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夢人  作者: たか
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臼杵白馬と三ヒロイン④  

 四人の前に現れたのは、誰もが知っている大女優、津久見輝だった。津久見は少し不機嫌そうな顔で中津を見ていた。

「つっ、津久見さん!」と中津が言い、「つっ、津久見輝!」と城島が言った。

「中津さん…今からこの人たちと出掛けるの?」と津久見が言った。

「えっ、あ、はい。ちょっと買い物に…」

「へぇー、買い物…ね」

「えっ、先輩、津久見輝と友達なんですか!?」と城島が言った。

「いや、友達っていうか、ちょっと前に知り…」

「ただの知り合いです。まだ友達じゃありません」と津久見が言った。

「まだ…?」と龍原寺が言った。

「そ、そんなことより、中津さん、いつの間に一年生と仲良くなったんだ」

「仲良くなったというか、これからなれたらいいなと思って。アハハハ」

「そう…」

 城島は臼杵、龍原寺、城島を順に見たあと「ねぇ、あたしも一緒に行っていい?」と言った。その発言を聞いた全員が驚いた。

「え!? 津久見さんも!?」

「何? 悪いの?」

「い、いえ、俺も誘ってもらっている身なので、決められません」

「そう」津久見は城島に視線を送った。「城島さん、どうですか?」

「えっ!? ウ、ウチのこと、知ってるの!?」

「もちろん知っています。有名インフルエンサーですからね。城島莉乃さん」

「まっ、まさか、津久見輝に知られているなんて! ハッ! もしかして、ウチ今、超乗ってるのかな! キャー!」

 城島は津久見に名前を知られていることが嬉しかったようで照れていた。

「あなたたち二人も知っています。臼杵白馬さんと龍原寺風連さんですよね?」

「ウス!」

「白馬はともかく、オレのことも知ってるのか!」

「はい。前に雑誌で見たことがありますから」

「そっか」

「で、どうなんですか? あたしも一緒に行っていいのですか?」と津久見は改めて言った。

「オレは構わないけど」

「おれもいいッス!」

「ウチもオーケー!」

 そう答えたあと、三人は中津に視線を送った。

「えっ!? お、俺も!?」と中津が言うと、三人が頷いた。「……もちろん、いいです」

 ということで、直前で津久見が加わり、五人で買い物に行くことになった。

 臼杵たちが正門に着いたとき、突然相撲部の一年生三人が追いかけてきて、臼杵に泣きつくように迫ってきたのだった。臼杵は相撲部に今までも何度も部活に誘われていたので、そのことかと思いきや、今回は違うようだった。

相撲部の一人が言うには、何でも今相撲部に小学生くらいの子どもが訪れているようで、その子が相撲部員をことごとく倒しているということだった。臼杵はその言葉を信じられなかった。なぜなら、夢乃森学園の相撲部は強豪だからである。そんな強い相撲部が小学生くらいの子どもに負けるはずがないのである。もしその小学生が恵まれた体格を持っていたとしても高校生よりは小さいはずである。泣きついて来た相撲部によると、その子の身長は一二〇センチくらいで、体格もごつくなく、全体的に赤い色を纏っているらしい。その子どもに相撲部が次々に負けているということだった。

そんな状況を見かねた一年生エースの垣添かきぞえが勝負を挑んだが、あっさり負け、副部長でツッパリが得意の千代小海ちよしょうかいも負け、部長で現高校横綱でもある双葉まや(ふたばまや)も連勝記録が途絶え、非公式試合とはいえ生まれて初めて負けたということだった。臼杵のところに来た相撲部は、あまりの衝撃的な現実に驚いてどうしていいかわからなくなり、臼杵を頼りに来たらしい。臼杵ならその子どもに勝てるかもしれないから、ということだった。

現実味がない話だったが、相撲部が嘘をついている様子もなかったので、臼杵はとりあえず信じたが、誘いは丁重に断った。なぜなら、今から城島たちと買い物に行くからである。相撲部のことも気になるが、嫌な気配は感じなかったので大丈夫だろうと判断した。それに、今の臼杵にとっては城島の荷物持ちをする方が重要だった。なので、泣きじゃくる相撲部を背に臼杵は健闘を祈ってから正門を出て行った。


