本物の恋心、嘘の恋心①
中津は国東に図星をつかれて申し訳ない気持ちになった。自分ではなるべく人を見かけだけで判断しないようにしているつもりだったが、まったくできていなかったからだ。
人を見かけで判断するな、と誰でも一度は聞いたことがあるだろう。そう言う人はおそらく、外見に捉われず中身を大切にしなさい、ということを教えたかったのだろう。たしかにそれは大事なことのように思える。しかし、これはとても難しいことだ。なぜなら、人は視覚から最も情報を得ているからだ。
初対面の相手について何の情報もないとき、人は見た目で判断してしまう。顔や髪型、服装などを見て第一印象を決めているのである。そして大体においてその印象は正しいことが多い。意外と直観は当てになるのである。しかし、もちろん例外もある。夢乃森雲海がそれだ。雲海の見た目はヤクザそのものだが、根はとてもやさしくていい人である。
中津は今回のことで、自分が見かけだけで人を判断していることに改めて気づかされたので、しっかり反省して次回から気をつけることを心の中でひっそりと誓った。
中津と国東は読書をしている振りをしながら、チラチラと臼杵を目で追っていた。しばらく様子を見ていたところ、臼杵と龍原寺は楽しそうに会話をしていて仲が良さそうに見えたので友達だろうと思った。そして二人が中津たちの前を通過しそうになったとき、臼杵が突然国東の前に立ち止まって声を掛けてきた。
「あのー、おれたちに何か用ッスか?」と臼杵が言った。
「えっ!?」と国東が言った。
「さっきから視線を感じてたんッスけど、あなたッスよね?」
臼杵は、国東と中津の視線に気づいているようだった。二人とも気づかれないように気をつけていたつもりだったが、臼杵の野性的な感覚が想像以上だったらしい。
国東には予想外の展開だったようで「えっ、あっ、それは…」と戸惑っている様子だったので、すかさず中津がフォローに入った。
「キミがとてもいい体格をしていたから、つい何度も見てしまったんです。すみません。不快にさせてしまいましたね」と中津が言った。
「あっ、そうだったんッスか。別におれは不快になってないッスから気にしないでいいッスよ。ちょっと気になっただけなんで」
「そうですか。安心しました」
「お前は存在の主張が激しいから目立つんだよ。視線なんていつも感じているだろ?」と龍原寺が言った。
「まあそうなんだが、さっきのは妙に気になってな」
「どう気になったんだ?」
「んー、よくわからねぇ」
「なんだよ、それ」
二人の会話を聞いて、中津はこんなことを考えていた。
臼杵白馬という男は野生の勘が鋭いようだな。おそらく、俺たちが普通の人間じゃないことを肌で感じているんだろう。深く関わると正体がバレてしまうかもしれない。これは思っていた以上に厄介な案件かもしれないな。
中津は臼杵を違和感から逸らすために話題を変えようとしたが、先に臼杵が喋り出したのだった。
「おれはスポーツ健康科学科の一年、臼杵白馬ッス!」
「ご丁寧にどうも。俺は心理学科二年、中津夢翔です」
「ん? 中津…夢翔…?」と龍原寺が呟いた。
「先輩だったんッスね! すんません。生意気なことを言ったッス」
「いえ、そんなことないので気にしないでください」
臼杵は見た目よりも随分謙虚な性格のようだった。経歴からして俺様系か高飛車な性格の人物像を想像していたが、まったくそんなことなく、腰が低かった。中津が先輩であることを知って言葉遣いを謝っていたので、運動部によくある上下関係をしっかり守るタイプのようだった。まだ少ししか会話をしてないが、中津は臼杵白馬に対して良い第一印象を抱いた。
「あんた…もしかして、学年主席っすか?」と龍原寺が言った。
「えっ、あ、はい。一応」
「ん? 風、先輩を知ってるのか?」
「ああ、ちょっとな。お前は知らねぇのか?」
