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夢人  作者: たか
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夢人見習いの二次試験①  

 国東栞は、夢人見習いである。

 二年生に進学したばかりの四月、国東がいつも通り通学していると、校門前でチラシを配っている女子生徒がいた。国東はチラシを一枚受け取り、中を読んだ。チラシには、音楽科二年の姫島響歌という女子生徒が路上ライブする日程が書かれていた。国東は姫島響歌の名前と彼女の容姿をイメージしながら、前に手を伸ばして本を取る動作をした。すると、何もない空間から本が一冊出てきて、国東はその本を手に取った。その本は、ビブリオテーカから取り出した姫島響歌の人生の本である。

 国東はその本を開いて読み始めた。姫島が生まれたときから今までどんな人生を送ってきたのかをサッと目を通したあと、現在とこれからのページを入念に読んだ。

 それによると、姫島が今回の路上ライブで歌うか、歌わないかという選択により、彼女の人生が大きく変わるということだった。路上ライブで歌った場合、彼女の今までの苦労が報われる可能性が高く、歌わなかった場合、彼女は歌手の夢を諦める可能性が高かった。国東はこの可能性を読んで、彼女を歌わせようと考えた。

 しかし、もう少し詳しく読んでいると、彼女は路上ライブを行う予定の朝に校門前でバス事故に巻き込まれるかもしれない、ということがわかったので、まずはその対策をすることにした。


 姫島響歌が路上ライブをする予定の日の朝、国東はまだ誰も来ていない早い時間に校門前に来ていた。周辺を歩きながら見回し、近くにあった花壇に目を付けた。国東は鞄からスマホを二つ取り出し少し操作をしてから一つを花壇の中の見えない場所に置いた。これで、姫島を事故から護る準備が整った。国東が準備を終えた直後、姫島が校門前に来てチラシ配りの準備を始めたので、国東は木陰に隠れて様子を見ていた。

 姫島が恥ずかしそうな様子でチラシ配りをしている姿をしばらく見ていると、男子生徒が立ち止まってチラシを一枚受け取っていた。その男子生徒は中津夢翔だった。

 国東は眉をひそめて中津を睨んだ。敵意を抱いていたからだ。中津はなぜかわからないが、夢人のくじゅうに気に入られている。まだビブリオテーカに入ることすらできないのに、だ。くじゅう曰く「彼は優秀な夢人になれる」ということだったが、国東には到底そう思えなかった。夢人は本来陰から人々を支えるのが使命である。なのに、中津はガッツリ関わっている。まあそれは本人に自覚がないから仕方のないことなのだが、国東にとっては少し腑に落ちないのだった。

 ということで、国東は中津に自分の能力を見せつけてやろうと思って、ポケットからスマホを取り出し、画面をタイピングした。夢人にとってメールアドレスを知ることは造作もない。国東は中津のメールアドレスを調べ、「今日、あなたの運命を変える出来事が起こるでしょう。夢人」という適当に考えたメールを送った。

 そのあと、姫島が事故に巻き込まれるかもしれない時間が迫っていたので、周りを警戒していると、少し離れた交差点から事故を起こすバスが曲がってきているのが見えた。そのバスが事故を起こす前に姫島を移動させれば無事に解決なので、国東はスマホを操作して、あらかじめ花壇の中に隠していたもう一つのスマホを鳴らそうとした。すると、そのとき中津が焦った様子で校門に戻って来ていたので、ボタンを押す前に一度身を隠した。中津は姫島を見てホッとしているようだった。

 国東は、中津がどうしていきなり戻ってきたのかわからなかったが、今はそんなこと考える時間がないことに気づいて、持っているスマホのボタンを押して花壇に隠しているスマホを鳴らした。その音を聴いた姫島と中津は、突然のことにビックリしている様子で、その音がどこから鳴っているのか探し始めた。予定では、姫島が花壇の中にあるスマホを見つけて音を止めたときに、後ろでバス事故が起こり、誰も大きな怪我をしなくて済むはずだった。しかし、ここで国東の予想外のことが起こった。突然スマホの音が鳴り止んだのだった。国東は焦って持っていたスマホのボタンを何度も押したが、花壇のスマホは反応しなかった。スマホの音が鳴り止んだことにより、姫島は歩みを止めた。そこは最悪な立ち位置だった。

 ヤバい! 姫島さんが!