 津久見が「で、どこに買い物に行くんですか?」と言うと、臼杵と龍原寺と中津の三人が城島に視線を送った。

「あっ、えーっと、夢乃森プレミアムアウトレットに行こうと思うんだけど、どうかな?」

「プレデターアウトか! いいな!」と臼杵が言った。

「プレミアムアウトレットだ。お前、どんなところか知ってんのか?」と龍原寺が言った。

「ん? 宇宙人がいる場所じゃねぇのか?」

「それはプレデターだ! プレミアムアウトレットは服の店がたくさんある場所だ」

「服屋か!」

 服屋と聞いて、臼杵はこう思った。

 城島はオシャレだから、服をいっぱい買うのか! 一人じゃ持てないくらい買うつもりだから、おれを誘ったんだろう。よし! それならおれは、その役目を存分に果たすぞ!

 臼杵は改めて気合を入れた。

「てことは、城島さん服を買いに行くんですか?」と津久見が言った。

「あ、うん。……でも、ウチの服じゃなくて、臼杵白馬の服を買おうと思って」と城島が言った。

 臼杵は驚き過ぎて目玉が飛び出した状態で城島を見た。

「えっ!? おれの…服…?」

「そう。この前約束を破ってしまったから、そのお詫びにウチがコーディネートしてあげようと思って」

 どうやら城島はまだGWのことを気にしているようだった。臼杵はまったく気にしていなかったので、そのことを正直に伝えることにした。

「そのことは気にしてねぇから気を遣わなくていいぞ」

「べっ、別に気を遣っているわけじゃないから! 臼杵白馬は、ウ、ウチにコーディネートしてもらいたくないの?」

「そんなことねぇ! してもらいてぇ!」

「じゃ、じゃあ、黙ってついて来て!」

「ウス!」

 五人はバスに乗り、夢乃森プレミアムアウトレットに向かった。

 夢乃森プレミアムアウトレットに到着すると、平日にもかかわらずたくさんの客で賑わっていた。臼杵たちの他にも夢乃森学園生が多く来ていた。

 夢乃森プレミアムアウトレットは、敷地面積が六万平方メートルあり、店舗数は三〇〇以上ある国内有数のアウトレットモールである。若者や家族連れのみならず、中年や高年層にも来てもらえるような誰でも楽しめるサービスを提供するように心掛けているらしい。プレミアムという名前がついているが、決して高級品だけを扱っているわけではなく、学生にやさしい値段で取り扱っている店も多数あるため、夢乃森学園生に非常に人気な場所である。

 臼杵は生まれて初めて、夢乃森プレミアムアウトレットに来たのだった。臼杵にとって服といえば、ほとんどの店で着られるサイズが売っていないため、ビッグサイズ専門店で買うしかなかった。その店には、シンプルな服か独特な絵柄の服しか売っていなかったので、あまり選択肢がなかったのである。しかも、臼杵は大きいサイズの中でも特に大きいサイズしか着られなかった。それでも臼杵はあまり気にしていなかったので、ずっとオシャレとは無縁の生活を送っていた。

 臼杵はオシャレそうな店が立ち並ぶ光景を見て、目を輝かせていたが、ある心配が頭を過った。

「城島。おれの服を選んでくれるのはありがたいんだが、ここにおれが着られるサイズがあるのか?」

「大丈夫! ちゃんと考えてるから!」

「そうか!」

 城島の自信満々の笑みを見て、臼杵は期待せざるを得なかった。

 城島の案内で、臼杵たちはある店に入った。その店は一般的なアパレルショップで、臼杵が着ることができそうなサイズは売っていないように見えた。それでも城島は臼杵に似合いそうな服を探し始めた。服を選んでは臼杵の身体に当てて確認し、また違う服を持ってくるという作業を何度も繰り返した。

 龍原寺は同じ店内で自分の服選びをしており、津久見も中津を連れて自分の服選びをしていた。中津は時折臼杵と城島をチラチラ見たり、耳に手を当て何か独り言を言ったりという変な行動をしていた。

