夢人は誰だ!?【解決編】②
中津は右手をテーブルについて、左手はマグカップの取っ手を持ったまま口につける前に顔の前で止まり、固まってしまった。その状態のまま数分間固まっていると、心配した様子の宇佐が「あのー、先輩?」と言って前のめりの態勢になり、中津の目の前で手を振って意識を確認し始めた。その直後、中津は目の前で起こっている宇佐の行動を認識し、我に返ることができたのだった。
「あっ、ご、ごめん。思考が停止してました」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫…大丈夫…」
中津が我に返ったことで、宇佐は元の位置に座り直した。中津はようやく動き出した思考で落ち着こうとしたが、まずは残っていたコーヒーを一気に飲み干してカフェインを摂取し、頭を働かせることにした。
きっと今のは俺の聞き間違いだろう。俺が『夢人』なんてありえない。どっからどう見ても普通の高校生だ。『夢人』のことを考えていたから、そう聴こえてしまったんだろう。いけない。こんなんじゃ宇佐ちゃんに失礼だ。もっと宇佐ちゃんの話に集中しないと!
カフェインを摂取したことにより、中津の脳は正常に判断ができるようになっていた。その結果、さっきの発言は聞き間違いだろうということになり、会話を再開しようとしたのだが…。
「そんなに戸惑っているってことは、やっぱり先輩は『夢人』なんですね!」
「えっ……!?」
このとき、中津は先程の宇佐の発言が聞き間違いでないことを認識した。そして中津はこんなことを考えた。
聴き間違いじゃなかった!? 俺が『夢人』!? 宇佐ちゃんは一体何を言ってるんだ!? どうしてそう思ったんだ!? 本気でそう思ってるのか!? ……いや、もしかして、宇佐ちゃんは俺が『夢人』を探していることを知っていてわざと混乱させるために言っている? でもどうして…? ハッ! まさか、宇佐ちゃんが『夢人』だから!?
ここに来て、中津の考えている夢人候補の中で宇佐が最有力になった。今まであまり宇佐のことを知らなかったから無意識に可能性が低いと思い込んでいたが、振り返ると怪しいと思える場面はあった。その決定的な証拠が迷路のときだと中津は思った。
実はあのとき、宇佐ちゃんは迷路に遊びに来ていたわけじゃなく、安心院さんと天瀬さんを護るために来ていたんじゃないのか? その可能性はあり得る。迷路に詳しかったし、魔法使いのコスプレをしてたし……。てか、あの格好だと『夢人』というより、魔法使いみたいだったな。たぶん、宇佐ちゃんは魔法使いが好きなんだろう。
「あの、先輩。一人で黙り込まないでください」
「あっ、ごめん。考え事してました」
「何を考えていたんですか?」
「いや、たいしたことじゃ…」中津は宇佐の罠に引っかからないために濁しながら反撃に出ることにした。「それよりも、俺は宇佐ちゃんが『夢人』だと思うんですけど」
「えっ、あたしが、ですか!?」
「はい。宇佐ちゃんは迷路のとき、必死になってみんなを護ろうとしているように見えました。まるで誰かが危険な目に遭うことを知っていたかのように」
「そ、それは…あれです。迷路のシステムが暴走しているって店員さんが教えてくれたから、そう思っただけで」
「あっ、そうなんですか!? 『夢人』の能力で未来を見たとかじゃないんですか?」
「未来を見ることなんて魔法を使ってもできないですよ!」
「そうですか。魔法を使ってもできないですか。まあそうですよね。コスプレしても魔法は使えないですよね」
「コッ、コスプレ……」宇佐はズーンとショックを受けているようだった。「てか、あたしは『夢人』じゃないです! 先輩が『夢人』ですよね?」
「俺も『夢人』じゃないですよ。むしろ探しているんです」
「えっ、違うんですか!?」
中津は宇佐に夢人とのメールのやり取りを見せたり、今まで集めた情報を教えたりした。宇佐は本気で驚いている様子で中津の話を聞いていた。中津はさっきの宇佐の発言から宇佐が夢人だと思っていたが、このときの宇佐の様子から違うような気がしてきた。
