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夢人  作者: たか
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安心院希望は誘いたい

 木曜日の早朝、安心院は目を覚ましてからジャージに着替え、公園に向かい準備体操をしてからランニングを始めた。二〇分程軽く走って程よく汗をかいていたので、寮に戻ってからシャワーを浴びた。それから二〇分間座禅を組んで瞑想をする。瞑想することで心身ともにリラックスし、運動で高めた心拍数を落ち着かせることができる。その後は読書をしたり、勉強の予習・復習をしたりしている。これが安心院のモーニングルーティーンである。このルーティーンを中学一年生のときに始めて以来、休むことなくずっとしている。雨が降ったときはランニングではなく、室内でできる運動に変えるなど、臨機応変に対応している。

 モーニングルーティーンをこなした安心院は、制服に着替えてから午前六時三〇分に寮を出発した。空は快晴。木には小鳥が留まり「チ、チッチー」と可愛い鳴き声でコミュニケーションを取っていた。その姿がとても可愛くて、安心院は癒された。朝の早い時間であるため、通学路には当然生徒の姿はなく、早朝に犬の散歩をしている近所の住人がいるくらいだった。安心院は飼い主と犬に笑顔で挨拶した。

 人がいないこの空間が安心院は好きだった。毎日多くの人が行き交う道で今は独りぼっち。まるで別世界に来てしまったかのような感覚になっていた。安心院は人が嫌いなわけではない。しかし、毎日多くの人と関わっていると、たまに独りになりたくなることは誰だってあるはずだ。適度なバランスが大事なのである。

 学園に着いてから安心院が最初に向かった先は生徒会室である。こんなに早く来て仕事をしなければならない程忙しいわけではないのだが、生徒会長になってから朝一番に生徒会室を訪れることが、今では日課になってしまったのである。

 生徒会室に着き、定位置である両袖デスクに鞄を置いてから、まずはコーヒーの準備を始めた。電気ケトルで湯を沸かしている間に、数種類のインスタントコーヒーの中から一つ選び、マグカップの中に入れた。その直後、湯が沸いたのでマグカップに注いでから、スプーンで軽く混ぜた。マグカップを持ったまま机に移動して座り、一口飲んでから仕事のスイッチが入る。ここまでもいつも通りの流れである。

 それからしばらく資料に目を通したり、ファイルの整理をしたりしていると、突然ドアをノックする音がした。時刻は午前七時七分。安心院が「どうぞ」と声を掛けると、ドアが勢いよく開き、雲海が「グッモーニン!」と大きな声と大きな素振りをしながら入ってきた。

そんな状況に慣れている安心院は、冷静な態度で「おはようございます。理事長」と軽い挨拶を返して仕事を続けていた。

「今日も早いね。安心院くん」

「いつも通りです」

「そうか。いつも本当にありがとう!」

「生徒会長として当然のことをしているだけです」

「安心院くんは、頑張っている自分へのご褒美とかしておるのか?」

「そうですね。たまにしています」

「そうか。それなら良かった」

「そうですか」

「そんな頑張っている安心院くんに、今日はプレゼントがあるんじゃ!」

「プレゼント?」

「これじゃ!」

 雲海はそう言って、安心院の目の前の机に中身がパンパンに詰まった長方形の白い封筒を三つ置いた。安心院が「何ですか? これは?」と言うと、雲海は封筒の一つを手に取り、中身を出して安心院に見せた。雲海が持って来た封筒に入っていたものは、夢プラザで使えるプレミアム商品券だった。

「商品券…ですか」

「ああ。知り合いに貰ったんじゃが、わしが持っていても使わんから、生徒会のみんなで分けてくれ」

「えっ、こんな枚数の商品券、貰うわけには…」

「ハッハッハ、相変わらず謙虚じゃの。それが安心院くんの良いところじゃが、たまには強欲になることも悪くないぞ」

「それでもさすがにこの枚数は…」

「気にするな。じゃ、わしは用事があるから失礼する。ハッハッハッハッハッ…」

 雲海は豪快な笑いをしながら安心院の言葉を聞かずに商品券を置いたまま生徒会室を出て行った。とりあえず、商品券のことは他の生徒会メンバーと話し合って決めようと思い、一旦保留にして、仕事を再開した。

 しばらくすると、二年生・赤縁眼鏡・真面目系クール男子の副会長、由布狭霧ゆふさぎり、二年生・低身長のマスコット的可愛さ・金髪ツインテール碧眼女子の書記、アリス・オックスフォード、二年生・赤髪・見た目チャラそうだけど根は真面目の会計、時枝朝陽ときえだあさひが順に来て集まったので、安心院は雲海から夢プラザの商品券を貰ったことを話した。すると、アリスと時枝が予想通り目を輝かせて欲しそうにして、由布は「会長の判断に従います」という従順的な意見だったので、結局商品券すべてを貰うことになった。雲海はすでにこの場にいなかったが、とりあえず全員その場で空に向けて感謝を述べた。そして大量に貰った商品券を全員で均等に分けた。