 しばらくして、城島の納得いくコーディネートが決まった。城島らしく派手でオシャレなセットアップだったが、臼杵のゴリラ顔を上手く緩和させるコーデだった。城島は店員を呼んで、臼杵の体格を調べ始めた。店員がメジャーを使って臼杵の肩幅、足の長さ、胸囲、腰回りなどを測り、サイズをしっかり確認したあと、城島が持っていた服一式を店員に渡した。どうやら、城島が選んだ服一式の大きいサイズを作ってもらうようだった。

「そんなことできるのか!?」と臼杵が言った。

「Of course! 任せて」

「ウォォォオォ!! ありがとう、城島ぁぁぁぁ!」臼杵は猛烈に感動した。

「べっ、別にあんたのためにしたわけじゃないから。ただのお詫びだから」

 そう言っている城島の横顔は笑っていた。

 臼杵のコーディネートが終わったとき、龍原寺と津久見もちゃっかり自分の服を買っていた。中津は何も買っていないようだったが、肩を落として疲れている様子だった。

 これで城島の用件は終わったのだが、せっかく来たということで、もう少し店を見て回ることになった。

次の店では、城島と津久見のコーディネート対決が始まり、試着室で二人がいろんな服に着替えてウォークする、ファッションショーみたいになった。その噂がいつの間にかアウトレット中に広まってしまい、他の店にいた客が野次馬として集まって来ていた。そのせいで二人の対決はさらに熱が入ってしまった。審査員の一人に選ばれた臼杵は、二人がどんな格好で出てきても、正直に「いいな!」「似合っている!」と元気な声で感想を言っていた。もう一人の審査員である中津も「いいな」「似合っている」と同じ感想を言っていたが、言葉にまったく元気がなく弱々しかった。中津に何があったかわからないが、その姿はまるで意見の異なる二人の間に挟まれて一方的に意見を言われたあとのような気疲れをしているようだった。龍原寺は相変わらず自分の服を買っていた。

その後もいろんな店を見て回ったり、クレープを食べたりしていると、あっという間に時間が経ったので、アウトレットモール内のレストランで晩ご飯を食べることになった。先程のコーディネート対決がきっかけになったのか、城島と津久見は結構仲良くなっているようだった。まるでお互いを認め合ったライバルみたいな感じだった。

晩ご飯を食べたあとは、最寄り駅までバスで帰った。駅で臼杵と龍原寺の実家組、城島と津久見と中津の寮組に分かれて帰路についた。

 臼杵が家に帰り着いたタイミングでポケットに入れていたスマホが鳴った。玄関で靴を脱ぎながらスマホを取り出して確認すると、城島からメッセージが届いていた。

「服ができたら連絡するから、楽しみにしておいて!」

「ウス! ありがとう!」


 次の週の月曜日の朝、臼杵のスマホに九重からメッセージが届いた。放課後一緒に行きたいところがあるということだった。臼杵はどこに行きたいのか聞かずに即オーケーの返事をした。九重が行きたい場所なら、臼杵も行きたい場所だからである。当然、龍原寺も一緒である。

 放課後、臼杵たちが待ち合わせである中央広場時計塔前に向かっている途中、ウエイトリフティング部の一年三人が突然現れて、行く手を塞いだのだった。臼杵は、ウエイトリフティング部に今まで何度も部活に誘われていたので、そのことかと思いきや、今回は違うようだった。

 ウエイトリフティング部の話によると、先日相撲部が言っていた内容とほぼ同じで、小学生くらいの子どもが突然会場に現れて、重量挙げで勝負することになり、次々と選手を負かしているということだった。その窮地を救って欲しいということで、臼杵を頼って来たらしい。

 臼杵はその話を信じたが、今はそんなことよりも九重との約束を守る方が重要なので、ウエイトリフティング部の健闘を祈って、待ち合わせ場所に向かった。

待ち合わせ場所の中央広場時計塔前に行くと、九重がすでに待っていた。そこから臼杵たちは九重について行った。

九重が行きたかったという場所は、最近できたばかりのカフェだった。そのカフェはログハウスみたいな造りで、外観だけでもオシャレだった。店名は『九重喫茶』。なんと九重の親戚が経営している喫茶店だった。

