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夢人  作者: たか
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迷路を攻略せよ①

 日曜日の朝、中津は熟睡できなかったので頭がボーっとしていた。なので、脳をしっかりと起こすために早朝ランニングをした。走ったことで目が覚めたので、部屋に帰ってからシャワーを浴びて汗を流し、出掛ける用のオシャレな私服に着替えた。さっそくこの前買った服一式の二度目の出番である。改めて買って良かった、と思った。そしていつも通り母の形見である指輪のネックレスを首に掛け、大事にしている栞を胸ポケットに入れて準備完了。時間に余裕があったので、インスタントコーヒーを飲んでカフェインを摂取し、さらに脳を活性化させた。眠くならないための対策を万全にしてから、両頬を軽く叩いて気合を入れて寮を出発した。

 早めに出過ぎたため、待ち合わせ場所である夢乃森公園の噴水前には午前九時三〇分に着いてしまった。まだ安心院の姿がなかったので、中津はそこで作戦を振り返っていた。

 予知夢で見た場所は夢プラザの屋上だ。てことは、屋上にさえ行かなければ、生徒会長は大丈夫なはずだ。もし行きたいと言ったら、「俺、実は高所恐怖症なんだ」という設定にして断ろう。それでも行きたいと言ったら、腹痛の演技をして時間を稼げばいい。生徒会長が落ちるとき外はまだ明るかった。つまり、明るい時間帯に屋上に行かなければ大丈夫なはずだ。よし。この作戦で行こう!

 そんなことを考えていると、安心院がやって来た。安心院の顔を見たとき、顔色が悪いように見えたので確認したが、大丈夫と言って元気アピールをしている安心院の姿を見て、中津は自分の勘違いだと思った。

 そして二人は夢プラザに向かい始めた。夢プラザに向かう道中、中津は一応周りを警戒した。安心院が屋上から落ちる理由がわからないからだ。もしかしたら、どこかで悪い奴に連れ去られ無理やり屋上から突き落とされるという可能性も無きにしも非ず。それを阻止するために警戒したのだが、夢乃森学園前駅まで怪しい人物は一人もいなかった。むしろ中津の方が怪しかったかもしれない。

 電車の中ではさすがに何も起こらないだろうと判断した中津は、ようやく少し落ち着くことができたのだった。電車の中で安心院と寄りたい店を話した。安心院が映画はどうか、と提案して何を観るか選ばせてくれるということだったので、上映されている映画の中から安心院が好きそうな映画を探していると、偶然中津が観たいと思っていたファンタジー映画と意見が一致したので、それを観に行くことになった。

 夢プラザに着くと休日ともあって、たくさんの人で賑わっていた。中津は再び警戒モードに入り、二人は映画館に向かった。無事チケットを買い、席に座ったとき、一旦落ち着くことができた。映画館の中では何も起こらないだろうし、安心院も隣に座っているので、もしものときはすぐに対応できるだろうと判断した中津は、映画に意識を集中した。せっかく安心院が遊びに誘ってくれたのだから、楽しまないと失礼だと思ったからだ。中津はオンオフをしっかり切り替えて対応していた。

 映画が思っていたよりも面白かったので、中津はすでに満足した気分だった。観終わったあと、一二時を過ぎていたので、昼食をどこかでとろうということになった。どこで食べるか選ばせてくれるということだったので、安心院が好きそうなメニューがあるレストランを探しているとき、ふと安心院を見ると、チラチラと近くにあるカフェを何度も見ていたので、そこに行きたいのだろうと思って、そのカフェを選ぶと、安心院も安心した表情になった。どうやら正解だったらしい。

 昼食中は映画の感想を言い合うつもりだったが、安心院が質問ばかりするので、中津がたくさん喋ってしまった。中津は途中で自分が話し過ぎたことに気づいて安心院が嫌になってないか気になったが、あまり気にしていない様子だったので、ホッとした。

 その後は、店を見て回りながら気になったところに寄ろうということになったので、中津はまた警戒モードに切り替えた。しばらく並んで歩いているとき、安心院が突然フラッとして中津に倒れかかってきた。中津が安心院を支えながら顔色を窺うと明らかに様子がおかしいことに気づいた。しかし、安心院は大丈夫な素振りをして、偶然近くにあった迷路に行きたいと言い出し、中津は止めることができずに、二人は迷路に入ることになった。

