輝と響歌の日曜日
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木曜日の朝、輝はいつも通り午前七時に目を覚ました。それから顔を洗ったり、歯を磨いたり、シャワーを浴びたり、朝ご飯の食パンを食べたり、ナチュラルメイクをしたり、制服に着替えたりした。すべての準備を終えていざ出発しようとしたとき、スマホの通知音が鳴った。確認すると、安心院から「渡したいものがあるから、今日どこかで会えないかしら?」というメッセージが送られて来ていた。輝はすぐに「今から秒速で生徒会室に向かいます!」と返事をすると、「ありがとう。待っているわ」という返信が来た。なので、輝は学園まで走って向かった。すると、正門前で安心院が待ってくれていた。
「安心院先輩!」
「おはよう、津久見さん」
「おっ、おはようございます! ここで待ってくれていたのですか!?」
「ええ。私から誘ったのだから、生徒会室まで来てもらうのは申し訳ないと思って」
「そんなことないです! 安心院先輩の呼び出しなら、あたしはどこへでも行きます!」
「フフフ、ありがとう。津久見さん」
「い、いえ」
「早速なんだけど、津久見さんにこれを渡したくて、今日呼んだの」
安心院はそう言って、長方形の白い封筒を差し出してきた。
「えっ!? おっ、お金ですか!?」
「そんなはずないでしょ! まあ、遠くもないけれど…」
「え!?」
安心院が封筒から中身を取り出して見せてくれた。それはお金ではなく、夢プラザで使えるプレミアム商品券だった。
「これ、理事長からたくさん貰ったのだけれど、一人で使うには多すぎるから、津久見さんにも分けようと思って」
「えっ、いいんですか!?」
「ええ。津久見さんにはいつも助けてもらっているから、そのお礼と思ったのだけれど、どうかしら?」
「あ、ありがたい…です。でも…あたしが貰ってもいいのですか?」
「津久見さんは、仕事帰りに夢プラザに寄ることが多いって言っていたから、役立つと思ったの。貰ってくれると嬉しいわ」
「……じゃ、じゃあ、遠慮なくいただきます」
「そう。良かったわ」
安心院がわざわざ呼び出してまでくれたものなので、断ると逆に失礼だと判断して貰うことにした。輝が喜んでいると、安心院も嬉しそうな顔をしていた。
その後、安心院は仕事に戻ると言って、何か重要なことを考えているような真剣な表情をして戻っていった。さっきまでのやさしい安心院からの切り替えが早かったので、輝はさらに尊敬度が増したのだった。
輝は貰った商品券を何に使おうか考えていた。新しいコスメグッズ、家電、インテリア雑貨など欲しい物がたくさんあった。貰った商品券はたくさんあるので、欲しいものは大体買えそうだったが、せっかく分けてくれたので、輝も誰かと一緒に使いたいと思った。安心院はすでにたくさん持っているので、今回は除外した。そうすると、他に一緒に使いたいと思う相手は、当然響歌である。一瞬中津の顔が思い浮かんだが、響歌のことを考えると跡形もなく消え去った。
ということで、早速響歌に連絡を取ってみた。すると、今度の日曜日は予定がなく空いているという返事が来て、その日は輝も一日休みだったので、日曜日に夢プラザで一緒に遊ぶことになった。お互いが忙しい身でありながら奇跡的に休みが重なったので、日曜日は貰った商品券をすべて使うくらい楽しもうと考えた。日曜日の午前一〇時、夢乃森学園正門前で待ち合わせることにした。
日曜日の午前一〇時、予定通り輝と響歌は集まった。二人ともそれなりに有名人だが、変装はあまりしなかった。人が多い場所だと、案外気づかれないものである。
夢乃森学園前駅から電車で向かったのだが、さすがに電車内では周りの人に気づかれているようだった。しかし、特に話しかけてくる人もいなかったのでホッとした。
夢乃森駅に到着し、隣接している夢プラザに着くと、休日ともあってたくさんの人で賑わっていた。二人は早速買い物を始めた。洋服、雑貨、小物、コスメグッズなど、いろんな店を見て回り、輝は欲しいと思ったものを買っていたが、響歌は見るだけでなかなか買おうとしなかった。中にはジーっと見つめて欲しそうにしている商品もあったが、結局買わなかった。響歌が見ていたものは、加湿器、首をマッサージする器具、ハーブティー、はちみつ、のど飴など喉に良いと言われているものばかりだった。
「響歌さん。何も買わないんですか?」
「うーん、何か買いたいんだけど、何を買おうか迷っている、かな」
「商品券はたくさんあるので、買いたいもの買いましょう!」
「い、いいよ。自分の欲しいものは自分で買うから」
「響歌さんはそう言うと思いました。でも、あたしにも作戦があります!」
「作戦…?」
「響歌さん! 何かプレゼントさせてください!」
「えっ、プレゼント!?」
そう。輝は前日の土曜日の夜に響歌がどうやったら商品券を使ってくれるのか考えていたのである。響歌のことだから、遠慮して断られることは想定済みだった。なので、断られにくい内容を考えた結果、プレゼントをしたいという作戦を思いついたのだ。
「はい! 響歌さんにはいつも励まされているので、そのお返しにプレゼントをさせてください!」
「励まされているのは私の方なんだけど…」
「そんなことないです。響歌さんが励ましてくれているから、今のあたしがいるんです」
「それは私の方だよ。輝ちゃんが励ましてくれるから、今の私が…」
「わかっています。でも、今日はあたしがお礼をしたい気分なんです。プレゼントさせてください!」
