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夢人  作者: たか
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本物の恋心、嘘の恋心③

 中津と国東は、臼杵が振り返っている間に全力でその場から逃げた。そして無事バレることなく逃げ切ることができたのだった。臼杵に声を掛けた女子生徒がいなければ、今頃バレて怒られていただろう。久しぶりにヒヤヒヤした瞬間だった。

「はぁ、はぁ、彼、本当に人間なの?」

「はぁ、はぁ、まさかあの距離で気配に気づくとは思いませんでしたね!」

「ただでさえ気配の薄いあたしたちにあの距離で気づくなんて、常人じゃない!」

「そうですね。……どうしますか? 近づきすぎると気づかれてしまうし、離れすぎると俺たちが観察できない。ちょうどいい距離がわかるまでは何度か試さなければならないけど、何度もすれば警戒されてしまいます」

「そうだね」国東は腕を組んで考え込んだ。「仕方ない。あれを使うときが来たみたいね!」

「あれ…?」

 国東は自分の鞄を漁り、中から何かを取り出した。「翻訳双眼鏡!」とまるで秘密道具の紹介をするような言い方で中津にバーンと見せつけたのだった。

「翻訳…双眼鏡?」

「説明しよう! この双眼鏡は覗いた人物の口の動きを分析して何を話しているのかを遠くからでも知ることができるのだ! 話している内容は、レンズに字幕をつけてくれるから、近づかなくてもいいのだ! ちなみに、あらゆる言語に対応しているよ!」

「なっ! なんだってー!」

 中津がわざとらしく驚くと国東は「フン!」と得意げな顔になった。

「それ、ひょっとして夢人の秘密道具ですか? 現在の技術では作れない機能を持っているとか…?」

「ううん。違うよ」

「えっ、違うんですか!?」

「うん。これは工学部からもらったの」

「工学部から!?」

「少し前に工学部のドリーマーを支援していたとき、その子が面白そうな発明品をたくさん作っていたからもらったの!」

「そうですか。……ん? それって本当にもらったんですか?」

「細かいことは気にしなくていいの!」

 国東のこの発言から、双眼鏡がもらいものではなく、盗んだ、もとい、拝借したものだということがわかった。国東のスタイルはドリーマーとなるべく関わらないで支援することである。それならば、ドリーマーから何かをもらうことは考えにくい。夢人が人の記憶に残らないことを考えると、夢人が手にした物の記憶も一緒に消える可能性がある。おそらく、工学部の生徒は違和感を覚えているかもしれないが、発明品が一つなくなったことに気づかないだろう。

 中津が国東をジト目でジーっと見つめていると、国東は「べっ、別にいいでしょ! これは支援した見返りでもらったんだから!」と自分の行動を正当化していた。問い詰めれば他にも余罪が出てきそうだったが、そもそも国東は夢人見習いという人間とは違う存在であるため、人間社会の法律で縛られる存在ではないのかもしれない、と思い直して、それ以上追及しないことにした。

「とっ、とにかく! 明日からこれを使って離れたところから観察するから! いい?」

「了解です!」


 次の日の昼休み、国東と中津はフレンチレストラン『レーヴ』の内部が見える正面の建物の中にいた。国東が事前に情報を掴んで、この日ここで臼杵と九重紗菜が一緒にご飯を食べるということだったので、二人で見張っていた。すると、情報通り臼杵と九重と龍原寺の三人が店内に入って来たのだった。

「よし! ここからならはっきりと見える! 最高の場所だよ!」と双眼鏡を覗き込んでいる国東がいた。

「ベストな位置ですね!」と同じく隣で双眼鏡を覗き込んでいる中津が言った。

 三人は空いている席を探し始めた。臼杵と龍原寺の後ろにはホワイトベージュカラーの髪をした小動物みたいな女子生徒がいた。

「あの子が、九重紗菜さん、ですか?」

「うん。そうだよ」

 中津は九重を見て、可愛らしい女子という印象を抱いた。

三人は中津たちがはっきりと視認できる正面の空いているテーブルに座った。その瞬間、臼杵が周りをキョロキョロし始めた。まるで何かに気づいた様子だった。そして中津たちがいる方向を向いて顔を止めた。双眼鏡を覗いている二人は、臼杵と目が合った気がして、思わず驚き、覗くのを止めて急いでその場から逃げた。

中津と国東は建物内にある休憩スペースの椅子に座った。

「これだけ離れて、しかも建物の中なのに、まだ気配に気づくの!?」

「もっと距離を取らないといけないみたいですね」

「ぐぬぬ…。こうなったら、思いっきりいくよ!」

「了解!」


 次の日の朝、中津と国東は夢乃森学園前駅から一キロ以上離れた建物の屋上にいた。中津は朝一番に国東からメッセージが届いて呼び出されたのである。国東が掴んだ情報によると、今日の朝、夢乃森学園前駅で臼杵と城島莉乃が会うということだった。

 待っている間、中津は双眼鏡の機能が本当かどうか試していた。駅から出て来る人を見ていると、本当に会話している内容がレンズに浮かぶのだった。対象者の話している内容が正しいのか実際にはわからないが、字幕に違和感はなかった。あるサラリーマンは会社に行きたくないという独り言を呟きながら歩いていた。ある女子生徒集団はドラマやアニメの話をしていた。あるインテリ集団は朝っぱらから難解な量子力学の会話をしていた。これらを踏まえると、この双眼鏡の機能はある程度信じても良さそうだった。ちなみに、双眼鏡の倍率は変更できるので、一キロ以上離れていてもはっきりと相手の顔がわかるくらい見えるのだった。

