本物の恋心、嘘の恋心②
国東は臼杵白馬の本から得た情報を中津に説明し始めた。
臼杵は今まであまりモテない人生を歩んできたらしい。告白をすればすべて断られ、告白する前に粉砕されたこともあったらしい。この話を聞いたとき、中津は信じられなかったが、国東も同じ感想だった。
そんな臼杵が現在三人の女子生徒からアピールされているらしいが、今まで失敗続きだったために、恋愛に奥手になっているということだった。
まだ説明の途中だったが、中津は言いたいことがあったので口を挟んだ。
「あのー、俺、他人の恋愛にはあまり関わりたくないんですけど…」
「えっ、どうして?」
「…恋愛観って人によって様々じゃないですか。だから、他人の恋愛に口出しすると面倒なことになりそうな気がして……」
「どうして面倒なことになると思うの?」
「えっ、だって、人は恋をすると判断力が急激に落ちますし…」
一説では、人は恋をするとチンパンジー並みに判断力が低下すると言われている。恋は盲目という言葉があるが、あれは科学的にも正しい。つまり、人は恋をするとアホになる、ということである。
そんなに判断力が低下した人とまともな会話できると思うだろうか。いや、できないだろう。だから、中津は他人の恋愛には首を突っ込みたくないのである。
「そうだね。だから、あたしたちがしっかりサポートしないと! 判断力が落ちたドリーマーが失敗しないために!」
「時には失敗も必要なんじゃないですか?」
「たしかにそうだけど、彼はもう十分失敗している。それに、今回は失敗するわけにはいかないの」
「…どうしてですか?」
「……今回の恋愛が、彼の……臼杵白馬くんの人生のターニングポイントになるから」
「ターニング…ポイント…?」
ターニングポイントとは、変わり目、分岐点という意味である。人生のターニングポイントと言うときは、大抵何かが変わるとき、たとえば、進学するとき、就職するとき、転職するとき、結婚するとき、出産するときなど、人生で重大な出来事が起こるときのことを指すことが多い。無論、恋愛もターニングポイントの一つになることは十分にある。
国東は再び臼杵の説明を始めた。
「臼杵くんは今、ちょっと厄介なことに巻き込まれているみたいなの」
「厄介なこと?」
「臼杵くんが三人の女子生徒からアピールされているって言ったの、覚えてる?」
「あ、はい。覚えてます」
「……実はこの状況がちょっと複雑なんだよね」
「複雑? ただの四角関係じゃないんですか?」
「うん。本によると、臼杵くんはこの三人のうち、ある人を選んだときだけ、その後の人生が大きく成功するらしいの」
「ある人を…選んだときだけ…?」
「つまり、その人以外を選んでしまった場合、臼杵くんは将来の可能性のほとんどを失ってしまうってこと」
「なっ!? そんなことって、あるんですか!?」
「臼杵くんの本にはそう書いてる。そして、本は絶対に嘘をつかない」
「えっ、てことは、臼杵くんが将来なれるだろういろんな可能性は、今回の三分の一の選択にかかっているってことですか!?」
「そういうこと」
「そんな! どうしてそんなことに…。臼杵くんはやさしくていい人そうな印象だったから、そんな風になるとは思えないんですけど…」
「あっ、それは臼杵くんのせいじゃなくて、女子の方に問題があるからだと思う」
「えっ、どういうことですか?」
「実は、臼杵くんにアピールしている女子三人のうち、本当に彼を好きな人は一人で、あとの二人はまったく好きじゃないらしいの」
「はっ!? どういうことですか!?」
「あたしもまだ詳しくはわからないけど、一人は臼杵くんのことが本気で好きだからアピールしているけど、あとの二人は臼杵くんのことがまったく好きじゃないのに何らかの理由でアピールしているってこと」
「なっ、なんですか、それ!? その二人は一体何がしたいんですか!?」
「そこまではわからない。臼杵くんの本には彼女たちの心情まで書かれてないから」
人生の本の過去のページには、その人の歩んできた道のりやそのときの心情が書かれているが、そのときに関わっていた人たちの心情までは書かれていない。相手が何を思っているかなんて、本人にはわからないからだ。本には、その人の主観的な気持ちと客観的な事実が書かれているのである。
「そうですか……。あっ、それなら、彼女たちの本を読めばいいんじゃないですか? 三人のうち誰が臼杵くんを好きなのかわかれば、俺たちも行動しやすいですし!」
「それが…読めないの」
「えっ…どうしてですか!?」
「彼女たち三人の本は今先輩が持っていて、今回の課題を解決するまで見せるわけにはいかないって!」
「はっ!? くじゅうさんがそんなこと言ったんですか!?」
国東は頷いてから、くじゅうとのやり取りを話してくれた。
国東がビブリオテーカで女子生徒三人の本を探していたとき、くじゅうに出会ったらしい。そのとき、くじゅうは三冊の本を手に持っていたらしい。
「キミが探している本は、これだよ」とくじゅうが言った。
「あ、先輩、先に探してくれていたんですか。ありがとうございます」
国東はお礼を言って手を伸ばし、本を受け取ろうとしたが、くじゅうは差し出す気がまったくなかったらしい。
「これを渡すわけにはいかない」
「え!?」
「キミはテストを受けるとき、答えを見ながら解答するのかい?」
「いや、そんなことは…」
「今回の案件は、この本を見ないで解決すること。キミたちもしっかりと人を見る目を養うんだ。それが今のキミたちへの課題だ」
「えっ、で、でも、もし失敗したら臼杵くんの人生が…」
