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夢人  作者: たか
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迷路を攻略せよ③

中津は国東の右隣で周りを警戒しながら迷路を進み始めた。いつ、どんな仕掛けが起きてもすぐに国東を庇うことができるようにしていた。一方、国東は前だけを見て歩いていた。

二人はしばらく一本道を進んでいたが、中津の警戒は特に役立つこともなく何も起こらなかった。そんなとき、国東が話し掛けてきた。

「ねぇ、キミって、どうして他人のためにそんなに一生懸命なの?」

「えっ? 一生懸命? そんな風に見えますか?」

「自覚ないの!?」

「うーん、そうですねー。自分ではあまり一生懸命だと思ったことないです。どうしてそう思ったんですか?」

「さっき天瀬ちゃんのこと、本気で心配してたでしょ? あそこまで他人の心配する人、あまりいないと思うんだけど」

「そうですか? 俺は結構いると思いますけど」

「たとえば?」

「たとえば!? そうですねー、たとえばー、夢乃森叶愛さんとか、安心院生徒会長とか、姫島さんとか、津久見さんとか、別府とかですね」

「みんなキミと仲の良い人たちだね」

「はい。みんなやさしくて良い人です」

「そっか。そうだね」

「そして、国東さんです」

「えっ、あたしも!?」

「はい。国東さんが姫島さんに言ったこと、俺は今でも鮮明に覚えています。あの発言は、姫島さんのことを想ってないと言えないと思います」

「あ、あれはただ、あたしが歌を聴きたいと思ったから言っただけで、別に彼女のために言ったことじゃないから!」

「そうですか。でも、国東さんのあの言葉で姫島さんが元気づけられたのは間違いない事実です。国東さんの想いが、姫島さんを突き動かしたんだと、俺は思ってます」

「そう…」

 国東はそう呟いて軽く微笑んでいた。中津はその嬉しそうな国東の横顔を見て、自分も嬉しくなった。

 少し沈黙が流れたあと、国東が「ねぇ、キミは夢…」と言いかけたとき、突然右側の壁が「ドッカーン!」と派手に爆発して壊れた。国東は一瞬反応が遅れていたので、中津が咄嗟に国東を抱き寄せてからしゃがみ込み、盾になった。中津の背中には壁の破片がいくつか当たったが、国東には当たらなかったので、盾の役割は果たした。

 爆発は一発で収まったようなので、抱き寄せていた腕の力を弱めると、国東が「夢翔!? 大丈夫!?」と心配した様子で言った。中津は背中の痛みを堪えながら「大丈夫ですよ」と笑顔で答えてから立ち上がり、破壊された壁に視線を移した。

 壁の周りは煙が上がっており、奥に人影が見えたので、中津は国東を庇うように前に出て身構えた。その人影は「ケホッ、ケホッ。ちょっとやりすぎちゃったかな?」と言いながら近づいて来た。そして「いや、これくらいがちょうどいい! 誰もおらんから思いっきりしーや」という別の声もした。

 この声は、まさか!?

 中津は最初の女性声に聞き覚えがあったので、相手が姿を現す前に警戒心を解いた。そして彼女は姿を現して「あっ! 先輩!」と言った。

「やっぱり、宇佐ちゃんか!」

 壁を派手に破壊したのは宇佐だった。宇佐はとんがり帽子を被り、黒いローブを羽織って、ブーツを履いており、腰にはウエストポーチをしていた。さらに、先端がはてなマークみたいな形をしていて透明な球がついている背丈程の長さの木でできた杖を持っていた。それはまるで魔法使いのような格好だった。

「ごめんなさい。爆発に巻き込まれなかったですか!?」

「あ、ああ。ギリギリ大丈夫だったよ」

「そうですか。良かったぁ」宇佐は胸を撫で下ろした。

「良くない! あと少しであたしたちも粉々になっていたでしょ!」と国東が言った。

「ご、ごめんなさい。まったく気配を感じなかったから気づかなくて。アハハハハ。どうしてだろう…」

「えっ、あっ、そ、そっか。なら仕方ないね。ごめんなさい。強く言ってしまって、アハハハハ」

「い、いえ。あたしの方こそ、すみません。アハハハ…」

「お互い様ってことで切り替えようか」

「そうですね」

「あたしは国東栞。よろしくね」

「はい。あたしは宇佐……ん? 国東…栞さん? ひょっとして前に会ったことありますか?」

「えっ!? あっ、いや、今日が初めまして…かな!」

「……そうですよね。すみません、勘違いだったみたいです」と宇佐は言ったが、あまり腑に落ちない表情をしていた。

「気にしないで。アハハハ…」

 国東と宇佐は、お互い何か隠しごとをしているような様子ぎこちない会話をしてから、少し気まずい雰囲気になり沈黙になったので、中津が口を開いた。

「さっきから少し気になってたんだけど、宇佐ちゃんのその格好って、ひょっとして魔法使いのコスプレですか?」

「えっ、コス……はい。コスプレです」と宇佐は唇と噛みしめて言った。「じっ、実は…こういう趣味なんです。あたし…」

 中津は場を盛り上げるつもりで質問したのだが、宇佐の反応を見る限り地雷だったようである。中津は、他人がどんな趣味を持っていても受け入れることができるのだが、自分の趣味を知られたくない、と思っている人もいるのは重々承知している。宇佐は知られたくないタイプだったようである。だが、言ってしまったことは仕方ない。すでに後戻りはできないので、中津は正直な感想を言うしかなかった。

