【短編】俺のことが嫌いだと思っていた幼馴染が催眠アプリを使ってきたけど偽物だったから催眠にかかったふりをしたら実はデレデレだった
ある日の高校一年の教室。
俺にはクラスメイトの幼馴染がいる。
優しくてかわいいおっとり系の幼馴染――。
「は? 話しかけてくんな」
ではない。
隣の席に座る冷たい女こそが俺の幼馴染『吉中津奈理』だ。
少しウェーブがかかった黒のロングヘア。
気が強そうな瞳。
豊満な胸。
※※※※※※
クラスどころか学校一の美少女と呼ばれる彼女は俺が小学生の時からの付き合いだ。
しかも、家も隣同士。
子供の頃は仲が良かった。よく一緒に遊んだりしていた。
「大喜多君。今日新しいぽけ・もんカードの発売日だって!」
「あとで俺も買いに行くんだー」
「もう買っちゃった!」
「津奈理ちゃんすげー!」
「でしょー。……あ、忘れちゃった」
あの頃の津奈理はおっちょこちょいで。
「津奈理ちゃん! ぽけ・もんカードのレア当てる方法知ってる? 触ってみてざらざらがあるとレアなんだぜ!」
「ほんとに!? すごーい! わざっぷみたーい!」
単純で――騙されやすかった。
※※※※※※
でも、今は――。
クールな雰囲気を醸し出し、立ち振る舞いも女優のように煌びやかだ。
「津奈理。放課後、カラオケ行かない?」
「いいね。行こうか」
それでいて他のクラスメイトの女子には親しみやすい態度で接している。
まさに完璧女子だ。
「え、津奈理さんも行くの!? だったら、俺も行っていい?」
「嫌」
たった一つの欠点は男子に対しての当たりがきついことだ。
「いいじゃんいいじゃん。あ、そうだ! 幸雄も行こうぜ! 幼馴染なんだろ? お前ら」
「ああ、そうだけど」
「絶対駄目」
「え、でも」
「もしも、大喜多が行くなら私は帰るから」
更に態度が硬化した。
俺に対して津奈理はめちゃくちゃドライだ。いや、ただドライってじゃない。ドライの最上級。
そう、津奈理スーパードライだ。
俺としては昔みたいに仲良くしたいんだけど。
「……じろじろ見ないで」
向こうはそう思っていないようだ。
朝の挨拶は舌打ち。昼ご飯を食べてるときも舌打ち。帰るときも舌打ち。
なに? エコーロケーションでもしてんの? ってくらい舌打ちする。
※※※※※※
はっきりいって俺と津奈理の関係は最悪だった。
どうしてこうなったんだろう。
俺はただ昔みたいに仲良くしたかっただけなのに。
でも、ここまでこじれてしまった関係は元に戻らないだろう。
それが少し寂しくて……悲しい。
※※※※※※
津奈理はクラスメイトの女子達とカラオケに行ってしまった。残ったのは俺と男子たちだけだった。
「スマホ見てくれ! 大喜多! すっげぇエロいキノコだってよ!」
友人の織田義男が話しかけてくる。
「今、ちょっとセンチメンタルな気分なんだけど」
「じゃあ、見ないのか? 内股がセクシーなキノコ」
「見る」
「すっげだろ? これで毒キノコなんだぜ」
こういうバカバカしい会話が舌打ちに晒され続けた俺の心を安らげてくれる。
「そういや、知ってるか? 最近、変なジョークアプリが流行ってるんだってよ」
「へー、エロいやつ?」
「ある意味」
マジかよ。
「どんなやつだ?」
「催眠アプリなんだけどさ」
「ほぉぉぉ!」
「食いつきいいな! つっても利かないんだけどさ」
……期待して損した。
「隣のクラスの山本が本物だと思って隣の女子に催眠アプリ見せて馬鹿にされたんだってよ」
「ははは! 馬鹿だな!」
「な? 催眠アプリなんて信じる馬鹿いないって!」
互いに笑い合う。
これでこの話は終わり。
――のはずだった。
※※※※※※
ある放課後のことだった。
俺は職員室で担任にプリントを提出していた。
「今度は忘れんなよ」
「はーい、すんませんでしたー」
「なんだ。その返事は……。大体、お前はなぁ」
げ、やべ。嘘でも真面目に返事しておけばよかった。
この先生話が長いんだよな。
※※※※※※
教室に戻ってきた頃には日は暮れて始めており、茜色の空でカラスが鳴いていた。
「あれ? 津奈理じゃん。まだいたのか?」
なぜか津奈理が一人で机に座っていた。
「悪いの?」
「い、いや、別に」
津奈理は部活に入っているわけでもない。それなのにこんな時間まで教室に残っているなんて不自然だ。
誰かを待っていたと考えるべきだろう。
……え、まさか。俺!?