九重はここのケーキが美味しいから、臼杵と一緒に来たかったらしい。臼杵はその気持ちを聞いて、内心「うっ、好きだ!」と思った。

 臼杵たちが店内に入ると、九重と店員が仲良さそうに気さくに話していた。店員に案内されていると、あるテーブルにサングラスを掛けている中津と黒髪ショートボブの女子生徒の姿があった。臼杵が最初に気づいて挨拶した。

「ウス! 中津先輩!」

「あ、臼杵くんと龍原寺くんと…ん? そちらは…?」

「あ、この人は九重ッス! おれと同じ一年っス!」

 臼杵が紹介すると、九重は軽くお辞儀をした。

「そっか。こんなところで会うなんて偶然だな」

「そうッスね!」

「えっ!? 中津くん、この人たちと知り合いなの!?」とショートボブが言った。

「あ、はい。ちょっと前に知り合って…」

「へぇー、そうなんだ!」

 ショートボブは下から上へ視線を動かしながら臼杵を見た。

 ここで臼杵たちとショートボブが軽く自己紹介した。

ショートボブの名前は速見時音といい、夢乃森学園内にある『ドリームバックス』でバイトしているということだった。

 臼杵たちと速見が話している間、中津は九重に視線を送り気にしている様子だったが、特に何も言わなかった。

その後、臼杵たちは中津たちと少し離れたテーブル席に座った。そこで、それぞれ好きなケーキセットを注文した。臼杵はショートケーキ、龍原寺はチーズケーキ、九重はミルフィーユだった。

九重が言っていた通り、ケーキはとても美味しかった。臼杵はショートケーキを一口で食べてしまったので、そのあとは二人が食べる姿を眺めていた。臼杵はミルフィーユというケーキを知らなかったので、九重の食べる姿をジーっと見つめていると、九重は恥ずかしそうにしていた。そして九重が「一口、食べる?」と言ってきたので、そういうつもりで見ていたのではないと遠慮したが、スプーンに一口すくって差し出してきたので、流れに逆らえず食べた。当然、ミルフィーユも美味しかった。臼杵は次に龍原寺のチーズケーキに視線を移して食べたそうな顔をしていたが、龍原寺は「オレはやらねぇから」と言って残りを食べたのだった。

三人がケーキを食べている間、中津がチラチラと見ているようだった。臼杵はそんな中津の視線に気づいていたが、中津先輩もケーキが食べたいんだろうな! と思っていたので、あまり気にしなかった。

その後、臼杵たちと九重は駅で別れてそれぞれの帰路についた。

その日の夜、臼杵が寝る前にスマホに千歳からメッセージが届いた。明日の放課後に行きたいところがあるという誘いだったので、即オーケーの返事をした。すると、すぐに返信が来て、喜びのスタンプと一緒に「念のため、着替えを持って来てください!」というメッセージが届いた。臼杵は「了解!」と返信して眠りについた。


 火曜日の放課後、臼杵たちが待ち合わせ場所の中央広場時計塔前で待っていると、突然レスリング部の一年が三人現れて泣きついて来たのだった。臼杵はレスリング部に…以下略。

 レスリング部の話によると、相撲部、ウエイトリフティングとほぼ同じで、以下略。

 臼杵が「大事な用事がある!」とはっきり言って断っているところに千歳がやって来た。

「お待たせしました! 臼杵くん! ドラくん! っと、そちらの方たちは…?」

「ウス! 大野! こいつらはおれの友達のレスリング部だ」

「レスリング部? 臼杵くん、レスリング部に入るのですか?」

「いや、まだ決めてねぇ。一応候補の一つだ」

「そうなんですね。フフフ、臼杵くんなら霊長類最強になれそうですね」

「そ、そうか」

 千歳にそう言われて、臼杵は頭の中で霊長類最強になっている自分の姿を想像した。意外と悪くねぇ! と思ったのだった。

 千歳の発言を聞いたレスリング部員がその流れに乗じて、臼杵を説得しようとしてきたが、臼杵は、それはそれ、これはこれ、ということで今は千歳の用事が最優先であることを冷静に判断した。臼杵はレスリング部の話には乗らず、上手く話題を逸らし、千歳を連れて進み始めた。