「へぇー、いいな。その服、似合ってますよ!」

「えっ!? ほっ、本当…ですか?」

「ああ。どっからどう見ても魔法使いです!」

「あ、ありがとう…ございます」

 宇佐は褒められて照れているようだったので、とりあえず、気まずい雰囲気を脱することができて、中津はホッとした。

「二人で何イチャついているの? そんな状況じゃないでしょ?」と国東が言った。

「イチャついてないです!」と中津は言ったが、国東がジトーっとした視線で見つめてくるので「ごめんなさい」と謝った。

「そ、そうでした。じゃあ、あたしが先輩たちを安全な場所まで案内しますので、ついて来てください!」

「ん? 安全な場所? そんな場所があるんですか?」

「はい。今、その場所に何人か集まってもらっているので、先輩たちもそこで待っていてください。この迷路はあたしがなんとかするので!」

「なんとかするって、宇佐ちゃん、この迷路のルールを知ってるんですか?」

「はい。石を見つけるんですよね。あたしは石のありかがわかるので、みなさんは石を見つけるまで待っていて欲しいんです」

「俺たちもちょうど石を探していました。手伝いますよ。人数多い方が早く見つかるはず…」

「それはダメです! 危険過ぎます」

「大丈夫ですよ。この迷路の中では高い場所から落ちても無事なように最新技術が護ってくれるらしいので」

「そうですね。迷路の中は安全です。……でも」

「でも…?」

 中津が尋ねたが、宇佐は説明しにくそうな顔をした。

「今この場所は空間が歪んでいるの。上の階と下の階が混ざった異常な空間になってる。だから、この中で動き回っているときにこの仕掛けが解けたら、自分が外のどこに現れるかわからないってこと」と国東が言った。

「空間が…歪んでいる?」

「そう。今、あたしたちが立っている場所は八階とは限らないってこと。もしかしたら、七階かもしれないし、九階かもしれない。いや、もっと上の屋上かもしれない。それに、必ず地面の上に立っているとも限らない。最悪、空中に戻ってしまって、そのまま落下なんてことも…」

「なっ!? それって…」

「そう。絶対にあってはならないこと。だから、あなたはみんなを一箇所に集めてるんでしょ? その方がもしものときに対応しやすいから」

「……国東さん! どうしてそんなことを知っているんですか?」

「天瀬ちゃんが言ってたの。彼女、宇宙物理学を専攻しているから、こういうのが得意らしいの」

「宇宙…物理学…?」

 ここで中津は今の話と予知夢で見たことを合わせた。そうすると、迷路の仕掛けが解けたときに、安心院は屋上から、天瀬は建物内の高い場所から落ちるということになる。そう考えると辻褄が合う。今までどうして二人が高い場所から落ちるのだろうか、ということがずっとわからなかったが、この迷路が原因である可能性が高いというこがわかった。

国東の話を踏まえると、宇佐の提案に乗った方が安全そうである。どこに戻るのかわからない以上、安全な場所なんてないかもしれないが、宇佐の言うことは不思議と信頼できそうだった。それに宇佐は、もしものときの対応策を考えているような様子だった。だが、中津は妙な胸騒ぎがしていた。

「あなた、さっきその場所に何人か集めているって言ってたけど、今何人集まっていて、残りは何人いるかわかる?」と国東が言った。

「今は五人集まっていて、残りはここにいるあたしたちを除くと二人です」

「どうして残りの人数がわかるんですか!?」と中津が言った。

「それは…えーっと…店員さんに聞いたからです!」

「あっ、そっか」

「そんなことより、残りの二人が誰か、あなたわかる?」

「誰かまではわかりません」

「じゃあ、集まっている人の名前は?」

「三人はわかりますけど、二人はわからないです」

「じゃあ三人の名前を教えて。あと、わからない二人は特徴でもいいから」

「あたしの知っている三人は、夢乃森叶愛さんと姫島響歌さんと津久見輝さんです」

 中津は姫島と津久見の名前が出た時点でホッとした。なぜなら、橋から落ちるとき、安心院は二人と一緒にいたので、当然一緒の場所にいるだろうと思ったからだ。宇佐が名前を知らないのは、まだ入学したばかりだからだろうと思った。

