わされた春夜は屋根ある場所から一旦離れ、雨に打たれながら周囲を見渡してみるが、デコの反応がまるでない事に焦燥してしまう。
「チッ、あのクソチビ本当に逃げやがったのか?」
まさか妹を泣かされておいて、黙って逃げるなど、あの性格の彼女がそんな腰抜けムーブを許すだろうか。
ケーキを盗まれた怒りを彼女にぶつける為にも、そして生意気な娘を泣かして分からせ、ケーキを奪い返す為にも、敵前逃亡という選択は春夜からしたら非常に困る。
すると春夜はふとある事に気付いた。
仮にもし、デコがこのまま姿をくらましてしまった場合、春夜は当然お使いクエストを達成できずに失敗する訳だが、それでは貴重な時間と引き換えに得られたのは、窃盗される虚しい気持ちと、女子高生からサンドバッグにされる虚しい気持ち……そして己を信じてくれた者を裏切るといった、結果虚しい気持ちしか残らないという事。
よって、デコの勝利条件が『夏出春夜に関わらない』という事だと悟る春夜は途端に体が固まった。
「愚かだ……俺は実に愚かな慢心クソ野郎だ。何でこの目を持っていて、デコの狙いを見事に外すんだ。相手が馬鹿な奴でも、俺がそれに乗っかったら意味ねえだろうが……はあ、戻って来てくんねえかなぁアイツ」
デコが自身の勝利条件に気付いていないという事を今は信じるしかない春夜は、彼女を甘く見た事を深く反省すると、面白くなさそうな顔をしながら腰を下ろした。
わざわざ雨に打たれ、服を汚してまでこの場で体育座りする必要もないのだろうが、屋根のある場所で雨や風の音を聞くより、肌で直接雨風を感じた方が今の春夜からすれば落ち着くのだろう。
気持ち、春夜の顔が若干和らいだ様に見える。
……にしてもデコは一体何処に行ってしまったのか。
ボコを抱えて消えた時点で、妹を春夜の手が届かない場所、即ち安心且つ安全な場所に連れて行った事は間違いないのだが、それにしても戻ってくるのが遅すぎる。
コンマの世界を自由に駆け抜ける事が可能なデコの能力であれば、この狭い町など秒で行き来できる筈だが、数分経っても彼女が公園に訪れないという事は、本当にデコは春夜との勝負を捨ててしまったのだろうか……
だが次の瞬間、春夜の右目が異変を察知する。
「──あ?」
雨粒が目に入ろうともお構いなしに空を見上げる春夜。
それは異様な光景だった。
無数に降り注ぐ雨に紛れて、先の尖った太い木の枝、そして傘の骨や五寸釘など、人を突き刺す事が可能な物体が春夜の頭上を覆っていた。
台風の影響で物が宙を舞うのは納得できるが、これは明らかに自然が作用した物ではない。
「おい嘘だろ!?」
それらは春夜目掛けて一斉に直下しており、彼も咄嗟に立ち上がっては回避しようと足を動かすのだが、大量に降り注ぐ凶器はいかんせん、落下速度が異常なまでに速い。
雨粒すらも軽く凌ぐスピードは弾丸を思わせる。
春夜は右目の能力を使い、凶器がどの位置にどのタイミングで落下するか直ぐに予測すると、一般人とはかけ離れた運動能力を活かして次々と物体を躱していった。
だが所詮は人の子。
いくら物の動きを全て読んだところで、無数に降り注ぐ凶器を捌き切るのは至難の業。
止んだ雨もとい、全ての凶器が止んだ頃には春夜の左肩と右の脹脛を傘の骨と釘が貫いていた。
雨や泥で汚れた衣服に新たに血の色が加わると、春夜は苦悶の表情を浮かべていた。
「戻って来て早々、とんだご挨拶だな」
常識外れなこの攻撃、恐らくはデコが妹の借りを返そうとこの場所に戻って来たのだろうが、彼女の姿は今ところ何処にも見当たらない。
