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夢人  作者: たか
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臼杵白馬と三ヒロイン⑤

 臼杵は土曜日にバスケ部の助っ人、日曜日にサッカー部の助っ人を頼まれていたので、二つの試合に参戦した。二日間とも千歳、九重、城島の三人が応援に来てくれた。もちろん龍原寺も呼んで無理やり連れて来た。いつもより応援が華やかだったので、臼杵はいつも以上に張り切って試合に臨んだ。その結果、バスケではその日の得点王になり、チームは快勝。サッカーではゴールキーパーとして無失点で終え、二対〇で勝った。サッカーの二ゴールのうち一つは、臼杵のゴールからのスローイングシュートだった。あまりにも勢いがありすぎて怪我人がでるかもしれないという理由で禁止にされたのだった。

 臼杵が活躍する度に、三人は笑顔で喜んでくれたり、大きな声で応援してくれたりしたので、臼杵も終始楽しく試合に臨むことができたのだった。千歳はノートを取り出して何かをメモしていた。九重は試合の休憩時間に自作のお菓子を配っていた。体力を回復させるナッツ類を使ったお菓子だった。城島は臼杵のカッコイイ瞬間、たとえば、バスケでダンクシュートを決める瞬間やサッカーでゴールを止める瞬間などをスマホで撮っていた。

 臼杵が三人に見惚れているのは当たり前なのだが、周りの人たちや相手校の選手も三人に見惚れていた。城島は人気インフルエンサーということもあり、試合前から注目されているようだったが、千歳と九重も人気のようだった。ちなみに、部活の応援に来ていた相手校の女子たちは龍原寺に見惚れているようだった。

 試合が終わったあと、三人と連絡先を交換しようとして人が集まり取り囲んでいたが、三人とも興味ないようだった。臼杵の帰る準備が整うと、三人とも臼杵について行った。


 翌週もいつも通りの日常を送っていた臼杵だった。相変わらず千歳、九重、城島の三人は重ならないタイミングで現れて一緒に過ごしていた。しかし、この週は前と比べると、明らかに違うところがあった。それは中津とまったく会わなかったことである。最近は、偶然とはいえ結構頻繁に中津と会っていたが、それが急に途切れたのだった。もしかして体調不良で休んでいるんだろうか、と臼杵は心配になったが、龍原寺に相談すると、「忙しいんじゃね?」という冷静な判断を聞いて、臼杵もそう考えることにした。