「あれ? 別府は? 叶愛さんと一緒だったはずだけど」

「あっ、剣くんはあたしの手伝いをしてもらってます。ああ見えて身体能力高いので」

「あー、そういうこと」

「他の二人の特徴は?」と国東が言った。

「一人は黒髪ショートボブで黒い瞳をしている女性です」

「それ…速見さんかもしれないですね。叶愛さんと一緒に来ていたのかも」と中津が言った。

「もう一人は?」と国東が言った。

中津は、安心院の特徴である綺麗な長い黒髪、キリっとした目、凛とした姿などが挙がるだろうと予想していた。

「もう一人は……赤い髪の男性です」

「え!? 男…性?」と中津は宇佐の予想外の発言に言葉が詰まった。「ちょっ、ちょっと待って。安心院さんじゃないんですか!?」

「安心院さん? 生徒会長のことですか?」

「そうです。安心院生徒会長です! 姫島さんたちと一緒にいたはず!」

「あたしが見つけたときは、生徒会長はいませんでした。ひょっとして一人で行動しているかもしれないですね。早く見つけないと」

「なっ!」

 おそらく姫島と津久見は迷路によって安心院と分断されてしまったのだろう。今まで中津も目の当たりにしてきたので、容易に想像できる。安心院のことが大好きな津久見が分断されたのだから、きっと巧妙な仕掛けがあったに違いない。二人を責めることなんてできない。そもそも中津が最初に分断されたのだから、責める権利もないし、そんなことしても意味がない。今考えなければならないことは、早く安心院と天瀬を見つけて安全を確保する方法である。特に安心院は高熱を出していたので、早く見つけなければならない。

中津の妙な胸騒ぎはこれが原因だったのかもしれない。さらに、中津にはもう一つ気になっていることがあった。少し前から迷路の雰囲気が変わったような気がしていた。なんとなく制御が利かなくなっているような、そんな気がしていた。また、このとき最悪な展開が中津の頭を過った。このままでは予知夢で見たことが現実になってしまい、安心院と天瀬が高い場所から落ちるのを助けられないという展開だ。

そんなこと、絶対にさせねぇ!

中津は心の中でそう誓った。

「とにかく、残りの人もあたしが全員見つけるので、先輩たちは安全なところに…」

「そんな時間、あるんですか?」

「えっ!?」

「なんとなくなんですけど、あまり時間がないような気がします。早く迷路をクリアしないと、大変なことになりそうな……そんな、嫌な予感がします」

「そっ、それは…」

「だから、俺が安心院会長と天瀬さんを探します! 宇佐ちゃんは石探しに集中してください!」

「えっ、で、でも、それだと先輩が…」

「俺は大丈夫です。運は良い方ですから!」

「あたしも中津くんと同意見だけど、一つ修正。天瀬ちゃんはあたしが探すから、キミは生徒会長を探して。その方が助けられる可能性が高いでしょ」

「いいんですか?」

「元々天瀬ちゃんを護る役はあたしだったでしょ。ただ務めを果たすだけだから」

「ありがとうございます」

 中津と国東は意見が一致し、二人は覚悟した顔で宇佐に視線を移した。

「……はぁ~、わかりました。お二人が手伝ってくれるのならあたしは助かります。正直ギリギリだったので」

「ありがとう。宇佐ちゃん」

「じゃあ、お二人にも今わかっている情報を教えますね」

「ああ」

「あたしの推測ですけど、おそらくこの迷路の仕掛けは、もってあと五分ってところです。つまり、五分以内にあたしは石を、先輩たちは安心院生徒会長と天瀬さんを見つけないといけないということです」

「もし間に合わなかったらどうなるんですか?」

「もし五分以内に石を見つけられなければ、あたしたちは一生この迷路から出られなくなります」

「一生…出られない」

「だから、あたしは石を見つけたらすぐに封印するので、先輩たちはあたしよりも早く見つけなければならないということです」

「そっか。うん、わかった。教えてくれてありがとう。じゃあ探してきます」

「えっ、あっ、はい」

 時間がないということだったので、中津はすぐに行動に移した。

中津と国東は走って先に進み始め、宇佐はどうやっているのかわからないが、壁を破壊して進み始めた。中津が走っていると並走している国東が話し掛けてきた。

「結構ヤバい状況なのに、キミ、冷静だね」

「そうですか? 内心バクバクしてますけど」

「そうなの? 全然そんな風には見えないけど。なんとかなるっていう顔してるよ」

「そうですね。なんとかなるとは思ってます」

「どうしてそう思うの?」

「みんなを信じているからです。宇佐ちゃんも別府も、もちろん国東さんも」

「……そっか。キミらしいね」

二人がそのまま走っていると、左右の分かれ道に辿り着き、直感で中津が右、国東が左に進むことになった。

「国東さん! 天瀬さんを頼みます!」

「うん。キミも生徒会長を絶対護るんだよ!」

「はい!」

 中津と国東は互いの健闘を祈ってからそれぞれの道を進み始めた。



読んでいただき、ありがとうございます。

次回もお楽しみに。

感想、お待ちしています。

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