その後、話していくうちにお互いが勘違いしていたということがわかり、二人とも夢人ではないという結論に至った。それでも宇佐は何か隠しているような感じがしたが、今日のところはこれ以上追及しないようにした。人なら誰でも知られたくないことの一つや二つあるだろうから、踏み込まない方が良いときもある。
話が一段落したところで二人が席を立ったとき、ドアの方からカランコロンカランという音がして一人の客が入店してきた。その客は、ミニスカートタイプの可愛い巫女服を着ており、見た目は中津たちと同じくらいに見えた。黒髪は赤いリボンで結んでポニーテルにしており、腰にはいくつかの勾玉を下げていた。その巫女は気怠そうな様子で入店し、店内を見渡していた。その巫女に気づいた宇佐が「あっ! かぐらちゃん!」と言った。すると、相手も宇佐を見て「んー、あ、まりんちゃん!」と言った。どうやら二人は知り合いのようである。見た目からして、二人はコスプレ仲間なのだろう、と中津は思った。類は友を呼ぶというが、人の数だけ趣味もあるため、誰がどんな趣味を持っていようと中津は受け入れられる心を持っている。むしろ、宇佐の趣味友がいるとわかってホッとした。
「かぐらちゃん、どうしたの? 珍しいね!」
「んー、ちょっと気配を感じたから来てみたんだけど、勘違いだったみたい」
「そうなんだ。あっ、じゃあせっかくだし、ここで一緒にゆっくりしない?」
「んー、いいよ。暇だったし」
「やった!」
宇佐とかぐらがここで一緒に過ごすことになったので、中津は先に帰ることにした。中津が自分と宇佐の二人分の会計を済ませると、宇佐に感謝された。宇佐は元々座っていた席に座り直し、かぐらは中津が座っていた席に座った。二人がメニュー表を見始めたところで、中津は店を出た。
中津は店を出てからその場で、これからどこに行こうか、と考えていると、横から「おっ、中津!」という声がした。声のした方に視線を移すと別府が歩いて来ていた。GWにどうしてこんな場所にいるのか尋ねると、別府は暇だったからちょっと散歩をしていた、と嘘をついているような様子で言い、逆に同じ質問を返してきた。中津は、図書館が臨時休業だったこと、そのあと偶然宇佐と会って今まで話していたことを教えた。
その後、別府が一緒に遊ばないか、と誘ってきたので、中津は承諾し別府の部屋に遊びに行くことになった。別府の部屋に行ったときは、大抵テレビゲームをして遊ぶことがほとんどである。今日ももちろんテレビゲームで遊んだ。
遊び始めてから二時間程経ったとき、中津のスマホに着信が入った。相手は叶愛だった。今何をしているのか、となぜか焦った様子で質問をしてきたので、正直に別府とゲームで遊んでいると答えると、ホッとしているようだった。逆に質問すると、叶愛は部活をしていた、と答えた。そしてどういうわけか、急遽叶愛の家でゲームすることになった。
電話を切ったあと、中津と別府が片づけをして部屋を出ると、すでに夢乃森家の執事が迎えに来ていた。
二人はそのままリムジンで夢乃森家まで連れられた。和風な門を潜り抜けると、そこには綺麗に整備された庭園が広がっており、その奥にとても大きな屋敷があった。中津は何度か来たことがあるが、いつも見ても驚いてしまう程すごい家である。
執事に案内された部屋に行くと、すでに叶愛と安心院が対戦ゲームで争っていた。叶愛と安心院は、二人が来たことに気づかない程ゲームに熱中していたので、しばらくそのまま様子を伺っていた。その結果、安心院が勝利した。叶愛は悔しそうにしており、安心院が腕を上げて喜んでいたとき、ようやく中津と別府の存在に気づいて、咄嗟に取り繕い始めたが、時すでに遅し。叶愛と安心院がこんなにゲームを楽しそうにやっている姿を見て、中津もやる気になり、早速四人で対戦することになった。
やっている途中で気づいたことだが、四人とも負けず嫌いなところがあるので、勝負は白熱した。ちょうど四人とも同じくらいの強さだったので、全員のこのゲームのやり込み度は同じくらいだと思いきや、安心院は前に数回したことがある程度で、叶愛に至ってはついさっき初めてしたということだった。叶愛は、中津と別府がここに来るまでの間に安心院に操作方法を教えてもらい、あっという間に腕を上げたらしい。なんとも末恐ろしい逸材である。そんなことを聞いて、さらに負けるわけにはいかないと思った中津だったが、男子対女子のチーム戦にすると、まるで歯が立たなかった。