 その迷路については前に夢プラザを調べたときに確認したので、中がどんな構造をしているのか、なんとなく知っていた。最新技術を使っているという謳い文句で客の目を引いているようだが、中身は壁がすべてスクリーンになっており、そこにいろんな映像、たとえば森の中や砂漠地帯、月の地平や宇宙空間などを映して実際にその場所にいるような感覚を体験しながら迷路を進んで行くということらしい。

 しかし、実際に中に入ってみると、壁は木で作られており、どっからどう見てもシンプルな迷路で、どこにも最新技術を使っているようには思えなかった。それに入り口を通ったとき、何か変な感じがしたが、それが何かよくわからなかった。広告と全然違う迷路で虚偽の宣伝をしているようだったので、許されることではないのだが、今回に限っては中津にとってラッキーだった。なぜなら、シンプルな迷路ならすぐに出口まで行くことができ、少しでも早く安心院を休ませることができるからだ。

迷路の中では、安心院が進んで前を歩いて先導してくれたが、どこか無理をしているような雰囲気だった。そのまましばらく進んで行き、もうすぐ出口だろうと思った場所で中津は安心院に体調を確認した。すると、予想通り安心院の体調が悪いということがわかったので、迷路を終えたら帰る約束をした。

そして再び進み出そうとしたとき、突然壁や床が激しく動き出した。ただ立っているだけでも難しいくらい激しく揺れて、安心院が態勢を崩して倒れそうになったので、中津はサッと駆け寄り、安心院を支えた。態勢を低くしてその場に留まっていると、一分程で揺れは収まった。中津は周りを見渡して驚愕した。さっきまでとはまったく違う迷路に変形していたからだ。「これが…最新技術か!」と思わず言葉が出てしまった。調べた内容とまったく違うことにも驚いたが、最新技術の凄さの驚きが大きかった。もしかして、客を驚かせるために、あえて隠していたのか、と思ってしまった。

安心院も驚いている様子で立ち上がろうとしていたが、ふらついて自力で立ち上がることができないようだった。倒れないように後ろから支えたとき、安心院の身体が熱く感じたので、中津は額をくっつけて熱を確認した。すると、明らかに発熱していることがわかった。体感では三八度以上、いや三九度以上あるかもしれない程だった。額に汗をかきはじめ、呼吸も苦しそうだった。さらに安心院の力は少しずつ弱まっていた。まるで何かに力を吸い取られているように。

このままじゃまずい!

そう思って救急車を呼ぼうとスマホを取り出して電話を掛けたが繋がらなかった。スマホを見ると圏外だった。それなら早くこの迷路をクリアしなければならない。そう判断した中津は、安心院を背負って迷路を進み始めた。しかし、いくら進んでも一向に出口は現れず、ずっと同じ道を歩いている感覚だった。このままじゃ埒が明かないと思った中津は、安心院をゆっくり降ろして壁際にそっと座らせた。そして迷路のルールに違反する行為だが、今は緊急事態だということで許してもらえるだろうと考え、壁を登って全体図を確認することにした。壁の高さは二メートル半程度だったので、ジャンプすれば手が届きそうだった。中津は通路の端に立ち、勢いをつけて向かいの壁まで走り、右足で壁を蹴って手を伸ばし、壁の上に手を掛けようとした。しかし、手が届く前に急に壁が高くなったので、そのままずり落ちてしまった。それから何度も挑戦したが、同じ結果だった。どうやらこの最新迷路はズルを許さないらしい。この場合、ズルをするよりも真面目に進んだ方が速く出口に辿り着けるだろうと考え直した中津は、再び安心院を背負って歩き出した。すると、後ろから安心院が微かな声でこう言った。

「はぁ、はぁ、ごめんね……中津くん……はぁ、はぁ、また…迷惑…かけちゃって」

安心院の言う「また」とは、おそらく一年のときのことを言っているのだろう。しかし、中津はそのときも今も迷惑をかけられたなんて一ミリも思っていない。安心院は弱っているので、ネガティブ思考になっていると思った中津は、正直な気持ちを述べた。

「迷惑だなんて思っていません。安心院さんにはいつも助けられているので、たまには頼ってください。俺で良ければいつでも駆けつけるので」

「……ありがとう」

 安心院は安心そうな顔をして眠った。

 それからしばらく進んでいると、少し開けた何もない場所に着いた。目の前には右と左の別れ道があり、どちらに行けばいいのかヒントはなかった。この二択は結構重要な選択かもしれないので、どちらに行こうか慎重に考えていると、右の通路から微かに「キャー」という女性の声が聴こえてきた。そしてその声は少しずつ中津たちの元へ近づいて来ているようで、大きくなっていた。耳を澄ませいて聴いてみると、女性二人が「キャー」と言っているようだった。誰かが何かから逃げているような声だと思った中津は、嫌な予感がしたので、右の道から少し離れた場所で待機した。すると、右通路から姫島と津久見が現れた。