 それからしばらく双眼鏡を覗いて見張っていると、国東が「来た!」と言った。中津が駅周辺を見渡すと、城島と同じ特徴の派手な髪をした女子生徒が駅にやって来た。城島は一度駅構内を見て回ってから出入り口付近にあるベンチに座り、スマホを触りながら誰かを待っている様子だった。

「あの子が、城島莉乃さん、ですか?」

「そう!」

 中津は城島を見て、派手でオシャレでパリピみたいという印象を抱いた。

 城島が現れてから数分後、臼杵と龍原寺が駅から出てきた。城島が待っていたのは臼杵だったようである。国東の情報通りだった。

 双眼鏡の字幕によると、城島はなぜか「ハウオリ」というハワイ語で挨拶していたが、臼杵と龍原寺は気にしていなかったので、字幕が間違っていると思った。

臼杵と城島はGWに何か約束をしていたらしいが、それを臼杵が守れなかったようで、城島が悲しそうな様子だった。そのあと、臼杵が目を大きく開いて「すまねぇ」とはっきり言うと、城島は許したような様子になった。二人が仲直りした様子だったので、中津は安心した。

 双眼鏡によると、その後の会話はこんな感じだった。

「おれに用ってなんだ?」

「あ、あの、今日の放火のあと、燃えてる?」

「放火? ああ。なにもかもねぇけど」

「じゃ、じゃあ、今日の放火、付き合ってくれない?」

「ウス! いいぞ!」

 明らかに意味不明な会話だったので中津は戸惑っていた。

 放火!? 放火ってなんだ!? まさか本当に放火じゃないよな。最近火事があったというニュースは聞いたことないし、二人がそんなことするはずない。おそらく、誤訳だろう。じゃあ、どんな会話をしていたんだ? 城島さんの表情が明るくなったところを見ると、おそらく臼杵くんを遊びに誘ってオーケーをもらえた、という感じだろうか…。

中津がそんな推測をしている隣で国東が「ついに動いたか!」と呟いたとき、臼杵が何かに気づいた様子で周りを見渡し始めた。そして中津たちがいる建物の屋上の方を向いて顔の動きが止まった。中津たちが双眼鏡で見ている臼杵が目を凝らして見てきたので、気配がバレたのだと確信した二人は急いでその場から逃げた。

 

中津と国東はまだ誰もいない教室にいた。

「これじゃあ、翻訳双眼鏡を使っても遠くから観察するのは難しいかもしれないですね」

「そうだね。まさか一キロ以上離れたあたしの声が聴こえるとは思わなかった! 臼杵くんは五感すべてが常人の何倍もあるみたいだね」

「そうですね。尾行や観察は難しそうです。どうしますか?」

国東が腕を組んで「うーん……」と考え始めたので、中津も釣られて腕を組み、何かいい策がないか考え始めた。

「超小型のドローンとかないですかね? 虫型で気づかれにくい感じの…」

「ん? あるよ!」

「えっ!? あるんですか!?」

「うん。工学部からもらった超小型のハエ型ドローンが…。ほら!」

 国東は鞄からサッと取り出して中津に適当に見せた。国東の掌にはまるで本物のハエに見えるほど精巧に作られた超小型ドローンが数個あった。

「これ、ドローンなんですか!? すごいですね!」

「そうだね」

「これ使えば、いけるんじゃないですか?」

「うーん、どうだろう。臼杵くんの感覚だとすぐにバレそうだけど…。それに、これで観察してもその場の空気感がわからないから、誰が嘘をついているか見分けるのは難しいんじゃないかな?」

「そう…ですか」

 それからしばらく考え込んでいたとき、国東が「もうこれしか方法がないか…」と呟いた。

「何かいい策があるんですか?」

「この作戦にはキミの協力が必要不可欠! 聞いてくれる?」

「もちろんです!」

「じゃあ、言うね」国東はキリっとした目になった。「名付けて、仲良し作戦!」

「仲良し…作戦!?」

「そう! キミはすでに臼杵くんと顔見知りになっているから、それを利用するの!」

 この時点で中津は国東の作戦の大方を察した。

「離れて観察できないなら仲良くなって堂々と近くで観察しろ、ということですか…?」

「Exactly! あのときキミたちが自己紹介しておいてよかった!」

「その作戦、俺は構わないんですが、国東さんはいいんですか?」

「ん? 何が?」

「国東さんは直接ドリーマーと関わらないようにしているって言っていたので、大丈夫なのかな…と」

「うん。大丈夫だよ! あたしはドリーマーと関わらないから!」

「えっ!?」

「臼杵くんと仲良くなるのはキミだけ。あたしは遠くでキミと臼杵くんたちの会話を聴くだけ。そして必要なときに指示を出すかな」

「そっ、そうですか…。でも、どうやって俺たちはコンタクトを取るんですか?」

「フッフッフッ、こんなときに役立つものを、あたしはちゃんと用意しているのだよ!」

国東はそう言って鞄を漁り始め、中から何か小さいものを取り出した。「カモフラージュイヤホン!」とまるで秘密道具の紹介をするような言い方で中津にバーンと見せつけたのだった。

「カモフラージュイヤホン?」

「説明しよう! このイヤホンは特殊な素材でできているため、耳につけると同化して周りからは見えなくなるのだ!」

「なっ! なんだってー!」

 中津がわざとらしく驚くと国東は「フン!」と得意げな顔になった。

「それもまさか工学部の…?」

「そうだよ!」

 国東が工学部から盗んだ、もとい、拝借した三つ目の秘密道具だった。

 カモフラージュイヤホンは、工学部の生徒が発明したイヤホンで、すでに商品として売られているらしい。ノイズキャンセリングや音漏れもしないという高性能かつワイヤレスで高音質という優れたイヤホンらしい。中津は知らなかったが、巷では人気商品になっているようで、特にサラリーマンに人気らしい。退屈な会議でこっそりつけている人が多いということだった。使い道がそういうときなので、あまり公にならないまま、密かに売り上げを伸ばしているということだった。

