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学校生活

 2036年十二月八日(月) 


 俺は教室の机の上でため息をついた。今日から学校に通い始めたものの、授業の内容が全く分からない。


 先生の話によると、一週間後にテストがあるらしい。こんな状況で高得点なんて取れるわけがない。


 おまけにもう十二月、クラスでは仲良しグループが完成している。朝から誰も声を掛けて来ない。俺は完全に孤立状態だった。


 取り敢えず黒板に書かれたことをノートにまとめる。授業態度だけでもしっかりと点数を稼いでおかなければ……。


 「よし!! 今日の授業はここで終わりだ。 三日後に小テストがあるので、備えておくように」


 「「ええーー!!」」


 チャイムが鳴ると同時に、小テストの報告をした先生に生徒からのブーイングが起こる。


 恐らくみんなにとって初耳の情報だったのだろう。先生が教室から去ると、クラスメイト達はガヤガヤし始める。


 今は4時間目の終わり、つまり昼食の時間だ。生徒が一番待ち望んでいる時間だろう。


 俺は椅子から立ち上がると、リュックの中から財布を取り出して、ポケットに入れる。


 廊下から出ると突然、誰かから声が掛かる。幼馴染の鈴原(すずはら) 奈良(なら)だ。


 幼馴染という響きは魅力的だが、幼稚園から一緒というだけで、とくに仲良くも無い。


 昔見た時の彼女はショートカットだったが、今ではロングの艶やかな黒髪を高い位置でポニーテールにしている。端正な顔には薄く化粧がされていた。


 彼女は大きな瞳を潤ませながら俺の顔を覗き込んできた。


 「雪!! 今日から学校? 私、貴方の弟が事故にあった日本当に心配して……」


 「そこは俺のことも心配しろよ!! 一度も見舞いに来てない奴が、何言ってんだ!!」


 そう奈良は弟の時雨をやけに気に入っているのだ。妹が三人もいる彼女は昔から弟を欲しがっていた。


 ちょうど隣の家ということもあり、時雨は生まれた当初から、奈良に本当の弟の様に溺愛されていた。


 「仕方ないでしょ!! 家族しか面会できなかったんだから……」


 「知ってるよ、勢いで言っただけだ」


 「時雨君はまだ目覚めてないんでしょ? 心配ね」


 「本当に時雨の話ばっかだな。 少しは俺の心配もしろよ!! 俺、食堂に行くから……」


 俺は鬱陶しい幼馴染を振り切り、学校に設置されたエレベータを使って一階の食堂に行こうとする。


 「あ、待ってよ!! 雪、そのエレベーター使えないわよ。 前にいかれた中学生がエレベーターで暴れたから……」


 俺は試しにボタンを押してみる。エレベーターは作動しない。嘘では無さそうだ。


 俺がいない間に、この学校は治安が悪くなったのだろうか。面倒な事をしてくれたものだ。


 「私、先生が隣にいるのに気付かなくて……。 あの時は本当に叱られたわ」


 「いや、やったのは君なのかよ!! 何してくれてんだ!! こっちは病み上がりで余り動きたくないってんのに」


 「だから、階段を使いましょう。 運動になって丁度いいじゃない」


 奈良は俺の手を引っ張って、階段に連れて行こうとする。どうも俺は奈良に弱い。


 「競争ね。 どっちが先に食堂につけるか! 今なら、勝てる気がする!!」


 「そりゃあ勝てるよ。 俺、病み上がりだもん」


 「負けた方が、奢りね!!」


 奈良はそう言うと、短いスカートがめくれそうになりながら階段をもの凄いスピードで下っていってしまう。そういえば、奈良は陸上部のエースだった。

 

 俺は自分が出遅れたことに気づき、急いで彼女を追いかけ始める。途中何度も高校生達に好奇の目で見られ、少し恥ずかしくなった。


 



 **************************


 俺達は食堂の椅子に腰をかけ、息を切らす。駆けっこをやっているところを学年主任に見つかり、猛ダッシュで食堂の奥まで逃げてきたのだ。


 結果、駆けっこの件は見送りとなった。俺はメニュー表を見て、食事を注文しようとする。


 「待ってよ!! 雪、今日は私が奢ってあげる」


 「え、どうしたんだよ。 急に……」


 「退院の打ち上げよ!! このシークレットになっているのを注文するの。 雪、食べたことある?」


 奈良はそう言い、メニュー表を指さす。シークレットメニューとは何が出てくるのかが分からないメニューだ。


 この学校に長く在籍しているが、未だこのメニューは注文した事が無い。周りの人達が食べているのも見たことがないかもしれない。


 俺はそれを食べてみたい衝動に駆られるが、時計の針は1時10分を指している。


 授業は30分からなので、食べ切れるかが不安だ。俺とそして奈良も食べるのが遅い方だし、嫌いなものが出てきたらどうすればいいのか。


 ガヤガヤし始めていた食堂も段々人が減ってきている。昼休みはもう半分経過している為、食べ終わった人達が多いのだ。

 