二人は開けた場所に出た瞬間、左右に分かれて壁際にサッと身を寄せた。その直後、巨大な丸い大玉が転がって来て、そのまま開けた場所を突っ切り、壁にぶつかってから止まった。中津の嫌な予感は的中したようで、もし右の道の前に立っていたら、今頃吹き飛ばされていただろう。

「ハァ、ハァ、なんとか…逃げ切れたね」と姫島が言った。

「ハァ、ハァ、そう…ですね」と津久見が言った。

「二人とも……何してるんですか?」

「ん? あっ、中津くん!」

「中津さん…?」

「どうしてあんな大きな玉に追われてたんですか?」

「うーん、よくわかんないけど、罠に引っかかったみたいで、急に後ろから転がって来たの」姫島が言った。

「なっ!? この迷路、罠があるんですか!?」

「うん」

「大玉の前は、壁が急に壊れることもあって、結構危なかったんだよ。なんかすごい衝撃が壁を破壊して、あたしたちあと一歩進んでたら、巻き込まれていたからね」と津久見が言った。

「あれはビックリしたね! しかも壁はすぐに元に戻っちゃうし」と姫島が言った。

「最先端技術ってスゴイですね!」

 大玉に壁を破壊する程の衝撃波!? そんな仕掛けがあるのか。ここまで俺たちは何もなかったが、ただ運が良かっただけなのか!? クッ! この迷路、思っていた以上に難しいかもしれないな。

「中津くんは大丈夫だった? もしかして背負ってる人、怪我してるんじゃ…」

「あっ、いや、安心院さんは体調不良で休んでいるだけで…」

「安心院先輩!?」と津久見は中津の説明を遮った。「安心院先輩! 大丈夫ですか!? どうしてこんなことに!? 安心院先輩!」

 津久見は取り乱して安心院に何度か声を掛けたが、安心院がぐっすり眠っていることに気づいてから静かになり、落ち着きを取り戻した。

「中津さん……これは、どういう状況ですか?」と津久見は言った。

 中津は安心院が体調不良で高熱であること、だから早くこの迷路から出ないといけないこと、外部と連絡が取れないこと、壁をよじ登ることができないことなど、今現在の状況をすべて二人に説明した。

「てことは、正規ルートでできるだけ早くこの迷路をクリアしなければならないってこと?」と津久見が言った。

「ああ」

「どこか抜け道はないの!?」と姫島が言った。

「わからない。ここまで壁を確認しながら来たけど、見つけられなかった」

「そう…なんだ……。わかった。私たちも協力する! ねっ、輝ちゃん!」

「もちろんです! 中津さん一人に安心院先輩を任せられませんから」

「ありがとう」

 心強い仲間ができた中津だったが、少し不安もあった。何か面倒事に巻き込まれそうなそんな予感がしていた。

中津は姫島、津久見の二人と一緒に迷路を進むことになった。そして先程迷っていた左の道を進んで行った。中津が安心院を背負っていたので、もし何かあったときはすぐに引き返せるようにということで、姫島と津久見が前を歩いて先導してくれた。二人は壁に手を当て隠し扉がないか確認しながら進み、中津は足元に何かないか確認して歩いていた。

三人が警戒して進んでいると、途中に誰かが罠に引っかかった形跡が残っていた。巨大な岩が砕けていたのだ。

こんな仕掛けもあるのか!? てか、これって本物か?

中津は岩の材質を調べるために触れて確認した。

本物の岩だ! どうやってこんな大きな岩をここまで運んで来たんだ? てか、誰がどうやってこの岩を砕いたんだ!?

