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夢人  作者: たか
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夢乃森学園理事長の孫

今日はどこの食堂へ行こうか?

午前中の講義を終えたあと、中津は考えていた。

夢乃森学園にはジャンルごとに食堂が分かれている。和食がメインの食堂『夢乃森』、中華がメインの食堂『ゆめ』、フレンチレストラン『レーヴ』、イタリアンレストラン『ソーニョ』、パン屋の『フォレスト』などがある。どの食堂も一流のシェフが作っており、安くてとても美味しいのである。

内装はどこも似た作りで、多くの生徒が入れるように長机、四人掛け机、二人掛け机がたくさん並んでいて、カウンター席もある。しかし、外装はそれぞれ個性を出しており、特に出入り口の看板はどこも特徴的だ。

夢乃森の看板は、大きな木で作られた横に細長い円形の看板で、真ん中に黒色の達筆な「夢乃森」という文字が彫られている和風チックな看板である。その看板が出入り口にドン! と目立つように掛けられている。

梦の看板は、中華っぽく赤い背景に白文字で「梦」の文字が書かれており、周りを中華マークで囲んでいる長方形の看板だ。それを出入り口に掛けている。

レーヴは、白い看板の真ん中にアルファベットで「REVE」と黒字で書かれており、その周りに茶色いスプーン、フォーク、ナイフが描かれている。そして看板の端に赤、白、青のフランスカラーがある。その看板を出入り口に立てている。

ソーニョは、赤、白、緑のイタリアカラーに「SOGNO」と黒字で書かれており、真ん中はピザやパスタの写真、下には営業時間が書かれている。それを出入り口に立てている立て看板である。

フォレストは白色の長方形の看板で、左側に黒文字で「FOREST」と書かれており、中央にはメロンパン、クロワッサン、食パン、などのパンの絵、右側にはパン職人が笑っているイラストが描かれている。それを出入り口に掛けている。


中津はとり天が食べたくなったので、和食の『夢乃森』に行くことにした。

店に入り、空いている席を探していると後ろから声を掛けられた。

「おっ、中津! お前もここだったんだな!」

「ん? 別府か。奇遇だな」

「一人か?」

「あぁ」

「じゃあ一緒に食べようぜ!」

「ああ」

 中津に声を掛けてきたのは、昨年同じ科目を専攻したのをきっかけに仲良くなった別府剣悟べっぷけんごだった。

別府は身長一八五センチ、がっちりした体格、オレンジブラウンの髪に金色の目が特徴的なイケメンだ。ブレザーの下に着ているシャツの上のボタンは留めないで、ネクタイもしていなかった。やさしくて運動神経が抜群なため、結構女子からモテている。本人はあまりモテないと言っているが、中津はその言葉を信じていない。実際、一緒に校内を歩いていると、いろんな女子から手を振られたり、握手を求められたり、サインを求められたりしている。そんな光景を中津は何度も見てきたのである。

別府は剣道の腕が立つらしく、その道を極めるために入学してきたらしいが、今は怪我をして休養している。少し前に練習で左腕を骨折したらしく、今はギブスをしている。

 中津と別府は空いている四人掛けの席に座った。席に置いてあるタッチパネル式の注文票を取り、中津はとり天定食を注文し、別府は海鮮丼を注文した。ちなみに、この学園には水産科もあり、独自のブランドとして養殖している魚がたくさんいる。その魚を使った海鮮丼は人気メニューの一つである。さらに、代替肉や培養肉の生産にも力を入れており、安く美味しく食べられるのである。

注文してから少しして、身長一三〇センチくらいの人型ロボットがとり天定食と海鮮丼を運んできた。食堂内では数体の人型ロボットが働いており、同型のロボットは他の食堂でも働いている。学園内の食堂で料理を作るのは、一流のシェフと学生たちだが、運んだり片付けたりするホールの仕事はロボットがしている。名前は『ユメ』。夢乃森学園で働くロボットすべてを『ユメ』という。すべてのユメは、ネットで繋がっているので、個体は違っても中身は同じである。ユメの声の主は、夢乃森学園二年生の大人気声優、種崎敦子たねさきあつこである。ユメに搭載されているAIに種崎の音声データを学習させたのである。夢乃森学園で働くすべてのユメたちが同じ声なので、おそらく、夢乃森学園生が一番聴く声である。ユメにはいくつかタイプがあり、学園内を掃除するタイプ、建物の工事をするタイプ、警備するタイプなどがある。

