臼杵白馬と三ヒロイン②
臼杵の思考が停止して、龍原寺も何も言わなかったため、二人に謎の間が訪れていた。その瞬間は風がピューと吹く音や車の音、工事している音などが聴覚を刺激していた。龍原寺が歩みを止めなかったので、臼杵も無意識で歩いていた。しばらくそんな状態が続いたあと、龍原寺が口を開いた。
「おい、白馬! 大丈夫か?」と龍原寺が言ったが、臼杵の耳には届いていなかった。龍原寺は続けて臼杵の抜け殻のような顔の前で手を振りながら「おーい! 白馬! 戻ってこーい!」と言ったが、それでも無反応だった。なので、往復ビンタをしてから耳元で「白馬! 起きろ!」と大きな声で言うと、ようやく臼杵は意識を取り戻した。
「おっ、ウ、ウス! 風! 今日も一日頑張ろうな!」
「何寝ぼけんてだよ! 今帰ってるところだろ!」
「ん? あ、そうか! 今日はもう終わったんだな」
それから二人はしばらく沈黙の中、歩き続けた。
「でっ、理解できたか? 白馬」
「ん? なんのことだ?」
「なんのことだ? じゃねぇよ! 大野さんと九重さんと城島さんがお前のこと好きってことだよ」
臼杵はその言葉を聞いて再び思考が停止しかけたが、龍原寺の「いや、もうそれはいいから!」という一言ですぐに元に戻ったのだった。
「風! 別におれに気を遣わなくていい」
「気なんか遣ってねぇよ。ただ事実を言っただけだ」
「なにが事実なんだ!?」
「だから、あの三人がお前のことを好きってことだよ!」
「そんなの信じられるかぁ! どう見ても風のことが好きだろ! あの三人は!」
「いや、どうみてもお前だろ。思い出してみろ。あの三人が楽しそうに話していたのは誰だった?」
そう言われて臼杵は思い出してみた。たしかに、一緒にいるときに会話をたくさんしていたのは、それぞれ臼杵と千歳、臼杵と九重、臼杵と城島だった。しかしそれは、彼女たちが龍原寺と直接話すのが恥ずかしいのかもしれない。実際今までそんな女子が結構いた。
「うーむ、まだ信じられねぇ。風と話すのが恥ずかしいからかもしれねぇだろ?」
「じゃあ、三人が嬉しそうな顔で聞いていた話はどんな話だった? オレのことだったか? 白馬のことだったか?」
そう言われて再び思い出してみた。出会ったばかりの頃は、臼杵に個人的な質問が集中しており、臼杵はすべてに答えていた。そのときの三人は笑っていた。しかし、最近臼杵が自分のことを話さずに龍原寺のいいところを話していたときは、あまり笑わなかった気がする。笑っていてもどこかぎこちなさがあった。
「おれの話がつまらなかったからじゃねぇか?」
「いや、そうじゃねぇだろ!」
「んー、やっぱり信じられねぇ。あんな可愛い子たちが、おれのこと好きになるはずがない」
「どうしてそう思うんだ?」
「だっておれは、今までモテたことねぇし、カッコよくねぇし、ゴリラだし、石仏だし……」
「そんなことねぇよ。お前はカッコいいって」
「お世辞はいい」
「お世辞じゃねぇよ。お前はカッコイイ」
「そうか。じゃあ、なんで今までモテなかったんだ? 告白したらすべて断られたぞ」
「お前のカッコよさに気づかない奴が多かっただけだろ。それに、お前は人を見る目がなかったからな。お前が今まで告白した奴全員、お前のこと陰でバカにしてし」
「なに!? そうだったのか!?」
「ああ。そんな奴と付き合わなくてよかったよ」