あまりにもボコボコにやられて中津のメンタルもやられたので、一旦ゲームは休憩しようと提案して気分を切り替えることにした。それなら次は身体を動かそうと安心院が言い、四人でテニスをすることになった。もちろん、テニスコートは夢乃森家の敷地内にあり、道具も一式揃っている。中津はテニスが好きなので何度かしたことがあるが、実力はまだまだである。別府もしたことないと言っていたが、初めてにしてはよく打てている方だった。さすがの運動神経である。叶愛は趣味でテニスをしているので、実力は申し分ない。安心院もテニス部に所属しており、昨年は高校生女子の部で日本一になる程の実力者である。
最初は中津と別府のために基礎の練習をした。その後、ダブルスを組んで対戦形式でした。安心院と叶愛がペアになると相手にならないので、二人が必ず別れるようにしてペアを組んだ。一回戦は安心院・中津ペアVS叶愛・別府ペア。意外といい勝負だったが、僅差で安心院・中津ペアが勝った。二回戦は叶愛・中津ペアVS安心院・別府ペア。これもいい勝負だったが、僅差で叶愛・中津ペアが勝った。というより、中津は試合の途中でなんとなく気づいてしまったのだが、叶愛と安心院は中津を勝たせようとしている気がしたのだった。
ダブルスでの試合を終えたあと、四人はベンチで水分補給をしたり汗を拭いたりしていた。中津が叶愛と安心院の上手さを褒めると、二人とも照れた様子で謙虚な態度だった。そのとき別府が「二人が勝負すると。どっちが勝つかな?」という純粋な問いかけをしたことで、二人に謎のスイッチが入ってしまい、叶愛と安心院はシングルスで真剣勝負することになった。
二人の真剣勝負は、異次元な技や動きをしていた。異常な回転で相手に襲いかかるサーブ、消えるサーブ、ポールの外から曲がってコート内に入ってくるショット、前方で急激に落ちてまったく跳ねないショット、どんな打ち方をしてもネットを越えないショット、どこに打ってもコート外に出てしまうショット、ネットの上をボールが渡るショットなど、まるで某人気テニス漫画を見ているような異次元のテニスをしており、それを見ていた中津と別府は、目が点になってしまった。あまりにもいい試合だったので勝敗の行方が気になって見入っていたのだが、終盤で二人ともラケットのガットが破けてしまい、勝負はお預けになってしまった。
あっという間に時間が経ち、夕日が沈み始めていた。中津はそろそろ帰ろうと思っていたが、汗を流したあとは風呂に入ろうということになり、それなら今日はここに泊まろうという流れになり、じゃあ夕食もここで食べようということになった。叶愛と安心院の様子を見ていると、最初からこうなることを予想していたようだった。安心院がしっかりと着替えまで持って来ていたのが、動かぬ証拠である。中津は悩んだが、別府があっさり承諾したので、中津も承諾した。
泊まることが決まったところで、とりあえず着替えがないので、二人は一度寮に着替えを取りに帰るつもりだったが、男性の服はすでに揃っているということだった。そして、いろんな種類のたくさんの服が並んでいる部屋に案内され、どれでも好きな服を選んでいいということだった。中津はその中から遠慮がちにいつも家で着ている服と似たスウェットを選んだ。別府は嬉しそうにオシャレな部屋着を選んでいた。
四人は男女に分かれ風呂で汗を流したあと、夢乃森家専属シェフのディナーを食べた。出てくるものはどれも逸品ばかりでとても美味しかったのだが、それよりも風呂上がりの叶愛と安心院からいい香りが漂ってきてそっちの方が気になってしまった。
夕食後はボードゲームで遊んだり、会話を楽しんだりしているとあっという間に時間が過ぎて寝る時間になった。さすが夢乃森家ということで一人一部屋準備してくれたのだった。広い畳の部屋にふかふかの布団を敷いて寝るスタイルで、中津は懐かしさを感じた。今はベッドで寝ているが、昔は布団で寝ていたからである。
今日はよく眠れそうだ!