ユメは「お待たせしました。とり天定食と海鮮丼です」と言って、中津の前にとり天定食、別府の前に海鮮丼を置いた。中津が「ありがとう」、別府が「サンキュー」と言った。いつもなら、ユメはここで「では、ごゆっくり」と言って厨房に戻って行くのだが、この日はしばらくその場から動かなかった。中津はなかなか動かないユメが気になって、つい声をかけてしまった。

「ん? どうしたんだ? ユメ」

「中津さん。今日も揚げ物なのですね?」

「うっ、今日はたまたまだ」

「そうですか。ですが、昨日は唐揚げ定食だったような?」

「…たっ、たまたまだ。二日揚げ物が続いたくらいですぐに健康は悪化しないから問題ない」

「そうですか。ですが、一昨日はアジフライだったような?」

「……野菜をもっと食べろ、って言いたいんだろ?」

「はい。最近の中津夢翔さんの食事は少々偏っています。揚げ物は控えて、野菜やナッツ類、発酵食品などを食べるように……」

「はい。わかりました。気をつけます」

「……では、ごゆっくり」

 ユメはまだ何か言いたそうだったが厨房に戻って行った。

 ユメは学園のデータベースにアクセスできるため、生徒一人ひとりの情報がインプットされている。成績はもちろん、食生活や運動能力なども把握しており、時折こうして指摘してくるのである。人は意志力が低下したり誘惑に弱かったりすることが多々あるので、ユメが生徒たちの状況を把握し、よりよい学園生活を送れるように支援しているのである。要するに、世話焼きである。ユメは論理的、合理的に物事を判断し、意見を述べることが多いが、相手によって言い方や態度を変えることができる。相手の感情を読み取って的確な支援をするため、多くの人から好かれている。最早ユメが『夢人』と言っても過言ではないかもしれない。


ユメが去ったあと、中津は両手を合わせて、別府は右手を顔の前に出し、同時に「いただきます」と言ってから食べ始めた。中津は久しぶりのとり天を一口ずつゆっくりと深く味わいながら堪能した。ここのとり天は衣がサクッとしており、鶏肉はジューシーで柔らかく、そのまま食べてもとても美味しいのだが、添えてあるポン酢をつけるとサッパリしてまた美味しいのである。

別府は左腕を骨折しているが、聞き手は右なので難なく食べることができていた。

中津がとり天を味わいながら食べていると、別府がある話題を振ってきた。

「なぁ、中津。朝、正門で事故があったの、知ってるか?」

「ん? あぁ、知ってる。……偶然近くにいたからな」

「そっか。怪我した人はいなかったみたいだな」

「そうだな。不幸中の幸いだな」

「中津はそこに一人でいたのか?」

「ん? あぁ、そうだけど…」

「ふーん……じゃあ、この写真で女の子と抱き合っているのは誰なんだろうな?」

 別府はそう言って箸を置き、スマホを取り出してから検索した画面を中津に見せた。中津はそのスマホを見て、とり天を食べる手が止まった。

そのスマホには、朝の事故のニュース記事が表示されており、そこに事故現場の写真が載っていた。その写真には、事故を起こした車が少し離れた場所から撮られており、手前左端に中津と姫島がしゃがんで抱き合っている姿が写っていた。

「さ、さぁ、どうだろうな。顔が良く見えないから、誰かわからないだろ」と中津は言いながら、掲載するならもっと近くで撮った写真にしろよ! と写真を選んだ人に抗議したい気分だった。