しかし悠長に探している暇もどうやらないみたいで、眼前に一本の電柱が迫って来るのが確認できると、春夜はまたもや蒼き瞳に頼って回避しようと試みる。
だが右足に突き刺さった傘の骨や釘の影響でバランスを崩すと、春夜はぬかるんだ地面に足を取られてその場で転倒してしまう。
このままでは春夜の体は電柱に文字通り轢かれてしまうわけだが……
不幸中の幸い。先に春夜が倒れ込んだ事によって、電柱はギリギリ彼の体の上を通過すると、強い衝撃音を立てながら壁の方に突き刺さった。
あれがもし、ダイレクトに顔面なんかに減り込んでいたら春夜の自慢の美顔もぐしゃぐしゃに……
少なくとも鼻や頬の骨は砕けて、飛び出した眼球が地面に転がっていただろうと背筋がゾッとする春夜。
「──ッ!? しつけえぞ、デコ!」
デコの攻撃はまだ終わりではなかった。
というより春夜が転倒するチャンスを待っていたのか。
春夜は素早く仰向けになると、一本の道路標識付きのポールが空から落ちてくるのを視認した。
春夜はすかさず右に転がってポールを回避すると、顔の左隣で標識が立つ瞬間を目の当たりにした。
公園のど真ん中で標識を設置するなど、いつからここは交通公園になったのか……するとようやく彼女が姿を見せた。
「台風の日は物が沢山落ちてるからいいわね。この町全体が私にとっての武器庫じゃない」
いかにも座りにくそうな標識ポールの上で腰をかけるデコは、傷だらけ且つ泥だらけの春夜を見下している。
「何が武器庫だ! 電柱やら標識やら、絶対折って持ってきただろ! ここら一帯、お前のせいで停電になってるぞ!?」
「そんなの台風の影響って言えばどうとでもなるわよ。それに電柱が折れたのだってアンタが私を怒らせたからでしょ。これは言わば、アンタの言動が招いた結果よ。ほら町を停電させてごめんなさいって謝りなさい。この『私』に」
「何でお前がやった罪を俺が被らねえとならねえんだ。丁寧に俺の真似までしやがって。実はお前、俺のこと大好きだろ」
「ゲロが出るほど大嫌いよ」
やられたら速攻でやり返すがスタンスのデコは、受けたセリフをそのまま返してこそ一流の報復者と思っているのだろう。
だが当の春夜はただ台詞を奪われた程度の認識で、悔しいと感じるどころか、こうしてデコが姿を見せてくれたことに感謝をしている。
「つーかてめえ、俺が買ったケーキ返しやがれ! 暴行罪はともかく、器物損壊罪と窃盗罪で警察に通報すんぞ!?」
「はっ、人間の世界の法律なんて私には関係ありませんよーだ。寧ろこんなにもしおらしい少女をイジメるアンタが罪に問われなさい。この歩く猥褻物が」
「ああッ!? 何処の誰が『しおらしい』だって!? 笑わせんなよ、この厚かましいチビ猿が!」
「誰がチビィ猿じゃああああいッ!」
他者を猥褻物と蔑む割には、チビと言われて直ぐに発狂するデコの大人への道のりはまだまだ遠い。
春夜はデコの怒りを更に買うことで、次は顔面の右隣に別の標識が設置されると、間髪入れずに男の腹部に再び乗ったデコ。
「……俺の腹は乗り物じゃねーぞ。またケツ揉まれてえのか」
「ぬぁッ!? そそ、そんな事したらマジで腕引き千切るから!」
春夜に受けたセクハラを、彼の言葉で思い出してしまったデコは赤面すると、男の二の腕を両方の足裏で踏みつけ、春夜の肩が上にあがらないようガッチリ固定した。
「どうよ! これでアンタはもうセクハラ出来ないわよ!」
