別府剣悟は用心棒
金曜日の昼休み、別府は嫌な予感を感じざるを得ないメッセージを受け取った。中津から「是非とも貴方様にお願いしたいことがあります。放課後、ドリームバックスで待っています」という妙に丁寧で薄気味悪い文章が送られてきたのである。中津がこんな内容のメッセージを送ってくるときは、大抵面倒なことに巻き込まれるということを別府はすでに身を持って体験していた。正直、面倒事に巻き込まれるのは嫌いだが、中津にとってはとても重要なことであることも知っているので、断るわけにはいかない。それに中津には借りもあった。ただ、面倒くさいのは嫌いである。
はあ~、今度は一体どんなお願いなんだ?
別府はその後の講義中、中津からどんなことを頼まれるのかが気になって集中することができなかった。
そして放課後、ドリームバックスで話を聞くと、天瀬月歩という女子生徒を警護して欲しいという頼みだった。中津曰く、今度の日曜日に天瀬が高い場所から落ちるかもしれないから護って欲しい、ということだった。中津もそれ以上は詳しくわからないということだったので、あまり追及しないようにした。
客観的に見ると、中津が意味不明なことを言っていると思うだろう。適当なことを言って陰で人を馬鹿にしているかもしれないとか、実はドッキリを仕掛けているとか、自分は未来予知ができると信じ込んでいる詐欺師とか、疑い始めると何でも当てはまる気がする。
しかし、別府はそうは思わなかった。なぜか、中津の言うことは信じられるのである。以前から中津が他人の危ない場面を救っているところを何度も目撃しているし、その度に必死な姿の中津を見れば、信じたくなるのは必然である。
だが、別府も暇人ではない。別府には使命があり、休みはあってないようなものだ。その一日を中津のお願いに費やすのだから、それ相応の対価を貰うことにしている。正直、そんなものはいらないのだが、中津が毎回払う気満々でお願いをしてくるから、とりあえず貰っている。今回は学食七日間奢りということで交渉成立した。
土曜日、別府は宇佐の手伝いで夢プラザに来ていた。ある探し物をするためだ。二人で夢プラザ内を隈なく見て回ったが、結局探していたものを見つけることができなかった。諦めて帰ろうとしたとき、宇佐は俯いて少し落ち込んでいる様子だったので、別府は励まそうと思い声を掛けた。
「あんま気にすんなって。また探せばいい」
「……うん」
「もしかしたら、俺たちに気づいてどこかに逃げたかもしれないし、それなら、またどっかで現れるはずだ」
「……うん」
「そういえば、俺、明日もここに来るから、そのときも探そうと思ってんだ」
「えっ、そうなの!?」
「ああ。ちょっと護衛を頼まれてな」
「護衛? ひょっとして夢乃森さんの?」
「いや。天瀬っていうただの一般生徒だ」
「天瀬……? そうなんだ」
「今日見つからなくても、明日なら見つかるかもしれないだろ!」
「…そうだね」
「もし見つけたらすぐ連絡するから、待ってろよ」
「うん! あっ! じゃあ、これ渡しておくね」
宇佐はそう言って丸くて透明な石を渡してきた。別府は「ああ。サンキュー」と言って石を受け取り、ポケットに入れた。
日曜日の午前一〇時、別府は離れた場所から天瀬と国東に気づかれないように警護を開始した。別府は目が良いので離れた場所からでも見失うことがなく、足が速いので危ないときでもすぐに駆けつけることができる。そのため、二人に気づかれる様子もなく、順調に尾行していたのだが、夢プラザに着いた途端、急に国東が周りを警戒し始めたので、バレたかと思ったが、そうではなさそうだった。国東の動きは、何か危険なものがないか探しているように見えた。まるで天瀬を護っているように。別府は国東に気づかれないようにさらに警戒して、二人の尾行を続けた。
そのまま二人の後をついて行っていると、まずはプラネタリウムを観ることになった。こんな暗闇の中、何か起こることはないだろう、と思った別府だったが、油断は禁物である。時折天瀬の方を見て警戒は怠らなかった。その後も二人は宇宙関連の場所に行ったり、レストランで食事をしたりして、特に危険な目に遭うようなことはなかった。
昼食後も二人は再びいろんな店を見て回っていたので、別府も物陰に隠れながら後をついて行った。そして八階フロアに着いたとき、二人は最新技術を使っているという迷路の中に入って行った。
