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1話 人と妖怪はお尻で繋がっている

 人口が一万も満たない田舎も田舎、超ド田舎町の波山羊町(なみやぎちょう)


 周囲には巨大な山々が壁のようにそびえ立ち、山を越えた先には青い海が辺り一面に広がり、まさに大自然に囲まれたこの小さき町は昔から春という季節が訪れない。


 本来同じ日本なら、どの県、どの町、どの村にも必ずやって来ると言っていい春の季節。

 満開となる桜の花びらが毎年咲き開いては、人々の賑わう姿が多く見られる温かな季節。

 しかし波山羊町ではそんな光景は当然ながら見る事が出来ない。


 そう、春が来ないからだ。


 稀にニュースなどで、この町が春の来ない町として小さく取り上げられているが、大半以上の民衆は波山羊町の存在など記憶の片隅にも置いてはいないだろう。

 田舎町なんて所詮はそんなものだ。


 ニュースで少し関心を持つ人が出てきても、次の日には別のニュースで話題が切り替わり、前のニュースの興味はあっという間に削がれていく。


 こんなご時世だからだろうか、この町を知る者は町の住人含め気象専門家くらいしかいない訳で……


 それほどまでに世間からの関心がない小さき町なのだが、この町には昔から奇々怪界(ききかいかい)で有名な言い伝えがあった。


 ──それは遥か昔、この土地には沢山の妖怪が()んでおり、妖怪の都として非常に栄えていた。

 妖怪達はその地を『妖仙(ようせん)』と呼称(こしょう)すると一人の王の下、自由に堂々と暮らしていた。


 (たちま)ち妖仙に迷い込む人間がいれば、女子供(おんなこども)お構いなしに迷い人は皆、殺されては妖怪の餌になるのが必定。

 人間という種を実に何十年……いや何百年と拒み続けて、形を成したのが妖仙であるのだが、そんな殺伐とした妖怪達の中にも変わった妖怪もまた一人。


 その妖怪は不死(ふし)の力を持つ者であり、炎で骨の髄まで焼き尽くそうが、血を喰らう妖刀で四肢を引き裂こうが、その身は即座に再生し、決して朽ちることのない肉体をしていた為、次期(じき)妖怪の王として一目置かれる存在にあった。