なわけはない。
クラスの友達でも待っていたんだろう。
「んじゃ、俺帰るから。そっちも遅くならないうちに帰らないと親心配するぞ」
鞄を手に取って帰ろうとした瞬間、
「待ってよ」
津奈理が立ちはだかった。
ダンジョンの門番みたいな立ち姿だ。立ち振る舞いは完全にこん棒持ったモンスターだ。
「ど、どうしたんだよ」
顔も険しいし、ぶっちゃけちょっと怖い。
「……」
黙って睨みつけてくる。
ちょっとじゃなくて、めっちゃ怖い。
「用がないなら帰るから」
そう言って、俺は津奈理の横をすり抜けようとするが。
「待って」
しかし、回り込まれた!
「な、なんだよ」
問いかけるが、津奈理は再び黙り込んでしまった。
怖いよ。
「これ!」
意を決した津奈理がなぜかスマホの画面を顔に突き付ける。
そこには――。
「……は?」
ぐるぐる。
それとクソでかフォントで催眠アプリと書かれていた。
マジで? え、もしかして、本気にしちゃった!?
うっそだろ。
戸惑っている俺を見て。
「え、催眠かかっちゃった? このアプリ本物……」
変な勘違いしている。
「ま――」
声を上げて止めようとしたが。
(いやいや、待てよ。普通さ。男が女に催眠かけることはあっても逆はないよな? 女が男に催眠かけるとしたらなにさせるつもりか気にならない? 津奈理のこと知るチャンスだろ?)
俺の中の悪魔が呟く。
(待て。銀行強盗とか犯罪させられたらどうする? 君と彼女の関係性は最悪だろう?)
天使参戦!!
(銀行強盗は言いすぎだろ。せいぜい迷惑系のゆーちゅばーで小遣い稼ぎさせられる程度だろ)
悪魔が宥めるんかい。
しかし、どちらの意見も頷けるものがある。
よし、ここは!
とりあえず催眠にかかったふりをしておいて犯罪させられそうだったら催眠解けたと言い張ろう!
まさに天使と悪魔を内包した人間らしい意見だ。
「すごい。ほんとに効いた。起動させたらめちゃくちゃ広告出てくる無料版なのに」
え、無料の催眠アプリなの? 無料の催眠アプリで催眠させられてるの?
「有料は210円だったんだけど無料版で試してみてよかった」
買えよ! それくらい!
「大喜多……、ほんとに催眠かかってる?」
「……」
催眠かかっていますと言わんばかりに無表情で応じる。
「ねぇってば」
「……」
不意に津奈理が近づいてきて。
「好き」
!?!?!?
え、今、津奈理のやつ、好きって言った!?
「好き好き好き。だーい好き」
え!? え!? E!?
別人かよ! ってくらい津奈理はにこにこ笑顔だ。
「勉強に向かう姿が好き。ご飯食べてるところが可愛い。下校しているときに買い食いしてる姿なんてずっと見てられる」
甘えるような表情で津奈理が耳元で囁く。
今までの津奈理からは考えられない甘えっぷりだ。
「好き好き好きちゅき」
途中からちゅきになってる。
「な、なーんて」
ひとしきり好き好き言いまくっているとちょっと恥ずかしくなったらしく、軽く頬を染めて俺から離れる。
「……あ」
ちょっと名残惜しい。
「あれ? なんか今残念そうな顔してなかった?」
「……」
しまった! つい声に出てしまった。
慌てて無表情に戻る。
やばい! 今の行為は罠だったのか!