臼杵は今までそんなことまったく知らなかった。目の前で言われたことがなかったからだ。臼杵は単純思考なので、表面的なことがすべてだと思ってしまう。というより、臼杵自身がすべてをさらけ出しているので、周りの人たちがどんな内面を抱えているのか、あまり考えてこなかったのである。
「……大野と、九重と、城島は、本当におれのことが……すっ、すっ、好き…なのか?」
「まあ、まだはっきり言えねぇけど、少なくとも全員お前に興味持っていることは間違いない」
「そうか……」
「信じたか?」
「……いや、まだ信じられねぇ」
「まだかよ!」
結局、臼杵はその日家に帰ってからモヤモヤを抱えたまま過ごすことになった。ご飯食べるときも、風呂に入るときも、歯磨きするときも、心ここにあらず状態だった。そのまま布団に入って眠ろうとしたが、熟睡できるはずもなく、気がついたら朝になっていた。
朝になっても臼杵はボーっとした状態のままだった。両親は放任主義なので、まったく気にしていなかったが、時々声を掛けてくれていた。家を出発して龍原寺と一緒に通学してもボーっとしたまま、電車に乗ってもボーっとしたまま、正門に着いてもボーっとしたままだった。午前中の講義もまったく頭の中に入って来ないまま終わり、昼休みになった。
このまま今日一日、臼杵はボーっとしたまま過ごすことになるかと思われた。しかし、そうはならなかった。
昼休み、ボーっとしている臼杵の代わりに龍原寺がどこで昼を食べようか考えていた。龍原寺にただついて行っているだけの臼杵が中央広場を歩いていたとき、正面から「臼杵くん!」横から「白馬くん!」後ろから「臼杵白馬!」という声が同時に聴こえた。臼杵はその声に反応して周りを見渡した。すると、正面から千歳、横から九重、後ろから城島が来ていた。今まで出会うことのなかった三人がここでついに邂逅したのである。
三人はほぼ同時に臼杵の元へ辿り着いた。三人とも「えっ!?」というような表情をしてお互いを見合っていた。それがしばらく続いたあと、最初に千歳が口を開いた。
「あなたたち、臼杵くんに何か用ですか?」
「えっ、い、いや、用っていうか、これから一緒にお昼を食べようかと思って」と九重が言った。
「えっ、あんたも!? ウチもなんだけど…」と城島が言った。
「えっ、そ、そうなんですか!?」
「私もなんですけど…」と千歳が言った。
このとき、三人とも何かを感じ取ったような顔をしてお互いを警戒するような視線の送り合いをしていた。周りの音は一切消え、お互いの呼吸音だけがはっきりと聞こえている程辺りは緊張感あふれる空気が流れていた。しばらくそんな状態が続いていたが、この一触即発な状況を真っ先に崩したのが臼杵だった。
「なんだ? みんなで一緒にメシを食いたいのか! よし! じゃあ一緒に行こう!」
臼杵のこの一言で辺りの緊張感が一瞬でなくなった。三人がポカーンとしている中、臼杵はどこで食べようか探し始めた。そこへ真っ先に加わったのが千歳だった。千歳はすぐに気持ちを切り替えたようで臼杵の隣に行き、どこで食べるか考え始めた。少し遅れて九重と城島も加わった。
三人もいるので意見が割れるかに思われたが、意外にあっさり三人とも意見が一致し、臼杵たちはバイキング形式の食堂に行くことになった。千歳曰く「ここなら臼杵くんが満足するまで食べられるから」ということで、九重と城島も頷いていた。
