安心院希望は隠したい
外は快晴、絶好の外出日和ということもあり、安心院が夢乃森公園に着いたときには、すでに散歩やジョギングをしている人がいた。空気も澄んでいて美味しく、心地いい風や小鳥たちの鳴き声が癒しを与えてくれる最高の環境のはずだが、今日の安心院はどれも感じることができなかった。なぜなら、発熱と睡眠不足で頭がボーっとしていたからである。安心院自身、少し身体が火照っているという自覚はあったものの、それよりもデートの方が楽しみ過ぎてあまり気にしていなかった。
午前九時四〇分、待ち合わせである公園内の噴水前に到着したとき、すでに中津が待っていたのである。その姿を確認した安心院は走って向かった。
「おはよう、中津くん。ごめんなさい。待たせちゃったわね」
「おはようございます。俺も今来たばかりなので、ちょうど良かったです。ん? 生徒会長、汗かいているみたいですけど、体調大丈夫ですか?」
「えっ、あっ、これは今走って来たからかいただけよ。私は全然元気よ!」
「……そうですか」
中津が安心院の体調を気にしてジーっと見つめてくるので、話題を変えることにした。
「それより中津くん。一つお願いがあるのだけれど」
「ん? なんですか?」
「今日は休日なんだし、生徒会長じゃなくて、名前で呼んでくれないかしら」
「あ、はい。わかりました。安心院さん」
久しぶりに中津に名前を呼んでもらえたので、安心院は嬉しくてニコッと笑った。
「じゃ、じゃあ行きましょうか」と安心院は言った。
「はい!」
話題を変えたことにより、中津の意識を安心院の体調から逸らすことに成功した。もし安心院が微熱であるということを中津が知ったら、きっと今日のデートは中止になってしまう。安心院も中津もお互い忙しい身なので、次がいつになるかわからない。最悪今後は一切予定が合わずに卒業してしまうかもしれない。それは絶対に嫌だったので、今日のチャンスを逃すわけにはいかない、という強い意志を持って安心院は臨んでいた。なので、少し体調が悪いからといって、中止にしたくなかったのである。中津と会ったことで安心院の体温はさらに上昇していたのだが、安心院はそれを気持ちで乗り越えようとしていた。
二人は夢乃森学園前駅から電車に乗り、夢プラザまで向かった。ここまでの道のりでは、中津に気づかれる様子はなかった。というより、なぜか中津は周りを気にしているようだった。もしかして、一緒にいるところを他の生徒に見られたくなかったのかもしれない、と安心院は推測した。
電車の中では中津も落ち着いた様子だったので、ここで安心院は、夢プラザのどこを見て回ろうかという話題を話した。
そして夢乃森駅に併設する夢プラザに着くと、すでに多くの人で賑わっていた。二人は電車内で見て回る場所を決めたので、まずは映画館に向かった。安心院は事前のリサーチで、現在上映中の中から中津が好きそうな映画を探していた。そして、安心院が選んだいくつかの候補を提案すると、中津はその中のファンタジー映画に一番興味を抱いている様子だった。それは予想通りの反応で、安心院がその映画を観てみたいと言うと、中津も賛成し、二人の意見が一致したことで観に行くことが決まったのである。中津はやさしいので、迷っている振りをして安心院の好きなジャンルの映画を考えていたのだろう。安心院は中津の性格を分析していたので、この展開は予想通りだった。それに映画なら、ただ座って観ているだけなので、体調不良の安心院にとっても好都合だった。ということで、午前中はファンタジー映画を観て過ごすことになった。映画の途中、安心院はチラチラと中津の方を意識していたが、中津は映画に集中しており、まったく見向きもしてくれなかった。結局、安心院は映画を半分しか楽しめなかったが、観終わったあとの中津が満足そうな様子だったので、観て良かった、と思った。
映画を観終わったあとは、どこで昼を食べるのかを話し合った。安心院は食欲がまったくなかったので、軽く食べられるカフェが良いと思いながらも中津に選んでもらうことにした。中津が選んでいる間、安心院はちょうど近くにあったカフェを無意識に何度も見ていたので、それに気づいた様子の中津がカフェに行きたいと言った。二人はカフェでランチすることになり、そこで中津はパスタを注文し、安心院はサンドイッチを注文した。