 千歳の行きたいところは、学園内にあるジムだった。先日九重と来たところである。中に入ると、数十人の学園生が筋トレをしていた。その中に中津がいて、我が校の歌姫、姫島響歌と一緒に筋トレをしていた。真っ先に気づいた臼杵が挨拶をした。

「ウス! 中津先輩! また会ったッスね!」

「えっ、中津…先輩…?」と千歳が呟いた。

「あ、臼杵くん…と龍原寺くんと…そちらの方は…?」

 中津は筋トレに励んでいた様子で息を切らしていた。

「この人は大野千歳ッス! おれと同じ一年っス!」

「中津先輩……? ひょっとして、中津夢翔先輩ですか?」と千歳が言った。

「あ、はい。そうです」

 千歳は中津を見て口に手を当て驚いていた。そして手で隠していた口元が最後にニヤッとした気がした。

「ん? 大野、中津先輩を知ってるのか?」

「あ、はい。知っていると言っても、名前を聞いたことがあるくらいですけど」

「そうか」

「中津くん、この人たちと知り合いなの?」と姫島が言った。

「あ、はい。この人は…」

 ここで中津が仲介役になって姫島と臼杵たちの紹介をした。

 中津は日頃から運動を心掛けているということで、たまにジムで筋トレをしているということだった。そして姫島も同じ理由で今日はたまたま中津と会ったらしく、一緒に筋トレすることになったらしい。

 臼杵たちも早速器具を使って筋トレすることにしたが、その前に臼杵は千歳に筋トレが好きなのか尋ねた。すると、千歳の目的は自身の筋トレではなく、臼杵が筋トレしているところを見てみたいということだった。千歳が臼杵の手を握って可愛い顔でお願いしてきたので、臼杵は頭から湯気が出てパンクしそうになったが、ちょうど筋トレで煩悩を追い払うことができそうだったため、期待に応えて、いつも以上に張り切ったのだった。

 千歳は、臼杵の筋トレする姿に見惚れていたが、途中で触発されたのか、ダンベルを取りに行き、筋トレを始めたのだった。三キロのダンベルと片腕一〇回ずつ持ち上げて息を切らして頑張っている千歳の姿を見て、臼杵は内心「うっ、好きだ!」と思った。

 臼杵たちが筋トレしている間、中津がチラチラと何度も見て気にしている様子だった。おそらく、臼杵と同じように、千歳の可愛い姿を見て癒されていたのだろう、と思っていた。筋トレは自分を追い込むので、たまには癒しが必要なのである。

 筋トレでたくさんの汗をかいたあとはシャワーを浴びて洗い流し、持って来ていた服に着替えた。千歳は臼杵の筋トレ姿を存分に見られたようで、とても満足した様子だった。千歳のその表情を見て、臼杵も嬉しくなった。

 

水曜日は珍しく誰とも逢わず何もない一日だったが、何やら複数の部活が集まって綱引き大会をしていた。赤い姿をした小学生くらいの子ども相手に、相撲部、ウエイトリフティング部、レスリング部の屈強な男たちが束になって勝負していたが、わずかに引かれつつあった。部活連合軍の先頭を引っ張っていたのは、桜色の髪に深紅の瞳、魔法使いのコスプレをしている女子生徒だった。臼杵はその子の必死な表情を目にして手伝いたいという気持ちになり、鞄を龍原寺に預けてから綱の一番後ろを引っ張り始めた。みんな必死に綱を引っ張っていたので、臼杵が参加したことに気づいてなかった。臼杵が加わったことで劣勢だった部活連合軍が徐々に引き返し始めた。少しずつ、だが確実に自陣に引き寄せ始め、最終的に勝利を収めることができたのだった。みんな勝ったことが余程嬉しかったらしく、喜び合ったり、泣いたりして、お互いを称え合っていた。冷静に考えると、子ども一人に高校生が数十人で綱引きをしてギリギリ勝てたという状況なのだが、そんなこと気にする人は一人もいなかった。