長テーブルの端っこの席が空いていたので、五人はそこに陣取った。席順は一番端に龍原寺その隣に臼杵、龍原寺の正面に九重、臼杵の正面に千歳と城島が座った。臼杵は体がでかいので、二人分の席が必要だった。
バイキングでみんな好きなものを選ぶことができるため、取ってきた皿を見るとその人の性格が表れているようだった。臼杵は二つのトレーにそれぞれ大皿を三皿ずつ、計六皿乗せ、肉、魚、野菜、炭水化物など片っ端から料理を盛った。龍原寺は唐揚げ、とり天、ハンバーグ、焼肉など肉料理ばかりだった。九重は白飯少なめ、肉一品、魚一品、野菜多めというバランスのいい内容だった。城島はパスタ、カラフルな野菜、デザートなど見た目がオシャレな品ばかりだった。千歳はほとんど臼杵と同じものを選んでいたが、すべて一口サイズの量で臼杵の半分の三皿にまとめていた。
全員が席に着いたとき、九重と城島が千歳の皿を見て唖然とした顔をしており、千歳は勝ち誇ったような顔をしていたが、臼杵はそんなことまったく気づく様子もなく両手を合わせて「いただきます!」と言った。すると、四人も続いて「いただきます」と言ってそれぞれ食べ始めた。臼杵が豪快に食べながら「美味いな!」と言うと、すぐに千歳が「そうですね」と笑顔で同意し、少し遅れて九重と城島も会話に加わった。
臼杵はあっという間に自分の分を食べ終え、おかわりに向かおうとしたら、千歳が少し多く取りすぎてしまったということで分けてくれた。そのあとすぐに九重と城島も自分の分を分けてくれた。臼杵はありがたくいただき、それもあっという間に食べ終えてから、結局おかわりに向かった。
昼食後、五人はそれぞれの講義に向かうため解散した……はずだった。
臼杵はすっかり元気を取り戻していた。今までモヤモヤしていたことについて考えても仕方がないという結論に達し、普段通りに振舞うことに決めたのだった。誰が誰を好きだろうが、自分は正直でいようと覚悟を決めた。
そんなパワフルを取り戻した臼杵と相変わらずな龍原寺が五時間目の講義の教室に向かっていると、臼杵の背中に突然誰かがぶつかってきた。臼杵が振り返ると、その正体は九重だった。九重は走って来たようで肩で息をしていた。
「どうしたんだ? 九重」
「ハァ、ハァ、あ、あの! ハァ、これ、渡すの、忘れていたから!」
九重は息を整えてから持っていた紙袋を臼杵に渡した。
「ん? これは?」
「カップケーキを作ってきたの! よかったらもらってくれないかな?」
「おれが食べてもいいのか?」
「うん!」
「そうか。ありがとう」
「ドラくんにも、はい!」
「あ、オレにも! ありがとう」
九重は用事を終え、手を振りながら去っていった。もらった紙袋の中を見てみると、カップケーキが五個入っていた。五個それぞれ味が違うらしく、紙袋の中に入っていた小さなメモ用紙にプレーン、チョコチップ、ココア、抹茶、紅茶味があると九重の可愛い直筆で書かれていた。
臼杵は教室に着いてから早速一個食べてみた。すると、とても美味しかったので残りの四個も一気に食べた。隣に座っていた龍原寺にも食べてみるように薦めたが、昼を食べたばかりで腹が空いていないらしく、帰ってから食べるということだった。逆に、どうしてまだ食べられるのか不思議に思われたのだった。
臼杵はあまりの美味しさに感動し、すぐにでも九重に感想を伝えたかったのだが、できなかった。なぜなら、臼杵はまだ九重の連絡先を知らないからである。千歳と城島の連絡先も知らない。
三人は本当におれに興味を持っているのか?