津奈理が俺のことを好きになるはずないもんな。
くそ、騙された。
「ほんとは催眠なんて掛かってないんじゃない?」
息がかかるほどの至近距離。
こんなに間近で津奈理の顔を見たのはいつ以来だろう。
長い睫毛、リップが塗られた唇、黒曜石のような瞳。
知らない女子みたいだ。
ただの幼馴染。
そう思っていたはずなのに、ドキドキするのはなんでだろう。
互いに見つめ合う。
津奈理の頬が赤くなる。
心臓の鼓動がやばい。もしかして、聞かれてるんじゃないかってくらいバクバクと鳴っている。
「……」
「……」
津奈理の表情はどこか艶っぽい。
俺が彼女を意識したように、彼女も俺を意識していたため、俺の態度に気づいていないようだ。
やがて、俺たちの顔が更に近づいていく。
唇と唇の距離は5cm。
重なり合う直前――。
「なーんて。嘘だけど。これで逃げなかったってことはやっぱり催眠にかかってるってことかなぁ」
危なかった。もう少しで反射的にキスするところだった。
「でも、ちょっとあっぶなかった。昔に比べると格好良くなってるからついキスするところだった」
え、褒められてる?
うっそだろ。
津奈理から俺を褒める言葉なんて聞いたことない。
というか、会話自体も久しぶりだ。
そういえば、津奈理の子供の頃は心の中で思ったことをなんでも口に出すタイプだった。
いつから津奈理は隠すようになったんだろう。
いつから俺たちは変わったんだろう。
いつから――。
「ふー、よし、催眠利いてるならここからが本番。あのね」
津奈理の言葉で我に返る。
さて、何を言われるのやら。
最初はおそらく俺の秘密にしている部分を聞き出そうとするだろう。
スマホの暗証番号とか。
よくあるもんな。「お母様の出身地は?」とか「飼っているペットは?」とか。
適当なことを言って誤魔化せばいいんだが。
身構えるが――。
「大喜多は、き、気になる人とかいるの?」
え、マジで?
津奈理は俺のこと嫌いだと思っていたから、その質問は意外だった。
気になる人ははっきり言って津奈理以外思いつかない。
でも、『気になる人は津奈理』とは恥ずかしくて言えない。
仕方ない。適当に誤魔化すか。
といっても簡単に思いつくはずもない。
「どうしたの? 早く言って」
「キテレツ」
咄嗟にアニメのキャラが出てしまった。
「キテレツ!?」
あいつ、なんで国民的アニメになれなかったんだろう。
そういう意味で気になる。
「そ、そう、キテレツ、なんだ」
呆然としたように呟く津奈理。
やがて、何かを決意したように顔を上げる。
「催眠解除」
スマホの画面を俺の顔に向けた。
「は!? ここは。あー、津奈理じゃんかー。なにか用か?」
「……別に。特に用はないナリ」
ナリ?
「え、なにその語尾」
「キ、キテレツ、好きなんでしょ?」
それコロ助!
というか、なんでキテレツの真似なんかしようと思ったんだ?
もしかして、気になる人って俺が答えたから?
は!? 気になる人って、もしかして好きな人って意味か!
まさか津奈理から恋愛関係のことを聞かれると思わなかったから想像できなかった。
「い、いや、キテレツは気になる人だけど別に好きってわけじゃないから。そもそもそれコロ助」
津奈理の顔がかぁーっと赤くなる。
「ふ、ふーん、知ってたけど」
いや、嘘だろ。
「というか、なんで俺が気になる人の真似なんかしたんだ?」
「はぁ!? 自惚れないでよ。たまたまキテレツの物まねしたくなっただけだから」
「だからコロ助だ」
「どっちでもいいでしょ! じゃ、じゃあ、私帰るから!」
誤魔化すように津奈理が教室から足早に立ち去る。
というか、キテレツの物まねしたくなることってある?