 国東が混乱し始めていたとき、中津が姫島の手を引っ張ってその場から離れた。そしてその直後にバス事故が起こった。中津のおかげで姫島はバス事故に巻き込まれずに済んだ。

 事故の収拾が行われている最中に、国東は花壇の中に置いていたスマホを回収した。そのとき、右手人差し指を棘で切ってしまったが、そんなことよりも、スマホの方が気になっていた。スマホが鳴らなくなった原因は、充電が切れたからだった。突然故障したのならまだ言い訳のしようがあったが、充電切れという自分のミスが原因だったので、国東はしっかり反省しながらも少し落ち込んだ。

 そのあと、国東は先程の中津の行動の意味を知ろうと思い、後をコッソリつけていた。

 昼休み、中津が和食食堂の『夢乃森』に入って行ったので、国東も後に続いて入った。そこで別府剣悟と偶然出会い、二人は一緒に食べ始めた。

 国東は二人が美味しそうに食べている姿を見てお腹がクゥーと鳴ったが、手で腹をやさしく撫でて我慢した。今は食べることよりも、観察を優先したのだった。

 しばらくそのまま観察していると、国東の隣をピンクブラウンの髪の女子生徒が優雅に通り過ぎて行った。彼女は夢乃森叶愛だった。国東は常に叶愛を注意して見ている。なぜなら、叶愛は特別な体質なので、彼らに気に入られて巻き込まれてしまうからだ。そのせいで、今までいろんな事件や事故に遭っている。

叶愛は、将来教育関係で多くの人たちに良い影響を及ぼす存在になる可能性が高いため、その支援は必須である。しかし、彼らの能力は夢人ではどうしようもないので、正直困っているのである。現状、その対応は専門家である宇佐と別府に任せている。いくら夢人といえども、魔法の力に対抗する術はない。関わってしまうと命がいくつあっても足りないのである。その場合、国東は自分にできる範囲で行動している。

叶愛は中津に用事がある様子で、真っ直ぐに彼らの座っている席に向かい何かを話し始めた。その間、国東は叶愛の本を取り出して現在のページを読んだ。すると、このあと叶愛が『夢乃森』の出入り口付近で事故に巻き込まれると書かれていたので、国東はその対策をすることにした。その事故は、食堂入って三列目のテーブル右側の前から二番目の椅子を倒しておくと誰も被害に遭わずに済むということだったので、国東はその通りに行動した。

それからしばらく見守っていると、叶愛が中津たちとの会話を終えて帰り始めた。そして国東が倒していた椅子に気づいて元に戻した。これで叶愛の事故は防げるはずだった。

しかし、国東はなぜか胸騒ぎがしたので、念のためもう一度叶愛の本を読んで確認すると、事故の未来が変わっていなかった。どうやら、国東は間違えて三列目のテーブル左側の前から二番目の椅子を倒していたらしい。国東は自分のミスに気づいて戸惑っていると、隣をすごい速さで走る中津が通った。

叶愛が食堂から出た瞬間、上から『夢乃森』の大きな看板が落ちてきたが、間一髪のところで中津が飛びついて彼女を助けていた。国東はすぐに駆け寄り、二人が無事であることを確認してホッとしたが、中津が右肩を痛めているような顔をしていたので、負傷しているのだろうと思った。

そのあとも後をつけていると、予想通り保健室に向かっていた。保健室の先生は、さっき看板事故が起こった場所に来ていたので、今保健室には誰もいない。国東はここで直接中津と話してみようと決心した。そして中津が保健室に入ったあと、続いて入ろうとしたのだが、中から話し声が聴こえたので、ドアに手を掛けたところで止まった。聴こえてくる話からして、中津の他に生徒会長の安心院がいるようだった。どうして安心院が保健室にいるのかわからなかったが、他の人がいる状態で中津と会うわけにはいかないので、しばらく待つことにした。

すると、数分後に安心院が先に保健室から出てきたので、中にいるのは中津一人だった。今がチャンスだと思った国東がドアを開けると、目の前には、椅子に座った中津が上半身裸で右腕を上に伸ばしていた。予想外に光景に国東の思考は一瞬止まってしまった。中津が何か言い訳を言い始めたとき、国東の思考が再び動き出し、反射的にドアを閉めた。