「完全に否定しないってことは、そうなんだな」

「……まぁ、そうだな」

「やっぱりそうか! お前、いつの間に彼女ができたんだ!?」

 別府はニヤリとしてから、肘で小突きながらからかいモードに入ったようだった。

「彼女じゃない。偶然事故現場の近くにいて危なかったから腕を掴んで引っ張っただけだ」

「あー、そういえば、最近、正門でチラシ配ってた子がいたなぁ」

「そうだろ。その子だよ」

「へぇー、あの子が彼女だったのか! 結構可愛かったよな」

「だから、彼女じゃないって!」

「別に隠さなくてもいいだろ。俺たちの仲なんだから」

「何も隠してない」

 中津がはっきり言うと沈黙が流れた。そしてしばらくして別府が口を開いた。

「…えっ、マジで!?」

「マジだ」

「本当に彼女じゃないのか?」

「彼女じゃない」

「まだ付き合ってないだけで、狙っているとか?」

「付き合うつもりもないし、狙ってもない。彼女と会ったのは今日が初めてだ」

「なんだよ、そうなのか。ようやく中津に彼女ができたと思ったのに。ぬか喜びだったのか」

「なんで俺に彼女ができると別府が喜ぶんだよ?」

「だって中津は良い奴だから、早く良い人と巡り合って欲しいんだよ。まだ誰とも付き合ったことないんだろ?」

「まぁ、そうだけど…」

「勉強ばっかりで恋愛にも興味なさそうだし」

「別に興味なくはない」

「えっ、そうなのか!?」

 中津は恋愛に興味がないわけではない。ただ、今まで恋愛をする余裕がなかっただけである。小さい頃に母親を亡くし、その後すぐに父親も失踪。中津は生きることで精一杯だったのだ。里親を転々としたり、小学生ながら一人で長期間暮らしたりしていた。そして中学生の頃は勉強三昧で恋愛なんか考える暇がなかったのである。今も勉強で忙しい日々を送っているが、前よりも効率よく時間を使えるようになった。そのため、少し余裕が生まれたのである。それに周りに助けてくれる人もいるので、落ち着いた生活を送ることができていた。

 

二人はほぼ同時に食べ終わり、手を合わせて「ごちそうさま」をしたあと、別府がこんなことを言った。

「でも、この写真で勘違いする人は結構いるだろうなぁ」

「そうかもな。実際、別府は勘違いしてたわけだし…」

 中津はジトーとした目で別府を見た。

「これだけはっきり抱き合っている写真を見たら、勘違いしても仕方ないだろ!」

「まぁ…そうだな」

「大丈夫なのか?」

「ん? なにが?」

「いや、この写真をどうにかしないと、いろんな人に勘違いされるぞ」

「別に知らない人に勘違いされてもどうでもいいだろ」

「そうだな…知らない人なら、な」

 中津は、別府が意味深な言い方をしたので、そのことが気になって聞こうとしたが、そのとき、横から「おはようございます。夢翔様」と女性に声を掛けられた。

中津と別府は声のした方を見た。

中津に声を掛けてきたのは、夢乃森雲海の孫娘である、夢乃森叶愛ゆめのもりかのんだった。そう、前に中津が溺れているところを助け出した女の子である。

叶愛は才色兼備な女性であり、頭も良く、芸術の才にも長けている。中津と同じ二年生で教育学を専攻している。顔は小さくて、目はパッチリ二重で綺麗なエメラルドグリーン、まつげが長く、鼻と口のバランスもちょうどよく整った顔立ちである。髪色はピンクブラウンで長さはミディアム、右手首にはピンク、黄色、オレンジ色の三色を使ったミサンガをしている。立ち振る舞いは清楚で気品があり、どっからどうみても美少女である。五〇〇〇人以上いる二年生女子の中でトップクラスに可愛いと言われている。実際、昨年一年間で叶愛に告白した男子は両手で収まらないほどいたらしく、全員あっさり振られたという噂がある。

中津と別府は立ち上がって叶愛にあいさつした。

「おはようございます。夢乃森さん」と二人は声を揃えて言い、お辞儀をした。

「そんなに畏まらないでください。同じ学年なのですから、もっと楽にしてください」

「あ、そうですか。ならお言葉に甘えて」と別府が言った。

「あなたには言ってません」

「俺も夢乃森さんと同学年なんだけど…」

「私は夢翔様にお聞きしたいことがあって来たのです。邪魔しないでください」

「は、はい…」と別府は言ってからしょんぼりして座った。

「俺に聞きたいこと? 何ですか?」

「はい。そうですね。少し長くなるかもしれませんので、座ってもいいですか?」

「あ、はい。すみません、気が利かなくて」

「いいえ、気にしないください」

 中津はそのまま座り、叶愛は空いていた中津の斜め右隣に座った。

「夢乃森さんも何か食べますか?」と中津が言った。

「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

「あ、じゃあ飲み物はどうですか?」

「そうですね。少し喉が渇いています」

「じゃあ俺、買ってきます」

 中津がそう言って立ち上がると、叶愛は「私も一緒に行きます」と言って中津の腕を掴んだ。中津が「一人で大丈夫ですよ」と言っても、叶愛は手を離す気配がなかったので、結局二人で食堂内にある自販機まで買いに行った。中津は自分が飲む緑茶と別府にブラックコーヒーを買った。叶愛は自販機を一通り眺めてからカフェオレを選んだので、中津が一緒に買った。叶愛はお金に困ることないくらいのお嬢様だが、中津は自分の小さなプライドを守るため、ここは奢ったのだった。叶愛は遠慮していたが、スマホを自販機にかざして支払い済ませてから出てきたカフェオレを渡すと、喜んで受け取ってくれたのだった。