中津はそんな思いで布団に入り、数分後には眠った。
中津がゆっくりと目を開くと目の前は薄暗い場所だった。そこは夢人が言っていたビブリオテーカだった。一瞬夢かと思ったが、頬をつねると痛みを感じた。さらに頬を思いっきり引っ叩くとすごく痛かった。中津が身体を張った結果、これは夢ではなく現実である可能性が高まった。今回もこの場所には誰もおらず、ただ大きな本棚が左右に並んでいるだけだった。本を読もうとしたが、案の定取り出せなかった。中津は、今日こそは何か情報が得ようと先に進み始めたが、前に来たときと変わったところはなさそうだったので、期待しないで歩き続けた。
そのまましばらく周りを見渡しながら景色の変わらない通路を歩いていると、先の方が光っていることに気づいた。中津は思わず期待してしまい、そこへ走って向かった。近づくにつれ、少しずつ光が大きくなっているので、何かあると思った。そして光っていた場所に到着すると、中津は一瞬目が眩んだので一度顔を背けた。そして視界が戻ってからゆっくりと視線を移した。
そこは開けた場所で、中央に超巨大な時計仕掛けがあり、様々な大きさの歯車がいくつもあり、上手く嚙み合って動いていた。周りには通路の左右にあったのと同じ巨大な本棚が無数に並んでいた。この場所も薄暗かったのでさっきまで何が光っていたのかわからなかった。もしかして、誰かがここまで案内してくれたのかもしれない、と思って周りを見渡したが、この場所にも誰もいなかった。しかし、これは大きな発見だと思った中津は、歩き回りながらよく観察した。特に中央にある巨大な時計仕掛けはとても精巧に作られているようで、見ているだけでも圧倒される程だった。
そのまましばらく見惚れていると、後ろから「なんでここに!?」という声が聴こえたので振り返ったが、誰の姿もなかった。「ん? 誰かいるんですか?」と声のした方へゆっくり歩いて行くと、右足で何かを蹴ってしまった。下を見ると、本が一冊足元に落ちていた。
中津はその本を拾って「ごめん」と蹴ってしまったことを謝りながら破れていないか確認した。本の全体を見たところ破れていなかったのでホッとして、サッと汚れを払った。中津がその本を読もうとして開いた瞬間、突然開いたページが光り出した。その眩しさに中津は目を瞑った。そして光が中津を包み込み、本の中に吸い込んだ。
ゆっくり目を開くと、見慣れた天井が視界に入った。顔を横にすると、いつも朝起きたときに見える机が見えた。そう。中津は自分の部屋のベッドの上でいつも通り目を覚ましたのである。中津は上体を起こし、頭を抱えてさっきまでのことを思い出そうとした。どんな夢を見てたんだっけ? と、ボーっとする頭でしばらく考えたが思い出せなかった。何か不思議な夢を見た気がするが、思い出せないということは、たいしたことではないという結論になった。ふと時計を見ると、午前九時を過ぎていた。久しぶりに寝坊したことに自分で驚きながらも、起き上がった。スマホのアラームが鳴らなかったのかと思って確認しようとしたが、いつも置いている机の上にはなかった。「あれ? どこに置いたっけ?」と部屋中を探したが見つからなかったので、一旦保留にして朝の準備をすることにした。
顔を洗い、歯磨きをし、着替えをしている間、何か忘れていることがある気がして、昨日のことを思い出していた。そして部屋着を脱いで洗濯籠に入れようとしたとき、その服を見て思い出したのだった。
あれ? この服……。あっ、そういえば、俺、昨日叶愛さんの家に泊まったはずだよな? なのに、何で起きたら俺の部屋にいるんだ!? えっ、どういうことだ!? 寝ている間に独りで帰って来たのか!? もしかして、俺って夢遊病なのか!?
