迷路を攻略せよ②
中津は夢を見ていた。小さい頃に遊んだときの夢だった。
中津が公園で独り遊んでいると、そこに同じくらいの年の女の子がやって来て、その子と一緒に遊んでいた。滑り台で靴を滑らしてどちらの靴が先に下に着くか、ブランコに乗ってどちらが靴を遠くへ飛ばせるか、雲梯でどちらが先に渡り切れるか、などいろんなことで競って遊んでいた。
独りぼっちだった中津にとって、その時間はとても楽しい時間だった。小さい頃の記憶なので、女の子の顔は覚えておらず、夢の中では影がかかっていた。しかし、彼女と楽しく遊んだことは覚えており、また、その子は中津のことを「ゆめと」と名前で呼んでいた。夢の中で彼女が前を走っており、中津は後を追いかけていた。どうやら追いかけっこをしているようである。彼女は振り返って「ゆめと、こっちだよ!」と笑顔で言っていた。中津は夢の中で必死に彼女を追いかけるが、全然追いつくことができず、むしろ彼女はどんどん離れて行ってしまっていた。夢の中の幼い中津は手を伸ばしながら「待って! 〇〇ちゃん!」と言って呼び止めていたが、それでも彼女は先へ進んで行った。
そして再び幼い中津は独りぼっちになり、周りは真っ暗になった。何もなく、誰もいない空間に中津が立ち尽くしていると、どこからか「夢翔様……夢翔様……」と言う声が聴こえてきた。幼い中津は声のする方に走って向かうと、段々「夢翔様!」と呼ぶ声が大きくなっていった。その声がはっきり聴こえるようになったとき、中津はゆっくり目を覚ました。
中津がゆっくり目を開くと、目の前には心配した様子の叶愛の顔があった。
「叶愛さん…」
「夢翔様! お気づきになりましたか!」
中津はゆっくりと上体を起こしながら「ん? ここは? 俺、何してたんだっけ?」と言った。
「ここは迷路の中です。私たちは迷路の中の橋から落ちたんです」
「…橋? ……あっ、そうか! 俺、橋から落ちたのか! ……ん? でも、どうして平気なんだ!? 結構高い場所から落ちた気がするんだけど」
「それは、ここがアミューズメント施設だからだ。事故で客を死なせるわけにはいかないだろ」と別府が言った。
「別府! ここにいるってことは、別府も橋から落ちたのか!?」
別府は「ああ。ちょっと油断してな。あともう一人、国東もいる」と言って右手親指で横を差した。中津は「え!?」と別府が指差した方に視線を送ると、国東が壁に寄りかかって立っていた。
「国東さん!」と中津は言った。
「やっ、中津くん」
「夢翔様、国東さんとお知り合いなのですか?」
「はい。少し前に。叶愛さんも国東さんと知り合いだったんですね」
「あっ、いえ。私は先程初めてお話しして自己紹介しました」
「あっ、そうなんですか。……てか、叶愛さんと国東さんも橋から落ちたんですか!? どこか怪我してないですか!?」
「私は大丈夫です。どこも怪我していません」
「あたしも大丈夫だよ」
「そっか。良かった」と中津はホッとした。「ここにいるのは俺たちだけなのか?」
「ああ。今のところはな」
それから別府が簡単に今の状況を説明した。中津たち四人が今いる場所は、周りを三メートル程の高さの壁で囲まれた何もない空間である。ドアも窓も天井もない。四人は上から落ちてきてここに着いたので、理論上上に行けば、元の橋に戻ることができるのだろうが、上は真っ暗で何も見えなかった。つまり、四人はこの場所に閉じ込められて身動きができない状況だった。
この場所に最初に落ちてきたのは別府で、次に叶愛、その次に国東、最後に中津という順番だったらしい。中津がこの場所から出る方法がないのか、別府に尋ねたが、今のところまだ見つかっていないということだった。すでに隠し扉や隠しボタンなど探したらしい。別府が説明している途中で、中津はあることを思い出した。
「ん? あれ、ちょっと待て!」
「なんだ?」
「別府と国東さんがここにいるってことは、今、天瀬さんは…?」
「独りだよ」と国東が言った。
「なっ! くっ、このままじゃまずい! 早くここから出て探さないと!」
「まあ待て、中津。そんなに焦るな。天瀬は大丈夫だから」
「わかんねーだろ! この迷路の中で独りってことは、いつ何が起きてもおかしくねえ! 早く探さねえと、取り返しのつかないことになる!」