 商品券を分けたのだが、それでも一人で使い切るには多かったので、使い道を考えていると、あることを思いついた。まずは、津久見に分けるということだ。津久見は仕事で街に行くことが多く、夢プラザに寄ることも多いと言っていたので、この商品券をあげると喜んでくれるはずだ。そしてもう一つ思いついたことは、この商品券を使い切るためという建前で、中津を誘うという作戦だ。

善は急げということで、安心院は早速津久見に連絡し、講義が始まる前に会い、直接商品券を渡した。予想通り津久見は喜んでくれたので、やって良かった、と思ったのだった。そして次に中津を誘いに行こうとしたが、一度踏み止まって再考した。

 どうやって誘えばいいのかしら!? 今度の休みに私と夢プラザに行きませんか? シンプルで私は好きだけど、何の捻りもないから中津くんは断るかもしれない。そうなると、ショックで立ち直れないかも…。誘い文句はちゃんと考えた方がいいわね。それに、どの方法で誘えばいいのかしら!? 直接誘った方がいいのかしら? それとも、メッセージの方がいいかしら? 直接だったら緊張し過ぎて言いたいことが言えなくなるリスクがあるわね。それならメッセージの方が良いかもしれない。でも、いつ送ればいいのかしら? 中津くんはきっと勉強で忙しいはず。講義中に送るのはまずいわね。それなら昼休みはどうかしら? ダメだわ。昼休みは中津くんにとって大事な休み時間。そんな貴重な時間を奪うなんてできない。じゃあ帰ったあとならどうかしら? それもダメだわ。中津くんは一人暮らしだから、寮に帰ったあとも食事や洗濯などの家事、勉強の予習・復習で忙しいはず。メッセージを見る時間なんてない。ハッ! メッセージを送る時間がない! どうしたらいいの!?

 安心院がそんな風に独り相撲している間に時間は経ち、気がついたときには放課後になっていた。太陽が西側に沈み始めていた光景を見て、安心院は気づいたのだった。いつの間にか時間が過ぎ去っていたことに気づいた安心院は焦ってあたふたしてしまったが、一度落ち着こうと自分に言い聞かせ、深呼吸を数回した。それで頭が冷静になり、安心院は行動に移した。安心院は正門に向かった。正門は寮に住んでいる生徒がどこにも寄らずに帰るときに必ず通る場所である。ここで安心院は中津が来るのを待つことにした。

 そこで五分程待っていると、中津が真剣な表情で何か大事なことでも考えているような様子で歩いている姿を見つけた。その姿を見て、声を掛けていいものか、と思ったが、このままだと中津は安心院に気づかずに行ってしまいそうだったので、それは嫌だった。せっかくのチャンスを逃さないために、安心院は声を掛ける前に気を引き締めた。そして、あたかも偶然を装った態度で「あら、中津くん。奇遇ね」と声を掛けた。それに中津が気づき、寮まで一緒に帰ることになった。

 いざ、一緒に並んで帰り始めると、想定していた通り、なかなか誘い文句が思いつかずに、喋ることができなかった。そんな安心院に対して、中津が話題を振ってくれたので、安心院はリラックスすることができたのだった。早とちりをしてしまうこともあったが、いつも通りの会話ができていた。

しかし、安心院は、会話の途中で中津の様子が急におかしくなったように感じた。中津は驚いているような、嫌な場面を見てしまったかのような表情をして、冷や汗もかいていた。

安心院は中津が心配になり、額を当てて発熱していないか確認したが、平熱のようだった。中津も「大丈夫です!」と言って元気なアピールをしていたので、信じることにした。

 そのとき、中津から予想外の発言があり、安心院は驚いた。中津の口から「夢プラザ」というワードが出てきたのだった。このあと行く予定があるのか聞かれたので、正直に「ない」と答えると、中津は気が抜けたような表情になってから、再び何かを考え始めた。中津からどうして「夢プラザ」というワードが出てきたのかわからないが、これはチャンスだと安心院は思った。

 そして覚悟を決めて、安心院は中津を誘った。当初考えていた、雲海に貰った大量の商品券を使うという建前で誘うと、中津は慎重に検討している様子だったが、承諾してくれ、次の日曜日に一緒に行くことになった。待ち合わせは、寮の敷地内の真ん中にある夢乃森公園の噴水前に午前一〇時にした。

そこまで決めてからこの日は解散した。別れる直前、中津が「もし急に夢プラザに行くことになったら、必ず俺に連絡してくれませんか?」ということを意味深な様子で言っていたので、安心院は意図がよくわからなかったが、とりあえず了承した。

 中津と別れたあと、安心院は嬉しくてスキップして帰り始めた。そしてそのまま上機嫌で部屋まで辿り着き、ふと自分の行動を振り返ったとき、あることを思い出してしまい、急に恥ずかしくなってしまったのだった。思い出したこととは、中津と額をくっつけたことだった。

 私、なんであんな大胆なことができたのかしら!? ううん。そんなことよりも、中津くんに嫌がられていたらどうしよう。今からでも謝った方がいいかしら!?

