夢人見習いの二次試験②
翌日、午前九時に目が覚めたとき、国東は良い気分だった。昨日中津に送ったメールのことはすっかり忘れて、津久見を助けたという達成感だけが記憶に残っていたからだ。こんな気分の良い日は何か特別なことをしたいと思った国東は、自分へのご褒美として『ドリームバックス』のモーニングを食べることにした。国東はドリームバックスのふわとろパンケーキが大好きなのである。
店内に入ると、速見が出てきて対応してくれた。国東は速見を見たとき、一瞬ゾクッとして寒気に襲われたが、すぐに治まった。
今の……なに!?
国東が一瞬感じた寒気の原因を探すために店内を見渡していると、速見が笑顔で「カウンター席とテーブル席どちらにしますか?」と言った。国東が「えっ、あ、じゃあ、カウンターで」と答えると、速見がカウンター席の一番右端まで案内してくれた。国東は席に着いてから一旦気持ちを切り替えてメニュー表を開いた。そのとき、お目当てのふわとろパンケーキの写真を見たことで頭の中はそれに独占された。速見がお冷とおしぼりを持って来たときに、ブルーマウンテンコーヒーとふわとろパンケーキのモーニングセットを注文した。そして、それを十分堪能したあと、午前中の講義に向かっている途中、くじゅうが現れて、話をしたいということだった。
「昨日は津久見輝を助けたようだね」
「あ、はい!」
国東はまた褒められるのだろうと少し期待した。
「彼女は将来多くの人を魅了する大女優になる可能性がある。その可能性を潰さなかったのは大きな成果だ」
「はい」
「しかし、それは結果論だ。それまでの対応の仕方は、夢人としてあまりいいものとは言えない」
「えっ…!?」
「どこかで一歩間違っていれば、津久見輝は事故に巻き込まれていたか、男に襲われていただろう」
「そ、それは…ソフィアストーンが関わっていたのと、中津夢翔が余計なことをしたから」
「言い訳はいい。キミがもっと上手く動いていれば、あんな危険な状況にはならなかったはずだ」
「そっ……。はい。すみません」
「今回は運良く誰も被害に遭わなかったが、幸運は何度も続かない。こんなことでは、二次試験の合格は与えられないよ」
「そんな!?」
「まあ、終わったことをどうこう言っても仕方ない。今回の失敗をしっかりと反省し、次に活かすんだよ」
「……はい」
くじゅうは説教をしたあと、持っていた本を開いてビブリオテーカに戻って行った。
国東は言い返せなかった。くじゅうの言ったことが事実だったからだ。ソフィアストーンが関わっていたとはいえ、油断したのは自分だったし、そのあとも中津より先に自分が行動していればあんなことにはならなかった。国東はさっきまでの良い気分から一転して、落ち込みモードになってしまった。そのせいで、午前中の講義は頭に入って来ず、そんな状態のまま昼休みになった。
あたし、浮かれてたな。自分で津久見さんを助けたと思っていたけど、実際に助けたのは、中津くんと生徒会長で、あたしはただ見ていただけ……。はぁ~、先輩に怒られるのも当然か。
そんな風に落ち込んだ様子で歩いていると、突然後ろから「どうかしましたか?」と声を掛けられた。振り向くと叶愛が心配そうな顔で立っていた。
「すみません。あなたが落ち込んでいるように見えましたので、声を掛けさせていただきました。あ、失礼しました。私は夢乃森叶愛といいます。この学園の二年生です」
「……夢乃森…さん!」国東は予想外の人物の登場に驚いた。
「何かお悩み事ですか? もしかして、学園に何か不満があるのですか?」
「えっ、い、いえ。個人的なことなので、気にしないでください」
「それはできません! あなたは夢乃森学園の生徒です。悩んでいるのなら、相談に乗るのが、私の務めです」
叶愛は誰かの影響で、困っている人を見つけると見過ごすことができない性格になっている。特に夢乃森学園の生徒に対しては。それが良いことなのか、悪いことなのかは、その時々によって変わってくるのだが、叶愛はそれを直感で判断できる。あるときは、そっと見守るだけで終わることもあれば、またあるときは、今回みたいに少し強引に関わろうとしてくることもある。そして今回は、その強引さが国東には必要だった。
国東は叶愛に話を聞いてもらいたくなり、二人は近くのベンチに座った。国東は軽く自己紹介してから、自分の正体は隠しつつ、昨日の件を大雑把にまとめて話した。