改めて疑問に思う臼杵だった。
放課後、龍原寺と一緒に帰っていると中央広場の辺りで後ろから「臼杵白馬!」と呼ぶ声がした。振り返ると城島が走って来ていた。
「ウス! 城島。今帰りか?」
「うん。正門まで一緒に帰ろう」
「ああ」
城島は寮で一人暮らしをしている。城島の住んでいる寮は夢乃森学園前駅と反対側なので、正門までが同じ帰り道である。城島から一緒に帰ろうと誘ってきたにもかかわらず、城島は一向に喋らずモジモジしていた。臼杵が「ん? どうしたんだ?」と尋ねても、城島は「えっ、ううん。どうもしてないけど…」と答えるだけだった。そのまま歩き続け、もうすぐ正門というところまで来たとき、城島が「あ、あのさ! 臼杵白馬!」と言った。
「ん? なんだ?」
「これ、ウチの連絡先とID! 登録してもいいけど…」
城島は顔を赤くして恥ずかしそうな様子で自分のスマホの画面を臼杵に向けて見せてきた。城島が目を合わせないようにしていたので、臼杵は嫌々しているのではないかと思った。
「いいのか?」
「ウ、ウチから教えているんだから、いいに決まってるでしょ!」
「そうか。わかった!」
臼杵はポケットから自分のスマホを取り出し、すぐに城島の連絡先を登録した。
臼杵の登録が終わったのを確認した城島は「はい! ドラくんも!」と言って龍原寺にも登録するように言った。龍原寺は「えっ、オレも?」と言ったが、城島がコクリと頷き、断る理由もなかったようなので登録していた。
城島のスマホには新たに二人の友達が増えたのだった。城島はしばらくの間、自分のスマホを見つめながらニヤニヤしていたので、臼杵は黙って城島を見ていた。すると、臼杵の視線に気づいた城島が「なっ!? べっ、別に友達増えたことが嬉しいわけじゃないから! ウチにはたくさんフレンドがいるから!」と恥ずかしそうにしながら言った。なんのことかわからなかった臼杵は「そうか」とあっさり言った。
そして臼杵たちと城島は正門で別れた。さっきはあんなこと言っていた城島だったが、「じゃあ、またね!」と笑顔で手を振る城島は嬉しそうだった。その城島の笑顔を見て、臼杵は内心「うっ、好きだ!」と思ってしまった。
翌日の朝、いつも通り登校していると夢乃森学園前駅を出たところで偶然千歳と出逢った。千歳は寮で一人暮らしをしているので、電車に乗る必要はないはずである。予想外の出逢いに、臼杵は少し驚いた。
「あっ! おはようございます、臼杵くん! ドラくん!」
「大野!? どうしてこんなところにいるんだ!? 寮は反対だろ!」
「はい! でも、今日はちょっと電車通学ってどんな感じなんだろうって思ったので、電車に乗って来ました! 電車通学したことなかったので!」
「そ、そうなのか…」
「はい!」
「……で、どうだったんだ?」
「はい。臼杵くんと一緒なら、電車通学も悪くないなぁって思いました!」
「そ、そうか…」
千歳の笑顔を見た瞬間、臼杵は胸に無数の弾丸を食らったのだった。「うっ、好きだ!」と一瞬思ったが、煩悩に負けないように抑えつけ、冷静さを装った。
「せっかくなので、一緒に学校まで行きませんか?」
「ウ、ウス!」
「やった! 臼杵くんと初めて一緒に登校です!」
千歳の喜ぶ可愛さにさらなる追い打ちをかけられた臼杵は、自分を落ち着かせることだけで精一杯で会話する余裕がなかった。臼杵は頭の中で円周率を数えて冷静になろうとしていたが、3.14までしか覚えていなかったので、すぐに千歳の顔が思い浮かび「うっ、好きだ!」という感情が覆いかぶさるのだった。
臼杵がそんな葛藤をしている隣では、千歳が楽しそうに講義で学んだことを話していた。千歳は遺伝学、生態学、進化学など生物学全般の知識を語っていた。臼杵は会話できない状態だったが、この日は千歳がどんどん喋り続けてくれたので沈黙がなかった。
結局そのまま正門に着いたところで、千歳は何かを思い出した様子で鞄を漁り始めた。そしてスマホを取り出して「臼杵くん。よかったら、連絡先を交換しませんか?」と言った。そのとき、臼杵はすでに我に返っていたので「ウ、ウス!」と言ってあっさり承諾した。二人が連絡先を交換したあと、龍原寺も交換し、千歳とはここで別れた。