別府は、迷路の中まで追って行く必要はないだろう、と判断して出口で待っておこうとしたのだが、そのとき後ろから「おっ、剣悟じゃねーか!」と声を掛けられた。
別府が振り返ると、そこには時枝朝陽が立っていた。
時枝朝陽は夢乃森学園生徒会で会計をしており、数学を専攻している二年生である。別府とは同じ中学出身で、その頃からの友達である。
「朝陽!」
「久しぶりだな! 陰に隠れて何してんだ? 一人か?」
「ちょっとやることがあってな。朝陽こそ、一人で買い物か?」
「ああ。この前理事長にここの商品券を貰ったから、早速使いに来たんだ! 本当は誰かと一緒に来ようと思ってたんだけど、予定が合わなくてな。仕方なく一人で来た」
「そっか」
「それより剣悟、お前ひょっとしてこの迷路に入りたいのか?」
「えっ!?」
「よし! 久しぶりの再会だから、オレが奢ってやるよ!」
「えっ、いや、俺は別に…」
「いいって、いいって。遠慮すんな! オレたちの仲だろ!」
「いや、そうじゃなくて…」
別府が何か言おうとしても時枝は途中で遮って聞く耳を持っていなかった。悪い奴ではないのだが、話を聴かないところが彼の欠点である。時枝は別府の肩に腕を回して迷路の入り口まで連れて行き、「じゃあ、これで二人分お願いします」と言って受付係に商品券を渡した。天瀬と国東が入ってから三分経った午後二時一三分に別府と時枝が迷路に足を踏み入れた。二人が並んで同時に入り口を通った瞬間、突然壁や床が激しく動き出した。時枝は「ウオッと!」と言って態勢を低くし、別府は「なっ!?」と驚きながら態勢を低くした。立っていることが難しい程激しく動いていたので、二人はしばらくそのまま留まった。
「スッゲー! これが最新技術か!」と時枝が言った。
「こいつはまさか……ソフィアストーンか!?」
「はっ!? 今なんて言った?」
「いや、なんでもない」
一分程で揺れは収まった。別府が振り返ったとき、さっきまで後ろにあった入り口が壁になっていた。つまり、閉じ込められたということだ。明らかに物理法則を無視した現象と突然現れた強大な力を感じたことを踏まえると、おそらくソフィアストーンによるものだということはすぐにわかった。だが、わからないこともあった。
どういうことだ? こいつ、いきなり現れたぞ。ここに入るまでまったく気配に気づかなかった。そんなことがあるのか? これ程の力にどうして今まで気づかなかったんだ? 昨日あんなに探しても見つからなかったのに…。まるで突然目覚めたような…。
別府がそんな風に一人で考え込んでいると、時枝が「おーい。聴こえてるかー。けんごー」と言っている声が耳に入り、別府はようやく気づいた。
「えっ、あ、悪い。ちょっと考え事してた」
「どうしたんだ? 真面目そうな顔して。もしかして、最新技術に驚いたのか?」
「えっ、あ、ああ。まあそんなところだ」
「まあ、驚くのも無理ねーか。それより早く行こうぜ!」
時枝がそう言って前を向いたとき、別府は一瞬で時枝の後ろに近づき、首の後ろを軽くチョップして気絶させた。時枝はこれが最新技術によるものだと信じているようなので、そこは心配しないで良さそうだったが、巻き込むと大変なことになるかもしれないので、しばらく寝てもらうことにした。しかし、他にも問題は山積みだった。
まずこの迷路の攻略法がわからないということ。それに、すでに天瀬と国東が迷路に入っているので、早く見つけないといけないということ、また他にも一般人が巻き込まれているかもしれないということだ。
別府は外部に連絡しようとしたが、案の定スマホは圏外で連絡手段を断たれていた。ということで、進むしか選択肢はなさそうだった。別府は時枝の周りに結界を張って安全を確保してから進み出した。
まずは迷路全体を確認するために壁を越える程のジャンプをしたが、別府がジャンプしたと同時に壁も高くなり、周りを見渡すことができなかった。それなら次は壁を壊そうと思い、思いっきりパンチやキックをしたが一瞬だけ固くなり壊すことができなかった。ならば次は武器を使うことにした。
別府は右手を握り、拳の親指側を左手の平に当てた。すると、左手の平が光り出し、そこから炎を纏いながら一本の刀が出てきた。右手で刀の柄を握り、引っ張るように刀を取り出して刀身がすべて出たところで、振りかざして纏っていた炎を払った。別府の愛刀『閻魔』である。