話を聞いた叶愛の最初の言葉は「そうですか。大変だったのですね」という共感だったので、国東はホッとした。くじゅうみたいに正論を言われるかもしれないと思って、少し怖さを感じていたからだ。
「少し質問してもいいですか?」と叶愛が言った。
「あ、はい」
「その、国東さんに助言というか、文句というか、説教をしてきた人はどなたですか?」
「えっ、えーっと、先輩…です」
「先輩ですか。ということは三年生ですね」
「あ、あたしは先輩って呼んでるんですけど、三〇代くらいの大人です」
「そうなのですか。それなら先生ってことですね」
「ま、まあ、そんな感じです」
「やはり…学園関係の悩み事だったのですね」
「えっ!?」
「その先生のお名前はなんですか?」
「えっ、そ、それは…ちょっと…」
「国東さんの努力に対して、自分は何もしてないのに上から強く言うとは、言語道断です。私がその人に抗議しに行きます」
「そ、そこまでしなくても…。先輩の言っていることは事実ですし…」
「事実だろうが、正論だろうが関係ありません! 国東さんは必死に努力した。そして友達を助けた。これが事実です。これのどこに文句のつけようがあるのですか!?」
「いや、友達を助けたのはその子の友人Aで、あたしじゃ…」
「でも、国東さんも助けるために行動した。その行動がなければ、友達は助かっていなかったかもしれない。国東さんも友達を助けたんですよ!」
叶愛にそう言われたとき、国東の心はスゥーっと軽くなった気がした。朝起きたときは、自分の行動により、津久見を助けることができたと思っていたが、さっきのくじゅうの説教で、自分の勘違いだと思い知らされ、それを今度は叶愛が認めてくれたことで、自分の行動は間違っていなかったと思い直すことができたのだった。
たしかに、反省すべきところはたくさんある。だけど、こんなことで挫けていたら、夢人になることなんてできない! 気持ちを切り替えないと!
国東は叶愛の言葉でやる気を取り戻した。
「ありがとう。夢乃森さん。少し元気が出ました」
「えっ!? 私はまだ何もしていませんが…」
「話を聞いてもらえて、気持ちが楽になりました」
「そうですか。それなら良かったです」
国東が元気を取り戻し、叶愛もホッとして笑顔になっていたので、これで話は終わるかに思われたのだが…。
「ところで、先程の先生のことなんですが、どこの学部で何を教えている何と言う名前の先生ですか?」
「あ、そ、それは…もう気にしていないので、大丈夫です」
「おやさしいのですね。国東さんは」
「い、いえ」
「ですが、これは夢乃森学園の教育に関すること。関係者として黙って見過ごすわけにはいきません。国東さんがその方のことを言いたくないことはわかりました。なので、あとは私個人で調べますので、ご了承ください」
「あ、はい…」
もはや国東には叶愛を止めることができなさそうだったので、心の中で嘘をついたことを謝った。また、叶愛なら夢人であるくじゅうの正体を突き止めることができるかもしれない、と密かに思ったのだった。
話が一段落ついたところで、叶愛が急にベンチから立ち上がり「少し待っていてください」と言ってどこかへ行った。言われた通り数分待っていると、叶愛が両手にソフトクリームを持って戻ってきた。叶愛は「はい。これをどうぞ」と言って、一つを差し出してきた。国東は予想外な展開に「え…!?」と言葉に詰まっていると、叶愛が「落ち込んだときは、甘いものを食べたら、元気が出ますよ」と笑顔で言った。国東はお礼を言って、ありがたくソフトクリームをもらった。そのあと、叶愛は午後の講義があるということだったので、ここで別れた。
午後の講義が休講になり、昼から暇だった国東は叶愛にもらったソフトクリームを食べながら歩いていると、後ろから中津が声を掛けてきた。中津が今から出掛ける用の服一式を近くの大型ショッピングモールに買いに行くということだったので、暇だった国東もついて行くことにした。
ショッピングモールでは、アパレルショップばかり見て回った。服を買いに来ているので当然である。国東もついでに自分の服を見て回っていたが、基本は中津の買い物の邪魔をしないように気をつけた。時折、中津が気遣った様子で、どこか寄りたい場所を尋ねてきたが、特になかったので「別に」と適当に答えていた。すると、途中から中津に服の感想を求められたので、自分の好みを正直に答えた。そうすると、思っていたよりも楽しくなってきて、あっという間に時間が経っていた。