 一方、初めて話す人もいた。夢乃森学園理事長の孫娘である夢乃森叶愛と生徒会長の安心院希望である。


火曜日の昼休み、臼杵と龍原寺と九重が『夢乃森』で昼ご飯を食べているときに、突然叶愛がやって来て、声を掛けてきたのだった。

「あの、すみません。ちょっといいですか?」

「ん? なんッスか?」

「臼杵白馬さん…ですよね?」

「そうッスけど、あなたは?」

「あっ! あなたはもしかして、理事長の!?」と九重が言った。

「はい。理事長雲海の孫の夢乃森叶愛です」

「理事長の孫…? 夢乃森…? て、偉い人じゃねぇか!?」

 臼杵は失礼に当たらないように口に含んでいた食べ物を急いで飲み込んだ。

「少しお話をしたいのですが、よろしいですか?」

「ウス!」

「こちら座ってもいいですか?」

「ウス!」

 叶愛は空いていた四人掛けテーブルの椅子に座った。その場所は臼杵の右斜め前、龍原寺の左斜め前、九重の正面だった。

「みなさんのことは少し調べさせてもらいました。臼杵白馬さん、スポーツで数々の功績を残しているようですね。素晴らしいことです」

「ウ、ウス! それほどでもねぇッス!」

「龍原寺風連さんは、モデルの仕事をしたことがあるのですね。一度雑誌で拝見したことがあります」

「はぁ、どうも」

「九重紗菜さんは料理が得意なようですね。私は苦手なので料理が得意な人は尊敬します」

「そっ、そんな、恐れ多いです!」

「臼杵さんは入学したときから注目を浴びているようですね。有名なことはすごいことですが、大変でもあります。何か困っていることはありませんか?」

「困っていることッスか? 特にねぇッス」

「そうですか。では、お二人は何か困っていませんか?」

 叶愛が二人に視線を送ると、龍原寺は首を横に振って「ない」という意思表示をし、九重は「あ、あたしも特には…」と答えた。

「そうですか。安心しました。私は生徒会ではありませんが学園の運営にも携わっていますので、何かあるときはいつでも相談に乗ります。相談内容はなんでも構いません」

「そうッスか! わかったッス!」

 龍原寺と九重も頷いて返事をした。

 叶愛は丁寧な口調で物腰が低く、威圧感などまったく感じなかったため、臼杵の緊張もすぐに解れたのだった。龍原寺は少し警戒している様子であまり喋らなくなり、九重は少し緊張しているようだった。偉い人だから厳しくて高圧的という臼杵のステレオタイプと実際の叶愛はまったく違った。臼杵は叶愛に対して、やさしくて綺麗な人という印象を抱いた。

 これで叶愛の用事は終わったと思っていたが、まだ続きがあるようだった。というより、これからが本題のようだった。

「ところで、最近臼杵さんは夢翔様と仲良くされているとお聞きしたのですが、どのような関係なのでしょうか?」

「ん? ゆめとさま? 誰ッスか?」

「ひょっとして中津先輩のことじゃ…?」と龍原寺が言った。

「はい。中津夢翔様です。先日一緒にお出掛けしたとお聞きしましたが…」

「中津先輩ッスか! たしかに、最近よく会うッス!」

「中津先輩とはこの前一緒にアウトレットに買い物に行きました。オレが誘ったんです。白馬のことを気に入っている様子だったから」

「えっ、そうなのか!?」

「そうですか。お二人は夢翔様とどういう経緯でお知り合いになったのですか?」

「んー、どうだったかな? 覚えてねぇッス」

「中津先輩が白馬のことを見ていたんで、それに気づいた白馬が声を掛けたんです。こいつ存在が目立つから中津先輩も気になったんだと思います」

「おお、そういえばそうだったな!」

「そうですか。夢翔様はどんな様子でしたか?」

「あー、えーっと…」

 龍原寺は何かを察した様子で急に言葉に詰まり出した。というより、龍原寺が珍しく敬語を使っていたのだが、臼杵は気づいていなかった。

「中津先輩はやさしくていい人ッス! 挨拶すると返してくれるし、おれの体格を褒めてくれるし!」

「そうですか」

「それにカッコいいッス! なあ、九重!」

「えっ、う、うん。そうだね!」

「そうですね! 私も同意見です!」

「会うたびに一緒にいる女子が変わるんで、きっとモテモテなんだと思うッス!」

「えっ…!?」

 臼杵は中津に対して思っていたことを包み隠さず正直に言ったのだが、龍原寺と九重はヤバいという顔をしていた。

「白馬! お前っ!」

「夢翔様が誰と一緒にいたのか、わかりますか?」

 叶愛は笑顔だったが、それが作り笑顔だということは、鈍感な臼杵でもわかるくらいギリギリの表情をしていた。

「えーっと、たしか、速見時音先輩と姫島響歌先輩だったッス!」

「時音!? ……そうですか。わかりました。質問に答えていただき、ありがとうございました」

「ウス!」

「これからもどうかよろしくお願いします」

「ウス!」

「では、私はこれで失礼させていただきます」

 叶愛は上品な態度で三人の前から去っていったが、途中でスマホを取り出して誰かに連絡しているようだった。おそらく、さっきの反応から速見と知り合いの可能性が高いので、連絡しているのだろう。

 叶愛が去ったあと、龍原寺と九重は安堵の表情を浮かべていたが、臼杵はこんなことを考えていた。

あんな綺麗で上品な人と友達なんて、中津先輩、さすがッス!