 実力も()る事(なが)ら、数多くの妖怪から期待を集める不死の妖怪……


 しかしその者は周囲の妖怪達が期待するものとは全く異なり……そもそも不死の妖怪は王というものに微塵の興味も抱いていなかった。

 それどころか自分以外の妖怪をまるで見ようとしていなかったのだ。

 妖怪の身でありながら妖怪を寄せ付けようとしないその姿勢。


 冷たく思われても仕方がないのだが、そんな妖怪にも好きと言えるものが一つだけあった。


 それは春という季節。


 満開の桜が咲き誇る木の下で、酒の入った(さかずき)をひたすら口に含み続ける。

 それが不死妖怪の心を落ち着かせる唯一の愉しみなのだが……そんな平静(へいせい)も束の間。


 不死の妖怪は偶然(ぐうぜん)にも、この地で一人の人間と出会ってしまう。


 本来、人間と出会ってしまった妖怪は即断即決、問答無用でその者を殺さなければならない、それが妖仙で生きてく上で絶対に守らなくてはならない血の掟。

 だが不死の妖怪は人間を殺す事は愚か、その人間を妖仙の外へと帰してやったのだ。


 当然そのような禁忌(きんき)を他の妖怪達が許す訳も無く……たとえそれが次期、妖怪の王となる者であってもだ。


 そして隠し通してきた事もいつかは明るみに出る様に、この出来事も次第に妖仙の者達の耳に入っていくと、不死の妖怪は当然ながら罰を受ける事となった。


 妖怪に対しての裏切りとも取れるこの行為。本来ならば例外なく極刑に処すのだが、その妖怪は不死であった為、死ではない別の罰を考える他なかった。


 そして当時の妖怪の王は決断を下す。


 不死の力を持つこの妖怪。未来永劫この地に封印(ふういん)する事。


 それも春の季節と共に…………


 ◆◆◆


 とまあ、この様に春が来ないのはこんな伝承があるからと、この地で古くから語り継がれているが、町の住人はあまりに現実味のない話に信じる者は殆どいなかった。


 そして現在の波山羊町。時刻は23時を回り街灯一つなければ人の気配もまるでしない不気味すぎる路地のど真ん中で男はジッと立ち尽くしていた。


 真っ黒い癖っ毛が特徴的で端正な顔立ちの青年、名を夏出(なつで)春夜(はるや)という。


 赤よりも暗い深紅(しんく)の瞳を持つ彼は(まばた)き一つせず、先程からあるものを一点凝視していた。


「あーっと……何これ」


 彼の視線の先には、緑色の全身タイツで体のラインをくっきりと浮かび上がらせた女性が、手のひらサイズのパトランプを複数個、紐で絡ませ、タイツ上に装飾している。

 しかもその女性は身長が恐ろしいほど高く、辺りの塀が低く見えてしまう程……大体2m50cmくらいはあるだろうか。不審者を通り越してもはや奇人だ。


「なんか色々とツッコミどころ満載だけど、何食ったらこんなにでかくなんだよ」


 恐らく何かを食ってここまで成長する人間はそうそういないと思うが、この際それは置いておくとして……


 パトランプを使い体を赤く発光させ、全身タイツを外で着るような変態がこの町にもついに現れたかと思うと、社会はここまで人格を歪ませてしまうのかと呆れた様子でため息を()く春夜。

 それに膝下まで伸びた黒い長髪は蛇のようにウネウネと動いているようで、背筋をゾッとさせる恐怖感も与えてくる。


「マジやべえな、この女」


 仮にも相手は奇人。春夜は一応警戒しつつ、慎重に『全身タイツのパトランプ女』の元へ歩を進めると、前髪の影で隠れていた彼女の顔が徐々に露わになっていった。


 しかしその女の顔はなんというか…………『口』しかない。

 本来人間にあって当たり前の目と鼻が彼女の顔にはついていなかったのだ。


 普通なら未知との遭遇で腰を抜かして驚くところだが、春夜はパトランプで目をチカチカさせながらも表情一つ変えずに女の目視を続けていた。


 すると『全身タイツのパトランプ女』は突如動き出した。


 女は首元からタイツの中へと左手をスッと入れると、胸元辺りでゴソゴソと(まさぐ)った(のち)、ある物をタイツから取り出した。


「…………た、竹とんぼ?」


 なんと彼女はタイツの中から竹とんぼを取り出し、何を思ったのか、細い棒の部分を両手で挟むと、勢いよく飛ばし始めたではありませんか。


 これには流石の春夜も困惑を隠せず、ただただ間抜けに口を開かせるしかなかった。

 何故、彼女は路地のど真ん中で竹とんぼを飛ばしたのか。しかもこんな暗い場所で。


 そして『全身タイツのパトランプ女』は続けざまに魚のよう口をパクパクさせると──


「クラクテ、ナニモミエナイョ……ケドタノシィ」


 目や鼻が無くとも、口の動きや声色で彼女が喜んでいるのがわかる。というか普通に喋り出した事もそうだが、見た目に反した10歳前後の女児が出すような声質に更なる混乱を見せる春夜。


「いや、なんか色々気持ち悪りぃなあ!! 暗くて何も見えないってそもそも目ついてないだろアンタ! てか何だその格好!? イカれた奴は結構見てきたつもりだが、アンタのイカれ具合は半端ねえ! やる事一つ一つが奇行そのものでただ単純に怖えわ! え、お薬やってる?」


 彼女は出会った者全ての脳を即座にパンクさせ、いずれは世界を混沌に陥れる存在に……そんな不安が一瞬で()ぎる春夜の脳内は現在不必要な情報が互いの交信を阻害し、結果的に声を荒げてしまった。


 確かに彼の言うことに間違いはない。だが忘れてはならない、相手は仮にも女性だということを。

 気持ち悪い、イカれてる、行動の全てが奇行などと言われて喜ぶ女性は恐らくはこの世に存在しないと思う。


 すると次の瞬間、男女の目と目……ではなく春夜の目と『全身タイツのパトランプ女』の口が合うと女は地面に両手をつけ、足を前後に開くと、俗に言うクラウチングスタートの姿勢に入ってはボソリと呟いた。


「……クスリスマスツリィ」


「え、いきなり何……なんかすげー嫌な予感がするんだけど」


「クスリスマスツリィ……スキデスカァ!!」


「────いぎぃやあああああッ!! こっち向かって来やがった!」


 春夜の嫌な予感は見事的中し、彼女は自身の長身を生かした広い歩幅であっという間に春夜との距離を詰めようとするが、それを許すまいと彼は全力疾走で彼女との距離を開こうとした。だが女の足は想像以上に速い。


 素直に徒競走なんてしていればすぐに捕まってしまう。

 ならば入り組んだ道を進むのが正解かと、春夜は何気に高い運動能力を活かして家の塀を軽々と飛び越えると女の視界から己を消そうと躍起(やっき)になる。勿論、彼のやっている事はれっきとした不法侵入だ。