中津の買い物が無事に終わり、帰るだろうと思っていると、最後に何かお礼をさせて欲しいというので、偶然近くにあったフードコートに行くことになった。ちょうど小腹が空いていたので、大好きな唐揚げを食べた。
帰り道、国東はふと気になった質問を中津にした。それにより、中津の失敗に対する考え方を聞いて、国東は励まされた。そのとき、空を見上げると一面雲に覆われていたので、明日は晴れて欲しいな、という気持ちになり、「ねぇ。明日は綺麗な星が見えるかな?」という少しロマンチックなことを言ったのだが、中津は言葉通りに受け取り、スマホで明日の天気を調べ始めたのだった。国東は、中津の行動が可笑しくてつい笑ってしまった。
中津と別れたあと、国東は本でビブリオテーカに入った。失敗から学んだことを次に活かそうと早速行動しようとしていたのである。本棚を見て回っていたとき、ふと叶愛のことを思い出したので、叶愛の人生の本を手に取り、開いて中身を読んだ。すると、そこには衝撃的なことが書かれていた。叶愛が明日誘拐される、ということだった。
国東はそれが書かれているページを念入りに読んで情報を得た。それによると、叶愛は天文学者の若松という男に誘拐され、ゲームを盛り上げるための人質に使われるらしい。そのゲームに夢乃森雲海や警察、安心院などを巻き込むらしい。
本を読み進めていくと、結構詳細に情報が書かれていたので、今回ソフィアストーンは関わっていないようだった。それに、叶愛の命が危険にさらされることはなさそうだった。
ここで国東は考えた。
この事件を未然に防ぐことはできる。でも、今回防げたとしても、犯人が諦めなければ同じような未来が今後も起こり得る。今はまだ罪を犯していない犯人を捕まえることもできないし、それだと意味がない。それに、夢人の使命は、人々を陰から支えて幸せな将来に導くこと。それは決して困難な状況をなくせばいいってことじゃない。その人の成長に繋がる困難や失敗は必要だ。そうなったときにそばで一緒に乗り越えていくために手を貸すのが、夢人だ!
そう判断した国東は、未然に事件を防ぐことではなく、もしものときに自分がどう行動すればいいのかを考えるために、さらに本を読み込んだ。
そして叶愛が中津とデートしているときに誘拐されるという記述を見て、なぜか中津に対して少しイラっとしたが、今回の事件は彼がキーマンそうだったので、「明日は星に注意。夢人」というメールを送った。すると、中津から「星に注意ってなんですか? 占いか何かですか?」というアホみたいな返信が来たので、さらにイラっとした国東は「明日になればわかる。夢人」とこれ以上はヒントを与えなかった。
翌日の朝、国東は一人で先に夢乃森駅に到着してウィンドウショッピングをしながら叶愛たちを待っていた。そのとき、宇佐と別府の二人とすれ違ったので、嫌な予感がした。二人が一緒にいるということは、おそらくソフィアストーンを探しているのだろう。二人は近くにある水族館に向かっていた。今回、叶愛の事件が書かれていた本に水族館の記述はなかったので、おそらく心配しなくても良さそうだが、ソフィアストーンの行動は予測不可能なため、油断しないようにした。
その後、本に書かれていた通り叶愛が若松に誘拐され、中津、安心院、雲海、津久見、警察たちが謎を解きながら探し始めた。最初は順調に進んでいたが、全員が美術館に行っている間に、何やら水族館でトラブルが発生したようで、水族館に訪れていた客のほとんどが、夢乃森駅に流れてきていた。そのため、駅周辺は通常よりも混雑していた。こんな状況になることは、叶愛の人生の本に書かれていなかった。宇佐と別府が水族館に向かったことを踏まえると、おそらくソフィアストーンが関わっていると容易に想像できた。
そしてその影響がこちらにも出てきたようだった。中津たちが問題を探すのに手間取り、時間が押してしまっていた。このままではまずい、と思った国東は早めに対応することにした。
