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10話 男三人で登山。そして喧嘩

「はあぁぁ……何でワッシまで足を運ばなならんのや。まったくもって面倒くさいのぉ」


 本来ならこの時間は、手にした札束の香りをゆっくりと愉しみながらアフロを愛でる時間に充てられる筈であった。

 それが自分磨きにも繋がる為。


 だが不運にも春夜の用事に巻き込まれて炎天下の登山をするチビヤクザは大変不服な模様。

 故に他人を不快にさせる長ったらしい溜息まで吐いている始末。


「あははっ。そうやって文句を言いながらも、困ってる友人を助ける姿勢、僕嫌いじゃないですよ」


(やかま)しいわ。半ば強制的に連れ出しといて何が友を手助けする姿勢や。別に男に好かれても何も嬉しいないわ」


 不機嫌アフロも笑顔を向ければ、多少は機嫌も良くなるのではと考える白髪王子はまだまだ甘い。

 イケメンの涼しげな笑顔でより一層の不快感を覚えるチビヤクザは誰もが認める捻くれアフロ。


「へえ、じゃあやっぱりアフロ先輩は女の子の方が好きなんですか?」


「何を当たり前な事言っとるんやこのBL野郎。ワッシはな、お前らと違ってモテへんのやぞ!? だから金をぎょうさんかき集めて、いずれはワッシだけのハーレム帝国を築き上げようと日々奮闘しとるというのに、お前らと来たら毎度毎度ワッシの邪魔ばかり……これだからイケメンは大嫌いなんや」


 チビヤクザは女という存在を心の底から愛している。

 しかし皮肉な事に130cmという低身長とサングラスを外した時の強面は女子にはかなり不評。

 その上、自身の周りには性格の悪い美顔と性格の良い美顔が羽虫のように(まと)わりついてくる。

 性格の良い美顔なら兎も角、何故性格ゴミクズ男が今でも一部の女子から好感を持たれているのか……

 これは彼の劣等感を刺激すると、いつからかチビヤクザは金で女を買おうなどと歪んだ野望を抱いてしまった。


 だがそんな彼の願望すらも鼻で笑う春夜は、白い球体を手のひらに乗せて遊んでいた。


「チビヤクザのゴミのような野望は捨て置くとして、この『安定器』ってすげぇ発明品だな。外でも普通に使えるとか、夏場必須のアイテムじゃねえか」


 先刻チビヤクザの店で使われた白い球体こと安定器は半径5m以内の空間であれば、どんな猛暑でも一瞬で快適な気温湿度にする為、野郎一行は重宝していた。


「ワッシの発明品を雑に扱うなよクソったれ春夜。それが落ちて壊れでもしたら、ワッシらは即熱中症で即病院送りやからな」


「へいへい、言われなくても分かってますよこの変態アフロ」


「ったくホンマに分かっとんのかコイツ……無職の放つ言葉は信用ならんからなぁ」


「──おいてめえ今、無職を馬鹿にしやがったな!?」


「無職を馬鹿にして何が悪い。文句言われとうないんやったらワッシと同じ有職者になればええやろ、この無職者が」


「お前も似たようなもんだろうがよ!」


 他の者に無職をどうこう言われるならまだしも、年中閑古鳥が鳴いている店の主人、即ち働いているにも関わらず年中暇を持て余した男にそれを言われるだなんて、納得がいかない春夜は安定器を地面に放り投げると、チビヤクザに向かって勢いよく飛びかかった。


 大体、無職と信用がどう繋がってくるのか。

 無職だから信用がないというのはあまりに偏見が過ぎていて、低身長のくせに無職者全体を見下すとは何たる不届者かと、無職を勝手に代表する春夜はチビヤクザのアフロを全力で毟り取る。