中津は冷静でいられなかった。なぜなら、天瀬が独りでいるということは、予知夢で見たことが起こる可能性が高いと思ったからだ。そうならないために、国東と別府に見守ってもらっていたのだが、その二人が今、中津の目の前にいて、天瀬が独りということを知って、冷静でいられるはずなかった。安心院には姫島と津久見がいるので、二人が守ってくれるだろう思った。
「だから、この迷路に中にいるから、天瀬は安全なんだ」と別府は言った。
「はっ? どういうことだ?」
「俺たち四人共、高い場所から落ちたのに怪我一つしてないだろ。これが、天瀬が大丈夫だって言う証拠だ」
「は?」
「ここはアミューズメント施設だから、高い場所から落ちても怪我しないように最新技術で保護されているの。だからあたしたちは無事だった。つまり、この迷路の中にいる以上、天瀬ちゃんもあたしたちも怪我しないように保護してもらえるから大丈夫だってこと。そういうことでしょ?」と国東が言った。
「あ、ああ。そういうことだ!」
「……そういうことか。最新技術ってすごいな」
「そっ、そうだな。ハハハ」
中津は国東の説明で納得し、改めて最新技術のすごさに驚かされたのだった。
「ん? でも待て。天瀬さんが先にゴールしたら安全じゃなくなるぞ!」と中津は言った。
「あー、それも大丈夫だ」
「…どうして?」
「この迷路は誰かがゴールすると、この仕掛けが解けるようになっている。だから、この仕掛けが発動している以上、まだ誰もゴールしてないってことだ」
「そんなルールだったのか! 知らなかった」
「私も知りませんでした。店員さんはそんなこと言っていませんでしたが、別府さんはどうして知っているのですか?」と叶愛が言った。
「えっ、あー、えーっと…」
「お客に楽しんでもらうために、店員はなるべく言わないようにしているみたい。別府くんは店員にしつこく尋ねて、無理やり聞いたんでしょ?」と国東が言った。
「あ、ああ。そうだ。俺が無理やり聞き出したんだ」
「そうですか」
国東の説明に中津と叶愛は納得した。また、中津は少しホッとしていた。この迷路の中なら安全だということ、仕掛けが発動している限り誰もゴールしていないということを知って、少なくとも安心院と天瀬が無事であることがわかったからだ。
中津は安心したことで心に少し余裕ができたため、国東と別府がいつの間にか仲良さそうにしていることが少し気になった。何か二人だけの秘密があるような、そんな気がして少し嫉妬心が湧いたのだった。
「さっきは悪かった。ごめん」と中津は謝った。
「まっ、まあ、なんにせよ。早く合流して迷路をクリアするに越したことはない。このままずっと閉じ込められているわけにもいかないからな」と別府が言った。
「店員を問い詰めたのなら、ゴールまでの道順も聞いたのか?」
「問い詰めたって、嫌な言い方だな。まあ教えてもらったけど…」
「早く教えてください。そうすれば、私と夢翔様がすぐにクリアしてみせます」
「それは頼もしいな」と別府は言って軽く微笑んだ。「じゃあ、説明するぞ」
それから別府は迷路のクリア条件を説明し出した。
別府によると、この迷路をクリアするには、迷路内のどこかにある小さな石を探さなければならない、ということだった。その石は親指程の大きさで琥珀色をしており、宝石のように透き通った綺麗な石らしい。石の中には迷路の模様が彫られているらしい。その石を見つけて触れることができると、この最新技術の仕掛けが解ける、ということだった。
「こんな広い迷路で、そんな小さな石を探せっていうのか!? 結構ハードだな」と中津は言った。
「その石を探すためのヒントはないのですか?」
「うーん、そうだな…」
別府は腕を組んで考え始めた。別府はしばらく考えていたが、明らかに困っているような顔をしていた。その様子からして、ヒントはなさそうだった。そうなると、手当たり次第に進んで行くしか方法はないかに思われた。
「目を瞑って心を落ち着かせてみて。そしてさっき言われた石の特徴をイメージして。そうすると、何か見えるかもしれない」と国東が言った。
中津は国東に言われた通り、目を瞑って心を落ち着かせた。中津に続いて叶愛も同じようにしていた。
中津はゆっくり呼吸をして自分の中に意識を集中した。周りの音が聴こえなくなり、暗闇の中に立っている自分をイメージした。次に、先程教えてもらった石の特徴をイメージすると、今中津が立っているところから離れた場所が琥珀色に光っていることに気づいた。そこからエネルギーが溢れているような感じがして、そこに別府が言っていた石があるのだろう、と中津は思った。中津はゆっくりと目を開いた。