「そうか。なら口いっぱいに含んだ唾液をお前の唇に飛ばしてやるか……あ、それとも俺がここでおしっこ漏らして、汚れたパンツを無理矢理擦り付けてやろっかなぁ」
「アンタそれ、自分で言ってて悲しくならない?」
「生憎、俺の十八番は『お漏らし』なんでな。恥辱で苦しむ次元はとうに越えた」
「それ全然誇るところじゃないんですけど。はあ、見かけによらず大分苦労してんのね。アンタの事は嫌いだけど、この勝負が終わったら相談くらいは乗ってあげてもいいわよ。勿論、タダではやらないけど」
セクハラにも色々な種類があるんだぞとデコに嫌悪感を与える事で腹から退かせる作戦であったが、逆に心に問題があるという解釈をされた春夜はデコから同情の念を受けていた。
「心理カウンセラー気取りはやめろ。そんなもの俺には一切必要ねえ」
「はいはい、心に不安を抱えてる人は皆んなそう言うからねー。でも今は私たち家族を愚弄した罰を受けてもらうからねー」
「よくもまあ、不安抱えてる奴に罰与えようとできるな。このなりきりカウンセラーが」
「アンタがそれほどタチの悪い嫌がらせをしたって事よ。さあ、歯を食いしばりなさい。一発で終わらせてあげるわ」
デコに馬乗りにされている時点で勝負は決していると言わんばかりに、デコは右の拳にただならぬ憎しみを深く込める。
大事な妹を泣かした分。
自身に対してチビィという差別用語を発した分。
当人の合意なしにお尻を揉みしだいた分。
そして華火に嫌がらせする為だけに、デコボコ姉妹に喧嘩を売った分を……
「ケーキは一つ残さず私たちが食べてあげるから安心しなさい」
「だから何でお前は上からなんだ。ケーキを美味しく食べさせていただきますだろうが。俺とパティシエに感謝しろ」
ケーキを返す意思をまるで見せないデコは拳を大きく振り上げると、深手を負った春夜はこの状態で彼女を潰すのは困難を極めると判断したのか、蒼き瞳を元の赤色にスッと戻した。
「どうやら戦う気力ももう残ってないみたいね」
「別に気力が無くなったわけじゃねえよ。ただ、誰かさんが俺の足に釘とかぶっ刺したから思うように動けねえんだわ。こんなのでお前の速さについて行くのはマジで無理」
「あはは、そりゃあそうよね。でも、アンタ人間の割には随分頑張った方よ。そのパパに嫌がらせする執念のキモさだけは褒めてあげる」
「それ全く褒めてねえだろ」
「ま、せいぜい生死を彷徨いなさい。じゃあね」
軽い口調でお別れの挨拶を済ましたデコは、上げた拳を勢いよく振り下ろした。
ダイヤモンドすらも砕くデコの拳は鈍い音を奏でながら春夜の顔面に減り込むと、イケメンの鼻は骨ごと押しつぶされ、折れた前歯が四散する。
眼球は飛び出るまでには至らなかったが、目が真っ赤に充血している事から春夜は二度と光を見る事は出来ないのではないか……
顔のあらゆるパーツから血が噴出し、今までの攻撃が可愛く思えてくるデコの渾身の一撃に、当然意識を失う春夜。
彼女に喧嘩を売った事自体が間違いだったと今更になって気付く春夜は己の無力さに絶望する。
そう。これがデコの思い描いていたシナリオだった。
だが実際は、春夜の顔に触れたデコの拳はまるで三歳児の子供が繰り出すお子ちゃまパンチ。
これまで見せてきた怪力を何故かこの重要な場面で使わないデコは、何やら慌てふためいている様子。
「え……あ、えっ? ちょ、これどういう事。腕に力が、っていうか全身に力が全く入らないんだけどッ!!」
「所詮は妖力頼みの怪力って訳か。素の攻撃がここまで弱いとは、チビヤクザ以下じゃねえか」