 それに負けじとチビヤクザも春夜の股間を握り潰そうと対抗していた。


「て、てめえッ、俺の金◯潰そうとするなんていい度胸じゃ──ぃだだだだだぁッ!」


「へっ、阿呆が! この二つの玉さえ潰しておけばお前は一生子供をつくれんからのお! イケメンで生まれた事、せいぜい後悔しながら泣き喚けや!」


「ぐっ……てめえが玉ならこっちも玉を狙うまでなんだよッ!!」


「ちょ、嘘や──ぃぎゃあああああああッ!!」


「……二人とも、本当に何やってんの」


 店を出てからというものずっとこの調子で、醜く股間を握り合う馬鹿二人に心底呆れる水月は地面を転がる安定器を拾うと冷淡な一言を浴びせた。


「これ以上喧嘩するなら、今ここでこの発明品壊すよ?」


「「なッ!?」」


 安定器を壊すということはこの空間が一瞬で灼熱地獄と化してしまうという事。

 当然それに巻き込まれるのは二人だけでなく、水月も含まれるわけだが、この二人が喧嘩する気力を失うのであればそれも良しと、相も変わらず爽やかな笑顔を見せつける男に唖然ととする馬鹿二人はお互いの股間から手を離した。


「……お前は鬼か?」


「春夜くん達の喧嘩は見ていて暑苦しいからね。僕だってこんな脅しは使いたくなかったよ」


「暑苦しいが理由でワッシの発明品を破壊しようとするなんて、末恐ろしい奴やな」


「いや、暑苦しいだけが理由じゃないんだけど」


 春夜は灼熱の山道を歩かされる可能性があるのを恐れ、チビヤクザは自身が手間暇かけて発明した品を壊されるのを恐れ、そして二人は水月の内に秘められた鬼畜さに畏れていた。


「それじゃあ先進もっか」


 チビヤクザと春夜を隣同士にすれば再び取っ組み合いが起こる為、それを防ぐ策として水月が二人の間に入ると一行は横並びで歩みを進めた。


「ところで春夜くんはもう大学を辞めたんだっけ」


「お前も俺が無職だってことイジるのか?」


 突拍子もない水月の質問に鋭い視線を向ける春夜はよっぽど無職と揶揄われるのが嫌なのだろう。


 しかし、そんなつもりで言ったわけじゃないと水月は直様彼の誤解を正そうとする。


「ち、違うよ! ただ、君が大学を辞めたって事は凍呼ちゃん今一人で学校に通ってるって事でしょ? それって何だか可哀想だなって思って……ほら、せっかく二人で同じ学校に進学する事が出来たのにさ」


「あー、その事か。でもまあ、こっちにも辞めざるを得ない事情があったわけだし、こればっかりは仕方ねえよ」


「仕方ない、か。凍呼ちゃん勉強凄く頑張ってたんだけどね」


 以前、警察の取り調べでも上げられていた『帝明大学』という所はそこそこ名の知れた大学である。


 凍呼は元々勉強が得意ではなかったが春夜が町を出るなら、私も一緒について行くという想いを胸に、血の滲むような努力は勿論のこと、利発なイケメン二人からの助力もあって、見事帝明大学に入学する事が出来た。


 だがしかし、春夜の突然の中退。


 理由としては町を出て大学に通う筈が、オンライン授業の所為で町を出る必要が無くなった。などという小さな理由ではなく……

 自宅で授業を受けるシステム、それは超絶過保護な母親が授業中にも関わらず常に息子の隣に存在し続けるという言わば強制授業参観。

 それだけならまだ何とかなったが、彼女の行動が参観だけで済まされる筈もなく……

 春夜の集中を削ぐよう美春は過度な密着を日常的に繰り返し、息子に色目を使う凍呼含めた女生徒に殺気を送ってやったりと、歪過ぎる母子の関係がカメラを通して他の生徒や先生方に伝わっている事が大問題であったのだ。