 国東はカモフラージュイヤホンを見せびらかしながら、作戦説明を始めた。

 まず、偶然を装って中津が臼杵に近づき会話をして仲良くなる。そして臼杵と城島の放課後デートに一緒に行く約束をする。デートでは常に二人の様子を観察する。特に城島にどこか怪しいところがないかを見極める、ということだった。外から観察して正体がバレるリスクを取るよりも、あえて近づこうという作戦だった。それに、画面越しではわからないその場の雰囲気とかがわかるので、メリットがあるということだった。

 いろいろ強引でツッコミたいことがたくさんあり、中津は上手くいくビジョンがまったくイメージできなかったが、時間がないということで、このまま作戦を決行することになった。

 

昼休み、中津は左耳にカモフラージュイヤホンをつけ、胸ポケットにスマホのカメラが出るように入れて国東とテレビ電話している状態で和食食堂『夢乃森』に待機していた。国東の情報によると、今日の臼杵たちの昼ご飯がここだということだった。

 少しして臼杵と龍原寺がやって来た。中津は気づかれないチラッと二人がいる位置を一瞬だけ確認し、わざと箸を落として、臼杵の前まで転がるようにした。箸は上手く転がって行き、臼杵の前で止まった。それに気づいた臼杵が箸を拾ってくれたので、中津はテーブルの下で箸を探している振りをした。すると、臼杵が箸を持って返しに来てくれたので、中津は偶然を装った。そして二人と一緒にご飯を食べることになった。

 その後の会話で中津が上手く誘導し、城島の話題に持って行くことができた。中津は城島のことをあまり詳しく知らなかったが、イヤホン越しで国東が情報を教えてくれたので、何とか知っている風を装うことができたのだった。

 そのあと、予想外のことが起きて、なぜか龍原寺から一緒に行かないか、という誘いを受けたのだった。なぜか龍原寺は中津に対して肯定的だったので、その理由が少し気になったが、作戦が上手くいくのならどんな形でもいいと判断した。その後、無事に城島からも「オーケー」という返事が来たので、中津はホッとした。

 第一の作戦、『臼杵と城島のデートに同行する』は成功した。

 

放課後、臼杵たちとの待ち合わせ場所である中央広場時計塔前に行く前に、中津は国東と作戦を練っていた。

「城島さんをしっかり観察してね。あっ、でも、初対面で気にし過ぎると怪しまれるから十分気をつけて! 基本、臼杵くんと城島さんが話しているときは割り込まないで、二人が話していないときに、城島さんに声を掛けて情報を集めるように!」

「了解です!」

「もし何か聞きたいことがあったら、カメラの前でピースサインをして!」

「はい!」

 中津は両頬を叩き気合を入れてから待ち合わせ場所に向かった。

 中央広場時計塔前に着くと、すでに三人とも揃っていた。最初に臼杵が仲介役になり、中津と城島が自己紹介をした。中津は城島のファンという設定になっているので、わからないことは国東から教えてもらいながら話した。

 全員が揃ったところで、いざ出発しようとしたとき、四人の前に突然津久見が現れた。そしてなぜか一緒に買い物に行きたいと言い出したのだった。津久見の登場は国東も予想外だったようで、作戦の妨げになるかもしれないという理由で断るようにと言われていたが、話の流れ的に断ることができなかった。

 結局、津久見もついて来ることになり、五人で夢乃森プレミアムアウトレットに行くことになった。

 

アウトレットに着くと、まずは城島が臼杵の服を買いたいということだったので、城島の選んだ店に入った。城島はたくさん持って来た服を順番に臼杵の身体に合わせて似合うかどうか確認し、すべて見終えたら次の服を探しに行くということを何度も繰り返していた。そのときの城島は、真剣な様子で臼杵の服を選んでいるように見えた。一方、臼杵は照れているのを隠しているようだったが、顔が赤くなっていたのでバレバレだった。

中津は自分の服を選んでいる素振りをしながらチラチラ臼杵たちを見ていたが、臼杵に気づかれることはなかった。女子と一緒に何かをしているときは、持ち前の勘の良さが発揮されないようである。

 中津はそのまま二人を観察しようとしていたのだが、津久見が近くに来た。

「中津さん。あの二人を気にしているみたいだけど、どうして?」

「えっ、そんなことないですけど…」

「さっきから二人の方をチラチラ見てるの、バレてるから」

「……あの二人、仲良いなと思って見ていたんです」

「それだけ…?」

「はい」

「他に何か気になることがあるんじゃないの?」

「他に…ですか?」

「たとえば、このあと二人が事故に巻き込まれるとか、誰かに襲われるとか…?」

「……それって、この前津久見さんに起きたことですよね。それと同じことがあの二人にも起こると?」

「いや、同じじゃない。…けど、あの二人に危険なことが起こるんじゃないの?」

「……そんなこと、俺にはわからないですよ。予言者や占い師じゃないですから」

「……そうだね。ごめんね、変なこと言って。今のは忘れて」

 中津は冷静さを装って会話していたが、内心バクバクしていた。

 あっぶねぇー! 津久見さんに正体がバレるところだった! さすがにこの前の件をただの偶然で終わらせるには厳しかったか!? 津久見さん、疑っている様子だが、未来を見ることができるなんて信じられないという感じだな。このまま忘れてくれればありがたいが、しばらくは行動に気をつけよう。