「アイツ、なにかクリスマスツリーみたいな事言っていたが、まさか緑の全身タイツと赤く光ったランプで、クリスマスツリーを表現しているつもりじゃないだろうな!?」


 クリスマスツリーとはモミの木の緑を主体に華やかな飾り付けで冬を彩るもの。しかし彼女のそれはあまりに粗雑な出来で、とてもクリスマスツリーといえる代物ではなかった。


 それに今の季節は冬でもなければ真逆の夏の季節。


 波山羊町は春の季節が来ない代わりに、夏が他の地域よりも早く訪れる。現に春夜は清涼感のあるTシャツと生地の薄い長ズボンを身につけている。


「ワタシノ、クスリスマスツリィ……ミテェ!!」


「お前その図体でこの細い場所通って来んのかよ!! それにクスリスマスツリーじゃなくてクリスマスツリーだ! 名前もそうだが、ちゃんと調べてからコスプレしてこい!!」


 見た目に反した身軽さで彼女もまた塀を飛び越えると、地面をズシズシ響かせながら春夜の追跡を続けていた。

 しかしこうも巨大な女性が真っ暗闇の中、体を発光させてこちら側へ向かってくるのは、何とも言い知れぬ恐怖がある。

 常人なら恐怖のあまり腰を抜かして、すぐさま捕まってしまうのではないだろうか。


 そして彼らは走りに走り続け────20分ほど全力疾走を続けた春夜の体はついに限界を迎えた。スタミナ切れというやつだ。

 一応、春夜は遊具の少ない小さな公園までやって来たが、辺りに赤く発光する女は見当たらない。

 完全に振り切ったなどというような油断はしないが、ここにはちょうどドーム状で穴の空いた遊具がある為、春夜はその中で身を潜めることにした。


「ぜぇぜぇ……ゔぇ、うぇぷ。こ、こんなに走ったの久しぶりだから……臓器が、俺の臓器が一斉に悲鳴あげてるッ」


 乱れた呼吸を整えようとする春夜は同時に吐き気も催していた。


「というか、逃げる場所完全に間違えたな。こんな公園よりも明かりのある商店街……ってこの時間はどこも店閉めて流石に暗いか。俺の家の周りであの奇人を徘徊させるわけにもいかないし……こ、交番まで行って取り敢えずお巡りにあの女をなすりつける選択が正解だったかもしれねえ。てか、まずここどこだよ」


 逃げるのに必死で身に覚えのないエリアまで来てしまった夏出春夜。

 いくら田舎で狭い町だからといっても、彼も町の全てを把握しているほど人生経験も積んでいない為、今自分がどこにいるのか分からずにいた。

 だがこんな時にこそ役に立つのが携帯電話の地図アプリ。

 一応は現代人の春夜はズボンのポケットから携帯電話を取り出すと、明るさを少し控えて地図アプリを起動させた。


「なッ、家まで10kmだと……」


 自宅と現在地があまりにかけ離れている事を知り愕然と肩を落としてしまうこの男。

 ここでやり過ごすはいいが、その後家まで歩いて帰らなくてはならないと思うと憂鬱(ゆううつ)で仕方がない。


 額の汗が一粒、端末の画面上にこぼれ落ちた。


「はぁー、マジで暑すぎ。水用意すればよかったな」


 画面上の汗を腕で拭いながら文句を垂れる春夜。


 いくら年齢が若いとはいえ20分も水分補給をしないで走り回っていたらそうなるのも必然。

 そして夜であろうと夏という季節に体を動かした弊害が出たのか、画面上の汗をいくら拭っても、額から出る汗はそれ以上で、それはもうタオルが必要になるレベルだ。


 しかし汗にしては妙にべっちょりとしているというか、まるで粘液のように粘っこい液体で、春夜の顔から徐々に血の気が引いていく。


「……お、俺は知らぬ間に病気にかかっていたのか? 汗がすげえネバネバしてる。え、気持ち悪っ」


 まだ二十歳にもなってないというのに、こんな得体の知れない病気にかかってしまうとは情けないにも程があると、春夜は首を上に曲げて呆れ返っていた。


 しかし視線を上に向けた事でこの液体が春夜の汗ではなく、頭上にある小さな穴から顔を覗かせた『全身タイツのパトランプ女』の(よだれ)である事が判明すると──


「おい、俺の汗じゃなくてアンタの涎じゃねーか。紛らわしいから口閉じろ」


 ひとまず自身が謎の病気にかかっていないと分かり安堵する春夜は平然とした態度で女を注意した。

 そして意外にも物分かりが良い彼女も、春夜に言われた通り、口を閉じると涎を垂らす事をやめた。


 が、この状況はどうすればいいのやら。


 春夜は先ほどの全力疾走で体力を完全に使い切ってしまった為、立ち上がることすらままならない状態。


 というか目も鼻もないのに彼女はどうやって自身を見つけることが出来たのか。それにこの女の体力は底なしなのかと、何から何まで負けてしまった春夜は取り敢えず目をそっと閉じてその場に倒れ込んだ。