考えられる可能性はただ一つ。
……え、もしかして、俺のことが好き、なのか?
だから、俺に催眠をかけようとしてきた?
俺の好みを知りたくて。
そういう、ことナリ?
いやいや!
今まで冷たい態度取ってきたのに今更心変わりするか?
単純に俺の弱みを握りたいだけかもしれない。
女子の心というより、津奈理の気持ちがよくわからない。
だからこそ、彼女の心を知るために俺は催眠にかかったふりを続けよう。
※※※※※※
翌日の放課後。
日は既に暮れ始めており、教室には俺以外残っていない。
普段ならとっとと帰ってブイチューバーの動画でも見るんだが。
予感がした。あいつが来るという予感が。
そのとき、教室の扉ががらりと開く。
「ふーん、まだ残ってるんだ」
思った通り、津奈理が来た。
誰もいなくなったのを確認したかのようなタイミングだ。
「ああ、義男がいる将棋部に顔出してたら遅くなったんだ」
「へー、そうなんだ。ふーん」
全く興味が無さそうだ。
あからさまに手元のスマホの視線を落としている。
「ところでさ。これ見てくれない?」
津奈理がスマホの画面を見せる。
相変わらず変なグルグル。
そして、画面下部には『棒を一本引っ張って財宝を手に入れろ!』というゲームの広告。
……まだ無料版使ってる。
言葉を失った俺を見て、催眠がかかったと勘違いした津奈理が無造作に近づいてくる。
「やっぱ一日一回は催眠しておかないとね」
デイリーミッション感覚で催眠すんな。
「じゃあ、恒例の催眠術チェック」
顔と顔が近づく。
いつの間に恒例になったんだよ。
互いに見つめ合う。
昨日と全く同じ。
やがて、津奈理の頬が先に赤くなる。
よっし、今日で二回目だから大分うまくなってきた。
一目で催眠術にかかっていますというような顔だと思う。
……俺、結構才能あるんじゃないか。
ふふふ、この経験を生かした職業につけるかも。
……催眠術にかかったふりをする仕事なんてあればだけど。
「催眠、かかってないでしょ」
バレてるじゃん。
「かかって、ます」
なんとか誤魔化そうとするが。
「ほんとに?」
かなり疑いの眼差しを向けられる。
「ほんとです」
見つめ返す。
すると。
「……は? 何見てんの?」
えぇぇぇぇ。
そっちから見てきたのに。
あんまりだ。やっぱ女……というより津奈理のことはわけがわからん。
内心で困惑している俺を睨んでいた津奈理だが。
「……駄目駄目」
ふるふると頭を振って何かを否定した。
「またやっちゃった」
ん? どういうことだ?
「顔を見るとついきつい態度取っちゃう。……こんなんじゃ駄目なのに」
落ち込む津奈理だが、すぐに顔を上げる。
「で、でも、昨日より一分長く見つめられたっ」
昨日よりも明らかに長く見つめ合っていた。
ガッツポーズする津奈理。
不覚にもちょっとかわいいと思ってしまった。
「これで次に挨拶しても照れずに会話できるよねっ」
え、今まで照れてたのか!
あの氷のような態度で!?
「もし、普通に会話出来たらどうしよう。何話そうかな」
よく考えたら津奈理とは最近、話してないから話題がわからない。
普通に天気の話でもしてくれ。
「そうだ。聞けばいいんだ。……あなたが最近ハマっているものを教えなさい」
「ハマっているものは……」
なんだろう。ウマとかスマホゲーはやってるけどハマってるというほどではない。
うーん。
「特にない」
「え? アニメとか見てなかった?」
「ハマってるというほど見てない」
「じゃあ、クラスメイトの義男とどんな話したりするの?」
最近は何話したっけな。
「『エルフが転校してきたら最初の発言は何か』とか」
「くだらない」
津奈理は呆れながら吐き捨てるように言い放つ。
ほんとにそう思う。
「なんて答えたの?」
「『愚かな人間どもめ』」
「言わないでしょ。そんな台詞言うのはモルカーくらいでしょ」
それこそ言わんだろ!