三時間目の時間、臼杵と龍原寺はどこかで空いた時間を潰そうと考えていた。
数分前、二人が三時間目の教室に向かっていたとき、龍原寺がスマホを見て「あれ? 三時間目、休講になってんだけど」と言った。
休講とは、何らかの理由で講義が休みになることである。たとえば、教師の体調不良や緊急な用事、自然災害での交通機関の乱れなどで休みになることがある。大抵、休講情報は朝の段階でわかることなのだが、稀に急に決まることがあるのである。
入学式のあとの説明会で説明があったらしいのだが、臼杵はそんなことまったく覚えていないので、今まで調べたことなかった。龍原寺は毎朝ちゃんとチェックしているらしい。
つまり、二人は一時間まるまる暇になったということである。空き時間の過ごし方は人それぞれである。一度家に帰る人もいれば、空き教室で過ごす人、図書館やジムなどで過ごす人、近くの店でゲームしたりショッピングしたりする人などがいる。
二人は電車通学で実家まで帰るのが面倒なので、学園内で何かしようと考えていた。しばらく学園内をうろついていると、偶然九重と出逢った。どうやら、九重も急に講義が休講になったようで、空いた時間をどう過ごそうか考えていたらしい。その流れで臼杵たちは九重と一緒に行動することになった。
「そういえば、昨日のカップケーキ美味かったぞ! なあ、風!」と臼杵が言った。
「ああ。美味しかった」
「ほんと!? よかったぁ」
「五個とも全部美味かった!」
「そっかぁ。どの味が一番好きだった?」
「んー、全部好きだ!」
「アハハ。ありがとう」
九重の笑顔を見た臼杵は内心「うっ、好きだ!」と思ってしまったが、その感情を抑えつけた。
「本当はすぐに伝えたかったんだが、連絡先を知らねぇからな。遅くなってすまなかった」
「えっ、ううん。気にしなくていいよ……。あ、あの! 白馬くん!」
「ん? なんだ?」
「あ、あのね! もしよかったらなんだけど、れ、連絡先を、交換しない?」
「ウ、ウス!」
二人は連絡先を交換した。
九重はしばらく臼杵の名前が表示された自分のスマホ画面を見つめてから「これでいつでも連絡できるね!」と笑顔で言った。その笑顔を見た臼杵は再び「うっ、好きだ!」という感情に飲み込まれそうになった。そのあと、九重は龍原寺とも交換していた。
これで臼杵は三人全員と連絡先を交換したのである。
それからどこに行こうかという話題になり、周りがあまり見えていなかった臼杵は、近くにあったジム施設を選び、三人で行くことになった。
そこで臼杵は煩悩を払うために、二〇〇キロ超えのベンチブレスを持ち上げたり、トレッドミルの最高速度でひたすら走り続けたりした。龍原寺と九重は、最初の一〇分くらい自分で試したあと、残りは臼杵の様子をただ見ていた。臼杵は一心不乱に走り続けながらふと時計を見ると、次の講義まで残り一〇分になっていた。体力的にはまだまだ余裕があったが、講義に遅れるわけにはいかないので途中で止めた。
トレッドミルを降りると、体中汗だくになっていたので、急いでシャワーを浴びたが、着替えがないことに気づいた。臼杵がどうしようか、と戸惑っていると龍原寺が着替えを持って来たのだった。どうやら、臼杵が走っている間に売店で買ってきたらしい。一番大きなサイズを買ってきてくれたらしいが、臼杵にとっては小さかった。全体的にピチピチで、シックスパックの腹筋はすべて出ていた。まるで大人が小学生の服を着ているような姿になったが、それを着るしか選択肢がなかったので、我慢することにした。公然わいせつ罪で訴えられないことを祈るばかりである。
ジムを出るとき、ウエイトリフティング部の先輩に勧誘されたが、今は考える余裕がなかったので検討するという返事をした。
臼杵は並外れた体格に恵まれているため、たくさんの部活から勧誘されている。野球、バスケットボール、バレーボール、柔道、空手、レスリングなどなど。スポーツは基本好きなので、まだどの部活に入るのか決めかねているのである。