別府は両手で閻魔を握り、頭上に構えてから、「フゥー」とゆっくり息を吐いて集中力を高めた。そして「フンッ!」と思いっきり刀を縦に振り下ろした。その勢いで別府の周りは衝撃波が発生し、斬撃は目の前にある壁を破壊した。さらに、その奥にある何十枚もの壁も破壊することに成功した。その光景を見て、別府は「よし! これならなんとかなりそうだ!」と安心した瞬間、壁はすぐに再生して元に戻ってしまったのだった。「なっ!? 再生すんのか!?」と驚いた別府だったが、切り替えてもう一度壁を破壊しようとしたとき、また床が激しく上下に動いてバランスが保てなかった。
一分程で揺れは収まったので、再度壁を破壊しようとしたとき、後ろで「ドスン! ゴロゴロゴロ!」という音が聴こえてきた。音のした方に視線を送ると、巨大な丸い岩が別府めがけて転がって来ていた。別府が今いる場所は一本道で左右に逃げ込むところがなかったので、慌てて巨大岩から逃げ始めた。しばらく逃げていたが、一向に逃げ込む道がないので、岩を破壊することにした。別府は立ち止まり、振り返ってから刀を構え、迫って来る岩に向かって振り下ろした。それにより岩を真っ二つに切ることができて一安心していたのだが、それも束の間、今度が上から巨大な岩が次々に落ちてくるようになってしまった。
別府は次々に落ちてくる岩から逃げるため、前に進むしかなかった。すぐ後ろで「ドカン!」「ドゴン!」と岩が落ちてくる音がしているが、振り返る余裕もなかった。そのまま逃げていると、目の前に岩が通れない幅の入り口と上から落ちてきても守ってくれそうな天井がある部屋のような空間が見えたので、別府はそこに逃げ込んだ。すると、岩が落ちてくる音が聴こえなくなり、一安心することができた。
そこで乱れた息を整えていると、突然入り口が消えて出入り口のない四角い空間になった。
しまった!? 閉じ込められた!?
別府はそう思って壁を破壊しようとしたとき、今度は「ズーン」という音がして、天井が下がり始めた。このままだと潰されてしまうと思ったとき、目の前に出口が現れた。別府はそこまで走って行こうとしたが、向かう先と逆方向に床が高速で動いていたことに気づかずに、いくら走ってもまったく前に進まなかった。その結果、天井が迫ってきたので、別府は手で押し上げて踏ん張ることになってしまった。そのとき床の動きも止まり、別府は身動きが取れない状態になってしまった。少しでも力を抜くと一気に押し潰されてしまう。しかし、このままではいずれ耐えられなくなり、押し潰されてしまう。何か打つ手はないのか考えていたが、なかなか良い案が思いつかず、そのままの状態で一〇分経ってしまった。さすがに疲れてきた別府はこの状況にイラっとして力を解放することにした。
別府が少しずつ力を解放し始めると、徐々に身体を炎色のオーラが纏い始めた。そしてオーラが全身を纏い、爆発するように発光し始めたとき、別府は「んーーーうぉりゃー!」と言って腕力だけで天井を押し上げた。すると、天井は壁から剥がれどこか遠くへ飛んでいき、ようやく部屋から出ることができたのだった。
「はあ、はあ、こいつ、俺で遊んでやがるな。はあ、はあ、絶対封印してやる!」
別府はバカにされている気がしたので、本気で臨むことにした。それからも、通路の隠しボタンを踏んで矢が襲ってきたり、壁が狭まってくる通路があったりしたが、すべて難なく乗り越えた。そして別府はある場所に辿り着いた。
目の前には頑丈そうな橋が現れ、橋の前には木の看板が立っており「このはしわたるべからず」と書かれていた。
別府は油断せず警戒しながら橋の真ん中を歩き始めた。すると、数歩進んだところで橋が崩れ始めた。このことを予想していた別府は、すぐに前に跳んだ。「ハッ! この程度の罠に引っかかるわけねーだろ!」と煽った別府だったが、着地しようとした場所が急に離れたのだった。「なっ! クッ!」と別府は咄嗟に手を伸ばしたが、あと数センチのところで届かなかった。別府は「そんなのありかよー!」と叫びながら、暗闇の中へ落ちて行った。
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