今のは怪我をした右肩がどのくらい動くのか試していたんだろう。右利きの人にとって右肩がどのくらい動くのかは大事なことだ。上半身裸だったのは、シャツに血がついているからだろう。おそらく、生徒会長がシャツを買いに行ったのだろう。

国東が一瞬見た光景から冷静に状況を判断して推測していると、目の前のドアが開き、中津が「おっ!」と驚き、焦った様子で見つめてきた。

国東は中津を避けて保健室に入り、棚の物色を始めた。特に何か探しているわけではなかったが、気まずい空気だったので、咄嗟に取った行動だった。棚を漁っていると、偶然絆創膏を見つけたので、朝怪我をした右手人差し指を処置することにした。

それから国東は、あたかも初めて話すような態度で中津に話し掛けた。中津とは小さい頃に遊んだことがあったが、そんなこと覚えていないだろうと思ったからだ。案の定、中津は覚えていなかった。予想していたことだったが、少しイラっとしたので、嫌味を言ってお返しをした。

久しぶりに話した中津がどんな性格になっているのか、いくつか質問してみると、昔と変わらず謙虚でやさしい性格のままだとわかった。もう少し話をしたいところだったが、そろそろ安心院が戻って来る気がしたので、先に出ようとドアに手を掛けたところで、中津に名前を聞かれた。国東は、中津に対して二度目の自己紹介だったので、一瞬切ない気持ちになったが、なんとか笑顔を取り繕って名乗った。保健室のドアを閉めたあと、少しの間その場に立ち尽くし胸に手を当てズキンとした痛みを抑えた。そして気持ちを切り替えて安心院が戻ってくる前にその場を去った。

昼からは、姫島が路上ライブで歌うためにはどうすればいいのか作戦を練ることにした。本によると、姫島が必死に宣伝したにもかかわらず、路上ライブが始まる午後五時に、歌を聴きに来る人は一人もいないということだった。そして現実の厳しさを改めて突き付けられているときに、学生が一人歌を聴きに現れるということだった。その学生とのやり取りによって、姫島は歌うか、歌わないかを選ぶらしい。その学生によって姫島の選択が左右されることが不安だった国東は、時間になるまで近くで見張ることにした。

路上ライブが行われる予定の中央広場に行くと、姫島が準備をしていたので、近くのベンチに座って本を読みながら時折様子を伺っていた。

そして午後五時になっても誰も姫島の歌を聴きに来なかった。姫島は現実を突きつけられ、肩を落として落ち込んでいた。午後五時一〇分になると、本に書かれていた通り、そこに男子学生が一人現れた。その学生とは、なんと中津夢翔だった。中津は、姫島の歌を聴きに来たと言って目の前の客席に座った。

朝の件を中津に助けられ、そして今も中津が姫島を励ましていることが、なんとなく気に入らなかったので、国東は咄嗟に行動した。国東は普段、夢人見習いとして自分から直接ドリーマーに関わらないようにしているのだが、そのときはついムキになって行動してしまった。

国東と中津の説得によって、姫島が歌う選択をし、その結果、観客が多く集まって見事路上ライブは大成功だった。姫島の歌声があまりにも素晴らしかったので、国東も夢中になっていたが、途中で我に返り、一足先にその場を離れた。

国東は、姫島の路上ライブが正面から見える建物の屋上に移動した。そこからライブを眺めながら、国東は感傷に浸っていた。なぜなら、夢人の使命は、陰から人々を幸せに導くことであり、決して目立ってはいけない存在だからである。国東はそれを破って、直接ドリーマーに働きかけたため、夢人になるための試験に落ちたと思っていた。

