夢人からのメッセージ②
中津は姫島の路上ライブを堪能したあと、少しウキウキ気分で家に帰っていた。姫島の歌声が素晴らしかったのもあるが、それよりも、姫島が笑顔でライブを終えたことの方が嬉しかったのである。始まる前は、ものすごく落ち込んでいて、歌うのが怖くなっているような顔をしていたので心配だったが、杞憂だったようだ。最高の路上ライブだった。
中津が部屋の前に着いたタイミングでイヴがドアの鍵を開けた。イヴは、中津が何も言わないでも必要なことを分析して行動するのである。今頃は風呂の湯も溜まっているはずである。一日いろんなことがあり、疲れが溜まっている情報がイヴに伝わっているので、中津が帰り着くタイミングで湯が沸き上がるようにしてくれているはずである。
中津が玄関に足を一歩踏み入れたとき、ポケットに入れていたスマホの通知音が鳴った。てっきり風呂の湯が沸いた通知音が鳴るかと思っていたのだが、メッセージが届いた音だった。現在中津のスマホに登録されている連絡先は、別府、叶愛、安心院、雲海の四人なので、この四人の誰かだろうと思ってスマホを手に取り確認すると、知らないアドレスからのメールだった。いや、正確には朝送られてきたメールと同じアドレスからだった。一応中身を確認すると、こんなメッセージが書かれていた。
「おめでとう! 今日あなたは二人の『夢』を守りましたね! 夢人」
また『夢人』からのメールだった。朝はイタズラだと判断した中津だったが、このメールを見て、考えを改めることにした。なぜなら、メッセージ内容が、今日中津が体験した具体的なことを言っているように受け取れたからだ。このメッセージ内容から、相手が今日一日中津の行動を見ていたことが読み取れる。
二人の夢を守った? もしかして、夢乃森さんと姫島さんのことか?
中津はそう考えたが、あくまで推測だったので、断定せずにまだイタズラの可能性もあるだろうと思い直した。誰かがイタズラ目的で適当に書いた内容が、偶然似たような体験をした中津に送られてきた可能性はなくはない。思い込みによって無理やり信じようとしているのかもしれないので、中津は一旦スマホを手放し、思考を整理するための時間を確保することにした。
まずはゆっくり疲れを癒そうと思い、風呂に入ることにした。中津が思っていた通り、イヴが風呂の湯を溜めてくれていたので、すぐに入ることができたのだった。あまり疲れていないときはシャワーだけで済ませることがあるのだが、今日は湯に浸かりたい気分だったのである。それをしっかり分析してくれたイヴはさすがだった。風呂から上がったあと、イヴに礼を言うと、照れを隠しながら喜んでいた。イヴは素直に大喜びしない設定らしい。これも中津の好みなのだろうか。
次に、晩ご飯を作ることにした。冷蔵庫を確認すると、鮭の切り身があったので、それをバター焼きにした。キャベツは千切りした。味噌汁を作っていると、白米が炊き上がった。今日の晩ご飯のメニューは鮭のバター焼き定食である。中津はそれを一口ずつ味わいながらゆっくり食べた。
完食後、汚れて食器を食洗器に入れて後片付けは終わり、それから寝るまでは読書をすることにした。
数時間読書をしたあと、区切りのいいところでやめ、寝ようとしたとき、机に置いていたスマホの通知音が鳴った。ロックを解除して確認すると、また『夢人』からのメールだった。
今度はこんな内容だった。
「これからも頑張ってください! 中津夢翔くん 夢人」
このメールを見て中津は驚いた。なぜなら、相手が中津の名前を知っていたからだ。中津のアドレスを知っているのは別府、叶愛、安心院、雲海の四人だけである。この四人がこんなイタズラをするとは考えられない。それならこのメールの差出人は誰なのか。本当に『夢人』なのだろうか。そう断定するのも早計だと思った。もしかしたら、どこかで中津のメールアドレスが漏れて、悪い奴がそれを利用している可能性もある。それになぜかわからないが、この文面からは、微かに敵意を感じたのだった。それも悪意というよりかは、ライバルという感じがなんとなく伝わってきたのだった。
「なあ、イヴ。このメールの差出人、本当に『夢人』だと思うか?」