体を動かしたことにより煩悩をすっかり取り払うことができた臼杵だったが、九重と別れる際、「じゃあまたね! 白馬くん!」という九重の屈託のない笑顔を見た瞬間「うっ、好きだ!」という激しいパンチに一発KOされたのだった。臼杵はその場に倒れ込み、カンカンカンカンという試合終了のベルが鳴り響いている幻聴が聴こえたのだった。そんな臼杵に構うことなく、龍原寺は次の教室に向かっていた。
臼杵は家に帰り着いてから、干していた洗濯物を取り込んで畳み、マンガを読んだりゲームをしたりして暇な時間を過ごし、ご飯を食べて、風呂に入った。家に帰ってからいつも通りのルーティーンである。あとは午後九時に寝るだけだった。しかし、この日はいつもと違うことが起こった。
風呂から上がって冷蔵庫の二リットルの水を一気に飲み干し、リビングで適当にテレビを見たあと、八時五五分になったので自分の部屋に戻って寝ようとした。すると、部屋に入ったタイミングでスマホの通知音が鳴った。こんな時間に臼杵のスマホが鳴るのは久しぶりだった。スマホに登録しているほとんどの友達は、臼杵が午後九時に寝ることを知っているので、こんな時間に送ってくることがない。ということはつまり……。
臼杵はスマホを手に取り中身を確認した。案の定、千歳、九重、城島の三人からメッセージが届いていた。
「今日の朝、臼杵くんと一緒に登校できて嬉しかったです! 臼杵くんがいい夢見られますように!」と千歳から来ていた。
「ジムのときの白馬くん、とてもすごかった! あたし、つい見惚れちゃった! また一緒に行こうね! おやすみ!」と九重から来ていた。
「今日トークできなかったから代わりにメッセージで! おやすみ! 別に逢えなかったことが寂しいわけじゃないから!」と城島から来ていた。
臼杵は襲って来る睡魔と今にも閉じそうな目を擦りながら、三人に「ウス! おやすみ!」と返信して布団に入り、数秒後に熟睡した。
それから三人は再び重なり合うことなく現れるのだった。臼杵は一日に三人のうちの一人、または二人と逢い、逢わなかった一人、または二人がメッセージを送ってくるという謎の流れができていた。あまりにも上手くいきすぎているので、三人が出会ったときに何か話し合いでもしたのだろうか、と思って尋ねてみたが、誰もあの日以降会っていないということだった。
連絡先を交換したことで事前に連絡を取り合うことができるようになり、逢う約束をすることが多くなったが、見事に三人の誘いは重ならなかった。それに今でも突然出逢うこともあるのだが、それでも重なることがなかった。
臼杵はほとんどの時間、龍原寺と一緒にいるため、まだ二人きりで逢ったことはない。時折、龍原寺が気を遣って彼女たちと逢う前に姿を消そうとするのだが、臼杵が許さないのである。臼杵はまだ彼女たちが自分のことを好き、または興味を持っているということに対して半信半疑であるため、龍原寺にいてもらわないと困るのである。彼女たちもそれについては何も言ってこないので、気にしていないのだろう。
そんな状態がしばらく続き、あっという間に高校生になって初めてのGWがやって来た。臼杵はそれぞれ三人と一日ずつ遊ぶ約束をしていた。初日が千歳、次の日が九重、その次の日が城島と出掛ける予定だった。このとき、三人はそれぞれ臼杵と二人きりで遊びたいというメッセージを送って来たので、臼杵は高鳴る胸を抑えながら「了解」と返信した。
臼杵は女の子と二人で過ごすGWが初めてだったので、緊張していた。何をどうして、どのようにすればいいのか、まったくわからなかったので、前日の夜に隣の家の龍原寺の部屋に乗り込んで相談したが「知らねぇよ」の一言で一蹴されたのだった。最後の頼りである龍原寺が薄情だったので、どうしよもなくなり戸惑い始めた臼杵だったが、龍原寺の「変なこと考えず、いつも通りのお前でいいんだよ!」という言葉を聞いて、その通りにする覚悟を決めたのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
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