「参りました。けど痛いのと苦しいのは嫌なので優しくしてください」


 まさかの潔く敗北を認めた春夜に対して、『全身タイツのパトランプ女』はニタリと口を開き、白い歯を見せると、自身の長髪を自由自在に動かし、男の手足に絡ませては、遊具の中から外へと強引に引きずり出した。

 その際、体の至る所を遊具にぶつけた春夜は「痛いのは嫌と言ったのに」と、体だけでなく心も若干傷ついていた。


「髪を自由自在に動かせんだったら最初からそれ使って俺を捕まえればよかったじゃねえか。無駄に疲れたんだが」


「…………ゥゥ、カユイ」


「は? 今度はなんだよ」


「……カユイヨォ、カイテェ」


 完成度の低いクリスマスツリーのコスプレを見せつけられた次は痒い場所があるからそこをかいてと言ってくるとは、この女本当に何を考えながら生きているのか。

 理解しようにもできない春夜はまずどこを掻いて欲しいのか彼女に聞いてみた。


 すると女は常人の二倍はあるであろう、それはもう大きな大きなお尻をいきなり春夜の目の前に突き出してきた。


「……え、嫌だよ」


「カイテヨォ、オシリカユイヨォ……」


「いやいやいや、ケツくらい自分でかけるだろ! 何で俺にそんな事頼むんだよこの変態が──ァイデデデデェッ!!」


 負けを認めた時点で敗者は勝者の言いなりになるのが必定だと、口には出さず、手足に巻きつけた髪の毛をキツく締め付ける事で教える彼女はまさしく女王。

 春夜は手足をバタつかせて地面の上で悶えていた。


「ハヤク、カイテェ……」


「──だああああっ!! ()く! 今お尻掻いてやるから髪で締めんのやめてくれ! 骨が軋む音してるのなんか嫌だ!」


 痛みを()ってわからせられ、渋々了解した春夜はタイツ越しで爪を立て、彼女のお尻をカリカリと掻き始めた。


「ったくアンタ、仮にも女だろ。見ず知らずの男にこんな事頼むとか常識的に考えておかしいぞ」


「……ンッ。モウスコシ……ヒダリ」


「おい気持ち悪い声だすな。はあ、本当なんで俺がこんな目に遭わなきゃならねえんだ」


「……ウゥ、ソコキモチィ……モットモット」


「あいあい、いいご身分ですね」


 まったく何が悲しくて夜の公園で女のケツなんか掻かないとならないんだと、春夜は自己嫌悪に陥りそうなその心をちょっとでも紛らわせる為に、指を動かしながら彼女に対する質問を開始した。


「で、まずアンタはその格好で何してたんだ? 新手の露出狂か?」


「コレ、クスリスマスツリィ。ココクルマエ、カッタァ」


「だからクスリスマスじゃなくてクリスマスな。それにそんなもんに無駄な金使うな」


「ン、ンフフフフッ」


「え、急に何。今の流れで面白いところあったか?」


 別にボケた訳でも指でお尻をくすぐった訳でもないのに、急に奇妙な笑い声をあげる彼女に首を傾げる春夜。


 イカれた格好で竹とんぼを飛ばしたり、突然鬼ごっこを始めたり、挙げ句の果てにはお尻をかかせるといった奇行をこの短時間で繰り返してきた彼女だ。

 急に笑い声を発しただけで、初見のような驚きを見せる俺ではないと、春夜は知らず知らずの間に異様な状況に慣れてしまっていた。


「こんなのに慣れる俺も実は頭がおかしかったりするのかもな。あー、惨めだ」


「ンフ、ンフフフフフッ! ヤット……ヤットアエタネェ。オニィチャント……ヤットアエタヨォ!!」


「ん!? お兄ちゃ────ゔぐぁっ!!」


 ……前言撤回。

 今しがた『全身タイツのパトランプ女』の行動に慣れてきたと思った春夜だったが、この女の言動にはやっぱり全然慣れていませんでした。

 ヤットアエタネって何?

 オニイチャント、ヤットアエタヨって何?