そんなとき、国東の後ろにくじゅうが現れた。

「どうやら、上手くいったようだね。国東くん」

「先輩! 見てたんですか?」

「ああ。キミが直接ドリーマーに話し掛けるという珍しいことがあったからね」

「すみません。『夢人』は陰から人々を支える存在なのに…それを破ってしまいました。あたし、不合格…ですよね?」

「何を言っているんだい。そんなことはしないよ」

「え…!?」

「姫島響歌は歌姫への第一歩を踏み出した。キミは彼女を夢へと導いたんだ。もしキミがあのとき励まさなければ、彼女は今日で歌の道を諦めていただろう。よくやってくれた」

「でも、あたしは不必要な行動を…」

「キミの行動は不必要ではない。結果を見ればわかるはずだ。……たしかに、夢人は必要以上に目立ってはいけない存在だ。いくら記憶に残らないと言ってもね。ただ、先程のキミの行動は、それには当てはまらない」

「そう…なんですか?」

「ああ。だから、気に病むことはない」

 国東はその言葉を聞いて安心した。夢人になれないかもしれないという心配がなくなったからだ。

 国東が安堵の表情を浮かべている隣で、くじゅうはライブの時間ある一点を見つめていた。くじゅうの視線の先は、歌っている姫島響歌ではなく、彼女の目の前に座っているだろう中津だった。中津は周りの観客に囲まれていたのだ、二人が立っている場所から姿が見えなかった。路上ライブが終わったあと、くじゅうがこう言った。

「国東くん。彼と話してみてどう思った?」

「彼? 中津夢翔のことですか?」

「ああ。キミも気づいているのだろ? 彼もまた、キミと同じだと」

「…はい。ですが、彼はまだ、ビブリオテーカの鍵を開けていません。それを開けないことには…」

「そうだね。彼ももうすぐ開けるだろう」

「そんなこと、わかるんですか!?」

「いや、わからない。私の勘だ」

「勘…? 珍しいですね。先輩がそんなこと言うなんて。そんなに彼に期待しているんですか?」

「ああ。中津夢翔はきっと優秀な夢人になるだろう」

「そう…ですか」

 このとき、国東は中津に対して少し嫉妬心を抱いた。くじゅうが人を褒めるところを初めて見たからだ。そして、中津に対して対抗心が湧きあがり、あたしも負けないぞ! という気持ちになった。

 国東は部屋に帰ってから早速中津にメールを送ることにした。

「おめでとう! 今日あなたは二人の夢を守りましたね! 夢人」

 という少し嫌味を言っているようなメールを送った。中津がどんな返信をしてくるのか、少しワクワクしながら待っていたが、一時間以上待っても返信が来なかった。これはスルーされたな、と察した国東はイラっとしてもう一通メールを送ることにした。

「これからも頑張ってください! 中津夢翔くん 夢人」

 という煽りメールを送った。

 すると、今度はすぐに「あなたは誰ですか? どうして俺のことを知っているんですか?」という返信が来た。メールの感じからして驚いていることが伝わってきたので、そのまま返信せずにスルーした。国東は、今頃中津は混乱しているだろうことを想像して、部屋で一人クスクス笑った。


 数日後のある時間、国東はビブリオテーカで次のドリーマーを探して本棚を見回っていた。国東が探していた棚は、夢乃森学園に通うすべて人の本が収納されている。なぜなら、国東が任せられているのが、夢乃森学園だからだ。

夢乃森学園には、大きな夢を持った人がたくさん集まる。ここでは夢人の役割も重要になってくるため、自分から志願したのである。早く試験に合格して、なんとしても夢人になりたかったからだ。

しばらく本棚を見て回っていると、ふと一冊の本が気になったので、手に取って開いた。その本は、津久見輝という今年夢乃森学園に入学したばかりの一年生の本だった。彼女は、すでに女優として活躍しており、夢は叶えているように見えたが、向上心が強いらしく、これからもまだまだ伸びしろがあるということで、いろんな可能性を秘めているのだった。

国東は、どうして彼女のことが気になったのかわからなかったので、本を読み進めていると、数日後に事故に巻き込まれる可能性があるという未来が書かれていた。〇月〇日の夕方、夢乃森学園前駅周辺で津久見が車にはねられるかもしれない、と書かれていたので、早速その事故から津久見を護る対策を考え始めた。

本に書かれていた内容では、どんな車が、夕方の何時に、駅周辺のどこで事故を起こすのか、具体的なことがわからなかったので、少し違和感を抱きながらも、実際に現場付近に行って事故が起こりそうな場所を調べた。駅周辺を見て回ったところ、特に事故が起こりやすそうな場所はわからなかったが、夕方の時間帯は交通量が少し増えるようだった。