国東は本を使って夢乃森ハイパーアリーナの地下駐車場に移動した。犯人が超小型ドローンで監視しているので、見つからないように気をつけて行動し、問題の入っている木箱を探した。そしてその木箱を見つけたあと、蓋に「姫島響歌さんへ」と書いた紙を貼り付けて、姫島が座るベンチに置いた。国東が木陰に隠れて様子を見ていると、予定通り姫島がベンチに座り、木箱を手に取った。あとは姫島が中津に問題を送るように仕向ければ、作戦成功なので、接触をしようとしたとき、突然速見が現れて姫島に話し掛けていた。国東は出遅れたが、逆に話し掛けやすくなったので、ただのファンとして握手を求めた。そのとき、姫島は国東のことを覚えていた。そのことに驚いた国東だったが、表情に出ないようにした。
夢人は、一定期間人と関わらなければ忘れられてしまう存在である。それは夢人見習いで、自分の人生の本を封印している国東も同じである。それにもかかわらず、姫島は覚えていた。たしかに、人によって記憶が消えるまでの時間は異なるし、相手に大切に思われている場合は、なかなか忘れられないこともあるらしい。ということは、姫島は国東のことを大切に思っていてくれたことになる。国東は驚いたのと同時に、嬉しくて軽く微笑んだ。
国東と姫島が改めて自己紹介した直後、すぐそばに別府が空から落ちてきた。そしてそのあとすぐに宇佐も現れた。二人の様子からして、ソフィアストーンを追ってここまで来たようだった。
そのあと、なぜか急にこの場にいるメンバーで自己紹介した。その流れで、姫島が例の問題の話をし始めたので、国東は内心ラッキーと思いながら、どうやって自然に中津夢翔の名前を出そうか考えていた。しかし、国東が考えるまでもなく、別府が先に言ってくれたのだった。そして問題は無事中津に送信された。突然のことで中津が戸惑う可能性があると判断した国東は、姫島が電話をしている最中にさり気なくスマホを手に取り、中津に「その問題は本物です。だから、早く解いてください。夢人」というメールを送信した。電話後の姫島の様子を見る限り、上手くいったようだった。
その直後、国東は、別府と宇佐の後ろから何かが近づいていることに気づいた。それが犯人の操作している超小型ドローンだとわかり、突撃して来そうな様子だったので、なんとなく宇佐と別府が警戒しそうな適当な発言をしてみた。すると、二人の目つきが鋭くなり、別府が超小型ドローンを破壊した。見事作戦は成功した。
これで国東は役割を終えた。あとは本で移動しながら中津たちの様子を遠くから見ていた。そして中津と安心院が無事に叶愛を助け出したのを見たあと、叶愛の本を読んで、これ以上危険に巻き込まれないことを確認した。
全員の無事を確認したあと、国東は本で夢乃森ハイパーアリーナへ移動した。そしてアリーナ内の人目に着かない場所で、姫島のライブデビューを見守っていた。というより、楽しんでいた。
ライブから帰った国東はテンションが高くなっていた。姫島の歌声で幸せな気分になっていたからだ。そのテンションのまま、中津にお疲れさまメールを送ると、逆に感謝されたので、さらに気分が良くなった。その勢いで、国東は中津の質問に何でも答えるという大サービスをしたくなった。すると、案の定、「あなたは一体何者なんですか?」という質問が送られてきたので、事実でありながら、正体を言わないというメールを返信した。しかし、さすがにそれだけだとズルい気がしたので、「もし、夢人の正体を突きとめたら、夢人のすべてを教えてあげる。夢人」という応援メールを送った。
叶愛の件が無事に済んだことにより、国東は元の仕事に戻る余裕ができたのだった。その仕事とは、天瀬月歩のフォローである。
春休みに、ビブリオテーカで次のドリーマーを探していたとき、天瀬の本を読んだ。そこには、天瀬が将来宇宙飛行士として月を歩く可能性があると記されていた。しかし、現在の彼女は「夢人見つけ隊」というよくわからない部活に所属しており、その活動に熱心になっているらしい。その理由は、表向きには夢人の正体を暴きたいと言っているらしいが、本心は、自分の足で月を歩くという夢を叶えてもらいたいかららしい。それが最近迷走し始めているらしく、夢を諦めそうになっているということだった。
このとき、天瀬はほとんどの時間独りで過ごすことが多く、他人を関わることが極端に少なかったので、頼れそうな人がおらず、国東は渋々自分で接触することにした。
最初は、あまり深く関わらずに、話だけ聴いておけば元気を取り戻すだろうと考えていた。しかし、思いのほか天瀬に気に入られてしまい、いつの間にか国東も楽しく過ごしていた。
こんなことじゃダメだ! 夢人になるには、ドリーマーと深く関わったらいけない! もっとドライにしないと!