「おれはそういうことに疎いからな。でも、もう覚えたぞ!」
「ハハッ、お前って勉強苦手だけど、人の顔と名前だけは覚えるの得意だもんな!」
「フン、そう褒めるな。照れるだろ」臼杵は得意顔になって鼻の下を人差し指で擦った。
「いや、褒めてねぇから」
「えっ、そうなのか?」
中津の予想通り、臼杵と龍原寺は仲が良さそうだった。友達というよりは親友のような感じがした。
「あっ、すんません。二人で勝手に話してしまって」と龍原寺が言った。
「いえ、気にしないでください」
「オレは白馬と同じスポーツ健康科学科一年の龍原寺風連っす」
「龍原寺…風連くん…」
「ああ。よろしく」
「こ、こちらこそよろしく」
三人が軽く自己紹介したところで始業前のチャイムが鳴り、臼杵と龍原寺は急いで教室に向かい始めたので、ようやく一息つけることができた。
中津は勢いで自己紹介してしまったが、二人とも嫌な印象ではなかったし、会話を通して二人の人物像が少しわかったので、結果オーライだと思っていた。
三人が話している間、隣に座っていた国東は下を向いて誰とも目を合わせないようにして存在感を消していた。そのためか、臼杵と龍原寺は国東のことを気にする素振りがまったくなかった。これも夢人の能力なのかもしれない。
国東が下を向いたまままったく動く気配がなかったので、心配になった中津は「あの、国東さん。大丈夫ですか?」と声を掛けたが、反応がなかった。「国東さん!」と二回繰り返し呼んだが、それでも反応がなかったので、肩にそっと触れると、ようやくハッとして気づいてくれたのだった。
「国東さん。大丈夫ですか?」
「あ、うん。……ごめん。想定外のことに少しテンパっちゃって気配を消しちゃった」
「それも夢人の能力ですか?」
「まあ能力って程でもないけど。夢人は目立っちゃいけない存在だから、元々認識されにくいの」
「見事に存在感消してましたもんね!」
「これくらい、夢人ならできて当然だから! キミも練習するんだよ!」
「了解です」
国東は誇ったような態度で言った。褒められると素直に喜ぶタイプのようである。
「でも、まさか臼杵くんがあたしたちの視線に気づくとは思わなかった。今まで誰にも気づかれたことなかったのに」
「彼は野性的な本能が強いようですね。微かにですけど、俺たちが普通の人間じゃないことを感じ取っているようでしたから」
「そうだね…っていうか、キミ、彼らに自己紹介したでしょ?」
「あ、はい。……ひょっとして、いけなかったですか?」
「んー、いけないわけではないけど、あたしのやり方ではないんだよねー」
「そうなんですか?」
「あたしはなるべくドリーマーと関わらないようにしてるから」
「へぇー、そうなんですね。正体がバレないためですか?」
「そう。正体がバレると後始末が面倒だからね。記憶が消えるまで一定の時間が掛かるからそれまで引き籠らないといけないんだよ。短ければ数時間だけど、長いときは数ヶ月掛かるときもあるらしいし」
「それは…キツイですね」
「そうでしょ! だからあたしは必要なとき以外はドリーマーと関わらないことにしてるの」
「まあ、それが妥当ですね。……でも、俺は自己紹介してしまいました」
「そうだね。あたしはしてないけど…」
「どうしましょう?」
「んー、そうだなぁ…」国東は腕を組んで対策を考えくれているようだった。「自分で蒔いた種は自分で刈り取ろうか」
「ですよね」
「大丈夫! まだ自己紹介しただけだから、なんとかなるって!」
中津は、国東の前向きな言葉に励まされた。してしまったことをなかったことにはできないので、悔やんでいても仕方ないと気持ちを切り替えて、これからどう行動すればいいのかを考えることにした。
そのとき、中津はまだ重要なことを国東から聞いていないことに気づいた。臼杵白馬という超人が何に悩んでいて、自分たちが一体何をするのか、ということをまだ知らなかった。