「そのリスクは今までも常にあったはずだ。夢人の行動は人の人生に大きく関わるからね。しかし、キミはあまり意識していなかった。いや、意識しないようにしていた。そのことを考えると怖くなるから。違うかい?」
「そっ、それは…」
「夢人になりたければ、半端な覚悟では足りない。キミもわかっているはずだ」
「……はい」
「中津夢翔くんと上手く協力するんだよ」
くじゅうはそう言って去っていったらしい。
中津はこのやり取りを聞いてくじゅうに対して腹が立っていた。
たしかにくじゅうの言っていることはわかる。テストを受けるとき、答えを見ながら解答しても意味がないし、今俺たちの立場は夢人になるためのテストを受けている受験生だ。しかし、これはただのテストではない。他人の人生が大きく関わっているテストだ。俺たちの都合に他人の人生を巻き込んでいいのだろうか。いや、よくない。
「俺、ちょっとくじゅうさんに文句言ってきます」
中津がポケットに入れていた小さい本を取り出して、早速本の中を移動する能力を使おうとしたとき、国東が手を伸ばして中津の手を押さえた。
「ダメ! これはもう決まったことなの!」
「でも、国東さんも納得していないんですよね?」
「ううん。あたしは納得してる」
「えっ!?」
「先輩は何を考えているかわからないけど、意味のないことは絶対しない人なの。だから、今回もきっと何か意味があるはず」
「俺たちの人を見る目を養うこと以外に、何かあるってことですか?」
「うん。たぶん……。それに、見方を変えれば、先輩はあたしたちに期待しているってことじゃないかな?」
「まあ、そう捉えることもできますね」
「だったら、期待にしっかり応えないとね!」
「…そうですね」
中津は小さい本をポケットに戻した。正直、すべて納得したわけではないが、国東が前向きに考えているので、今更グチグチ文句を言っても意味がないと思ったからだ。中津は全力で国東をサポートすることを心の中で誓った。
その後、国東は今現在わかっている女子生徒三人の情報を教えてくれた。
まず一人目は、大野千歳という生物学を専攻している一年生らしい。彼女の印象は、綺麗で清楚な感じらしい。
二人目は、九重紗菜という栄養学を専攻している一年生らしい。彼女は身長が低めで小動物みたいに可愛いらしい。
三人目は、城島莉乃という服飾学を専攻している一年生らしい。彼女はとても派手でオシャレな女子らしい。
臼杵は入学式の日に千歳、九重とそれぞれ出会っており、その翌日に城島と出会ったらしい。
今のところ臼杵とその三人は、まだ二人きりでデートに行っていないらしい。最初の一ヶ月は様子見といった感じなのだろうか。それぞれが慎重に事を進めているようだった。
しかし、この情報だけでは、三人のうち誰が臼杵を本気で好きなのかわからないので、中津と国東は、実際に女子三人と臼杵の絡みを自分の目で見て確認することにした。人を見る目を養えというのなら、お望み通りにしてやろうというやる気に満ちていた。
ということで、早速放課後から行動に移った。
中津と国東は昼休みのあと一旦別れてそれぞれ講義を受けてから再び集合し、スポーツ健康科学科の生徒が主に通っている建物の前を見張っていた。朝は近くで見張りすぎてバレてしまったので、今回は一〇〇メートル離れたベンチに座って臼杵が出てくるのを待った。
さらに、夢乃森新聞を読んでいる振りをして向こうからは顔が見えないようにした。新聞紙には小さな穴をあけているので、二人はその穴から出入り口を監視していた。顔も見えないし、新聞紙に空いている穴も見えない。少し遠いかもしれないが、臼杵の体格は高校生離れしていて目立つので、すぐに見つけることができるだろうと考えていた。
待機して五分程過ぎたとき、臼杵が建物の中から出てきた。予想通り、圧倒的にでかい体が目立っていたので、すぐに臼杵だとわかった。臼杵は龍原寺と一緒に出てきて、今から帰るかに思われたが、突然何かに気づいた様子で周りを見渡し始め、中津たちの方向を向いたとき顔を止めた。中津と国東は新聞紙にあけた小さな穴から臼杵を見ていたのだが、明らかに目が合っているような感覚だった。そして、臼杵はゆっくりと中津たちに近づいて来ていた。龍原寺が「どこに行くんだ?」と言うような表情をしていたので、帰り道ではなさそうだった。
「えっ、ウソ!? まさか、バレたの!?」と国東が言った。
「なっ!? この距離で見えるのか!?」
中津と国東は焦り出した。逃げようにも臼杵にすごい形相で見られているので、逃げられなかった。新聞紙で顔を隠したまま歩くのは不自然で怪しいし、仮にすべて捨てて全速力で逃げたとしても、一〇〇メートル九秒台の男から逃げ切れる自信がなかった。怒っている臼杵にもし捕まってしまえば、ボコボコにされるかもしれなかった。
クッ! どうする!? このままだとまた監視していたことがバレる。朝はなんとか誤魔化せたが、二回目となると厳しい。偶然ここにいたなんて理由で納得してくれるだろうか? たぶん、しないだろう。それなら、ここで仲良くなるのはどうだ? 友達になれば、一緒にいてもおかしくないし、女子三人のことを聞けるかもしれない。……いや、でもそのやり方は国東さんのやり方に反する。俺はサポート係だ。邪魔はしたくない! じゃあどうする!?
中津がそんなことを考えている間にも臼杵は徐々に近づいて来ていた。そしてあと一〇メートルのところまで近づいて来ていたとき、臼杵の後ろから「臼杵くん! 待ってください!」という女子の声がした。臼杵はその声を聴いて立ち止まり振り返った。
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