そのとき、国東はあることを思い出した。本来、人生の本が書き記している未来の可能性はもっと具体的である。たとえば、今回の場合だと、〇月〇日の午後四時三〇分に夢乃森学園前駅の入り口の前で赤い車が衝突事故を起こす、という風に書かれていなければおかしい。しかし、本に書かれていた内容は、どれも曖昧な表現だった。この場合考えられる原因としては、夢人の力が及ばない特別な何かが関わっているということだ。おそらく、魔法石、ソフィアストーンである可能性が高い。

このとき、国東は葛藤した。ソフィアストーンが関わっている場合、それは専門家である宇佐に任せるのが得策である。いくら夢人といえども、魔法の力には対抗できない。しかし、本当にそれでいいのだろうか、津久見が事故に巻き込まれるかもしれないという未来がわかっているのに、自分は何もしなくていいのだろうか、と思っていた。

国東は、自分がどう行動しようかなかなか結論が出せないでいた。そうしているうちに日が過ぎて、津久見が事故に巻き込まれるかもしれない日になってしまった。

その日、国東は朝から津久見を見守っていた。助けることができるかわからないが、知らない振りをして過ごすことも嫌だったからだ。

昼休み、津久見が中央広場を歩いていると、突然中津が彼女の隣を歩き始めた。中津は津久見の顔を覗き込んでいたので、津久見が歩みを止めて、二人は会話を始めた。そしてチャイムが鳴ると、津久見は急いだ様子で教室まで走って行き、中津は彼女の後を追い始めた。どうやら、中津も津久見が事故に巻き込まれるかもしれない未来を知っているようだった。ビブリオテーカに行くことができない中津がどうやって知ったのかわからなかったが、今はそんなことよりも、二人の行方の方が気になったので、後を追おうとしたら、安心院が先に二人の後を追っていた。津久見の後を中津が追い、中津の後を安心院が追い、その後を国東が追うという展開になっていた。

五時間目の講義が終わったあとも、それが続くと思われたが、津久見が突然走り出したことにより、展開が変わった。中津は急いで津久見の後を追って行ったが、安心院は叶愛に見つかって戦線離脱した。そのとき国東は、自分も誰かにつけられていないか念のため周りを見渡して確認したが、そもそもつけられるような知り合いがいないので、心配する必要はなかった。

国東は、周りに怪しい人物がいないことを確認したあと、津久見と中津の後を追った。二人は徐々に人気のない場所に行っていた。その様子から、津久見は中津に後をつけられていることに気づいているようだった。そして、案の定、津久見は中津を出し抜いていた。国東は二人に気づかれないように物陰に隠れながら観察していた。

二人は少し会話をしていたが、最後に津久見が怒った様子で中津に何か言って、その場から去っていった。そんな津久見の後ろ姿を、中津は申し訳ないことをしたような表情で見つめて立ち尽くしていた。その直後、突然中津が頭を抱えて痛がり始めた。そのときの中津は、何かとんでもない光景を見てしまったかのような表情をして、冷や汗をかいていた。国東は心配になって声を掛けようとしたが、その前に中津の目つきが変わった。中津はポケットからスマホを取り出して、何かを検索し始めた。そして探していた何かを見つけた表情をしたあと、急いだ様子でどこかへ向かい始めた。

中津が向かっている先から、津久見の後を追っているのではないとすぐにわかったので、国東は中津の後を追って行った。すると、途中で安心院が現れて、中津を追いかけ始めたので、国東はその後ろから追いかけた。

しばらく追っていると、中津は津久見が事故に巻き込まれるかもしれない夢乃森学園前駅周辺で立ち止まり、周りを見渡し始めた。やはり、中津は津久見が事故に巻き込まれるかもしれないという未来を知っているようだった。中津はしばらくの間、周りの店や歩道を見て回り、そのあとビルとビルの間に身を潜めて誰かを待ち始めた。そんな中津を後ろの物陰から見張っている安心院のさらに後ろから国東が見張った。

このとき国東は、中津が津久見を助けようとしていると推測した。そして対抗心を燃やしていた。この前の件は中津に助けられてしまったので、今度は自分の本来の実力を見せつけようと思っていた。国東は、今までどうしようか悩んでいたことなど忘れて、津久見を助けることだけを考えた。