「も、もしかしてアンタまた私に何かした!? というか絶対にしたわよねこれ!? だって私能力使えないわよ!」
「いや、知らね。普通にスタミナ切れだろ」
「んなわけないでしょ! 一睡もしないでフルに一週間活動できる私の体力舐めんな!」
「そんな事してるから身長伸びねえんだろお前。子供は夕方6時に寝てろ」
どういうわけか突然、怪力だけでなく高速移動すらも使えなくなってしまったデコ。
春夜は白々しくも彼女の体力が限界に来たのだと言い張るが、態度が態度だけにこの男の言葉は全く信用できない。
そしてイレギュラーに対応できる程、要領が良くないデコは当然のようにパニックに陥ると、またもや春夜に突き飛ばされて、今度は自身が馬乗りされる立場となってしまった。
「お前の腹、ガリガリすぎて座り心地最悪だな。まるでコンクリートの上に長時間正座させられてる気分だ」
「ぎぃやあああああッ! 痴漢ッ、暴漢ッ、強姦魔ッ!! ど、どけぇえいっ! 私の体の上に勝手に座るなァッ!」
「はあ、うっせえ。お前はまず、他人の痛みをちゃんと理解しろよな」
「──ぶべっ!!」
五月蝿い餓鬼ほど煩わしいものはないと言わんばかりに、デコの頬を右手で往復ビンタする鬼畜春夜。
これまではレンガを顔にぶつけたところで傷一つ入らない頑丈さを備えていたが、妖力を自由に扱えない今の彼女は例えるなら豆腐。
デコはものの数秒で頬を赤く腫れ上がらせると、泣きながら鼻水を垂れ流していた。
先程の防御力も妖力ありきのものだったか。
能力を過信しすぎたデコにとってこれは、為になる暴力ではないかと、自らの行為に何の疑念も抱かない鬼畜の春夜。
「ゆ、ゆるじゃなぃ……おばえ、じぇったいゆるじゃないからなぁ!」
「さっきまでお前がやったことを俺は真似してるだけだぞ。寧ろ俺の攻撃がいかに可愛いものか教えてやる」
春夜はビンタを一旦やめると、デコの左まぶたに指の腹を押し当て、無理やりこじ開けた。
すぐさまズボンのポケットからわさびチューブを取り出し、渦を描くように少女の眼球に搾り出しはじめる。
この時点で焼けるような激烈な痛みがデコの左目に走るのだが、春夜は目に乗っかった山葵をあろう事か塗り広げた。
それはもう薬を塗るかの如く、優しく丁寧に、そして満遍なく眼球の裏側まで山葵の範囲を広げたのだ。
「ぃぎゃあああああああァッ!! づぃ! あづいあづいあづいィィッ!! し、しぬゔっ! これマジでしぬゔぅ──おゔぉえッ!」
拷問ともいえる『眼球山葵』にデコは手足をジタバタ暴れさせ、泣き喚きながら嘔吐くと、春夜はその様子を見ながら楽しんでいる。
「あはは! 面白い反応するなあ。山葵一つでここまで悶え苦しんでくれるとは……最高の調味料でありながら、最強の武器じゃねえか俺の愛する山葵は! よし、じゃあ次は右目も行っとくか」
片目だけ山葵が味わえないのは流石に可哀想だと、余計なお節介を見せる春夜は次はデコの右目を指で開いた。
一応、デコは必死になって抵抗しているが、能力を使えない彼女の攻撃は基本『ポカポカ』なので、気に留める必要はない。
しかし春夜は先程と同様にデコの瞳の真上でチューブを握り、山葵を絞り出そうとするのだが、突然の目眩で平衡感覚を保てなくなると、デコに覆い被さるように倒れた。
「……ぁれ?」
デコの両目を山葵で染めることが出来ると思ったらこれだ。
人間の分際でありながら、無理な行動と、妖力消費が激しい青の目を使いすぎた為、体力切れを起こしたのだろうか。
こんな事になるなら日頃から適度な運動をし、基礎体力を上げておくべきだったと、朦朧とする意識の中、猛省する春夜。