中津が「そういえば国東さん。俺は一体何を…」と言いかけたところで、国東が突然バッと立ち上がった。そして「じゃあ、講義あるからまた昼休みに集合ね!」と言って走って行ったので、聞くことができなかった。少し呆気に取られていた中津だったが、自分も講義があったため、急いで教室まで向かった。
講義中、中津は臼杵白馬の悩み事が何かを考えていた。
あれだけ超人的な肉体を持っていても今現在何かに悩んでいるから、ドリーマーとして選ばれたはずである。臼杵は一体何に悩んでいるのだろうか? と。
彼は将来あらゆる可能性を秘めているため、そのことで悩んでいるのかもしれない。野球選手になるのか、柔道選手になるのか、陸上選手になるのか、選択肢が多くて悩んでいるのかもしれない。だが、その場合、彼が何を選んでも超一流になるはずだから、俺たちは何もすることがない。じゃあ他の悩みか。
もしかして勉強のことか! さっきの会話で勉強が苦手だと言っていた。彼はそのことに悩んでいるのかもしれない。気にしていない素振りをしていたが、内心焦っている可能性は十分あるだろう。
他には何があるだろうか。もしかして恋愛で悩んでいる可能性も考えられるか。彼はおそらくモテるだろうから十分ありえる。言い寄ってくる無数の女子の中から誰を選べばいいのか悩んでいるんじゃないだろうか。いや、ないな。彼は真面目そうだったし、そんなことで悩みそうもない。
そんな風に一人で考えても、どうせ昼休みになればわかることなので、意味のないことをしていることに気づいた中津は講義に集中した。
四時間目が始まる前に国東からメッセージが届いた。昼休みの待ち合わせ場所を中華食堂の『梦』にするという内容だった。中津は「了解」と返信した。
昼休み、待ち合わせ場所の『梦』に到着すると、すでに国東が二人掛けテーブルに座って待っていた。中津が向かいの椅子に座ると、国東はタッチパネルを取り、メニューを見始めた。どうやら待っていてくれたようである。国東は焼きそばを注文してからタッチパネルを中津に手渡した。中津は冷麺を注文した。ちなみに、ここの焼きそばは、一般的な炒める焼きそばと違い、鉄板の上で麺をパリパリに焼き上げるのが特徴的である。パリパリ麺に豚肉、シャキシャキのもやし、ネギなどの具材を入れ、秘伝のソースで味付けすると、シンプルでありながら飽きることのない焼きそばになるのである。
二人は食事が届くまで案件とは関係のない雑談をしていた。好きな食べ物、苦手な食べ物は何かとか、趣味は何かとか、好きな科目は何かとかを語り合った。それにより、国東のことが少しわかったのだった。国東の好きな食べ物は唐揚げ、苦手な食べ物はパクチー、趣味は映画鑑賞や読書、今ハマっている科目は宇宙物理学らしい。以前の国東なら答えてくれなさそうだったが、今回はあっさりと答えてくれた。同じ夢人見習いなので、隠す必要がないと考えたのかもしれない。中津は嬉しかった。
食事が届くと、国東は満面の笑みで食べ始めた。一口ひとくちを大事に味わいながら食べていた。中津はそんな国東の食べる姿を見て、少し自分に似ているかな、と思って微笑んだ。
二人とも食べ終えたあと、本題に入った。
「国東さん。さっき聞きそびれたんですけど、今回のドリーマーである臼杵白馬くんは、一体何に悩んでいるんですか?」
「あっ、そういえば、まだ言ってなかったね」国東は一度コップを持って水を一口飲んでから真面目な顔になった。「彼は今……恋に悩んでいるの」
「恋……ですか……!?」
どうやら中津が予想していたときにないだろうと考えていた恋愛の悩みが今回の案件のようだった。
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