 中津が反省しているとき、イヤホンの向こうから国東が焦っているのが伝わってきた。

「ちょっとキミ! 津久見さんに夢人見習いだってバレそうじゃない!? だから、『断るように!』って言ったのに、キミがノーと言わないから…」

「すみません。あのときはまだ夢人見習いじゃなかったんで、正体がどうとか考えてなかったんです」

「あっ、そうか! でも、そのときのキミの行動が今のキミに影響を与えているんだよ。これからは注意しないとね」

「はい。すみません」

 中津は国東に説教されて少し落ち込んだ。物陰に隠れてイヤホンに手を当て小声で話していたのだが、自然と中腰になり、腰の低い態勢になっていた。

「なにしてるの?」と津久見が言った。

「えっ、あ、いや、なにも!」

「……ねぇ、ちょっと付き合ってくれない?」

「あ、はい!」

 中津が咄嗟に答えたことで、津久見について行くことになり、臼杵たちを観察しにくくなってしまった。津久見は自分の服を探し始め、度々中津に感想を聞いていた。

 一方、中津はイヤホンの向こうから国東にいろいろ言われていた。

「ちょっと、キミはどうして津久見さんと買い物しているのかな? 今は大事な任務の途中だよね? 全然臼杵くんと城島さんが見えないんだけど! もしかして、キミは津久見さんとデートするために断らなかったのかな?」

 国東はなぜかイライラしている様子で、言葉に棘をある気がした。自分のミスなので反論の余地がなく、イヤホンからは国東、目の前は津久見という板挟み状態だった。

 しばらくその状態に耐えていると、臼杵と城島の買い物が終わり、やっと解放されるかと思いきや、次の店に行くことになった。

次の店では、津久見と城島のコーディネート対決が始まり、中津と臼杵が審査員に選ばれたのだった。今度は観察対象者二人と一緒だったので、中津は先程の挽回をするためによく観察することにした。しかし、中津は女性ファッションには疎いため、感想を求められたときは国東に助けを求めて一言一句そのまま言っていた。

 国東の感想は、中津の気づかない女子目線での細かい内容だったので、最初津久見と城島は驚いていたが、逆に二人の闘志を燃やしたみたいだった。臼杵も女子のファッションには疎い様子で、ただ元気な声で「いいな!」「似合っている!」と言っているだけだった。コーディネート対決の途中からギャラリーが増え、二人のやる気はさらに上昇しているようだった。その反面、板挟みされている中津は疲れがどっと押し寄せて、最後の方は気力がなくなり燃え尽きていた。

その後もいろんな店を見て回ったが、中津はみんなの一歩後ろからついて行くだけで精一杯だった。みんながクレープを食べている間、中津はトイレに行って気分を入れ替えようとした。用を足していると少し遅れて隣のトイレに龍原寺がやって来た。

「お疲れ、先輩」

「ああ。お疲れ」

 中津が先に終え、手洗い場で手を洗っていると、少し遅れて龍原寺が隣の手洗い場で手を洗った。ハンカチで手を拭いていると、龍原寺が話し掛けてきた。

「先輩、あの二人のことが気になるのか?」

「えっ、あー、うん。仲いいなと思って」

「ふーん。あの二人はずっとあんな感じで仲いいっすよ」

「そっか。付き合ってるのか?」

「いや、まだ付き合ってないっす」

「まだってことは、今後付き合う可能性があるのか?」

「それはわからない。白馬はモテるから、一体誰を選ぶのか…」

 龍原寺は意味深な顔をして言った。いつも臼杵の近くにいる龍原寺がわからないということは、見極めることが難しいのかもしれない。龍原寺のことをまだほとんど知らない中津だが、仲良くなると臼杵たちについて有益な情報を得られるかもしれないと考えた。

「中津くん! 今後のために、龍原寺くんと仲良くなっていた方がいいかも!」と国東も中津と同じ判断をしていた。

 中津は「そうですね!」と呟き、龍原寺に視線を移して新しい話題を振ろうとしたら、先に龍原寺が話題を提供した。

「先輩、どうして白馬のことが気になってるんすか?」

「えっ、んー、いい体格をしているから…かな? あと、一緒にいて楽しそうだなって思ったから!」

「そっか」

「龍原寺くんはどうなんだ? どうやって臼杵くんと仲良くなったんだ?」

「オレも先輩と同じっす。白馬と一緒にいると楽しいんっすよ! 毎日一緒でも全然飽きないし、辛いことも忘れられるし」

「そっか。いいな、そういう関係…」

 中津は龍原寺と臼杵の関係に対して少し羨ましいという感情を抱いたのだった。中津には幼馴染がいないため、龍原寺と臼杵の間柄が実際どんな感じなのかわからなかった。

もし自分にも幼馴染がいたらどんな感じなんだろう、と頭の中でイメージしたとき、小さい頃の記憶が一つ思い浮かんだ。

その記憶の中で、中津は同じくらいの背丈の子どもと手を繋いで歩いていた。中津はその子の手を引いて、どこかへ遊びに行こうとしているようだった。相手の顔はぼやけていたが、口元だけははっきりと笑っているのがわかった。そして中津のことを「夢翔」と呼んでいた。