 本来ならもっと早く食堂につける予定だったのに、学年主任をまくのにだいぶ時間が掛かってしまった。


 俺は時間を気にしながらも値段に目を通す。しかも値段も1万円とかなり高めだ。俺は迷った末に、答えを出す。

 

 「奈良、やっぱりやめとこ……」

 

 「すみませーん!! これ一つお願いしまーす!!」


 「了解しました」


 奈良は俺の制止も聞かずに、注文してしまっていた。奈良は上機嫌で食堂の椅子に座る。俺もしょうがなく奈良の前に座る。


 「このシークレットって、本当に大丈夫なのか? ヤバいのが出てきたらどうするんだよ!!」


 「だから、一つにしておいたじゃない。 二人で一つを食べるの。 前からこれ食べてみたかったんだーー!!」


 「俺の退院祝いとか関係ないじゃん。 あの時の感動を返せ!!」


 あの奈良が退院祝いをしてくれるなんてと、一瞬喜んだあの時の感情を返して欲しい。


 5分ぐらい待つと、ふくよかな食堂の大男が大きな鍋を持ってくる。そしてそれを俺達が座っているテーブルの上に置く。

 

 「ごゆっくり〜〜」


 それは黒い鍋だ。沢山の湯気が立ちのぼっている。作られたばかりなのだろう。


 俺は恐る恐る鍋の蓋を開け、中を見る。肉や魚そして野菜やうどんなど、様々な食材が煮込まれている。


 「なんだ……これ?」


 「ちゃんこ鍋……」


 「いや、分かるよ。 現実を受け入れられなかっただけで……。 何が楽しくて地元の名物料理を食べなくちゃならないんだよ!! これ採用した奴、頭おかしいだろ!! 四人分ぐらい入ってるぞ!!」


 俺が腕時計を見ると、授業まであと20分もない。小食の俺では半分食べれるかも怪しい。


 奈良はもう食堂テーブルの上にある箸入れから自分の箸を取り出し、食べ始めている。

 

 「ほら!! 早く食べないと間に合わないわ。 あ、これ意外に美味しい。 私は肉と魚とうどんを食べるから、雪は野菜をお願い!!」


 「ちょっと待てよ!! 何、自分だけ美味しいところを独り占めしようとしてるんだよ!! 俺もそこ食べたいって……!!」


 俺も箸を取ると、取り敢えず肉を口に運ぶ。俺は口が肥えている方だが、これは病みつきなるほど美味しい。俺はすぐに箸が止まらなくなっていた。


 **************************


 最初こそ無理だと思ったが、二人で食べまくった結果、なんとか5分前には食べ終えてしまっていた。


 しかし満腹すぎて、もう動けない。奈良は椅子から立ち上がると、鍋と箸を片付けてしまう。


 「あと5分しかない!! 誰よ、シークレットを食べたいって言ったの!?」


 「君だよ!! まぁ、美味しかったからいいけど……」


 「急がないと、授業に遅刻しちゃうわ……!! もう、誰よ!? エレベーター壊したの!! お陰で、6階まで階段で行かなくちゃならないじゃない!!」


 「だから君だって!! 何回も同じツッコミをさせないで!!」


 奈良はそう言いながらも、食堂の出口に向かって走り始めてしまう。


 もう食堂には生徒は誰もいない。いるのは俺達だけだ。俺もフラフラと椅子から立ち上がると、教室に戻ろうとする。


 奈良はそんな俺を見ると、一旦立ち止まる。


 「良かったね!! 元気になって……」


 奈良が笑顔で真っ直ぐに俺を見つめる。


 「え?」


 「今日の駆けっこや食事の時は雪、楽しそうだったから。 元気出たでしょ? また、一緒に遊ぼうね!!」


 奈良はそう言うと、食堂から出ていってしまう。まるで言いたい事は終わったと言わんばかりだ。


 「ありがとう……奈良。」


 俺は彼女に聞こえない声でそっと呟いた。心が少しあたたかくなっていた。

 

 


 



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