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日常

 俺がリハビリを始めてから二ヶ月が過ぎ去った。本来なら四ヶ月程度はやらなくてはならないリハビリだったが、毎日必死にリハビリした事により、たったの二ヶ月で元通り体を不自由なく動かすことができるようになった。


 今俺は日常に帰りつつあった。後から聞いた話だが、フルダイブの機器は外側から外す事はできず、中からログアウトをするしかないということだった。


 もし、外側から無理に外そうとするものなら、フルダイブ機器が爆発してしまうという。


 実際ログアウト不能が露見した時に、何人かが外側からフルダイブ機器を外してしまったらしい。


 その時にこのフルダイブ機器の危険性が露わになったようだ。勿論、顔に取り付けてある機器が爆発するのだから、本人の命は無い。


 おまけに爆発するから外した人間の命も危ぶまれる。非常に危険な機械だ。


 最初の数週間は普通にログアウト出来たらしいが、途中からログアウトできない事態が発生したらしい。


 その後、ゲーム開発者のリーダとも言える人物が、行方を絡ましており、警察はその人物が詳しい情報を知っているとみて捜索をしているようだ。


 しかしその人物は海外に逃亡してしまったらしく、いくら捜索しても消息が掴めないとのことだ。


 現在ゲームの研究員達が総力を上げて、安全にログアウトをさせる方法を模索しているが、ゲーム開発から半年経った今でも解決の見込みが立たないとのことだ。


 俺だけが何故ログアウト出来たのかは分からない。現実世界に帰ってきて数日後に、ゲームの開発の責任者と名乗る漢が訪れた。どういう経緯でログアウトできたのか聞かれ、答えられる範囲で答えた。


 しかし、俺の話だけでは大した解決策を打ち出せなかったらしい。


 そんな事を考えながら雑踏する横断歩道を歩いていた俺は、立ち並ぶ沢山のビルの中央付近にある電光掲示板にふと目が止まる。


 そこには今日の日付が書かれていた。


 今日は2036年の十二月七日(日)だ。俺は病院をこっそりと抜け出して買い物に来ていた。


 俺が事故に遭ったのは2036年の四月十二日だ。つまり俺は約半年以上眠り続けていたということだ。


 つまり来年から高校一年生になるという事である。しかし長い事勉強していなかった俺が高校に行けるのだろうか?


 俺の学校は幼稚園から大学まで一貫校な為、入試のレベルは普通よりも低い。だが、流石にノー勉と変わらない今の状態では進級すら危ぶまれる。


 外の景色は前とあまり変わっておらず、俺は安堵する。しばらく歩くと見慣れた広場の中央に昔と変わらずクリスマスツリーが飾ってあった。


 小さな子供達がそのツリーに飾り付けをして楽しんでいる。俺も幼い頃よくやったものだ。


 誰と行ったのかは覚えていないが、幼い頃はツリーが綺麗になっていく姿をみるのが無性に嬉しかった。俺は広場の近くのコンビニに入り、商品棚を見る。


 あった、ポテト味のカップラーメンだ。俺はこれが大好物だ。


 病院では塩分がほとんど無い病院食を数ヶ月食べさせられていた。健康に良いのは分かっているが、たまにはこういうしょっぱいものが食べたい。


 俺はポケットから財布を取り出すと、中身のお金を確認する。財布の中には10万円が入っている。


 もうすぐ高校先になるとはいえ、中学生には恐ろしい程の大金だ。幼い頃から買えないものなどほとんど無い。


 こんな大金を気前よく渡してしまう両親は地味に恐ろしい。俺は計画的に金を使う為、いつも金が余ってしまうのだが……。

 

 俺はカップラーメンをカウンターに持っていくと、1万円を店員に渡す。


 俺は釣り銭を受け取ると、それを財布に入れ、袋に入れられたカップラーメンを持って外に出る。


 外に出た瞬間顔に冷たい何かが落ちて来た。空を見上げるとパラパラと雪が降り出して来ていた。この時期に東京に初雪が降るなんて珍しい。


 俺は雪を見るのに夢中でしばらく立ち尽くす。その時、横で缶コーヒーを飲んでいた人物に声をかけられる。


 「雪……。この時期に珍しいよな。」


 「!」


 俺はいきなり話しかけられた事に驚いて体をビクッとさせる。


 「そんな驚くなよ。 お前の両親心配して探していたぜ。今、俺がメールしておいたから良かったけど。 それがなかったら捜索願いを出されていたかもな」


 横にいた男は馴れ馴れしく俺に話しかけてくる。180センチは有にある身長にスラリとした体つきである。帽子を深々とかぶっていて口元しか見えない。どこかで聞き覚えのある声のような気がする。