 叶愛との会話を経て、臼杵の中津に対する好感度が上がった。


 翌日水曜日の昼休み、臼杵と龍原寺と城島がイタリアンの『ソーニョ』で昼ご飯を食べていると、安心院がやって来て声を掛けてきた。

「ねぇ、ちょっといいかしら?」

「ん? なんッスか?」

「あなた、臼杵白馬くんよね?」

「そうッスけど、あなたは…どっかで見覚えが…ハッ! 生徒会長じゃないッスか!?」

「せっ、生徒会長!」と城島が言った。

「ええ。私のこと知っているのね。光栄だわ」

 臼杵は失礼に当たらないよう口に含んでいたものを一気に飲み込んだ。

「入学式のときに挨拶してたッスから覚えているッス!」

「そう。ありがとう」

「おれに何か用ッスか?」

「ええ。あなたに聞きたいことがあって来たの。突然で申し訳ないのだけれど、少しいいかしら?」

「ウス!」

 安心院はそう言って空いていた席に座った。

「あなたたちのことは少し調べさせてもらったわ。臼杵白馬くん、龍原寺風連くん、そして城島莉乃さん。三人ともここに入学する前から有名人だったみたいね」

「えへへ。それほどでも…」城島は照れていた。

「それほどでもねぇッス」

「入学して一ヶ月半経ったけれど、学園生活はどう? もう慣れたかしら?」

「はい!」と城島が答えた。

「そうッスね! 毎日楽しいッス!」

「そう。龍原寺くんはどうかしら?」

「オレもそれなりに…」

「そう。よかったわ。この学園結構広いから迷ったりしなかった?」

「ウス! モーマンタイッス!」

「は? お前まだほとんど覚えてねぇだろ! いつもオレについて来るだけだろうが!」

「ああ、だからモーマンタイだ! 風がいれば迷わねぇからな!」

「オレがいつも一緒にいるとは限らねぇだろ」

「大丈夫だ! そんときは勘で行く!」

「いや、そういうときのお前の勘は当てになんねぇから。前に迷ったとき結局教室見つけられないで講義受けられなかっただろ」

「そんなこともあったな! でも、次は心配ない!」

「その自信は一体どこから出てくるんだよ」

「さすが、臼杵白馬!」

「フフ、仲が良いのね」

「そうッスね」

「他に何か困っていることはないかしら?」

「他ッスか? んー、おれはねぇッス」

「オレも今のところは…」

「ウチも特には…」

「そう。それならよかったわ。私は生徒会長としてこの学園をより良くするためにいろんな人の意見を聞くようにしているの。もし、あなたたちも何か要望があるなら、いつでも話を聞くわ」

「ウス!」

 安心院は生徒会長として生徒の声にしっかりと耳を傾けて寄り添い、より多くの人が楽しく元気に過ごせる学園作りをしていることが、よくわかった瞬間だった。安心院の支持率が高い理由はこのような人柄だからだろう。話し方や凛とした立ち振る舞いを見ていると、この人について行きたい、という気持ちが湧きあがるのだった。

 これで安心院の用事が終わったかに思われたが、まだ続きがあるようだった。

「ところで、最近中津くんがあなたたちと遊んでいるって聞いたのだけれど、どんな遊びをしているのかしら?」

「中津先輩とおれたちッスか? 一緒に遊んではねぇッス。喫茶店やジムで偶然一緒になっただけッス」

「偶然…?」

「ウス! 約束とかしてねぇのに、おれたちが行ったところに偶然中津先輩がいたッス!」

「偶然……本当に偶然かしら?」安心院は顎に手を当てまるで探偵のように一人で推理し始めた。「中津くんのことだから何か理由があるのかもしれない。でも、一体どんな理由なのかしら?」と一人で呟いていた。

「生徒会長? どうしたんッスか?」

「えっ、あ、ごめんなさい。ちょっと考え事していたわ」安心院は臼杵の問いかけで真剣な表情が和らいだ。

「他に何か気になったことはないかしら?」

「他にッスか? 特にねぇッス」

「そう。教えてくれてありがとう。じゃあ、私はこれで失礼するわ」

「ウス!」

 安心院は凛とした立ち振る舞いで去っていった。

 あんな凛々しい人と友達だなんて、中津先輩、さすがっス!