それから小一時間経った頃、空は夕日が照らし、夕方といえる時間帯だった。道路は少し交通量が増え、歩道は一般人や帰宅している生徒がチラホラいた。津久見の人生の本が示していた時間が迫っていたので、国東は少しずつ緊張感が高まっていた。そんなとき、津久見が現れた。

中津は津久見の姿を見つけてから飛び出そうとしていたので、それよりも先に国東が飛び出して、津久見と接触した。国東は、自分が津久見のファンであることを装って話をした。津久見が若干引いているのがわかったが、それでも無理やり会話を続けた。すると、後ろから「ドカン! ガシャン! パリーン!」という大きな音がした。後ろに視線を送ると、黒い軽自動車が店に突っ込んでいた。

これで津久見さんは助かった!

そう思った国東は、みんなの視線が事故現場に向いている間に、本を使って隣に建っているビルの屋上に移動した。あらかじめ本を一冊そのビルの屋上に置いていたのである。そこで、津久見の本をビブリオテーカから取り出し、事故に巻き込まれる未来が消えたことを確認しようとした。しかし、本にはまだ津久見が事故に巻き込まれる可能性があるという記述が残っていた。

「えっ!? なんで!? 津久見さんは助けたのに!?」

 国東がビルの上から下を見下ろすと、白い軽自動車が猛スピードで道路を暴走しているのが見えた。その軽自動車を宇佐と別府が追っていた。宇佐は杖に乗り、空を飛んで追いかけていた。おそらくERASEの魔法で姿を隠しているから、一般人には見えないようだが、夢人や夢人見習いである国東は見えるのだった。別府は物凄いスピードで走って追いかけていたが、別府が通り過ぎたあと周りの人たちがキョトンとした顔をしていたので、ERASEの魔法を掛けていないようだった。

 二人が追っているということは、おそらく白の軽自動車にはソフィアストーンが乗っているということがわかる。これで、本の内容が曖昧な表現だった理由がわかった。しかし、今はそんなことどうでもいい。軽自動車が津久見に突っ込む前に助けなければならないからだ。

 あれが津久見さんを!? ヤバい!

 国東が気づいたときには、軽自動車が中央分離帯にぶつかり、蛇行しながら津久見が立っている場所に突っ込んでいた。

もう間に合わない!

国東がそう思ってしまったとき、中津が津久見に飛びついて助け出したのだった。白の軽自動車は壁にぶつかってから止まり、津久見と中津も少しして立ち上がった。すると、津久見の本の中から、事故に巻き込まれる可能性があるという記述が消えた。

その後、軽自動車から四足歩行のチーターみたいな白いものが出てきて逃げ始めた。その白いものが国東のいるビルの屋上まで上って来て、それに気づいた安心院が後を追ってきたので、国東は物陰に身を潜めた。そして逃げている白いものを安心院と宇佐と別府が追いかけ始めた。

何はともあれ、これで津久見の件は一件落着だと思って、人生の本を元に戻そうとしたとき、本に新たな記述が現れたことに気づいた。それを読むと、津久見が全身黒い格好をした男に襲われる可能性があるということだった。しかも日付は今日の夜だった。ビルの下を見下ろすと、津久見は一人で夢乃森学園前駅に向かっており、中津も焦った様子で津久見の後を追い始めていた。どうやらすでに中津も津久見の新たな未来を知っているようだった。

二人は同じ電車に乗り、夢乃森駅で降りた。そして津久見は仕事現場に入り、中津はその目の前にあるファミリーレストランで見張り始めた。そして、国東は、津久見が出てくる前に中津の元へ向かった。小腹が空いたから、何か奢ってもらおうと思ったからだ。国東が突然現れたことに中津は驚いていたが、構わずにドリンクバーとチョコレートパフェを注文した。チョコレートパフェを食べ終わったとき、中津が頭を抱えていたので、また頭痛がしているのだろうかと少し心配になったが、ただボーっとしていただけだったのでホッとした。その後、津久見がもうすぐ仕事を終えて出てくる時間だったので、国東は何事もなかったかのようにその場を去った。