 男は見たところ20代前半のように思える。帽子にマフラーにコートにブーツとかなり露出度が少ない服装だ。おまけに全て黒一色でコーディネートされている。


 俺は少し警戒する。


 「此処で立ち話もなんだし、あっちのベンチではなそうぜ」


 男はそう言うと、広場のベンチの方に歩いて行ってしまう。一瞬ついて行こうかためらうが、男の正体を確かめたくてついて行くことにする。

 

 男はベンチに腰深く座ると、飲みかけの缶コーヒーを渡してきた。


 「座って、これでも飲めよ。 あたたまるぜ」


 俺は渋々缶コーヒーを受け取ると、ベンチに腰を下ろす。そして缶コーヒーを飲み干すと、気になっていた事を問いかける。


 「あの、誰ですか?」

 

 「ああ。やけによそよそしいと思ったら、俺が誰か気付いてない?」


 「すみません」


 「いいって。 俺だよ、俺」


 男はそう言うと被っていた帽子を取る。サラサラの黒髪の隙間から悪戯っぼい切長の瞳が覗いていた。次の瞬間男がハッとした表情をする。

 

 「あっ……こっちの世界で俺の顔わからなかったな」


 この声、この話し方俺は確かに知っている。その時俺の頭の中にある男の顔が浮かぶ。

 

 「もしかして陸也?」


 「そうだよ」


 「えっ!!」


 「ど、どうして此処に? ログアウト出来たのか?」


 「いきなりタメになったな。 まぁ、いいや。 言ったろ? 俺は全てのバグを受け付けないって。 俺はいつでもログアウト出来るんだ」


 「 じゃあ、なんですぐログアウトしなかったんだ?」


 「中から様子を探りたかったって言うのもあるし、後はお前の両親からお前達のこと頼まれてたからな」


 「俺の両親と仲良いの?」


 「……。 仲は良くないかな。 ただ利害の一致で協力しあってるだけだから……」


 「……。 中の様子は今どうなってるんだろ?」


 「中の様子がどうなっているかは、俺達でも分からないかな。 だからこそ直接潜って、確認するしか無いんだけどよ」


 「中では、もうかなりの時間が経ってちゃってるんじゃ無いか?」


 「そうだな。 もう数年は経ってるかもな。 俺も近いうちに潜って、中から様子を探る」


 「あの後、どうなったんだ?」

 

 「あの化け猫に軍の建物が半壊されてよ、そいつは森に逃げ込んじまった。 今は復旧中ってところか。 レオ達も無事だぜ」


 「ログアウトした後って、アバターが消えるのか?」


 「おおよそはその通りだな。 それより、積もる話もあるけど、そろそろ病院に戻った方が、良いんじゃね?」


 陸也に言われ、俺は腕時計を見る。もう夜の7時だ。ただでさえ無断外出をしているというのに、このままではお説教だ。


 「やばい。 俺、そろそろ帰らなくちゃ」

  

 「おう、話はまた今度な」


 「うん。 また、時間のある時に……」


 俺は別れを告げると、ベンチに置いてあった袋を手に持ち、病院に向かって駆けだす。


 半年以上体を動かして無かった為、足は笑える程遅い。多分小学生の頃の自分とかけっこをしたって、今の自分では勝てそうにない。


 その自信が今の俺にはある。陸上部である俺にとっては、この足の遅さはかなり身に堪える。


 かけっこでは常に負けたことなんてなかった。だからこそこの足の遅さは非常に悔しい。


 リハビリを終えたら直ぐに走る練習をしようと俺は誓う。ただその前にやらなくてはいけないことがあるが……。


 俺は雪が積もりはじめた長い道をがむしゃらにひたすらに走り続けた。


 

 

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