二人が席に戻ると、食べ終わったあとの食器がなく、別府が机に顔を伏せていた。どうやら中津と叶愛が飲料を買いに行っている間に、あつみが片付けてくれたようだった。会話の邪魔をしないタイミングを見計らったのだろう。

中津は買ってきた冷たいコーヒーを別府の首の後ろに当てると、別府は「ひゃっ!」と驚いて飛び起きた。中津は別府にコーヒーを渡してから元いた席に座り、ペットボトルの蓋を開けてから、お茶を一口飲んだ。それぞれが一口飲み終えたところで、叶愛が本題に入った。

「ところで、夢翔様に聞きたいことなのですが…」

「あっ、そうでしたね。なんですか? 聞きたいことって」

「夢翔様は、今日の朝、正門で事故があったのをご存じですか?」

「はい。知ってます」

 中津はこの時点でなんとなく嫌な予感がしていたが、まだどうなるかわからないので、も少し話を聞くことにした。

「そうですか。どうやって知ったのですか?」

「そのとき偶然近くにいたので、直接見たんです」

「そうですか。その場には他にも人がいましたか?」

「そうですね。何人かいたと思います。具体的な人数はわかりませんが」

「そうですか…」と叶愛は言い、少し悲しそうな顔をして黙り込んだ。

「ど、どうしたんですか?」

「……では、単刀直入にお聞きします」

叶愛はそう言って、持っていたブラウン色のミニバッグからスマホを取り出して、何かを検索し始めた。そして腕を伸ばし、中津にスマホ画面を見せながら「この写真に写っているのは、夢翔様で間違いないですか?」と言った。叶愛が見せてきたスマホの画面には先程別府が見せてきた写真と同じものが映っていた。そう、中津が女の子を抱き寄せている、あの写真である。

「それは……はい、俺です」

「やっぱりそうなのですね。……夢翔様は、こっ、この方とどういった関係なのでしょうか? ………ひょっとして、か、か、彼女…ですか?」

 どうやら叶愛も別府と同じ勘違いをしているようだった。中津の嫌な予感は的中していた。中津がどうやって説明しようか考えている隣で、別府は笑っていた。このあとの展開を他人事のように楽しみにしているような様子だった。

このまま叶愛が勘違いした状態で万が一雲海の耳に話が届いたときには、大変なことになりそうな予感がしたので、中津は別府にした説明と同じことを叶愛にも説明した。

「そうだったのですか! すみません。私、勘違いをしてしまいまして」

「いや、その写真を見たら勘違いしてもおかしくないので、気にしないでください」

 叶愛は疑うことなくすぐに信じてくれたので、中津もフォローした。

これで理事長が勘違いすることはないだろう。

そう思いながら中津は胸をなでおろした。

「はぁ~、これで胸のモヤモヤが晴れましたので、午後からやっと集中して講義を受けられます」と叶愛は胸に手を当てて言った。

「そ、そんなに気になっていたのですか…」

「はい。夢翔様のことですから」と叶愛は満面の笑みで言った。

 中津は叶愛の笑顔を見てドキッとしてその視線に耐えられずに目を逸らし、胸に手を当てた。心拍数が急上昇し、抑えることができなかったからである。今頃このドキドキもイヴがデータとして集めているだろう。

こんなに可愛い人に笑顔を向けられてドキッとするのは正常な証拠だ!

中津はそう自分に言い聞かせた。

 そんなことをしていると叶愛が「では、聞きたいことも聞けましたので、私は失礼させていただきます」と言って立ち上がったので、中津と別府も席を立った。「久しぶりにお話しできて楽しかったです」

「俺も楽しかったです」

「ではまた」

 叶愛はそう言って軽くお辞儀をしてから、出口に向かい始めた。中津と別府がしばらく立ったまま見送っていると、叶愛は少し離れた場所の席の椅子が倒れていたのを見つけ、それを元に戻してから、一度中津たちの方を振り返ってニコニコ顔で手を振ってきたので、中津と別府も手を振り返した。

そして叶愛が再び出口に向かい始めたところで別府が「フゥー、行ったな」とまるで嵐が過ぎ去ったかのような感じで言いながら座った。中津も「そうだな」と言い、椅子に腰かけた瞬間、突然頭がズキンとして、あるイメージが見えたのだった。それは、叶愛が食堂から出た瞬間、看板が落ちてきて下敷きになるというイメージだった。叶愛は頭から血を流し意識を失ってうつ伏せで下敷きになっていた。その周りには驚いた顔をした野次馬がたくさん集まっていた。あまりの衝撃的な光景に中津は右手で頭を抱えた。額からは冷や汗が流れた。そんな中津の異変に気づいた様子の別府が「ん? 中津、どうしたんだ?」と声を掛けてきた。

このままじゃヤバい!