中津は現在の状況に戸惑った。
い、いや、待て。そんなはずはない。一旦落ち着こう。深呼吸だ。深呼吸。スゥー……フゥー……。
中津はゆっくり深呼吸をして落ち着きを取り戻した。
よし、落ち着いた。何事も冷静にならなければ、判断力が鈍ってしまうからな。おそらく自分では覚えていないだけで、昨日遊んだあと帰ったのだろう。楽しい時間だったから帰るのが寂しくてその行動を忘れてしまったのかもしれない。きっとそうだ!
中津は、そのことをスマホで叶愛に確認しようとしたが、スマホは行方不明だった。もしかして夢乃森家に忘れてきたかもしれない、と思った中津は夢乃森家まで取りに行くことにした。
天気は快晴でとても心地の良い風が吹いてお出かけ日和にもかかわらず、周りは朝から何やら騒々しかった。黒服を着た強面の男たちが通行人に聞き込みをしていた。黒服の男たちは写真を見せていたので、どうやら何かを探しをしているようだった。こんな強面の黒服集団がいるのは、近くでは夢乃森家だけなので、何かあったのだろうか、と中津は少し心配しながら早歩きで向かった。
夢乃森家に到着すると、案の定騒々しく、黒服、執事、メイドたちがあたふたした様子で走り回ったり電話したりしていた。夢乃森家の全勢力を出動して誰かを探しているようだった。中津は協力しようと思って近くを通りかかったメイドに誰を探しているのか尋ねると、彼女は立ち止まって「中津夢翔様を探しているのです!」と焦った様子で言った。中津が「え!?」と言うと、メイドは中津を見て目を大きく開いてから「あー! いましたー! 中津夢翔様がいましたー!」と大きな声で叫んだ。すると、周りにいた全員が一斉に中津に注目した。みんな驚いているのと同時に安堵の表情を浮かべていた。その後、叶愛、安心院、別府、雲海がやって来た。四人とも中津を心配しているようだった。
中津は状況が理解できなかったので尋ねると、別府にこう言われた。
「朝起きたら中津がいなくなってたから、何かあったんじゃないかと思ってみんなで探してたんだよ! スマホも部屋に置いたままだったし! 今まで一体どこに行ってたんだ? てか、どうやって家から出たんだ? 見回りしていた執事に話聞くと、誰も家から出てないって言ってたぞ!」
「えっ!? 俺たち昨日帰ったんじゃなかったのか!?」
「は!? 昨日は俺も中津も安心院も泊まっただろ! 一人一部屋に分かれて布団で寝ただろ?」
「うーん。そう言われればそうだったような……違うような…」
中津は記憶がぼんやりしていてよく覚えていなかった。
なんにしても、自分のせいでたくさんの人を心配させ、迷惑をかけていたようなので、謝ると、みんな無事だったのなら良かったということで心の広い対応で許してくれて事なきを得たのだった。
中津はスマホを回収し、一人で帰りながら考え事をしていた。
二四時間、執事やメイドの目がある夢乃森家から自分は一体どうやって出たのか、そして自分の部屋までどうやって帰ったのかなど、わからないことがたくさん残っていたため、昨日のことを思い出そうとしたのだが、そうすると頭がぼんやりした。腑に落ちないことに少しモヤモヤしたが、わからないことはわからないから仕方ない、と切り替えることにした。
せっかく外出したので、本屋に立ち寄った。開店したばかりなので、まだ客は中津だけのようだった。特に当てもなくただ本を眺めているだけでも、中津にとっては心地良かった。小説の棚、雑誌の棚、趣味の棚、自己啓発の棚、マンガの棚、絵本の棚などを順番に見て回った。
中津は心理学の本が並んでいる棚で何か面白そうな本がないか探していると、本棚の向こう側からパラパラパラパラ…と本が捲れる音が聴こえた。音のした方に行くと、そこに国東がいた。
「国東さん! おはようございます!」
「ん? あー、キミか。おはよー」
「奇遇ですね! 本を買いに来たんですか?」
「本屋に本を買いに来る以外に何を買いに来るの?」
「あっ、そうですね。じゃあ、何の本を買いに来たんですか?」
「んー、特に何か買いに来たわけじゃなくて、面白そうな本があったら買おうかなって」
「そうなんですか! 俺も同じです。国東さん、本好きなんですか?」
「うん。本はいろんなことを教えてくれるから好き。キミも本が好きなの?」
「はい! 一日中部屋に籠って読みたいくらい好きです!」