みんなが称え合っている間に、臼杵は龍原寺の元へ戻った。そしてふと対戦相手が気になったので視線を送ったのだが、すでに子どもと魔法使いのコスプレをした女子生徒はいなくなっていた。

その日の夜、城島からメッセージが届いた。「服一式ができたから、明日渡すね!」ということだったので、放課後に会う約束をした。


 木曜日の放課後、臼杵と龍原寺は待ち合わせ場所である『ドリームバックス』に向かった。店内に入ると、先日中津と一緒にいた速見が出てきた。速見は臼杵たちのことを覚えていた。店内を見渡すと、城島の姿があったので、速見に連れがいると伝え、城島のいる席に向かった。

「ウス! 城島! 待たせたな!」

「別に! ウチも今来たところだから」

 城島はそう言っていたが、テーブルの上にあったマグカップの中身は空だった。

「それよりも、はい、これ!」城島は足元に置いていた紙袋を取って臼杵に渡した。「この前買った服」

「おお! ありがとう、城島!」

 臼杵は中身を取り出して確認した。たしかに、この前城島がコーディネートしてくれた服だった。臼杵が「着てみてもいいか?」と尋ねると、城島がコクリと頷いたので、臼杵は早速ジャケットを着た。サイズはピッタリだった。一緒に買ったTシャツとパンツはここで着替えるわけにはいかないので、家に帰って風呂から上がったあとの清潔な身体のときに着てみようと考えていた。

臼杵が満足していると城島が「あ、あのさ!」と言った。

「ん? なんだ?」と臼杵が聞いたが、城島はモジモジして恥ずかしそうにして「……やっぱり、何でもない!」と言った。

 それからドリームバックスを出て帰り始めても、城島は何か言いたそうな様子だったので、臼杵から聞いてみることにした。

 臼杵が城島の目を見つめて「城島! なにか言いたいことがあるなら…」と言いかけたとき、横から「臼杵くん!」、後ろから「白馬くん!」という声がした。それぞれ千歳と九重だった。久しぶりに三人が邂逅した。三人は「あっ!」という感じでお互いを見合い、様子を伺っているようだった。