そのとき、国東の「中津くん!」と呼ぶ声が聴こえて、現実の世界に戻って来た。

「どうしたんすか? 先輩」

「あ、ごめん。ちょっとボーっとしてた!」

「大丈夫っすか? 疲れが溜まっているんじゃ…?」

「い、いや、大丈夫、大丈夫!」

「そうっすか」

「じゃあ戻ろうか!」

中津がみんなのいる場所に戻ろうと歩き出したとき、龍原寺が「……ちょっと待って!」と言ったので、中津は振り返った。

「ん? どうした? 龍原寺くん」

「先輩に、個人的に聞いておきたいことがあるんだけど、いいっすか?」

「ん? なんだ?」

「先輩…大分組っていう荒くれ集団のこと、知ってるっすか?」

 その言葉を聞いた瞬間、中津はピクッと反応してしまったが、どうにか堪えることができたのだった。そして冷静さを装った。

「大分組…? 名前だけなら聞いたことあるけど…」

「そっか」

「それがどうかしたのか?」

「ああ。実は去年、その大分組が壊滅したんだけど、先輩、知ってたっすか?」

 その質問をされた瞬間、中津はピクッと反応してしまったが、どうにか堪えて冷静さを装った。

「そうなのか!? 知らなかった!」

「そっか」

「荒くれ集団が壊滅ってことは、警察が動いたのか?」

「ああ。だけど、警察が動いたときはすでに壊滅したあとで、警察が現場に到着する前に、誰かが壊滅させていたらしい」

「へっ、へぇー、すごいな! 荒くれ集団を壊滅させるなんて、相当強い人なんだろうな!」

「そうだな。でも、誰が壊滅させたのかは、わからないんだ。警察もわかってない」

「そっか。目立つのが嫌いな人なのかもしれないな!」

「そうかもしれない。ただ、ある目撃情報によると、大分組を壊滅させたのは夢乃森学園の生徒じゃないかって噂がある」

「へぇー、そうなのか! ボクシング部とか空手部とか柔道部かもしれないな!」

「そうだな。だけど、その目撃者の情報によると、大分組を壊滅させたのは、夢乃森学園の制服を着た男三人、一人は身長一八〇センチくらいでオレンジブラウンの髪をしていたらしい。もう一人は赤縁眼鏡を掛けていてロボットに乗っていたらしい。そして最後の一人は一七五センチくらいのやせ形で黒髪だったらしい」

「へっ、へぇー、目撃者がいたのか!」

「オレ、入学してからこの特徴に合う人を探してたんだ。そしたら、それぞれの特徴に合う人が結構いて、さすがに三万人以上いるから、これくらいの情報だとたくさん当てはまってしまうんだ。特に最後の特徴に当てはまる人は数百人いた」

「そ、そっか」

「だからまずは、他の二人を特定することにした。対象者全員を調べた結果、一人が別府剣悟先輩で、もう一人が由布狭霧先輩じゃないかということになった。そして残りの一人は、その二人と親交のある中津先輩、あなたじゃないかという結論に達したんだけど…」

 このとき、中津は自分が誘われた理由を理解したのだった。どうやら龍原寺は、約一年前に起こったことを独自で調べており、そのときに関わった人物として中津を疑い、自分の目で確かめようとしているらしい。正直に言うと、中津はあの件にガッツリ関わっている。つまり、龍原寺の推測は正しいということだ。しかし、あの件はいろんな理由で言ってはならないことになっているので、中津はどうにか誤魔化さなければならなかった。

「……いい推理だけど、決定的な証拠がない。もしキミの推測が正しければ、俺はどうして大分組を壊滅させたんだ? そして、たった三人でどうやって壊滅させたんだ?」

「それは…まだわからない」

「噂はどうしても尾ひれがついて大事になるから、信用し過ぎない方がいいぞ」

「…そう…だな。すんません、急に変なこと言って」

「いや、面白かったよ! キミは探偵に向いているかもしれないな」

「ハハハ、そうっすか?」

「ああ。アハハハハ」

 とりあえず龍原寺との会話はここで終わり、二人は臼杵たちがいる場所まで戻ることにした。

戻っている間、中津は汗をダラダラと流していた。

 あっぶねぇー! もう少しであのときのことがバレるところだった! あの件は夢乃森家が後始末してくれたから大丈夫だと思って安心してたけど、目撃者がいたのか!? しかも、それぞれの特徴をちゃんと捉えている! 幸い、現実味がないから信じる人は少なそうだけど、変にうわさが広がっても厄介だ。あとで叶愛さんに連絡しておこう。……それに、龍原寺くんと話すときはボロを出さないように気をつけないと…!

 そんな中津に同情した様子の国東が「キミも大変だね」と言葉を掛けてくれたのだった。

 その後、すっかり空も暗くなっていたので、みんなで晩ご飯を食べてから帰ることになった。

 中津は帰り道、津久見と城島の二人と一緒だったので、城島の本性を少しでも引き出そうと考えていたが、最後まで二人の女子トークに割って入ることができなかった。二人はファッションや好きなことについての会話で盛り上がっており、その場に中津がいることをすっかり忘れているようだった。前を歩く二人の姿を見て、中津はホッとした気持ちになった。

 

中津は二人を寮まで送ったあと、国東の部屋に向かった。今日わかった情報の共有と反省会を行うためである。国東の部屋のドアの前で深呼吸をして心を落ち着かせた。決して女子の部屋に入るから緊張しているわけではない。今回の調査で得られた情報が思っていたよりも少ないと自覚していたから、国東の反応が怖かったのである。覚悟を決めてインターホンを押すと「どうぞ」と言われたので、ドアノブに手を伸ばし、そっと開けて「お邪魔しまーす」と言って中に入った。

 国東は椅子に座って優雅に紅茶を飲んでいた。向かいには中津の紅茶が用意されていたので、中津はそこに座った。

「お疲れ」

「あ、はい。お疲れさまです」

 あれ? 怒ってない!? よかったぁ。俺の考えすぎだったか。

中津はホッとして紅茶を一口飲むと、国東の目つきが鋭くなり「随分楽しかったみたいだね。津久見さんとのデート」と言ったので、中津はむせてしまった。

「デ、デートじゃないですよ!」

「ふーん。一緒に買い物して、ご飯食べて、家まで送って、デートじゃないんだぁ! キミ、とても楽しそうに見えたけどなぁ」

 国東の言葉にはどこか棘がある気がして、中津は少しダメージを受けた。たしかに、振り返ると真っ先に楽しかったという感情が湧きあがるので、反論の余地はなかった。しかし、決して任務を放棄していたわけではない。