「ふーん。そうなんだ」
「今日は少し雰囲気が違いますね! 髪型が違うからかな」
今日の国東の髪型はカントリースタイルのツインテールだった。中津は特にその髪型が好きだということはないのだが、国東を見たとき、どこか懐かしさを感じた。
「…似合う?」
「はい! その髪型もいいですね!」
「そう…」と言う国東の口元は少し笑っているように見えた。「ねぇ、このあと何か予定ある?」
「ん? 特に何もないですけど…」
「じゃあ、ちょっと付き合ってくれない?」
「え!?」
予定のなかった中津は国東の後をついて行くことになった。どこに行くのか尋ねたが、国東は「ついて来て」と言うだけで、具体的な場所を答えなかった。しばらくついて行っていると、いろんな店が立ち並ぶ繁華街に出た。国東は立ち並ぶ店を見て回りながら歩いていたので、どこか寄りたい店を探しているのだろうと中津は思った。しかし、国東は一向に店の中に入ろうとせず、時折腕時計を見て時間を確認しながら、何かを探しているようだった。
国東はある洋食店の前にある立て看板を見つけて、それを倒そうとしていた。中津は「ちょっ!? 何してるんですか!?」と驚いて止めようとしたが、国東は手を止めることなく看板をゆっくりと傷つけないように倒した。中津が看板を立てようとすると「立てちゃダメ! そのままでいいの!」と怒られた。理由を尋ねても、国東は「これでいいから」と言うだけで教えてくれなかった。国東が先に進み出したので、中津は倒した看板を気にしながらも、そのままにして後をついて行った。
二人が去った直後、洋食店から女性店員が出てきて倒れている看板を見て驚いていた。女性店員が倒れている看板を立て始めると、そこにスーツ姿の男性がやって来て手伝い始めた。女性店員と男性は二人で看板を立てたあと、少し会話をした。二人とも少し顔が赤く火照っているようだった。そのあと、女性店員の案内で男性は洋食店に入って行った。
中津はそんなことが起こっていたことに気づかずに、国東の後をついて行っていると、国東が突然「新しいカフェができたから行ってみたい」と言い出したので、二人で探し始めた。
数分後、ログハウスのようなカフェが見つかり、立ち寄ることになった。とても温かみがあって落ち着くカフェで、中津はオリジナルブレンドを注文し、国東はアイスティーといちごショートケーキを注文した。
中津はここでさっきの国東の行動を問いただそうと考えていたが、国東が美味しそうにケーキを食べる姿を見て、もうどうでもよくなっていた。国東のことだから、きっと何か理由があるのだろうと思い、追及しないことにした。中津が国東の食べる姿を見て微笑んでいると、国東が「ん? なに? あ、もしかして、キミも食べたいの?」と言った。
中津は「あ、いや、そういうつもりは…」と言ったが、国東はスプーンで一口すくって「はい」と言い、生クリームのついたスポンジといちごが乗ったスプーンを差し出してきた。中津は「いえ、いいですよ」と遠慮したが、国東が早く食べるように促してきたので、その圧に押されてパクリと食べた。普段周りをあまり気にしない中津だが、このときはさすがに恥ずかしくて周りの視線が気になった。
「どう? 美味しい?」
「はい。美味しいです。ありがとうございます」
ケーキを貰って嬉しいのは中津のはずなのに、国東の方が嬉しそうな顔をしていた。そして残りのケーキを食べ始めた。
ケーキを食べ終わって満足そうな様子の国東がこんなことを言った。
「ねぇ、キミって夢とかある?」
「夢…ですか?」
「うん。たとえば、プロスポーツ選手とか、俳優とか、料理人とか…」
「んー、そうですね。俺は……特にないですね」
「そうなの?」
「はい。今までその日その日を過ごすのに必死だったから、将来なんて考える余裕なかったです」
「そうなんだ」
「国東さんはあるんですか? 何か叶えたい夢が…」
「……あたしは…ある…かな」
「そうなんですね! どんな夢なんですか?」
「それは……秘密」
「えー! これは言う流れじゃないんですか!?」
「そんなことない! ていうか、うちの学園って夢を持っている人が結構いるけど、そういう人を見て、キミはどう思うの?」
「ん? どう思うって?」