中津は周りを見渡したが、岩の下敷きになっている人はいないし、人の血の跡もなかったので、犠牲者はいないだろうと判断した。中津の中で疑問と警戒心が増した。

そのまましばらく進んでいると、開けた場所に出て、先導していた二人が立ち止まった。そこには壁がなく、周りと下は真っ暗で何も見えなかった。そして目の前には頑丈そうな橋があり、橋の前には「このはしわたるべからず」と書かれている看板が立っていた。そして橋を渡った先に迷路が続いていた。その橋を見た中津は、あ、これ絶対罠だ、と思った。姫島と津久見も同じ考えをしているような表情だった。

「これって、ひょっとして真ん中を渡ればいいのかな?」と姫島が言った。

「よく聞く話ではそうですね。でも、すごく怪しいです。罠の予感がします」

「そうですね。俺も嫌な予感がする」

「だよね。でも、ここまで来るのに抜け道は見つからなかったよ」

「どこか見落としたんでしょうか?」

「その可能性もあるが、あれだけ注意して見ていたのに見つからないとなると、相当巧妙に隠しているということになる。ちょっと難しすぎないですか?」

「そう…だね」

「じゃあ、この橋を渡るの?」

 中津はなんとなく、この橋を渡ると崩れるだろう、という予感がしており、二人も同じことを考えているような表情で橋を見つめていた。

少し沈黙が流れたあと、姫島が「じゃ、じゃあ、私が先に…」と言いかけたところで、中津が「俺が先に渡る」と遮って言った。

「それはダメです。安心院先輩はどうするんですか? あたしが先に渡ります」

「それもダメだよ! ここは私が…」

 三人は罠にかかる覚悟でそれぞれが先に渡ろうと言い出したが、三人共ぎこちない言動で、結局ジャンケンで決めることになり、中津が勝ったので、中津が先に一人で橋を渡ることになった。

 中津が安心院を壁際にそっと降ろすと二人が左右に駆け寄った。そして中津は橋の手前で渡る前によく観察し始めた。地面や壁面に何か仕掛けがないか確認して、入念にチェックしたところ、見た目は特に変わったところはない、と判断した。それから中津は、ポケットから先程の巨大な岩の欠片を取り出した。何かの役に立つかもしれないと思って、回収していたのである。

まずは手のひらサイズの岩の欠片をポイっと橋の真ん中に投げたが、何の反応もなかった。次は橋の端にポイっと投げたが反応なかった。その次は上から叩きつけるように真ん中に投げたり端に投げたりしたが、いずれも無反応だった。岩の欠片を投げただけでは、橋はビクともしなかったが、安全である確証はまったくない。この程度の重さでは反応しない仕掛けかもしれない。これ以上続けても意味ないだろう。結局、岩の欠片はここでは役に立たなかった。

中津は次の賭けに出ることにした。実際に自分が渡ってみて、安全を確認する覚悟を決めた。中津が橋を渡ろうとすると、津久見が「中津さん! 安心院先輩はあたしたちに任せてください!」と言った。中津が罠に引っかかってリタイアする前提の発言だった。

中津もそう思っていたので「ああ。もしものときは頼みます」と言った。

「まっ、まだどうなるかわからないよ」と姫島が言った。

「じゃ、行ってきます!」

 中津はそう言って橋を渡り始めた。一歩、二歩、三歩と橋の真ん中を慎重に歩いて行ったが、何も反応はなく順調に進んでいた。中津は、何か起こったときすぐに引き返すことができるような体勢で集中して橋を渡っていたので、呼吸することを忘れていた。

そのまま橋を半分渡り終えたところで、一旦立ち止まり一息つこうとしたとき、突然「ドスン!」という地響きがして、まるで地震が起きたみたいに辺りが揺れた。中津は態勢を低くして橋の先に視線を移した。すると、そこには岩と同じ色のゴーレムみたいな物体が立ち塞がっていた。どうやら先程の揺れはゴーレムが落ちてきた振動だったようだ。中津が「なん…だ…あれは!?」と驚きながら見ていると、ゴーレムが橋を渡って来ようとしていた。中津は引き返して三人と一緒に逃げようとしたが、振り返ると同じゴーレムが橋を渡って来ていた。

中津は「なっ! 二体いんのか!?」と言い、どこか逃げる隙間がないか探していたが、二体のゴーレムは橋の幅と同じで、まったく隙間がなかった。というより、二体のゴーレムが同時に橋を渡って来たので、重さに耐えられずに今にも橋が崩れそうだった。「ちょっと待て! このままじゃ橋が崩れる!」と言ったが、言葉が通じていないのか、通じているがそれでも向かって来ているのか、表情がまったく変わらないので、わからなかった。そして案の定、橋は崩れ、中津とゴーレム二体は一緒に暗闇に中に落ちて行った。

背中側から落ちているとき、姫島の「中津くーん!」、津久見の「中津さーん!」という声が聴こえたので、中津は大きな声で「安心院さんを頼みまーす!」と最後のお願いを二人に託したあと、気を失った。



読んでいただき、ありがとうございます。

次回もお楽しみに。

感想、お待ちしております。

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