 恥ずかしいという次元を通り越して、集中力を大いに阻害してくる為、勉強どころの話じゃない。


 春夜はそんなオンライン授業という最悪たるシステムを憎みながら大学を去っていったわけだが、全ては実の母親である夏出美春の所為でもあった。


 そして、そんな苦い記憶を蘇らせた春夜は頭痛で額を押さえると、やるせない気持ちで一杯になった。


「だあぁッ、この話はやめだやめ! ってか思い出したぞ、水月の方こそ進学してなかったじゃねえか! なら俺と一緒の無職──」


「──残念春夜くん、僕は無職じゃないよ。病院でアルバイトしてるからね」


「びょ、病院でアルバイトだとッ!?」


 糸南水月も職を放棄した同類かと思いきや突然の裏切り発言で大袈裟に反応する春夜。

 病院でアルバイトだなんていつから始めたのか、全く話を聞かされていない春夜は一人くらい無職者の知り合いが居ても良くないかと、多少の孤独感を感じていた。


「というか一年前から働いていたんだけどな僕。それに春夜くんともその病院で会ってるけど……覚えてない? 安らぎ病院の待合室で少しだけ話したの」


「あー、言われてみれば病院で水月と喋った気が……しなくもなくもないか?」


「あはは、君は酷いね」


 別にアルバイトについて水月から何も聞かされなかった訳ではなく、ただ単に春夜が覚えていないだけだった事が直様判明すると杜撰(ずさん)な性格の彼に苦い顔をする水月。


 それにしても水月が近所の病院で働いていたとは……正直まったく興味が湧かないが、春夜はここで凍呼の言葉を思い出した。

 たしか『安らぎ病院』という場所は妖怪が頻繁に失踪を繰り返しているエリアの一つで、チビヤクザが店を構える商店街もその内に含まれている事が頭を()ぎると春夜はその場で立ち止まり、事件について何か知らないか二人に聞いた。


「病院と商店街、そして学校付近で妖怪が相次いで失踪か……この町も大分物騒になったもんやな」


 超がつく程の田舎町でも派手な事件は起こるんだなと何処か他人事なチビヤクザ。

 標的が人間ではなく妖怪に絞られている為、自身には害はないと安堵しているのだろう。


「まあ、勿論ワッシは知らんがな。たとえ知っていたとしても金を貰わん限りは教えてやらんが」


「はあ。お前は口を開けばカネカネカネカネって、本当にきったねえ心してんな。それだから女にモテねえんだよ」


「──貴様にワッシの何が分かるんや! 顔が駄目、身長も駄目、なら金を使って女を手に入れるしかないやろ!? これだから生まれつき顔が優れとるやつは……早う()ねクソったれ春夜!」