そんな葛藤を抱えているときもあったが、今では別に悪いことではないとわかったので、その悩みはなくなり、また新たな気持ちで天瀬と接することができそうだった。
月曜日の放課後、久しぶりに天瀬のいる部室を訪ねると、そこに中津がいた。一瞬驚いたが、表情に出さずに平静を装って席に座った。どうやら夢人のことを真剣に調べ始めたらしい。国東が送ったメールが中津を刺激してやる気を高めたようだった。このとき、国東は自分の正体がバレることはないだろうと思っていた。
中津のことはさておき、国東は自分の仕事に集中することにした。なんとなく、最近天瀬が元気になっているような気がしたので、現在の天瀬の状態がどんな感じなのか本で確認した。すると、本には衝撃的なことが書かれていた。
次の日曜日に事故で死ぬ!
という記述があったのである。国東はあまりの衝撃に驚いて勢いよく本を閉じた。そしてそのまま取り乱しそうになったが、ゆっくり深呼吸して冷静になるようにした。数分後、心臓はまだバクバクしていたが、頭の方は落ち着いてきたので、もう一度ゆっくり本を開いた。二度同じ文を見て、見間違いではないことを受け入れた。
冷静になったことで気づいたことがある。本に書かれている内容が曖昧なので、おそらくソフィアストーンが関わっているということだ。本に記されているのが、次の日曜日という日付だけなので、おそらく今まで以上に大きな力を持ったソフィアストーンが起こす事件に巻き込まれるのだろう。
国東は対策を考えようとしたが、どうすればいいのかまったくわからなかった。天瀬が日曜日の何時にどこで巻き込まれるのかわからないので、いい案が思いつかなかった。それでも、どうにかして助けたいという気持ちでいろんな作戦を考えていると、あっという間に日が過ぎて、金曜日になっていた。その時点で決めていたことは、天瀬がどんな状況に陥ったとしても、自分が近くにいれば助けることができるはず、ということだけだった。
昼休み、考え事をしながら歩いていると、天瀬が図書館に入って行き、そのあとすぐに中津が入って行く姿を見かけたので、国東も後を追って入って行った。図書館内を見て回りながら探していると、二人は夢人コーナーの棚で会話をしていた。中津はなぜか衝撃的なものでも見てしまったような表情をしていたが、気にせず会話に参加することにした。そこで国東は、天瀬に日曜日夢プラザに行かないか、と誘われた。元々国東はその日一日天瀬を見守るつもりだったので好都合だった。離れた場所より隣にいた方が、もしものときすぐに対応できるから、助けやすいと考えた。
天瀬を見送ったあと、中津が少し気になることを言った。天瀬が高い場所から落ちるかもしれない、と。中津が真剣な顔で言うことから、天瀬が死ぬかもしれない未来を知っているようだった。どうやって知ったのかわからないが、今は聞くタイミングではなさそうだったので自重した。それに中津は、安心院と何か用事があるようだったので、ついでに調べてみると、安心院の本にも、高い場所から落ちて死ぬ、ということが書かれていた。どうやら中津は安心院を助けようとしているらしい。
日曜日当日、国東は周りを警戒しながら天瀬と一緒に遊んでいた。いつソフィアストーンに襲われるかわからない以上、気を抜く余裕などなかった。そして特に何も起こらないまま時間が経ち、午後二時を過ぎていたとき、迷路に行くことになった。国東は朝からずっと気を張り詰めていたので、少し疲れていたが、天瀬の嬉しそうな笑顔に元気をもらっていた。
そしていざ迷路の中に入ると、至ってシンプルな迷路だった。何の変哲もない迷路だと思って進んでいた国東だったが、突然大きな力を感じた。その直後、迷路の壁や床が不規則に動き始めて変形し始めたのだった。それが明らかに物理法則を無視した現象だったので、これがソフィアストーンだと確信した。国東は態勢を低くして揺れが収まるまで待っている間、移動用にいつも持ち歩いている小さな本を手に取った。いつもなら力を使おうとすると大きくなるのだが、そのときは何も反応しなかった。案の定、この迷路の中では使えないようだった。