そう思った中津が叶愛を見ると、叶愛はすでに出口の目の前だった。中津は立ち上がり、走って叶愛の元へ向かった。走りながら「夢乃森さん! 待って!」と呼んだが、叶愛には聞こえていないようで、止まらなかった。叶愛はそのまま進み、出口の自動ドアが開いた。中津がもう一度「夢乃森さん!」と叫ぶと、叶愛は外に一歩出たところで立ち止まり振り返った。それと同時に叶愛の真上にあった看板が落ちてきたので、中津は咄嗟に叶愛に飛びついた。二人が倒れ込んだと同時に「ガシャン!」という大きな音がした。

中津と叶愛はギリギリのところで看板を避けることができた。中津は叶愛を怪我させないために、一緒に倒れる瞬間に叶愛を抱き寄せて、自分が下になるように空中で身体を捻って倒れこんだ。背中が地面に触れて擦ってしまったのですごく痛かったが、叶愛だけは絶対に離さないようにギュッと抱き寄せた。

少しして叶愛が「夢翔様! どうしたのですか?」と言ったので、中津は抱き寄せていた手を解いた。叶愛は起き上がったあと、すぐに中津の上から退き、中津の心配をしながら、周りを見渡して状況を確認していた。中津も擦った右肩に痛みがあったが、我慢して上体を起こし、周りを見ると、多くの学生が立ち止まっていた。野次馬たちは驚いた顔をして落ちてきた看板を見たり、スマホで写真を撮ったりしていた。叶愛はその看板を見て、驚いた顔をしていた。そして突然ハッとしてから中津を心配し始めた。

「夢翔様! お怪我は?」

「大丈夫です。夢乃森さんは怪我してないですか?」

「私も大丈夫です。夢翔様が守ってくれましたから」

「そっか。よかったです」

 中津は嘘をついた。本当は右肩が痛かった。おそらく倒れた勢いで打撲してしまったのだろう。それでも叶愛の前では強がって見せた。叶愛に余計な心配をかけたくなかったからだ。

何はともあれ、叶愛が無事だったので安心していると、焦った様子の別府が走ってやって来た。

「怪我はないか? 二人とも!」と別府が言った。

「大丈夫だ」と中津が答えた。

「私も大丈夫です」と叶愛が答えた。

「そっか。よかった」と別府は言い、ホッとした様子だった。「でも、ギリギリのところだったな。中津がいなかったら夢乃森さんが下敷きになってたぞ」

「また……助けてくれたのですね。夢翔様」

「たまたまです」

「夢翔様に救われたのは、これで何度目でしょうか」

「さ、さぁ? そんなにありましたか?」

「私はすべて覚えています」

 そんな会話をしていると、学園の関係者と思われる大人が次々にやって来て、状況を確認し始めた。ほとんどの大人は真っ先に叶愛の心配をしていた。叶愛が無事である確認を済ませたあと、周りの生徒に話を聞き始めた。

中津もその流れで説明を求められたが、ただ看板が落ちてきたという事実を伝えただけですぐに解放された。

幸い大きな怪我をした人はおらず、近くにいた数人が飛び散った看板の破片で手や足を少し切ったくらいだった。それがわかった大人たちはホッとしていた。それも当然である。もし誰かが落ちてきた看板の下敷きになっていたら、命にかかわる大怪我をするか、最悪命を落としていたかもしれない。それくらい大きな看板だった。今回は偶然中津が近くにいたから、被害者が出ずに済んだが、いなかったら誰かが犠牲になっていたかもしれない。そう考えると少し怖くなった。

 そのあと中津と別府は、黒服サングラスをした屈強な男たちに囲まれて帰っていく叶愛を見送ってから、午後の講義に向かった。






読んでいただき、ありがとうございます。

次回もお楽しみに。

感想もお待ちしております。

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