「お、俺の任務はあくまで城島さんの本性を探ることです!」

「ふーん。まあ別にいいけど。……で、どうだったの?」

「はい。二人はとても仲が良さそうに見えました。特に城島さんは自分から積極的に話し掛けていたので、好意がないようには見えませんでした」

「……そうだね。あたしにもそんな風に見えた」

「そうですか」

「じゃあキミは、城島さんが臼杵くんのことを好きだと思うの?」

「いえ。それはまだわかりません。他の二人のことをほとんど知らない時点でそう判断するのは早計かと…」

「そうだね。あたしもそう思う」

「てことは、他の二人についてももっと調べないといけないですね」

「そうだね」

「今回と同じ作戦で行きますか?」

「うーん、近くで堂々と観察できれば理想だけど、今回みたいにまた誘ってもらえるかな?」

「んー、難しいかもしれないですね。今回は龍原寺くんが俺のことを調べるために誘ったようなので、次も誘われる可能性は低いかと…」

「そうだよね」

「どうすればいいのか…」

「……わかった! あとはあたしに任せて! 今度臼杵くんが、いつ、どこに、誰とデートに行くのかは、あたしが調べる! わかり次第連絡するから、今日はもう帰って休んでいいよ」

「えっ、もういいんですか!?」

「うん。今日は疲れたでしょ? 早く帰ってしっかり休むんだよ」

「…わかりました」

 ということで、中津は帰ることになった。

 中津は腰につけていた小さな本を掌の上に乗せて目を瞑り念じた。すると、本が光り出し徐々に大きくなった。本を開くと中のページも光っており、中津は本の中に吸い込まれた。そして数秒後に中津は自分の部屋のリビングに立っていた。

 中津は本の中を移動する能力を意図的に使えるようになっていた。思っていたよりも簡単にできてすぐにコツを掴んでいた。しかし、あまり多用し過ぎると運動不足になったり、誰かに見られたりしたら厄介なので、使うタイミングを考えなければならなかった。

 

次の週の月曜日の朝、中津のスマホに国東からメッセージが届いた。

「今日の放課後、臼杵くんと九重さんが喫茶店に行く約束をしているから、先に行って待ち伏せするよ!」

「了解!」

 

放課後、中津は前回同様、耳にカモフラージュイヤホンを装着し、国東とテレビ電話を繋げた状態のスマホを胸ポケットに入れた。さらにサングラスを掛けて帽子を被り、変装して臼杵と九重が訪れる予定の喫茶店に向かった。国東には「任務以外で現を抜かさないように!」と釘を刺された。前回の津久見のときと同じことにならないように、という意味で言ったのだろうが、あんなことはそう何度も起こらないので、あまり気にしないようにした。

二人が訪れる予定の喫茶店は、『九重喫茶』という前に国東と来たことがあるログハウス造りの喫茶店だった。いざ、中津が入店しようとしたら「あ、中津くん!」と横から声がした。中津が声のした方に視線を送ると、速見が歩いて来ていた。中津はつい反射的に「速見さん!」と言ってしまった。

「やっぱり中津くんだ! サングラスを掛けていたから最初わからなかったよ!」

 中津は掛けていたサングラスを外した。もう誤魔化せないと判断したからだ。

「この時間ここにいるってことは、バイト休みですか?」

「うん。ちょっといろいろあって休みになったんだ」

 速見が視線を逸らしながら申し訳なさそうな表情をしていたので、何か理由があるのだろうと中津は思ったが、それを聞いていいのか迷った。そのとき、ふと速見の右手に視線を送ると、右手首にテーピングされているのが見えた。

「なっ!? 速見さん、その右手、どうしたんですか!?」

「ん? あ、これ? ちょっと変な風に捻っちゃって、捻挫しちゃった」

「捻挫…バイト中にですか?」

「うん。倉庫から材料を運んでいたときに上から重いものが落ちてきて、それを受け止めたときに捻挫しちゃったんだ。あ、でも、軽度だから安静にしていれば一週間くらいで治るんだって」

「そう…ですか…」

「私ってほんとダメだなぁ。この前火傷して迷惑かけたばかりなのに、今度は捻挫だもんね」

「速見さんはダメじゃないです!」

「え!?」

「話を聴いた限り、速見さんに落ち度はありません。むしろ被害者なので現場の責任者に文句を言っていいくらいです。こんなところに重いものを置くなーって! もし言いにくいのなら俺が代わりに…」

「フフ。アハハハハ!」

「速見…さん…?」

「中津くん、相変わらずお人好しだね。心配してくれてありがとう」

「いえ、そんなことは」

「でも大丈夫。マスターは私が怪我したことをものすごく申し訳なさそうにしていたから、もう言う必要はないよ。同じことが二度と起こらないようにするって言ってし」

「そうですか」

 速見の発言から『ドリームバックス』のマスターは責任感が強く、従業員のことを真剣に考えていることが伺えたので、中津は勝手に思い込んでいたマスターの印象を変えたのだった。

「それより、中津くん、ひょっとして『九重喫茶』に入ろうとしているの?」

「えっ、あ、はい。ちょっと寄ってみようかなぁと」

「そうなんだ。……ねぇ、私も一緒にいい?」

「えっ!?」

「実は、私もこの喫茶店前から気になってて、いつか来ようと思ってたんだ! それで今日休みになったから来たの。せっかくだから一緒に入らない?」

 中津は予想外の展開に答えに迷ってしまった。

今の俺には、九重さんの本性を見極めなければならないという大事な任務がある。そんなとき、速見さんがそばにいて問題なく任務を遂行することができるのだろうか。難しいだろう。いないに越したことはない。しかし、ここで断るのもリスクがある。速見さんは叶愛さんと仲が良い。もし速見さんの誘いを断ってそれが叶愛さんの耳に届いたら、俺は友達を悲しませたという理由で消されるかもしれない。それはまずい! それに、喫茶店なら俺一人よりも速見さんと一緒にいた方が、臼杵くんたちに警戒されないかもしれないな! よし!