「男子ってそういうアホな話するの好きね」
「他にはなんの話したの?」
「クラスの女子の中で一番かわいいのは誰か。男子たちが集まって票を入れるみたいな話をしていた」
「ふ、ふーん」
興味なさそうにしているが、めちゃくちゃ気になってそうだ。
珍しいな。
誰が可愛いかなんて興味なさそうだったんだけど。
「一番人気は白鳥うららだ。彼女は可愛いだけじゃなくて優しいからな。バレンタインにモテない男子たちにチョコを与えていることでモテない男子たちからの評価はかなり高い」
「あそう」
あれ? 興味なさそうだな。
「二番は津奈理だ。可愛さだけならうららに匹敵するが、男子の間で愛想が悪いからな。もうちょっと愛想は良くしたほうがいいぞ。そのクールなところが良いってやつもいるけどさ」
「そうじゃなくて」
イライラしたように津奈理が眉間に皺を寄せる。
「あんたは誰にいれたの?」
さっきから一番気になっていたのはそれか。
「結局、一番は白鳥うららだった」
「あっそ」
めちゃくちゃ冷たい返事だった。極寒のツンドラよりも冷たい。
「でも、俺は津奈理に入れた」
「あっそ」
さっきと同じ対応。
でも、口元は緩んでいる。
「ふーん、私に入れたんだ。そっか」
独り言のような呟き。
よっぽど嬉しかったみたいで何度も『そっかぁ』と言っていた。
「って、ことはさ」
ん?
「あんたは私のこと可愛いって思ってるってこと?」
普段の俺なら『可愛い』なんて照れる言葉は言わない。
でも、今の俺は催眠状態だ。
つまり、何を言っても『催眠にかかってるから』ということで許される!
「ぶっちゃけ可愛い」
正直に答えると、
「か、可愛いって……」
津奈理の顔が真っ赤になっていく。
「はぁ? 馬鹿じゃないの!?」
自分で聞いておいてなんて言い草だ。
「でも、俺は可愛いと思ってる」
「何考えてんの? マジで馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!」
「ご飯食べるとき口元隠すところが可愛い。きつく言うけど後から言い過ぎたって後悔しているところが可愛い。弁当忘れたとき、さりげなくおかず分けてくれるのが可愛い」
いい機会だ。俺が津奈理を可愛いと思う点を言ってやる。
「やめて! ストップ!」
「あと俺が落ち込んでるとき、ラ・インしてくれるのが嬉しい。体育の時間にバスケでゴール決めたときに無意識っぽく『やった』ってガッツポーズするのも好き」
「やめろって! アホ! まぬけ!」
罵倒する相手の語彙が少ないと子供に言われてるみたいで腹が立たなくなるんだよな。
催眠にかかった設定だから顔に出さなくてすむから助かるんだけど。
津奈理はひとしきり罵倒すると、やがて背を向けてしゃがみ込んだ。
「……って、またやっちゃった。でも、駄目。生の『可愛い』はほんと駄目。そういうの照れるからマジでやめて欲しいのに」
やっぱり照れてたのか。
「うぅぅ~、でも、大喜多の馬鹿! あ~、全然にやけた顔が戻らないんだけど」
津奈理の照れ顔か。
いつも冷静な顔だからなぁ。……最近は表情豊かだけど。
「……」
やばい、冷静に考えたら、めちゃくちゃ見たいやつだ、それ!
さりげなく津奈理の正面に移動する。
津奈理は手で顔を覆っているが、指の隙間からなんとか彼女の表情が見えそうだった。
もうちょい……もうちょい。
更に顔を近づける。
すると、にへらと口元が歪んで、頬を赤く染めた津奈理の顔が見えた。
「な、なに見てんの!?」
やばい、バレた!