「どう? 何か見えた?」と国東が言った。
「ああ、この先に石がある」と中津は左手で目の前の壁を指差した。「と思う」
「私も…そう思います」と叶愛が言った。
「マジか…」と別府は驚いていた。
「あたしもキミたちと同意見」
「なんでそう思ったんだろ? 自分でもわからない」と中津は少し困惑していた。
「たぶん、最新技術で何かしているんだと思う。そうじゃないと、迷路から出られないから。ね、別府くん」と国東は言った。
「あ、ああ。そうだな。店員もそんなこと言ってた。この迷路は最新技術が売りだって!」
「最新技術…」と叶愛はあまり納得してないような表情をしていた。
「まっ、まあこれでここにいる全員、石の場所がわかるってことだな。これならどうにかなるかもしれない」
「そうだな。じゃあまずは、ここからどう出るかだ」と中津は言った。
「ドアも窓も天井もない壁だけの部屋。出られるとした上ですね」
叶愛の発言で四人は上を見た。
上は真っ暗で、落ちてきた橋はまったく見えなかったので、どのくらいの高さから落ちてきたのかわからないが、中津は自分が無傷でいることに改めて驚いた。また、迷路の攻略法が見えてきて、士気が上がっている感じがした。中津は迷路をクリアできるという気持ちになっていた。ここにいる四人ならなんとかできるだろう、という気持ちだった。それに、他にも迷路の攻略を手伝ってくれている人がいるような気がして、その存在が中津の自信に繋がっていた。
「じゃあ、壁を乗り越えるか!」と中津は言った。
ということで、まずは中津と別府の二人で壁を乗り越えることにした。身体能力は別府の方が高いので、上が別府、下が中津担当になった。そのことになぜか叶愛が不満そうで反対意見を述べたので、中津が理由を説明すると納得した。叶愛は、中津が別府に踏まれるのが嫌で意見したという、やさしい理由だった。
中津が壁に両手をついて立っているところに、別府が少し離れた場所から走って来て中津の肩を足場にして思いっきりジャンプした。別府はさすがの身体能力で、余裕で手は届きそうだった。しかし、手が掛かる前に急に壁が高くなり、あと少しのところで届かなかった。中津は「やっぱここもか!」と予想していたのであまり驚かなかったが、叶愛はビックリした表情だった。別府は壁が高くなることを想定していたらしく、咄嗟に壁を蹴ってさらに高くジャンプした。そして別府が右手を壁に掛けようとしたとき、その部分だけ別府の右手の幅の隙間ができて、空振りしてしまった。壁を掴み損ねた別府はそのまま背中から落ちてきたが、空中で回転して態勢を整えて無事着地してから「クッ! あとちょっとだったのに!」と言った。
その直後、壁や床が動き出し空間が捻じれ始めた。
「なっ! また変形すんのか!?」と別府が言った。
四人は倒れないように態勢を低くした。中津は揺れている最中ゆっくり移動し、国東と叶愛の近くで身構えた。今回も一分程で揺れは収まったが、四人がいた空間も様変わりしていた。
中津たちの目の前には二つの道ができていた。ここから進めと迷路が言っているようだった。閉じ込められていた空間から出られる方法があっさり解決したのはラッキーだったが、先程よりも石の力が遠くなっていた。ここで四人は、二ルートに分かれて進むことになり、話し合いを始めた。
「俺は右に行こうと思う」と別府が言った。
「じゃあ、俺は左だな」と中津が言った。
「あたしも左」と国東が言った。
「私も左です。決まりですね。では行きましょう」と叶愛が言った。
「えっ、これって普通二、二に分かれるんじゃないのか?」と別府が言った。
「そんな決まりはありません。勝手に決めつけないでください」
「あ、そうですね」
別府は少し寂しそうな様子だったが、納得したようだった。というより、納得せざるを得ない感じだった。
別府と叶愛がそんなことを言っている間に国東が「早く行くよ」と言って先に左のルートに入って行っていたので、中津が「あっ、国東さん! ちょっと待ってください。単独行動は危険です」と言って後を追いかけ左ルートに足を踏み入れた瞬間、突然後ろが壁になり、別府、叶愛の二人と強制的に分断されてしまった。中津は振り返って壁を拳で叩いたが、すでに声も聴こえなかった。
ということで、中津は国東と二人で石を探すことになった。
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