中津が一瞬のうちにいろんな可能性を検討している間、イヤホンからは「絶対ダメ! ちゃんと断って!」という国東の指示があったが、中津の頭には届いていなかった。

「いいですよ!」

「ほんと! やった!」

 中津は笑顔で答え、速見も嬉しそうだったが、イヤホンの向こうからは「はぁ~」というため息が聴こえたのだった。国東が頭を抱えている姿が容易に想像できた。

 中津はサングラスを掛けてから、速見と一緒に店内に入り、店員に案内された席に座った。中津はオリジナルブレンド、速見はブルーマウンテンを注文した。

中津と速見は、コーヒーについて話したり、叶愛の話をしたりしていた。さすがに店内で帽子を被っていると逆に目立つので、帽子だけ脱いでサングラスは掛けたままにした。会話中、中津は速見と目が合った。そのとき、中津は一瞬ゾクッとした。中津はサングラスを掛けているので、速見は目が合ったことに気づいていない様子だった。中津は前にも速見と会ったとき似たようなことがあったのを思い出したが、どうしてそう感じたのか、未だに自分でもわからなかった。中津はふと速見のことが気になり、ゆっくり右腕を伸ばして速見の頭に触れようとした。無意識にそうしていた。しかし、中津の手が速見の頭に触れる前に店のドアのカランカランというベルの音が聴こえ、中津はハッとして、伸ばしていた手をサッと戻した。

 出入り口に視線を送ると、臼杵と龍原寺と九重の三人が来ていた。中津は任務のことを思い出し、気持ちを切り替えた。変装しているにもかかわらず、臼杵がすぐに気づいて声を掛けてきたが、偶然一緒になったと思っている様子で怪しんでいる様子はなかった。

 中津は早速九重の観察を始めた。外見的特徴から抱いた第一印象は、小さくて可愛らしいだった。中津が「可愛いな」と呟いて九重の全身を観察していると、イヤホンから「なにジロジロ見ているの?」という少しイラっとした国東の声がした。

中津が小声で「えっ、観察しているだけですけど…」と言ったが、イヤホンからは「フン!」としか返事がなかった。スマホ越しでは中津の細かい視線までわからないはずだが、国東には見えているみたいだった。

「ん? 何か言った?」と速見が言った。

「い、いえ、何でもないです」

 臼杵たちが中津の座っている席の左斜め前の席に着いてから、中津は速見の話に半分だけ耳を傾けながらチラチラと臼杵たちの様子を伺っていた。しかし、正面には速見が座っていたので、スマホからは臼杵たちの姿が見えていないようで、イヤホンの向こうからは国東の文句が聴こえていた。今更席を動くことはおかしいし、臼杵は中津の視線に気づいている様子だったが何か言ってくることはなかったので、遠慮なく観察を続けた。多少のリスクはあったが、途中でやめるのはもったいないと判断した。

客観的に見ると二人の仲は良さそうだった。ケーキを分け合ったり、会話したりしているときの九重は満面の笑みだった。臼杵が九重を見つめると、九重は顔を赤くして照れているようだった。その様子は、どうみても好意があるように見えた。

 

その後、三人はしばらく談笑したあと、店を出て帰って行った。中津は無事任務を終えて緊張感から解放された。

「中津くん、臼杵くんのことが気になるの?」

「えっ!?」

「私の話、半分しか聞いてなかったでしょ?」

「えっ、気づいてたんですか!?」

「あんなにチラチラ見てたら誰でも気づくよ」

「そうですか。…すみません、速見さんに失礼なことをしてしまいました」

「ううん。気にしなくていいよ。元々私が強引に付き合わせたんだし」

「そんなことは…」

「んー、じゃあ、今度は叶愛も誘ってまた来ようよ!」

「はい」

「でも、どうして臼杵くんが気になるの?」

「あ、はい。臼杵くんと九重さんの仲が良いなぁっと思って」

「えっ、中津くん、そういうの好きなんだ!? 意外!」

「あ、俺はあまり好きじゃ…」と中津が言いかけたとき、イヤホンから大きな声で名前を呼ばれた。「……はい。意外と好きなんです。はい」

「そうなんだぁ! でも、たしかにあの二人仲良さそうだったね。付き合っているんじゃないかな?」

「速見さんにはそう見えましたか?」

「うん! あれはどう見ても両想いだよ!」

「そうですか!」

 臼杵たちが帰ってから数分後、中津と速見も帰ることにした。中津は速見を寮の前まで見送ったあと、国東の部屋に直行しようとしたとき、スマホが鳴った。国東からメッセージが届いていた。

「明日の放課後、臼杵くんと大野千歳さんが学園内のジムに行くらしいから、先に行って待ち伏せするよ! だから、今日はゆっくり休んで明日に備えて!」

 ということだったので、中津は自分の部屋に帰った。


次の日の火曜日の放課後、中津はジャージ姿でジムに向かった。もちろん耳にはカモフラージュイヤホンを装着していたが、スマホを入れる胸ポケットはなかった。なので、映像は諦めなければならないと思っていたら、磁気ネックレスに超小型カメラを搭載したものがあるということでそれを首に掛けていた。国東が工学部からパクった四つ目の秘密道具だった。こんなものがあるなら最初から使えば良かったと思っていると、考えを見透かした国東が「忘れていたの!」と少し怒り気味に言った。運動中、サングラスを掛けたり帽子を被ったりすると逆に目立つので、変装はしなかった。