 安心院との会話を経て、臼杵の中津に対する好感度が再び上がった。


 木曜日の昼休み、臼杵は龍原寺、千歳と一緒に中華食堂『梦』で昼ご飯を食べていた。すると、そこに津久見輝がやって来て「おはよう」と声を掛けてきた。臼杵は食べている途中だったので、口に食べ物を含んだまま顔を横にして「ん? あ、ウス! 津久見!」と言い、龍原寺は「オッス」と言い、千歳は会釈していた。

「今日は城島莉乃さんと一緒じゃないんだ」

「ああ。今日は大野と飯食う約束してたからな」

「そっか」津久見は千歳に視線を移した。「はじめまして。あたしはメディア・芸術学科一年の津久見輝です」

「あ、は、はい。知ってます。とても有名ですから」

「そうですか。ありがとうございます」

「私は生物学一年の大野千歳です」

「生物学? 臼杵くんと同じスポーツ健康科学じゃないんだ」

「あ、はい」

「そっか。一緒にいるから、てっきり専攻科目も一緒だと思っていました」

「は、はい」

 千歳は津久見に対して少し緊張している様子だった。

「そんなことより、津久見、おれたちに何か用か?」

「あ、うん。最近の中津さん、どんな様子なのかなぁっと思って」

「中津先輩か。そういえば、最近会ってないな」

「えっ!? そうなの?」

「ああ。今週はまだ一回も会ってねぇ。多分忙しいんだろ」

「じゃ、じゃあ、最近何か変わったこと起こらなかった?」

「変わったこと?」

「たとえば、事故に巻き込まれそうになったとか、誰かに襲われそうになったとか…」

「ん? 別にねぇけど」

「そう…なんだ…」

「あ、あの! ひょっとして、津久見さんも臼杵くんを狙っているんですか?」と千歳が言った。

「えっ、臼杵くんを狙っている? どういう意味?」

「そのままの意味です。津久見さんも臼杵くんの魅力に気づいているようですね。ですが、私も負けません。今度の土曜日、臼杵くんと私はデートしますから!」

「え、あ、そう。よかったですね」

 千歳は何やら勘違いしている様子だった。龍原寺がそばに行き、小さな声で何かをボソッと説明し始めた。龍原寺の言葉を聞いた千歳は顔を赤くして勘違いしていたことを津久見に謝っていた。津久見はそのことについてはまったく気にしてない様子で冷静に対応していたが、別の何かを気にしている様子だった。

「ちなみに、大野さんと臼杵くんはどこにデートに行くの?」と津久見が言った。

 臼杵はまだ知らなかったので、千歳に視線を送った。

「あ、はい。サファリパークに行く予定です」

「サファリバーグか! なんだか美味そうだな!」と臼杵が言った。

「サファリバーグじゃなくて、サファリパークだ」と龍原寺が言った。

「ん? なんか違うのか?」

「お前、ハンバーグをイメージしてるだろ?」

「違うのか!?」

「全然違う! サファリパークは動物園だ」

「動物園か! いいじゃねぇか!」

「ほんとですか!? よかった」と千歳は言った。

「サファリパークか…」と津久見は言った。「教えてくれてありがとう。二人のデートが上手くいくことを願ってるね」

「ウス!」

 津久見はそう言って去っていった。そのときの横顔は何か考え事をしているようだった。


 金曜日の放課後、臼杵と龍原寺が帰っていると、中央広場で相撲部、ウエイトリフティング部、レスリング部の一年に囲まれたのだった。中津と同じく今週はまったく姿を見ない日が続いていたのだが、久しぶりに会うといつも通り厚かましい態度だった。いや、前以上に厚かましさが増しているようだった。それぞれが似たようなことを言っており、弱い自分を受け入れたからこれからは強くなるだけ、らしい。それぞれに「今の俺ならお前にも勝てる」と煽られた臼杵だったが、臼杵は「そうか」とまったく興味のない反応で返したのだった。臼杵の頭の中は明日の千歳とのデートでいっぱいだったため、部活生の煽りはまったく効果がなかった。

 その日の夜、千歳から「明日、よろしくお願いします!」とメッセージが届いたので、臼杵は「ウス!」と返信した。

 そしてついに、千歳とデートする土曜日を迎えた。



読んでいただき、ありがとうございます。

次回もお楽しみに。

感想、お待ちしております。

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