「移動しろなんて言ってないよね!? なんで!? 催眠解けてるとか!?」
柳眉を逆立てて怒る津奈理。でも、顔がにやけてるからいまいち迫力がない。
「い、いや、それは」
なんとか言い訳をしようとするが、その態度が津奈理に確信を与えてしまった。
「やっぱり! 嘘! なんで!?」
「……催眠ってなんのことだ? は! ここは教室? なんでここにいるんだ」
我ながらめちゃくちゃわざとらしい。
今更誤魔化せるのか?
自分でも半信半疑だったが。
「は? い、言ってないから! そんなの言ってないから!」
津奈理はテンパっていてそれどころではないようだ。
「と、とにかく今のことは忘れて。いい?」
「ああ、わかった」
俺が返事を終えると同時に津奈理が足早に去っていく。
「また明日な」
その背に向かって声をかけると。
「ん」
僅かに手を上げて応えた。
一人残された教室でさっきのことを思い返してみる。
津奈理は俺のことを嫌ってなかった。
というか、なんか俺のこと好きっぽくなかった?
え、マジで?
もしも、津奈理が俺のことを好きだというのなら。
俺は……。
※※※※※※
幼い頃は気になる存在だった。
女子なんて気にしたことなかったけど津奈理だけは別だった。
そして、今もそうだ。
うららちゃんは可愛いけど津奈理のほうが可愛い。
もしも、この『気になる』って感情が恋だとしたら。
きっと俺は――。
※※※※※※
放課後。
昨日、あんなことがあったからもう来ないんじゃないかと思っていたが。
「これ、見て」
二人きりになると同時に催眠アプリを見せられる。
全然懲りてない。
普通あんなことしたら催眠アプリは偽物だってわかるはずだが。
俺としては津奈理の本音が聞けるから別にいいけど。
「えっと、好きな人を思い浮かべて」
「……え」
思わず声に出てしまった。
今日はやけに早いな。
「昨日は気になる人っていう曖昧なのがいけなかった。今度はもっと細かく質問しないと」
曖昧だったせいというか俺が誤魔化したせいなんだけど。
「……」
参ったな。
好きな人って言われても……。
はっきりいって俺の一番身近にいた女子は津奈理だけだ。
他の女子と仲良くすることなんて考えられなかった。
……あれ。これってもしかして、俺は津奈理のことが好きだっていうことになるのか?
「じゃあ、質問するよ。好きな人は女性?
①はい
②いいえ
③わからない
④たぶんそう部分的にそう
⑤たぶん違うそうでもない
①~⑤のどれかを選んで答えなさい」
質問の刻み方がアキネーター!
というか『部分的にそう』ってなんだよ。
「①はい」
「……もしかして、『津奈理』?」
早い早い結論が早い。
「……」
「え、もしかして当たった?」
なんも言ってない。
――でも、否定も出来なかった。
「……」
「……」
じっと見つめ合う。
世界には二人だけしかいなくなったかのような静寂。
互いの吐く息がやけに荒い。
「俺は津奈理のことが――」
言い終わる前に、
「やっぱなし!」
津奈理が慌てて俺の口を塞いだ。
「――むぐぐ」
「なしなしなし!」
こ、こいつ、現実逃避しやがった!