「夢を持っている人ってみんな生き生きしているでしょ。なんていうか、自分の人生を生きているって感じが滲み出しているような…。そんな人たちを見て羨ましいと思ったり、自分もあんな風に夢を持ちたいって思ったりしないの?」
「んー、たしかに、夢を持っている人を見ると輝いて見えるときはありますね。その人たちを見て、カッコいいなぁとか、頑張っているなぁとか思うことはあります。だけど、嫉妬心はないですね」
「そうなの!?」
「はい。夢を持つことは素晴らしいことだと思いますけど、持っていなくても別にいいと思ってるんで」
「夢を持っていなくても…いい?」
「はい。夢って見つけようと思ってもそう簡単に見つかるものじゃないと思うんですよ。夢を見つけるのは人それぞれで、子どものとき見つける人もいれば、大人になって見つける人もいるだろうし、中年や高齢になってから見つける人もいるんじゃないですか?」
「…そうかもね。でも、周りの人がみんな夢を持って追いかけている姿を見ると、焦ったりしないの?」
「焦りはないです。夢を探しているときも面白いですから」
「夢を探しているときも…面白い?」
「はい! あれ? 面白くないですか?」
「えっ、あー、うん。面白い…かもね」
「まあ、どう思うかは人それぞれだと思いますが、俺はそう考えるようにしてます」
「……そうなんだ」
「でっ! 国東さんの夢って何なんですか?」
「あっ、そうだったね! あたしの夢は……って、そんな罠に引っかかるわけないでしょ!」
「アハハ、ダメでしたか」
中津の作戦は失敗に終わった。中津は、国東が普段から何を考えているのか未だにわからない。神出鬼没でおチャラけているときもあれば、真面目な会話をするときもあるので、なかなか掴めないのである。国東に質問しても、踏み込んだ質問には答えないし、いつも会話の主導権を握られてしまうので、なかなか情報が得られないでいた。夢人候補の一人であるにもかかわらず、まったく判断がつかない人物だった。
中津は国東のことをどれくらい知っているのか、振り返った。
俺が国東さんのことで知っていることは、同級生だということ。あとは、人文科学を専攻していること。あとは…………あれ? あとは…………あれあれ!? 俺、これ以上国東さんのこと知らないぞ! ほとんど知らないじゃないか!?
このとき、中津は自分の情報量の少なさに気づいたのだった。
ということで、いざ中津の質問タイムに入ろうかと思ったとき、国東は伝票を手に取って立ち上がり、会計に行こうとしていた。それを見た中津は咄嗟に「あっ、俺が払いますよ!」と言うと、国東は「今日はあたしが払う」と言った。中津がもう一度「いえ。俺が払います」と言うと、国東は「そっ、じゃあよろしく。ありがとう」と言ってあっさり伝票を渡してきた。その伝票を受け取るとき、国東は作戦通りと言っているような笑顔を浮かべていた気がした。
結局このときも国東の新しい情報は得られないまま終わった。
カフェを出たあと、国東は用があるということだったので、ここで別れた。
中津は寮に帰り、少しボーっとしたあと、読書をして過ごした。
中津にとって誰かと過ごすGWは初めてだった。今までは勉強をするか、読書するか、ちょっと近くを散歩するかなど、ほとんど独りで過ごすことが多かった。そんなGWが当たり前だった中津は、友達と過ごすGWも悪くないと思っていた。楽しいこと、面白いこと、よくわからないことなど、いろんなことがあったが、総じていい思い出になったと感じていた。そして、中津のGWは終わった。
GW明けの初日、中津のスマホに天瀬から連絡が入った。夢人のメールから位置を特定したということだったので、今日の放課後に訪問するということだった。天瀬が一緒に行くか聞いてきたので、中津は当然行くと答えた。
放課後、待ち合わせ場所である夢人見つけ隊の部室に行くと、部室前ですでに天瀬がスタンバイしていた。天瀬は虫取り網、虫かご、さすまた、マジックハンドなどを装備していた。さらに頭にはライト付きのヘルメット、背中には何が入っているのやら、パンパンのバックパックを背負っていた。格好からして夢人を捕まえる気満々だということが、一目でわかった。中津は何も準備していなかったが、そんなことを見越していた天瀬がバックパックからマジックハンドを一本取り出して貸してくれた。
こんなので夢人を捕まえることができるのか?