臼杵が「大野と九重も今帰りなのか!」と言ったことで緊張感が解れた。

「はい!」と千歳が答え、「うん」と九重が答えた。

「じゃあ、途中まで一緒に帰ろう!」

 ということで、五人は正門まで一緒に帰ることになった。

 しばらく誰も喋らずに帰っていると、千歳が沈黙を破った。

「あの、臼杵くん!」

「ん? なんだ?」

「あ、あの、次の休みって何か予定ありますか?」

 千歳がそう言ったとき、九重と城島の目つきが変わり、気になっている様子だった。

「土曜日はバスケ部、日曜日はサッカー部の手伝いを頼まれている!」

「そうですか。臼杵くん頼りにされているんですね!」

「それほどでもねぇぞ」

「では、その次の休みはどうですか?」

「その次か。今のところ、なんもねぇな」

「そうですか! では、一緒に遊びに行きませんか?」

「ウス! いい…」

「ちょっと待って! 今度の休みはウチが臼杵白馬を誘おうと思ってたんだけど!」と城島が言った。

「えっ、そうだったのか!?」と臼杵が言った。

「その様子だと、まだ誘っていなかったようですね。城島莉乃さん。私の方が先に臼杵くんを誘いましたので、城島さんは私の次にしてもらえませんか?」

「それは…」

「……あ、あの! あ、あたしも、白馬くんと一緒に行きたいところがあるんですけど……!」と九重が手を挙げて勇気を振り絞った様子で言った。

「九重さんもまだ誘っていないのですね。では、私と城島さんの次ということになりますね」

「えーっと、できれば、早めに行きたいんだけど…」

 九重は控えめな態度だったが、これだけは譲れないというような様子ではっきり言った。

「それはできません。私も譲りたくありませんので!」

「そ、それはあなたが勝手に言っていることで、臼杵白馬はまだオーケーしてないでしょ!」

「臼杵くんがオーケーしようとしたときに、城島さんが邪魔をしたのです。あなたが止めなければ臼杵くんは受け入れてくれました」

「それはわからないでしょ。もしかしたら、ウチと遊びたいと思って断ろうとしていたかもしれないじゃない! いや、きっとそうするはずだった!」

「臼杵くんはそんなことしません! 私と遊びたいと思っていました!」

「はっきり言うわね。臼杵白馬のことなら何でも知っているっていうの?」

「いえ、ほとんど知りません。なので、これから知りたいと思っています!」

「ウチだって、知りたいって思ってるから!」

 千歳と城島の白熱した言い合いが続いている中、臼杵はどうしていいかわからずにあたふたしていると、九重が間に入った。

「じゃ、じゃあ、白馬くんに決めてもらえば、いいんじゃないかな?」

 九重の発言を聞いた二人は「あっ! その手があったか!」というような顔をして納得した様子だった。そして三人が臼杵に視線を送った。

 臼杵は冷や汗をかいていた。どうすればいいのか迷っていたからだ。たしかに、最初に誘ってきたのは千歳である。しかし、城島が何か言いたそうにしていたとき、実は誘おうとしていたのではないかと思う。臼杵が早く聞いてあげなかったことにも責任がある。それに、九重も二人に遅れたとはいえ、遊びたいという気持ちは強そうだった。三人ともそれぞれ譲れない様子だった。

 こんなときに頼りになるのが、親友の龍原寺である。臼杵はアドバイスを求めて龍原寺に視線を送ったが、お手上げ状態のジェスチャーをされた。どうやらこの難題は、龍原寺にも答えがわからないらしい。

 臼杵は普段あまり使わない頭をフル回転させ、何かいい案がないか必死に考えた。しかし、何も思い浮かばなかった。臼杵が決めたことには、三人とも納得してくれそうだが、なんだか優劣をつけてしまう感じがして嫌だった。臼杵は決してそんなつもりはないのだが、相手がどう感じるかはわからない。三人の中には気にする人がいるかもしれない。

 臼杵が頭を悩ませていると、千歳が「では、ババ抜きで決めませんか?」と言った。千歳は臼杵の気持ちを察した様子で、九重と城島もそれに気づき、その提案を受け入れたのだった。

 五人は近くの建物の休憩スペースに移動し、空いている丸テーブルでババ抜き勝負をすることになった。千歳、九重、城島が椅子に座り、臼杵と龍原寺はそばで立って見守っていた。

 千歳が鞄からトランプを取り出し、ケースからカード束を出して、何の仕掛けもない普通のトランプであることを九重と城島に渡して確認させた。二人がサッとトランプを確認したところ、怪しいところはなかったようで、千歳に返した。千歳はトランプを念入りにシャッフルしてから順に配り始めた。千歳が配っている間、九重と城島はカードを手に取らなかった。九重は自分の前に配られるカードを見つめていたが、城島は千歳が配っている様子をしっかり観察していた。何か怪しい動きがないか確認していたのだろう。

すべて配り終えたところで、全員がカードを手に取った。二枚揃っているカードを中心に出し、三人は持ち札を減らした。千歳が残り七枚、九重が残り四枚、城島が残り四枚で、ジョーカーは千歳が持っていた。九重、城島、千歳順に時計回りにカードを引いていった。最初、持ち札が多くてジョーカーを持っていた千歳が不利かと思われたが、ジョーカーは二周目で九重に渡り、三周目で城島の元へ渡った。そこからジョーカーは移動することなく、一番に千歳があがった。千歳は心理戦が上手く、手札の一枚を上に飛び出したり、言葉で誘導したりして九重や城島を揺さぶっていた。最後、九重と城島の一騎打ちになったとき、両者ともジョーカーを引きまくり、なかなか決着がつかなかったのだが、九重が目を瞑って運に掛けてカードを引いたとき、遂に決着がつき、二番目に九重があがったのだった。

 その結果、デートの順番は、千歳、九重、城島ということで話はまとまった。



読んでいただき、ありがとうございます。

次回もお楽しみに。

感想、お待ちしております。

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