津奈理の手を無理やり外す。
じっと津奈理の瞳を見つめる。
背筋に冷や汗が流れる。
顔も火傷したみたいに熱い。
この言葉を言ってしまったら関係が崩れるかもしれない。
それでも。
※※※※※※
俺は先に進みたかった。
「俺は津奈理のことが好きだ」
言い切った。
「え」
信じられないというようにぽかんとした顔の津奈理。ぶっちゃけ告白した俺もドキドキしてるんだから早く返事が欲しい。
「……」
「……」
長い沈黙。
「これも催眠のせい?」
「違う。そもそも催眠にかかってなかったし」
「じゃあ、今までのことは全部正気だったってこと?」
「……まぁな。そもそも広告が出てくるタイプの無料アプリで催眠なんかにかかるかよ」
「そう」
素っ気ない言い方だ。でも、頬の赤みから津奈理の緊張が伝わってくる。
「……」
「……」
言葉もなく俺たちはただ見つめ合う。
「さっきのって本当?」
「ん? さっきって?」
「とぼけないで」
ぎろりと睨まれた。
仕方ないじゃん。……恥ずかしくなったんだから。
「ほんとだよ」
そう言うと津奈理は信じられないというような顔で俺を見た。
「最初は津奈理のこと知りたかっただけだった。昔みたいに津奈理と仲良くしたい。本当にそれだけだった。でも、仲良くなりたかったのは俺が津奈理のことを好きだったからだって気づいたんだ」
「同じ、だね。私もあなたのこと知りたかった。だから、催眠アプリ使ったの」
「そんなの使わなくても、聞いてくれればいいのに」
「だって、大喜多は年々格好良くなるし。その、恥ずかしかったんだもん」
恥ずかしそうに俯く津奈理。か、可愛い。
やばい、なんだ。この生き物は。
「今度からはなんでも聞けよ。……その、好きな相手に隠し事なんてしないからさ」
「うん」
「でさ」
「なに?」
「津奈理はどうなんだ? 俺のこと好きか?」
「私は――」
きっともう答えは決まっている。
それでも、聞きたかった。
「私はあなたのことが――」
「やっぱり駄目!」
いきなり背を向ける津奈理。
「えぇぇぇ! ここまで来て断るのかよ! なんで!?」
「これ!」
振り返って俺にスマホを向ける津奈理。いやいや、もう催眠アプリなんて効かないって。
そう思っていたが――。
「あ、ああ、わかった」
俺は熱に浮かされたように頷いて、彼女を抱きしめた。
そして、俺たちは引き寄せられるようにキスをした。
※※※※※※
数年後。
俺は会社員になり、結婚して家庭を持った。
同じく会社員になった義男を家に招いて酒を飲んでいると、高校時代の話になった。
「……そういやさ。お前っていつの間にか嫁ちゃんと仲良くなったよな。あれって馴れ初めってなんなんだ?」
「ああ、あれね。催眠アプリかな」
「はぁ? お、お前、催眠アプリを使って結婚したのか!?」
「いや、使われたんだ」
「……ますます意味わかんねぇよ!」
「だよな」
「どういうことだよ! 詳しく言えよ!」
「いや、それがさ」
詳しく話そうとすると、
「はい、おつまみ」
俺と義男の間に割り込むように津奈理が枝豆を置いた。
「そんな昔の話はどうでもいいでしょ」
「いやいや、でも、気になるじゃん。いいでしょ? 津奈理ちゃん」
「駄目」
「どうでもいいなら話してもいいだろ?」
「何? あれって二人だけの思い出でしょ。話してもいいの?」
津奈理にぎろりと睨まれる。
年を経たため、更に迫力が増している。
「……う、いや」
やばい。かなり怒ってる。
こういうときの津奈理は手に負えないんだよな。
仕方ない。最終手段だ。
「津奈理。これを見てくれ」
俺はスマホの画面を津奈理に向ける。
「なに? そんなので誤魔化せ――」
津奈理の動きが止まり、徐々に頬が赤くなる。
「こ、これ、どこで?」
「前に酔ってた時、送ってきただろ」
「……う」
動きが止まった津奈理を抱きしめる。
「ごめん。つい自慢したくなってさ」
津奈理の耳元で甘く囁く。
「……もう」
すると、津奈理は頬を赤く染めながらも俺に身を委ねた。
※※※※※※
「お前ら。俺のこと忘れてない?」
義男は呆れたように二人を眺める。
やがて、スマホに何が映っているのか気になった義男はこっそりテーブルの上に置かれたスマホを見た。
そこには――。
「は? なんだよ。これが催眠アプリ? ただのスマホのメモ書きじゃん」
『これは催眠アプリです。私を抱きしめたらあなたのことが好きになります』