その後、国東は天瀬の手をしっかり握って迷路を進んでいた。そして見るからに怪しい頑丈な橋の前に着いたとき、ここが中津の言っていた場所かもしれないと思った国東は、先に一人で橋を渡ることにした。一歩ずつ慎重に渡りながら、いつでも引き返せるように構えていたとき、予想通り橋が崩れた。国東は後ろに跳んで天瀬の元まで戻るつもりだったが、突然地面が離れて、届かずに闇の中に落ちてしまった。
目を覚ますと最初に別府の顔が視界に入り、周りを見渡すと叶愛がいて、ドアや窓や天井がない空間に閉じ込められていた。三人で状況を共有したあと、この場所から出る方法考えていたとき、別府が迷っているような顔をしていることに気づいた。おそらく、本来の力を使えば出られるが、叶愛と国東がいる前で使うわけにはいかないので、どうしようか迷っているようだった。そのとき、突然大きな力が現れたのを国東は感じ取った。別府の様子から宇佐が迷路に侵入してきたと推測した。その直後、別府が何かを選択したような顔になったとき、上から誰かが落ちてくる気配を感じた。上を見上げると、中津がゆっくり落ちてきていた。叶愛が受け止めようと構えていたが、周りから迷路の力が急になくなっていくのを感じた国東は、このままではまずい、と判断し、咄嗟に壁を蹴って高くジャンプし空中で受け止めた。
中津が目を覚ましたあと、四人で改めて情報を共有した。国東は、別府が説明しにくそうにしているとき、適当に考えたことを言ってフォローした。咄嗟の思いつきにもかかわらず、意外と上手くいき、全員納得したのだった。
その後、迷路が変形して、国東は中津と二人で先に進むことになった。会話をしながら進んでいるとき、突然右側の壁が「ドッカーン!」と派手に爆発して壊れた。国東は反応が遅れたのだが、中津が盾になってくれたので、一つの破片も当たることなかった。中津の背中には崩れた壁の破片が当たっていたので、国東は心配になり、咄嗟に「夢翔!? 大丈夫!?」と昔の呼び方をしてしまった。中津は笑顔で「大丈夫ですよ」と心配させないように言っていたが、痛みを我慢しているのがわかった。
国東は爆発を起こした方向に視線を移した。すると、そこから対ソフィアストーン用の正装である魔法使いの格好をした宇佐が現れた。国東はつい感情的になった発言をしてしまったが、自分が夢人見習いであることを悟らせるわけにはいかないので、すぐに謝って余計なことを言わないようにした。自己紹介すると、この前会ったことを微かに覚えているようだったが、勢いで誤魔化すことに成功した。魔法使いは侮れないのである。
中津は宇佐の格好をコスプレと思っているらしく、宇佐はそれを認めざるを得ない状況が面白かったが、段々イチャついているように見えてきたので、少しイラっとした。
その後、宇佐と話しているときに、国東は気づいたのだった。天瀬が死ぬ原因が何かを。現在の状況と、高いところから落ちるということを踏まえると、天瀬はこの迷路が解けたときに、どこか高い場所から落ちて死ぬということが推測できる。
中津もすべてがわかっているわけではないが、あまり時間がないこと、このままでは安心院と天瀬が危険であることを、直観で感じているようだった。宇佐は独りでどうにかしようとしていたが、中津が協力を申し出たので、国東も負けじと申し出た。そして三人で役割を分担することになった。
失敗は決して許されない。国東は心臓がはち切れそうなくらいバクバクしていた。そんな状況にもかかわらず、中津は冷静な顔をしていたので、気になって聞いてみた。すると、顔には出ていないが、心拍数は高くなっているということだった。そして、本気でなんとかなる、と思っているようだった。その理由が、みんなを信じているから、ということだったので、国東も元気づけられ、天瀬を絶対に助けるという気持ちが高まった。
国東は、中津と別れたあとも走って一本道を進んでいた。しばらく進んでいたが、何も起こらなかった。自分が夢人見習いであること、宇佐が気配を感じられていなかったことを踏まえると、夢人はソフィアストーンや魔法使いに感知されにくい存在なのかもしれないことがわかった。