 あのときの安心院は素直に中津の心配をしており、無意識に行動していたので、羞恥心がまったくなかったが、それが今になって襲って来ていた。そしてメッセージで謝ろうとしたが、そのことを思い出すだけで恥ずかしくなってしまうので、結局謝ることができなかった。考えてばかりでは意味がないので、この日はとりあえず寝ることにして、また後日考えることにした。


 翌日の金曜日、安心院はスッキリした気分で目を覚ました。昨日中津を誘って一緒に遊びに行くことになった事実を思い出し、嬉しくなってその場で飛び跳ねた。安心院は昨日懸念していた、おでこタッチのことをすっかり忘れていた。なので、テンションの高かった安心院は一番に中津におはようメッセージを送ってから寮を出発した。

 その後、生徒会室で仕事をしているときに、中津から返事が来たので、それでさらにテンションが高くなった安心院は、お気に入りの『ブバルディア』の可愛いスタンプを送ったあと、仕事がいつもの二倍ペースで捗ったのだった。

 その日の講義も調子が良く、積極的に手を挙げて回答するとすべて正解だったり、前回行われていた抜き打ちテストも全問正解したり、先生に褒められたり、と絶好調だった。

 昼休みは、雲海の手伝いをすることになった。生徒会室に戻っているときに、教員棟の一階で雲海が困っている様子だったので声を掛けた。雲海は今から来客があり、その人たちに学園の案内をしなければならないらしい。しかし、来客の訪問時間が遅れているらしく、雲海は次の仕事のため出掛けなければならないらしい。それで困っていたようだ。雲海にもう少し詳しく話を聞いた結果、学園案内は安心院にもできそうなことだったので、代わりにすることを提案した。最初雲海は遠慮していたが、考えている時間もないし、早く決断するように迫ると渋々承諾した。ということで、安心院は昼休みの時間、来客の案内をしていたのである。

 放課後、安心院は生徒会室で帰る準備をしていた。朝仕事が捗ったため、今日の仕事はすべて終わり早めに帰ることができるからだ。

帰っている途中、安心院は夕飯の材料を買うためにスーパーに寄った。何を作るか決めていなかったので、スーパーで見回りながら決めることにした。その結果、総菜で見た唐揚げが美味しそうだったので、夕食は唐揚げに決めた。しかも手作りである。

スーパーで材料を買い、部屋に帰り着いて、着替えを済ませてから早速夕飯作りに取り掛かった。作っている途中、スマホの通知音が鳴ったので、手を洗って確認すると、中津から一日の労いメッセージが届いていた。それを見た安心院は今日一日の疲れが吹っ飛んだ気がした。いくつか中津とメッセージのやり取りをしたあと、止まっていた唐揚げ作りを再開した。安心院は中津に唐揚げを分けようか、と提案したが遠慮されてしまった。

その後も安心院はウキウキ気分のまま、片付けや入浴、ストレッチを行い、零時に眠りについた。


翌日土曜日は特に用事があったわけではないが、朝に中津からおはようメッセージが来たので、テンションが上がり、つい学園に行って仕事をしてしまった。それで一日が終わってしまい、帰ろうとしたらお疲れ様メッセージが届いたので、また精神的に復活してしまった。ここ数日、安心院は休むことなく働いているので、身体的疲労はもちろん、精神的にも疲れが溜まっているはずである。しかし、安心院は中津の不意の言動に一喜一憂してしまい、自分では体調の変化に気づいていなかったのである。

部屋に帰り着いて玄関に入ったとき、一瞬視界がぼやけて立ち眩みがしたが、安心院はあまり気にせず、その後はいつも通りに過ごした。いや、逆に少しずつテンションが上がっていた。なぜなら、中津とのデートが近づいていたからだ。

安心院は零時にベッドに横になったが、明日のデートが楽しみ過ぎてなかなか寝つけない状態になっていた。まるで遠足が楽しみ過ぎて眠れなくなる小学生のように。そして気がついたら朝になっていた。安心院は、眠れなかったことは仕方ないと割り切って、ベッドから起き上がろうとしたとき、体が重く感じて立ち上がることができなかった。

「あれ? 私、どうしたのかしら?」

 安心院は部屋を見渡した。視界が少しぼやけていたからだ。そして左手で前髪を掻き揚げながら額に触れて、ようやく自分の状態を理解したのだった。

「あっ! 熱がある…かも」

 ベッドから起き上がり、体温計を左脇に挟んでしばらく待ち、「ピピピピッ」という音が鳴ったあとに確認すると、37.8という数字が表示されていた。

「微熱があるわね。でも、これくらいなんてことないわ!」

 安心院は睡眠不足と発熱により、冷静な判断ができなくなっていた。

 それから朝シャワーを浴び、着替えてから、時間が過ぎるのを待っていた。そして九時三〇分に寮を出発した。





読んでいただき、ありがとうございます。

次回もお楽しみに。

感想、お待ちしております。

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