昼食中は映画の感想をお互いに言い合っていたが、安心院は半分しか覚えていないので、中津に喋らせるように質問ばかりしてなんとかやり過ごした。
昼食後は行く場所を決めていなかったので、見回りながら寄りたい店に入ろうということになった。そしてなぜか中津の警戒度が増したような気がした。しばらくいろんなフロアを見て回っているとき、安心院は一瞬視界がクラッとして態勢を崩してしまった。そのときちょうど隣に中津が立っていたので、中津に寄りかかってしまった。それに中津が驚き「安心院さん! 大丈夫ですか!?」と言った。安心院は「だ、大丈夫よ。支えてくれてありがとう」と言ったが、中津が心配した様子で見つめてくるので、体調が悪いということがバレてしまうと思った。なので、安心院は咄嗟に近くにあった迷路を指差して「私、あそこに行きたいと思ってたの!」と言って誤魔化そうとした。
「迷路…ですか」
「ええ。最新技術を使っているんだって。ちょっと面白そうじゃない?」
「そう…ですね。でも…」
「じゃあ行きましょう!」
安心院は強引に中津を先導し、受付係に商品券を二人分渡してから、一緒にゲートを通った。その時の時刻は午後二時ちょうどだった。
安心院は中津に体調が悪いということを悟らせないように中津の前を歩いて迷路を進んで行った。最新技術を使った迷路と謳っていた割には、シンプルな作りの迷路だったので、すぐにゴールできるだろうと安心しきっていた安心院だった。二人は迷うことなく、順調に進んで行き、一〇分程経ってそろそろゴールだろうと思っていたとき、中津がこんなことを言った。
「もうすぐ出口に着きそうですね」
「そうね。最新技術を使っているって言ってたけど、どこに使っていたのかしら? わからなかったわ」
「俺もわかりませんでした。でも、簡単でラッキーでした」
「そうなの? 中津くんは難しい方が好きだと思っていたわ」
「本来は難しい方が好きです。でも今回は、早く終わらせて安心院さんを休ませたかったので」
「えっ!?」
「安心院さん、体調が良くないですよね?」
「えっ、そ、それは…」
「すみません。すぐに気づかなくてキツイ思いをさせてしまって」
「中津くんが謝ることないわ! これは私が体調管理を怠ったせいなのだから」
「てことは、やっぱり体調が良くないんですね?」
「あっ、はめたわね!」
「すみません。でも、これ以上安心院さんに無理させたくないので、これが終わったら帰りましょう」
「……わかったわ」
バレてしまったので、安心院は中津の提案を承諾した。本当はもう少し一緒に遊びたかったのだが、これ以上中津に気を遣わせたくないし、朝よりも若干熱が上がっているような気がしたからだ。
二人の話がまとまったそのとき、突然壁や床が動き出し空間が捻じれているような感覚になって迷路が変形し始めた。安心院は立つことができずに倒れそうになったが、中津が「安心院さん!」と言って咄嗟に支えてくれた。そのまま二人は態勢を低くして留まっていると、一分程で揺れは収まった。すると、目の前はさっきまでの迷路とまったく違う形になっていた。中津は「これが…最新技術か!」と目を大きく開いて驚いていた。
安心院も驚いて周りを見るために立ち上がろうとしたのだが、急に身体が重く感じて立ち上がることができなかった。それにさっきよりも体温が急上昇しているのが、自分でもわかった。顔や体が熱くなり、息をするのも苦しくなってきたのである。まるで力が奪われているような感覚だった。中津が安心院の異変に気づいて身体を支えながら、「安心院さん、失礼します」と言い、額をくっつけて熱を確認した。このとき、安心院の視界はすでにぼやけていたが、額がくっついたときに目を開けると、至近距離にある中津の顔がはっきりと見えたので、一時的にだが、さらに熱が上昇して頭から湯気が出そうだった。
中津が「すごい熱! 早く病院に行かないと」と言っているのが聴こえたが、安心院の意識は少しずつなくなっていき、自分で動くことができなくなってしまった。
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