今回の事件の可能性は、ソフィアストーンが関わっていないため、結構詳細に記されており、津久見が襲われる可能性がある時間と場所がわかった。なので、国東は、津久見が事件現場に到着する時間をずらせば、襲われることはないだろうと考えた。

国東が「あ、津久見輝だ!」と言って周りの人の注目を集めると、あっという間に数十人が集まった。津久見は、ファンを大切にしているという情報通り、一人ひとり丁寧に対応していた。この時間は、元々起こらないはずだった出来事なので、当然人生の本に記されている未来は変わる。

津久見がファンの対応を終えて、再び帰り始めてから人生の本を確認すると、さっき記されていた内容が少し変わった。しかし、津久見が男に襲われる可能性があるという記述は消えなかった。というより、むしろさっきよりも時間が早まり、場所も変わってしまっていた。

国東が急いで後を追うと、津久見が駅の入り口でチャラい見た目の若い男二人組に絡まれていた。津久見が困っている様子だったので、中津が助けに行こうとしたそのとき、先に津久見を襲おうとしている全身黒い格好の男が現れたのだった。

ヤバい!

国東は常備している小さな本を手に取り、掌の上に置いた。すると、その本が通常サイズの大きさになった。この本はいつでもどこでも移動するために、普段から持ち歩いている本である。国東は本を使って津久見が持っている鞄の中にある本に移動して助けようとした。しかし、男が津久見を襲わなかったので、寸前で移動するのを止めた。

あれ!? 襲わない? どういうこと!? 未来が変わった!?

そう思って本を開いて確認すると、まだ男が襲う時間ではなかった。

とりあえず一安心だったが、犯人が近くいるということがわかったので、国東は厳戒態勢で臨むことにした。事前に犯人をどうにかしたかったが、今いる場所は夢乃森駅ということもあり、周りには人が多く、何かするには目立ってしまう状況だったので、迂闊に手を出せなかった。なので、ここよりも人が少ない夢乃森学園前駅に着いたときに行動しようと考え、津久見たちが乗った電車の隣の車両に乗って様子を見ていた。

夢乃森学園前駅に到着し、最初に津久見が降りた。次に全身黒の男が降りて、その次に中津が降り、国東が最後に降りた。そして国東が行動を起こそうとしたとき、先に中津が男に仕掛けたのである。中津と男は何か会話を交わしたあと、突然男が叫びながらナイフを振り回し、津久見に向かって走り出した。今度こそ本当にヤバい状況だったので、国東は本を使って移動しようとした。しかし、そのとき慌てたせいで手がもつれてしまい、本を落としてしまった。急いで本を拾ったときには、男が津久見の目の前まで迫っていた。

クッ! 間に合わない!

そう思ったとき、突然津久見の目の前に安心院が現れて、男に回し跳び蹴りを食らわし、一発KOにしたのだった。

津久見の人生の本を見ると、男に襲われるという記述が消えていた。これで津久見の件は一件落着したようだった。

全員が無事であることを見届けたあと、国東は本で自分の部屋まで移動した。その瞬間、疲れが一気に押し寄せてきたので、お風呂に行って浴槽を軽くシャワーで流したあと、湯を溜めることにした。今日は久しぶりに大変な一日だったので、ゆっくりお風呂に浸かって疲れを取りたいと思ったのだった。国東は、湯に浸かってリラックスしながら、今日の出来事を振り返っていた。

津久見が事故に巻き込まれそうになったときは中津に助けられたが、男に襲われそうになっていたときには、逆に中津のせいで津久見が危ない状況に陥ってしまったことに気づいた。なので、国東はお風呂から上がったあと、中津に忠告メールを送った。

「その場しのぎでなんとか乗り越えているようだけど、もっと上手く立ち回れば、事前に防ぐことできるはずです。そんなことでは、合格できないですよ」

 国東は、送ったときには何も考えていなかったが、送信してから数分後、自分で読み直すと、少し嫌味を含めた感じの文を送ってしまったように思った。そのため、中津がどんな返信をしてくるのか気になったので、しばらくスマホを見つめながら待っていたのだが、一向に返信は来なかった。そのまま睡魔と戦うこと二時間、ついに負けて国東は寝落ちした。



読んでいただき、ありがとうございます。

次回もお楽しみに。

感想、お待ちしております。

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