 特段間違った事を言ったつもりはないが、チビヤクザの前で『女にモテない』関連のワードは禁句。

 故に酷い言われようの春夜は聞く相手を完全に間違えたと若干後悔している。

 そもそも外見が駄目なら金ではなく、まずは性格を正すべきだろと春夜は思うが、ここは敢えて黙っておく事で、チビヤクザの思考を歪ませたままにしておく。


「あはは……相変わらずだね君たち二人は」


「相変わらずなのは俺じゃなくこのアフロだけどな。で、水月の方は心当たりあるのか?」


「残念だけど、僕も妖怪失踪の件については何も分からないかな」


「……はあ、だよなあ。そんな簡単に分かったら苦労しねえもんな」


 やはり妖怪失踪事件に関する情報は人間からではなく、華火のような妖怪から話を聞いた方が有力な情報を得られるのだろうか。


 するとハッとしたように大きく目を見開いた水月はある事に気付く。


「もしかして春夜くんが探してる犬神も失踪した妖怪なのかな」


「……まあ犬じゃない時点でお察しだよな」


 春夜を使いっ走りにしたおばさんの愛犬こと犬神は、商店街で行方をくらましてから一週間以上、家に帰ってきていないという。

 それに加え、チビヤクザの発明品である強制手配帳を使っても居場所がまったく引っ掛からなかったのだ。

 薄々感じてはいたが、犬神も失踪事件の仲間入りしている事が浮上すると、春夜達はやがて森の最も深い場所へと足を踏み入れた。


 木々が生い茂ったその場所は太陽の光をすっかり失い、まだ夜にもなっていないのに辺りは真っ暗。

 流石に明かりがないと何も見えない為、途中から水月の携帯のバッテリーを消費させていたのだが……


 彼らの眼前には朽ちた赤茶の鳥居が(つた)を絡ませて(そび)え立っているのが確認できる。

 これだけでも既に不気味なのだが、森の至る所から(からす)の鳴き声が彼らの耳を貫くと、一行はただならぬ雰囲気を肌で感じていた。


「相変わらず気味の悪い場所だなここは」


「うん……だけど、同時にワクワクもするよね。何だかお化け屋敷に入ったみたいでさ」


「こんな場所でワクワク出来るって、お主どんな神経しとんのや」


 春夜とチビヤクザは以前にも犬神の住処を訪れた事があった為、マイナスな印象しか持たないが、初見の水月はこの異様な空間に興味津々な様子。

 常人なら初見であってもこんな場所は御免(こうむ)るのだが、水月の感性は普通とは違うのだろう。


 それぞれの感情が交錯する中、野郎一行は鳥居をくぐった。


 すると先程の真っ暗闇とは打って変わって、鳥居の中の空間は鮮緑で溢れており、木々の隙間から降り注ぐ光は木漏れ日で、神聖たるやその場所に水月は思わず絶句してしまう。


 外側と内側で見える景色がこうも違ってくるとは、犬神の住処には特殊な結界が張り巡らされているのだろう。


「へえ、凄く綺麗な場所だね」


「まあ綺麗なのは場所だけだな。犬神は獣臭がすげえから」


 風情もへったくれもない春夜の一言に水月の心は一瞬で冷めてしまう。

 そりゃあ一応犬の妖怪なんだから獣臭はするでしょうよ。

 けどそれをわざわざ口にする必要があったのかと疑問に思う水月は春夜を黙視する。


「おーい犬神のシジイ! 出てこいやー!」


 まるで近所の友達と遊ぶ約束をしていたような感覚で犬神を呼びつける夏出春夜。

 果たしてこんな調子で大丈夫なのかと水月とチビヤクザは顔を見合わせ不安になっていたが……

 春夜の声に呼応するように突如、地面に重たい振動が響き渡ると木の陰から姿を現したのは白い毛並みをした一匹の犬神。

 およそ10m程の高さから見下したその青い双眸(そうぼう)には、大きな刃物で斬られたような古い傷痕が確認でき、巨大な尾を荒々しく振っては地面を擦っていた。


 相対しただけで相手を畏怖させるチビヤクザ顔負けの気迫さは、たとえ大人であっても小便を垂れ流すレベルだ。


「──ワシを呼び出すとは良い度胸じゃのう……夏出の小僧よ」


 牙を剥き出しにした犬神はドスが効いた声を発して春夜を睨みつけると、その声に反応した他の犬神達も木陰からぞろぞろと姿を見せては瞬く間に野郎三人を取り囲んだ。

 しかし後から出てきた犬神達は春夜にシジイと呼ばれた犬神よりも遥かに体が小さく、春夜くらいの背丈の犬も居れば、子犬サイズの犬神も居たりした。


「……ほう、ワシの口調を真似る爆発頭もおるのか」


「誰が爆発頭や! ワッシはアンタの口調を真似てるわけやないぞ! これはワッシのオリジナルの口調や!」


「ほら、真似とるやないか」


「これのッ! 何処がッ! 真似てるっていうんや!? ワッシは『ワッシ』で、アンタは『ワシ』やろ! 全く違うやないかッ!」


 チビヤクザにとって『ワッシ』という一人称は余程価値があるものなのだろう。


 側から見たら実にくだらない問題……いやただの程度の低い話で済むのだが、チビヤクザは地団駄を踏む事でその重要性とやらを必死にアピールしている。

 しかしそれをアピールしたところでここに賛同する者は誰一人としておらず、身長も小さければ器も小さいと、矮小(わいしょう)な男を見てはそう感じる春夜であった。


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