しかし春夜が倒れた原因に体力切れは微塵も関係なく、左目から溢れ出した涙と雨で山葵を洗い流そうとするデコは途端に能力が使えるようになると、上に乗っかっている春夜を雑に退かした。
「ぬゔぁー、やっとアンタの体に毒が回ったみたいだけど……目にワサビ入れるとか頭沸いてんでしょ。ったく」
「ど、どく?」
「そうよ。最初に飛ばした木の枝や傘の骨……つまりアンタの肩と足に突き刺さってるソレは毒が塗ってあるのよ。大人も軽く昏倒する程の猛毒をね」
「ゔっ……抜かりねえな」
「どうやらアンタのオッドアイでは毒を見抜く事は出来なかったみたいだけど」
「そ、そんな事ねえ。今回は雨が邪魔した、だけだ」
「ふーん、この期に及んで負け惜しみ。ま、どうでもいいけどさー。というか私が気になんのは、アンタの毒に対する耐性よ。私が用意した毒は体に入ったら即ぶっ倒れるレベルのヤバい毒なのよ? 運が悪ければ普通に死んだりするし……それなのに、効果出るの遅いどころか、活発に動き回ってるってアンタも大概バケモノよね」
「平気で毒使うお前の方がよっぽどバケモノだわ……」
妹を抱え姿を消してから数分も戻って来なかったのは、春夜に向ける凶器全てに毒を塗っていたからと、空いた時間の謎を知った春夜は体の限界が近くまで来ていた。
神経が鈍くなった所為か、肩と足に刺さった傘の骨による痛みも感じなくなり、舌もこれ以上動かすことができない。
「そろそろ、おねむの時間みたいね。あ、そういえば今日の夜は激しい雷雨らしいから気をつけてねー」
重くなった瞼をゆっくり閉じる春夜は、彼女の言葉を耳に入れてはいたが、それを理解するほど脳も働いておらず、程なくして意識をなくした。
◆◆◆
あれからどれほどの時間が経ったのだろうか。春夜はそっと目を覚ますと、天は闇に覆われていて、激しい雨が体に打ちつける。
そして春夜は何故か町を一望できる高い位置に居た。
わざわざデコが公園から別の場所へ移動させたというのか……
毒によって死にはしなかったが、神経が正常に戻ったことで生傷に直接当たる雨に春夜は苦しむ。
何故、衣服で隠れた傷にさえ、雨が直接当たるのかと思ったが、春夜はここで自身がパンツ一枚の姿になっている事に気付いた。
しかもご丁寧に体に刺さっていた傘の骨まで取り除いてくれている。
「ぐッ、やってくれたなアイツ」
春夜は首を左右に曲げて辺りにデコがいないかを確認するが、お察しの通り、ここに居るのは夏出春夜ただ一人。
それどころか春夜の体は有刺鉄線で柱と共に巻き付けられていて、ろくに動く事もできない。
というより動けば棘が肉にグサグサ刺さって大惨事。
春夜は嫌な予感がした。
それは春夜が意識を失う直前にデコが発した言葉。
そう、『激しい雷雨』という言葉だ。
「あのクソチビ、俺に劣らずいい性格してやがんなあッ!!」
彼女の企みを即座に理解する春夜。
どうやら彼が今居る場所は見晴らしのいい高台でもなければ、山の頂上でもないみたいで、波山羊町のとあるマンションの屋上であった。
更には春夜の背面にあるのは柱ではなく、自ら雷を誘導する避雷針。
「はあ、マジで冴えねえ」
流石に自然災害を相手にするほど春夜も驕ってはいない為、失意の溜息を吐くと────次の瞬間。
闇を引き裂く慈悲なき光は悪を断罪する。
意識が戻って数分と経っていないのに、直ぐに失神させられる春夜はその後も三回ほど落雷の餌食となった。
そして自らの意思が介入する事なく、春夜は普通に失禁した。