中津は思ったことを口に出さなかった。天瀬が厚意で貸してくれたので、そんな失礼なことを言える立場ではなかった。
天瀬はウキウキした様子でスマホの地図アプリを見ながら歩いていた。「もし夢人を捕まえることができたら、今までの苦労が報われる」「会えたら何をお願いしようかなぁ」というようなことを言っており、ドキドキとワクワクしていた。
一方、中津は、夢人がどんな姿をしているかわからない以上、もしものときは天瀬を護ることができるように俊敏に動いて盾になる覚悟をしていた。
また、中津は天瀬が夢人の居場所を特定したことに驚いたということを伝えると、天瀬は居場所を特定したのは自分ではなく、生徒会副会長の由布狭霧だと言った。
由布は機械工学を専攻しており、パソコンやスマホを始め、その他の電子機器にもすごく詳しいのである。中津も一年のときに安心院の件で関わったことがあるので、彼の実力をある程度知っていた。由布狭霧が、機械についての知識と技術においては、並外れて優秀であることを知っているので、信頼してもよさそうだった。それよりも、彼は夢人などの非現実的な存在は決して信じないタイプだと思っていたが、案外そうでもないのかもしれない。中津の由布の印象が少し変わったのだった。
由布が夢人の位置を特定していたとき、セキュリティに阻まれたらしいが、そこまで厳重ではなかったらしい。少し苦戦したところは、最後のパスワードだったらしい。ちなみに、そのパスワードは「からあげだいすき」だったらしい。どうやら夢人は唐揚げが好きらしい。
しばらく歩いていると天瀬が立ち止まった。天瀬が「ここだ!」と言って視線を送った先に中津も視線を移した。二人の視線の先には、どこにでもありそうな二階建てのアパートがあった。天瀬が「このアパートの二〇五号室だよ」と言い、二人で二〇五号室の前まで行った。二人は深呼吸をしてからお互いを見合って頷いた。そして中津がドアの呼び鈴を鳴らした。
少し待っても返事がなかったので、もう一度呼び鈴を鳴らしたが、全く反応がなかった。足音も聴こえず人の気配も感じなかったので、出掛けているのかもしれないと判断した。この場合、二人は少し離れた場所から見張るということを、ここに来るまでに話し合っていた。
ということで、見張り作戦を決行しようと思っていたとき、偶然アパートの管理人がやって来て、二〇五号室は空き部屋だと言った。二人はすぐに信じられなかったが、管理人はわざわざ鍵を持って来て部屋の中を見せてくれた。そうしたら、二〇五号室の部屋は、もぬけの殻だった。三ヶ月程前に前の住人が引っ越してからまだ誰も入って来ていないということだった。さすがにそこまで言われると信じないわけにはいかないので、中津と天瀬は、管理人に感謝してから帰った。
部室に帰り着いた天瀬は、肩をガックリ落として落ち込んでいるようで、装備品を取らないまま椅子に座った。
「まさか夢人が居場所を特定されないように対策しているとは思いませんでした。思っていた以上にやり手ですね」
「まぁ、そうだよね。今まで何十年間誰も正体を突きとめられなかったんだから、こんなあっさり会えるはずないよね。ちょっと浮かれてたなぁ」
「すみません。俺のせいで余計な期待させてしまって」
「ううん、気にしないで。自分でやるって決めたことだから」
「そうですか。でも、国東さんには文句を言われそうですね。天瀬さんに余計なことさせないで! って」
「ん? 国東さん? 誰、その人?」
「えっ…!?」
中津は天瀬の言ったことがすぐに理解できなかった。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回もお楽しみに。
感想、お待ちしております。