走っても、走っても一向に景色が変わらず、ずっと同じ場所を走っている感覚に陥っていた。少しずつ疲れが溜まっていき、徐々に走るスピードが遅くなり始めたとき、ふと左側の壁が気になったので、そっと触れてみると、隠し通路が現れたのだった。どうやら同じ場所を走っているという感覚は間違っていなかったらしい。隠し通路を進んでいると、天井からロープが十本下がっていて、床がない場所に出た。そしてその対岸に天瀬の姿があった。
国東はホッとするもの束の間、急いで天瀬のいる場所まで向かおうとロープを掴んだ瞬間、迷路が崩れ始めた。このまま元に戻ってしまえば、天瀬が高い場所から落ちて死んでしまうので、国東は最後まで諦めずに、崩れ行く迷路の中、ロープを渡って行った。そして無事天瀬の元へ辿り着いたそのとき、二人は夢プラザの吹き抜けの一番上に戻ってしまった。国東は天瀬の手を握ってから、咄嗟に反対の手で天井から飾られている飾りを掴んだ。
国東には、二人の体重を支えられる程力があるわけではないので、結構苦しい状況だった。それでも絶対に諦めたくないので、必死に堪えていたとき、冷静に状況を判断した天瀬が、自分の命を諦めた発言をし始めた。自分の命を犠牲にして、他人を助けようとしたのである。そんなやさしい天瀬を絶対に死なせたくない、と思った国東は感情的に本心をぶつけた。
そして天瀬が目を瞑っている間に、夢人の力を使って本の中を移動し、本屋一番端の誰もいない場所に移動した。
これで天瀬の件は一件落着ということで、ホッとしたのも束の間、近くで何か大きな力を感じ取った。その力が同類のような気がしたので、国東は急いで力の源を確認するために、強く感じる屋上に向かった。そこには、中津が安心院を抱きしめて座っていた。二人の後ろには本がパラパラと捲れていた。その状況から、中津も夢人の力を使ったようだったが、しばらく様子を見ていると、本人は気づいていないようだった。
そして中津はハッと何かを思い出した様子になり、安心院を背負ってから移動を始めた。そこに別府もやって来て、みんなそれぞれ帰って行った。
国東は天瀬と安心院の本を取り出し、二人の死ぬ未来が変わっていることを確認したあと、中津の後ろに落ちていた本の場所に視線を送った。すると、そこにくじゅうが現れて、落ちていた本を拾っていた。
「先輩! その本、先輩が置いたんですか?」
「ああ。彼なら上手く使ってくれると思ったからね」
「今回の件、ソフィアストーンが関わっていたんですけど、先輩はどこまで知っていたんですか?」
「何も知らなかったよ。夢人は魔法の力が関わっている未来を見ることができないからね」
「じゃあ、どうして中津夢翔が力を使うって知ってたんですか!?」
「知っていたわけではない。使うかもしれないと推測していただけだ」
「推…測…?」
「最近、彼の力が強くなっていたからね。そろそろ鍵を開けるだろうと思っていた。そして今日、それが開いた。ただそれだけだ」
「もし、鍵が開かなかったらどうしてたんですか?」
「もちろん。助けるつもりだったよ」
「……先輩は、どうしてそこまで中津夢翔のことを…?」
「……前にも言ったはずだ。彼は優秀な夢人になると」
「それだけですか?」
「ああ、それだけだ」とくじゅうはあまり深入りするなという表情で言った。「そんなことより、国東くんも力を使ってドリーマーを助けたようだね」
「あ、はい…」
国東は、また怒られるかもしれないと思って少しテンションが下がった。どうしようもない状況だったとはいえ、人目があるかもしれない場所で力を使ったからだ。今度こそ、試験に落ちる覚悟をした。
「天瀬月歩を助けるには、ああするしかなかっただろう。私は、良い判断だったと思うよ」
「え!?」
「では、私は先に失礼する。これからも頑張るんだよ」
「……あっ、はい! お疲れさまです!」
くじゅうは本を開いて中に吸い込まれてどこかへ行った。
国東は嬉しくてテンションが上がっていた。本で部屋に戻ったあと、ウキウキ気分で踊ったり、ベッドに飛び乗って枕に顔をうずめて喜びを噛みしめたりしていた。そしてそのテンションのまま中津に「おめでとう! ついに鍵を開けたようだね! キミと会える日が近そうだ。楽しみにしているよ。 夢人」と送った。自分の喜びを分かち合いたいと思ったからだ。しかし、当然中津は何のことかわかっていない様子で「あなたが言っている鍵とは、何の鍵ですか?」と返信が来た。