 何で2m越えの巨体から力強く抱きしめられ、地面から足を離さないといけないのか。

 しかもこの女、また口から涎をダラダラ滝のように流して……まさか食べる気か!?

 食欲がこの超絶イケメンに反応を示してしまったのか!?


 と春夜は苦悶の表情を浮かべながら最悪な事を次々と考えてしまう。


「ちょ、お、折れる。マジで全身の骨が砕けちまゔっ!」


「ンフフフ。オニィチャン、チカラヨワクナッタァ?」


「力弱くなった?じゃねーよ! アンタ完全に人違いしてるだろ! 俺とアンタは今日が初対面だぞ!? 全身タイツの女の知り合いなんて一人もいねーし!」


「オニィチャン、カラカウノヨクナイ……オニィチャン、ナツデハルヤ。ワタシ、チャントオボエテルカラァ」


「ひえっ!? な、何で俺の名前知ってんだよ!? ……ん、まさか。わかったぞ、これドッキリだろ! どこかで俺の反応を見て楽しんでるクソ馬鹿がいるんだろッ!!」


 全身を動かせない春夜は首だけを左右に曲げて辺りをキョロキョロと見渡してみるが、隠しカメラらしいものはあまりの暗さで視認する事は出来ず、人の気配も自分たち以外には居ないとは思いたい。つまりドッキリかどうかも判らないこの状況。


 だが彼女は歯をギシギシ鳴らすと春夜を威圧するよう言葉を発した。


「オニィチャン、ソンナコトイッテルト……コロスヨ?」


「いや怖っ! それにお兄ちゃんって、俺っていつの間に妹一人増えていたのか? ち、ちなみに名前ってなんですか。俺最近ボケ気味で……あっ! 別にアンタのことを忘れたってわけじゃないからね! だから殺そうとしたりしないでよマジで!」


「……ソウダヨネ、ヒサシブリダモンネェ。ンフフフ……ワタシ、スズ……モウ10サイニナッタンダァ」


「あー、あーッ! スズちゃんね! もう10歳って見違えるほど大きくなったねー! もう本当まるで巨人…………え、10歳? そのなりで10歳? なに、君詐欺師かなんか?」


 一応彼女の名前を聞き出す事は成功したが、年齢が体の成長と比例していないことに、やっぱり自分はドッキリの対象となっているのではないかと疑ってしまう春夜。

 しかしそんな事をドストレートに聞けば抱きしめる力が更に強くなりそうなのでここは遠回しにスズを詐欺師呼ばわりするこの男。

 が結果、スズの抱きしめる力は今以上となり、春夜の骨はギシギシと軋むメロディーを奏でていた。


「──君たち、こんな夜遅くに何やってるのかな?」


 今にも泣き出しそうな顔をしている春夜と、不満気に頬を膨らませるスズの前に突如懐中電灯で照らしてきたのは、警官姿をした40代前半の男性。


「いやぁ、近隣住民から数多くの通報があってね。ギャーギャー奇声を発する男と、変な格好をした長身の女が家の庭を荒らし回ってるとか何とか。しかも奇声男に至っては下着まで泥棒してるって……これって君たちの事だよね?」


「……違います」


「いやでも特徴が」


「違います」


 皆が寝静まる夜、それに閑静な住宅街で騒ぎまくったのがいけなかったか……

 ここで警官が出てくるのは流石に想定外が過ぎると、春夜は咄嗟に嘘を吐いた。

 それに警官の言う奇声男というのは恐らくせずとも夏出春夜、すなわち自身の事を指しているのだろうが、何だ下着泥棒というのは……

 いくら人ん家の庭を荒らしたからといって嘘の内容を警察に報告するとは、波山羊町の住人は相当心が汚れているのかもしれないと多少の苛立ちを見せる春夜。


「取り敢えず近くに交番があるから、そこでゆっくり話でも──」


「──だから違うって言ってますよね!! 証言だけじゃなく、まず俺が納得する証拠を持ってきてくれ! でなきゃ事情聴取はぜってえ受けねえから!」


「いや、証拠も何も君のズボンからはみ出てるソレ見てごらんなさいよ」


「は?」


 よっぽど警察の世話になりたくない春夜は、警官の言葉を(さえぎ)ってまで非協力的な姿勢を示すが、警官は呆れた様子で青年のズボンからはみ出たある物を指さすと、視線を変えた春夜は思わず絶句してしまう。


「わあ、黒いブラジャーだあ! こんなど田舎でもオシャレに気遣う大人な女性はいるんだなあ!」


「…………交番、行こうか」


「……はい」


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