そしていざ、中津がジムの受付をしようとしたら、姫島の姿があった。中津は思わず「姫島さん!」と言ってしまった。咄嗟に自分の口を塞いだ中津だったが、時すでに遅し。姫島は振り向いて「あ、中津くん!」と言った。このまま無視すると失礼なので、とりあえず少し会話をすることにした。

「姫島さん、今から筋トレですか?」

「うん! 歌って結構体力使うから、週に二回ここで鍛えているの!」

「へぇー、そうなんですか!」

「中津くんもここにはよく来るの?」

「俺は特に決めてないです。たまに来たくなったら来る感じです」

「そうなんだぁ! じゃあ、今日会ったのは偶然だね!」

「そうですね」キリが良かったので、中津はここで話を終わらせようとした。「じゃあ、俺は…」

「あ、あの、私と一緒にしない?」

「え!? 一緒に?」

「うん。中津くんがどんな筋トレをしているのか、参考にしようと思って」

「俺は適当にしているから参考にはならないですよ!」

「そんなこと言って、本当はちゃんと考えているんでしょ?」

「いや、そんなことは…」

「あ、私がいたら邪魔になるかな?」

 姫島の何かを訴えかけてくるような視線に中津は抵抗できなかった。イヤホンの向こうからは「ダメ、絶対! 騙されないで!」という言葉の圧が聴こえてきたが、目の前にいる圧の方が強かったので、結局受け入れることにした。

「…わかりました」

「やったー!」

 中津は姫島と一緒に筋トレすることになった。といっても、筋トレは基本一人でするものなので、実際はただ近くにいるだけだった。元々中津は筋トレ目的で来たわけではないので、軽く済ませようと考えていた。しかし、近くで姫島に見られていたので、せざるを得ない状況になっていた。自分で蒔いた種なので、自分で刈るしかなかった。それに貧弱だと思われるのも嫌だったので、ちょっとカッコつけてしまい、ガッツリしてしまった。久しぶりにジムでの筋トレだったので、つい熱が入ってしまい、胸筋、背筋、腹筋を鍛えたり、ランニングマシンで走ったりして結構体力を使ってしまった。国東は特に何か言ってくることがなかったので、席を外しているのかもしれなかった。

 そんなとき、臼杵と龍原寺と千歳がジムにやって来た。真っ先に臼杵が気づいて声を掛けてくれたときに、中津も三人が来たことに気づいたのだった。そこで初めて千歳と会った中津だったが、千歳は中津のことを名前だけ知っているということだった。千歳に対して抱いた第一印象は、腰が低くて丁寧な人だった。お互い自己紹介しているとき、中津はいつも通り千歳をよく観察していたが、千歳も中津を観察しているようだった。

 臼杵と龍原寺が先に行っているにもかかわらず、千歳はその場に残って中津を見ていた。そして臼杵に名前を呼ばれたとき、ハッとして中津たちに一礼し、臼杵たちの元へ行った。

 それから二人の様子を伺っていると、千歳は度々臼杵に見惚れていることがわかった。それに、九重、城島と比べてボディタッチが多かった。臼杵の手を握ったり、肩や背中、腕などに自然に触れたりしていた。好意がないようには見えず、むしろ積極的にアピールしているようだった。

 中津は最初に体力を使い過ぎたせいで、後半はほとんど休んで千歳を観察したり、姫島の筋トレを応援したりしていた。臼杵の筋トレする姿はあまりにも迫力があったので、周りの生徒全員が臼杵に釘付けだったため、中津が千歳を観察していても違和感ない空間だった。姫島も臼杵の筋トレに見入っていた。

それから中津たちは、臼杵たちが帰るまでジムに残っていた。臼杵たちが帰ったのを確認したあと、中津たちも帰ることにした。

「臼杵くん、すごかったね!」と姫島が言った。

「そうですね。あれで高校一年生ですからね。ビックリです」

「ジムにいたみんなが注目してたね!」

「そうですね。あれだけすごいパフォーマンスを見せられたら、見ちゃいますよね。すごくカッコよかったですし、一緒にいた大野さんもすごく見惚れているようでしたし…」

「そうだね。彼氏のあんなカッコイイ姿を見たら、惚れちゃうよね!」

「姫島さんは、臼杵くんと大野さんがカップルに見えましたか?」

「えっ、うん、そう見えたけど…。えっ、違うのかな!?」

「あ、いえ、俺も知らないですけど、仲良さそうでしたね!」

「そうだね!」

 中津は姫島を寮まで送ってから、国東の部屋に直行しようと思っていたが、国東から「明日の放課後、ドリームバックスで会議をしよう!」とメッセージが届いていたので、「了解!」と返信してそのまま帰った。


次の日の水曜日の放課後、中津が待ち合わせ場所のドリームバックスに着くと、国東が落ち着いた様子で待っていた。すでにカフェオレを注文しており、そっと一口飲んでいた。中津は向かいの椅子に座った。

「まずはお疲れさま、中津くん」

「あ、はい。お疲れさまです」

「早速なんだけど、実際に三人の様子を間近で見て、どうだった?」

「はい…………まったくわかりませんでした!」

 中津ははっきりと正直な感想を言った。




読んでいただき、ありがとうございます。

次回もお楽しみに。

感想、お待ちしております。

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