国東は良い気分だったことと、迷路で中津に励まされたこともあったので、少しヒントを与えることにした。
「キミは『ビブリオテーカ』の鍵を開けた。そこは選ばれたものしか入ることができない場所です。キミは選ばれたのです」
というメールを送ると、案の定、さらに混乱しているようだったが、これ以上はヒント与える義理もないので、最後に「会うことができたら、すべて教えてあげる。 夢人」とメールを送ってからシャワーを浴びて寝た。
GWのある日、国東はビブリオテーカで次のドリーマーの本を探していた。しばらく本棚を見て回っていたとき、一冊の本が気になったので手に取った。そしてその本を開いて読もうとしたとき、広間に誰かの姿が見えたので夢人の先輩と思い挨拶しようと近づいたら、まさかの中津だった。国東は驚いてつい「なんでここに!?」と言葉を漏らしてしまったが、すぐに口を押えて、咄嗟に持っていた本で自分の部屋に戻った。急なことだったので、移動に使った本を落としてしまっていたが、今はそんなことよりも、中津がビブリオテーカにいたことの方が国東の思考を独占していた。
なんで彼がビブリオテーカに!? まだ自分で理解もしていないのに、一体どうやって来たの!? ……ハッ! もしかして、この前のメールで力の使い方を理解したっていうの!? ……あり得る。彼は先輩が優秀って言うくらいだし、学年主席の頭脳も持っている。本当に会える日が近いかも……。
このとき、国東はようやく中津に正体がバレるかもしれないという考えになった。ただ、中津はまだビブリオテーカへの鍵を開けただけなので、そう簡単にバレることはないだろうと思っていたし、しばらく会わなければ記憶から消えるので、あまり心配していなかった。しかし、そう思ったとき、胸の辺りが少しモヤっとしたのを感じたので、手をそっと当ててやさしく撫でた。それでもモヤモヤは晴れなかったので、一日寝れば気分も晴れるだろうと考え、寝ることにした。
翌朝目を覚ましたとき、まだ胸のモヤモヤが晴れていなかったので、気分転換しようと思い、自分へのご褒美として好きな本を買いに行くことにした。ついでにいつもと違う髪型にしようと思い立ち、カントリースタイルのツインテールにした。
本の中を通って本屋に移動した直後、聞き慣れた声が名前を呼ぶので嫌な予感がして視線を送ると、中津がいた。
えー!? なんで中津くんがここにいるのー!?
国東は内心とても驚いていたが、表面上は冷静な態度を装って会話をした。
中津と話しているといつの間にか胸のモヤモヤが晴れていた。国東はどうしてモヤモヤが晴れたのかわからなかったが、中津が何か関わっているのかもしれないと判断し、少し付き合ってもらうことにした。また、くじゅうが目を掛けている中津夢翔という人物がどんな人なのか、改めて知りたいと思った。
その前にまず、国東は自分の力を見せつけてやろうと思い、さり気なく洋食店の店員とサラリーマンの出会いをサポートしたのだが、中津はまったく気づいていなかった。それも当然である。自分の力に気づいていない中津が、夢人の仕事に気づくはずがないのである。逆に不信感を抱かれてしまったようなので、気を取り直して当初の目的である、新しくできたカフェに行くことにした。
カフェで中津と話した国東は、すっかり胸のモヤモヤが晴れて、モヤモヤしていたことすらすっかり忘れていた。そしてやる気に満ち満ちた状態で中津と別れたあと、早速ビブリオテーカに行って、次のドリーマーを探した。
そこでこの前読み損ねた本をもう一度手に取った。その本は、夢乃森学園理事長である夢乃森雲海の本だった。雲海は夢人のことを専門家に頼んで調べているので、正直あまり関わりたくない人物である。しかし、本によると、雲海は今現在ある悩みを抱えているらしく、あまり上手くいかないことが続いて落ち込んでいるということだったので、見てみぬふりをするわけにはいかなかった。雲海の調子が悪くなると、夢乃森学園全体に影響が出るかもしれないからだ。夢乃森学園を任されている身としては、そんなこと絶対に許されないことなので、雲海のサポートをすることにした。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回もお楽しみに。
感想、お待ちしております。