「……わかった。ありがとう、輝ちゃん」
結局、輝は強引な作戦に出て、響歌を説得したのだった。
それから響歌が気になっている店を一緒に見て回った。輝は値段なんて気にせず、なんでもオーケーだったのだが、響歌はそういうわけにはいかないようだった。最初は喉に良いと言われている実用的な商品を見て回っていたのだが、途中からアパレルショップを見て回るようになり、結局手頃な値段の洋服を買ったのだった。おそらく響歌は、せっかく輝と遊びに来ているので、仕事とは別の何かを買いたいと思ったのだろう。響歌が買った服は、輝が一番似合っているという感想を言ったものだった。
二人はレストランで昼食をとったあと、買い物を再開した。しばらくいろんな店を見て回っていると、八階フロアに迷路があったので、輝が響歌を誘い、挑戦することになった。二人は買った荷物をロッカーに預けてから、迷路の中に入った。
輝と響歌が迷路に入ったのが、午後二時八分だった。
最新技術を使った迷路と説明を受けていたのだが、どっからどう見てもシンプルな迷路だった。時々行き止まりになりながらも、特に迷うことなく順調に進んでいたとき、突然壁や床が動き出した。二人は倒れないように態勢を低くして動きが止まるまで待った。そして一分程で落ち着き、周りを見渡すと、さっきまでとはまったく違う形の迷路になっていた。
「い、今の迷路ってこんな仕掛けがあるんですね!」と輝は言った。
「こんなの初めて! 思っていたより難しいかもしれないね」
「そうですね」
二人は、最新技術を使った迷路はすごい、と感心しながら新たな迷路を進み始めた。
数分後、二人は迷路をめいっぱい楽しんでいた。なぜなら、迷路にいろんな仕掛けがあったからだ。あるところでは、下が暗くて見えない場所に、五〇メートル程の距離のターザンロープがあり、落ちたら暗闇の中というところがあった。少し怖かったが、しっかりとロープで身体を固定して落ちないようにして、ターザン気分を存分に味わいながら渡ったので楽しさの方が大きかった。またあるところでは、反り立つ壁が行く手を阻んでいた。最初は二人それぞれの力で乗り越えようとしたが、何度挑戦してもお互いあと一歩のところで手が届かなかったので、協力して登ることにし、反り立つ壁を乗り越えた。その他にも、床が進みたい方向と反対に動いたり、大量のボールが入ったボールプールを渡ったりした。
今までシンプルだった迷路が変形していろんな仕掛けが出てきたので、難易度は上がったが、楽しさも増していた。また、いろんな仕掛けを協力して乗り越えていたので、二人の絆も強まっている気がして、大変素晴らしい迷路だと、輝は感動していた。
「少し難しくなったけど、楽しいね!」と姫島が言った。
「はい!」
「他にはどんな仕掛けがあるかな?」
「隠し通路とか、落とし穴とか、あるかもしれないですね!」
「そうだね。フフフ」
そんな会話をしながら一本道を歩いていると、突然響歌が立ち止まり「止まって! 輝ちゃん」と言った。輝が指示に従って止まると、響歌は耳を澄ました。輝は、何をしてるんだろう? と思いながら見ていると、突然二人の目の前の両側の壁が「ドカン!」と壊れたのだった。壁はまるでとても大きな剣で切られたあとのように、綺麗な縦線で壊れていた。二人があと数歩前に進んでいたら巻き込まれていたという状況に驚いていると、壊れた壁がグニャグニャと動き出し、勝手に元に戻ったのだった。それを見て響歌は「え!?」以外の言葉が出ないようだった。輝は「元に…戻った!?」と修復された壁を触って確認したが、元通りになっていた。
「スゴイです。響歌さん! 元に戻ってます! これも最新技術なんですね!」
「えっ、そ、そうなのかな?」
「たぶんそうです! もしかしたら今のが、隠し通路だったのかもしれませんね」
「そ、そう…かもね」
この一件で、輝はさらにウキウキして先に進み始めたが、響歌は少し警戒した様子で進み始めた。輝は壁に何か仕掛けがないか探しながら進んでいた。そして曲がり角を曲がったところで、突然壁に触れていた手が壁に押し込まれた。「ガチャ」という音がして少し離れた場所から「ドスン!」という何か大きなものが落ちてきたような音も聴こえた。明らかに罠に引っかかった気がしたので、「あっ、やっちゃった」というような顔で響歌を見つめると、響歌も嫌な予感がしているような顔で輝を見つめた。音のした方から「ゴロゴロゴロ……」という音が徐々に近づいて来ているのがわかった。その音がはっきり聴こえるようになったとき、その正体が姿を現した。それは、輝たちよりもはるかに大きく、迷路の道幅ピッタリの超巨大な大玉だった。二人が咄嗟に避けると、大玉はそのまま壁にぶつかった。
大玉は近くで見ると予想以上に大きかった。二人の倍以上の大きさだったので、こんな大きなものとぶつかったら、ひとたまりもないことになる。
二人は大玉が壁にぶつかって止まったと思い安心していると、一瞬大玉が動いた気がした。二人はその微かに動きに気づいて警戒した。
「い、今、動かなかった?」と響歌が言った。
「そ、そんなはずないですよ。ここは平面ですよ。転がるはずないです」
「だ、だよね」
二人はそう言って自分たちに言い聞かせていたが、微かに地面が傾いていることに気づいた。そして大玉は再び「ゴロゴロゴロ……」と音を立てながら、二人に向かって転がってきたのだった。
「輝ちゃん! これ、やっぱり動いてるよ!」
「響歌さん! 早く逃げましょう!」
二人は慌てて大玉から逃げ始めた。