「これだけじゃわからない。でも、『夢人』が存在するという決定的な証拠はまだ一つも見つかってないよ」
「イヴは夢人が存在しないと思ってるのか?」
「そうは言ってないよ。ただ、信じられるデータがないってだけ」
「そっか。そうだな」
中津はこの怪しいアドレスに返信してみることにした。普段、このようなイタズラメールは無視しているが、今回のメールは妙に気になったのである。
「あなたは誰ですか? どうして俺のことを知っているんですか?」と中津はメールに返信したが、その後三〇分待っても返信は来なかった。
中津はベッドに横になり気分転換することにした。姫島響歌の歌声をもう一度聴いて癒されたいと思ったので「イヴ、『姫島響歌』の歌を流して」とお願いした。今の時代、歌手を目指すのなら、ネットに歌を投稿しているだろうと推測し、それを聴こうと思っていたのである。中津の予想通り、姫島の歌はいくつもあった。しかし、意外にも、姫島の歌動画の再生数はどれも二桁、よくて三桁くらいだったのである。どうやら、多くの同じような動画の中に埋もれていたため、なかなか再生数が伸びなかったようである。中津はただの石の中からダイヤモンドを見つけた気分になり、優越感に浸りながら、姫島の歌ってみた動画で癒されたのだった。そしてそのままいつの間にか寝落ちしていた。
翌朝六時「朝だよ! 起きて、夢翔くん!」というイヴの声で中津は目を覚ました。中津は目を擦りながら起き上がり、朝の準備を始めた。着替えている途中、ふと昨日のことを思い出してイヴに確認した。
「そういえば、結局夢人からメールは来なかったのか?」
「うん。夢翔くんが寝たあとは誰からもメールは来なかったよ」
「そっか」
中津は一夜明けたことで、冷静になっており、昨日のメールはイタズラだと判断した。昨日の夜は姫島の歌を聴いたことで、ちょっとテンションが上がっており、その頭で考えていたから、面白そうな発想をしてしまったのだろう。今の中津は、夢を叶えてくれる『夢人』というメルヘンチックな存在を信じない、いつもの感じに戻っていた。
それから一週間が経ち、学校では姫島響歌が話題になっていた。なんでも、今年から夢乃森学園に入学してきた有名人が、姫島のことをSNSで呟いたのがバズったらしく、注目を浴びているらしい。学校で発行されている『夢乃森新聞』やネットニュースにも取り上げられるほどになっていた。その影響で姫島は、音楽科の生徒のみならず、他の学科の生徒はもちろん、他の学校の生徒からも知られる存在になっていた。また、音楽業界の人からオファーが来たという噂まで流れていた。どこまでが事実かわからないが、姫島の努力が実を結んだことが中津は嬉しかった。
そしていつも通りの日常が戻っていたある日の昼休み、中津は昼食をとったあと、姫島の歌っている写真が大きく載った夢乃森新聞を中央広場のベンチに座って読んでいた。中津はその新聞を見ながらニヤリとした。昼休みなので、多くの人が行きかう中、変な奴と思われないようにチラッと周りを確認したが、中津を気にしている人は一人もいなかった。自分が有名になったわけでもないのに、なぜか自意識過剰になっていたのである。そんな状態の中津に気づいたイヴが「夢翔くん、一人でニヤついていると気持ち悪がられるよ」と言ったので、中津は取り繕った。
中津は恥ずかしくなり新聞の続きを読んで気分転換しようとした。そのときふと遠くから歩いて来るある女子生徒が目に入り、気になったのだった。その女子生徒は金髪ロングストレートの綺麗な髪で、頭はキャップを深く被り、顔はマスクにサングラス姿だった。顔を隠しているつもりなのだろうが、逆に目立っていた。少し気になったが、関わると面倒な人かもしれない、と直感で感じたので、新聞を読む方に集中することにした。そしてそのまま金髪ロングの彼女は、中津の目の前を通り過ぎて行った。
そのとき、中津の頭がズキンとして、あるイメージが見えたのだった。それは、金髪ロングの女子生徒が車にはねられるイメージだった。
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