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夢人  作者: たか
33/64

二つの予知夢  

 中津が見た予知夢は、安心院が目の前で背中から落ちそうになっており、右手を必死に伸ばしていたが、間に合わずに落ち始める場面だった。そして安心院に寄っていたアングルが一気に引いて、空から下を見つめているような視界になった。そのとき、その場所と周りの風景が見えた。中津はそれに見覚えがあったので、その場所がどこかわかったのだった。

予知夢を見た中津が冷や汗をかきながら頭を抱えていると、心配した様子の安心院が「中津くん、大丈夫? 顔色が悪いようだけど、熱でもあるの?」と言った。

「えっ、あっ、大丈夫です。すみません」

「本当? ちょっと失礼するわね」

 安心院はそう言って中津の前髪を左手で掻き揚げてから、少し背伸びをして顔を近づけてきた。中津が「せ、生徒会長!?」と言ったが、安心院は「シッ、黙ってて」と言ってそのまま続け、額をくっつけたのだった。そして安心院は「うーん、熱はなさそうね」と言ってからゆっくり離れた。

中津は安心院の行動に対して胸がドキドキしていたが、安心院はそうでもなさそうだった。いつも通りの凛としたカッコイイ安心院だった。

「じゃあ、どこか他の場所が悪いのかしら?」

「だっ、大丈夫です! どこも悪くありません。ほら!」

安心院が中津を診察する気満々な様子だったので、中津が元気アピールをしていると、怪しんでいる様子でジーっと見てくるのだった。中津はこのままでは分が悪いと判断し、慌てて話題を変えることにした。

「そんなことより、生徒会長! このあと、夢プラザに行く予定ありますか?」

「えっ、このあと!? 特にないけど…」

「えっ!? あっ、そうですか…」

 中津が先程見たイメージは、夢乃森駅と併設している商業施設『夢プラザ』の屋上だった。そう言い切れる一番大きな理由は、屋上に観覧車があったからだ。ここら近辺の建物で屋上に観覧車があるビルは、夢プラザしかない。中津はそう確信した。なので、このあと安心院が行くだろうと思っていたのだが、違ったらしい。

 どういうことだ? イメージで見た場所が違うのか。いや、あれはたしかに夢プラザだった。じゃあどうして……。そうか! このあと誰かに誘われる可能性があるか! ……いや、ちょっと待て。さっき見たイメージはまだ周りが明るかった。つまり、朝か昼、または夕方の時間帯ってことになる。だが、今はもう夕方で今から向かうと暗くなっているはずだ。ということは、さっき見たイメージは今日じゃなく明日起こるってことか!? まさか! 今までそんな先のことを見たことなんて一度もなかったぞ。せいぜい数時間先だった。本当に明日なのか…?

「中津くん!」

「えっ、あ、はい」

「実は…その…ちょっと中津くんに見せたいものがあるのだけれど」

「見せたいもの?」

「これなんだけど」

 安心院はそう言って、肩に掛けていた鞄から長方形の白い封筒を一つ取り出した。

「ん? これは?」

「これ、今日の朝、理事長にもらった商品券なの」

 安心院がそう言って封筒を開けると、中には数十枚の商品券が入っていた。その商品券は、夢プラザの店ならどこでも使えるものだった。食事、買い物はもちろん、映画やアミューズメント施設でも使える。安心院はその商品券を大量に持っていた。それを見た中津はハッ とした。

「商品券ですか。すごい枚数ですね」

「ええ。生徒会メンバー全員で均等に分けたのだけれど、それでもこのくらいになったの」

「そうなんですか!」

「朝、突然生徒会室に来たかと思うと、『わしが持っていても使わんから、生徒会のみんなで分けてくれ』って言って置いて行ったの」

「ハハ、相変わらずですね。理事長は」

「そうなの」

「これだけあると、使い切るのも大変ですね」

 中津がそう言ったとき、安心院の目つきが少し変わった気がした。

「そうね。だから、中津くんにも協力してもらいたいの」

「協力…ですか?」

「ええ。さすがに一人で使うのは枚数が多すぎるし、かといって使いきれないともったいないじゃない」

「そうですね」

「ってことで、どうかしら? もちろん、都合が合えばだけれど」

「いつ行かれる予定ですか?」

「私はいつでも大丈夫よ。中津くんの都合に合わせるわ」

「もし都合が合わなかったら、一人で行ったりしますか?」

「えっ、まあ、そうね。その場合は一人で行くか、友達を誘って行ったりすると思うわ」

「そうですか。それならぜひ一緒に行きたいです!」

「そっ、そう。良かったわ。じゃあ、いつがいいかしら?」

「俺はすぐにでも行きたいです! 今度の休みにでも」

「そっ、そう。じゃあ今度の日曜日はどうかしら?」

「はい! 大丈夫です!」

「じゃあ、日曜日に決定ということで」

「はい!」

 安心院は鞄から手帳を取り出し、予定を記入した。

 その後は夢プラザのどの店に行くのかという話をしている間に寮に着いたので、残りは各自で行きたい場所を調べることになり、安心院とはここで別れた。そこで中津は最後に大事なことをお願いした。

「生徒会長。もし急に夢プラザに行くことになったら、必ず俺に連絡してくれませんか?」

「えっ、どうしてかしら?」

「どうしても……知りたいんです」

 中津は、客観的に見て自分が変なことを言っているということはわかっていた。安心院には変態だと思われるかもしれない。しかし、安心院が怪我をするよりは、そう思われた方がマシだと判断した。

「……わかったわ。もし急に行くことになったら、連絡する」

「ありがとうございます」

「じゃあ、またね」

「はい。また」

 中津は部屋に帰ってからずっとスマホを気にしていた。いつ安心院から連絡が来てもいいように、すぐに出かけられる格好で待ち構えていた。

しばらくそのまま何もしないで待っていたが、ソワソワして落ち着かないし、時間ももったいないと思ったので、夢プラザを検索して、どんな店があるのかを調べることにした。行きたい場所を調べるという安心院と約束をしていたこともあるが、危険な場所がないか調べることの方がメインだった。

夢プラザは地下一階、地上一〇階ある大型複合商業施設で、中にはアパレルショップ、レストラン、雑貨店、映画館、エンタメ施設など、様々なジャンルのいろんな店が立ち並ぶ、若者から家族層まで多くの人が集まる場所である。夢乃森学園の生徒が遊ぶ場所と言ったら、大抵が夢プラザである。催し物も多く、今は期間限定で最新技術を使った迷路があるようだった。

調べているうちに、気がついたら夜中の零時を過ぎていたので、さすがに今から行くことはないだろうと判断して、ようやく一息つくことができたのだった。それからシャワーを浴び、寝る前にスマホを見て安心院から連絡が来ていないことを確認してから、ベッドに横になり、眠りについた。

翌日金曜日、目が覚めてベッドに横になったまま顔を横にしてスマホを置いている机に視線を送ると、スマホが光っていることに気づいた。中津はパッと起き上がり、スマホを手に取って届いていたメッセージを見た。送り主は安心院だった。

「おはよう、中津くん! 今日も一日頑張りましょう!」

 というメッセージが朝の六時に届いていたので、中津は安心院の無事がわかりホッとした。

 現時刻は七時二分、安心院はすでに学校に行っているかもしれないが、「おはようございます! 頑張りましょう!」と返信をした。すると、一分後に夢乃森学園公式マスコットキャラクターであるバクの『ブバルディア』の可愛いスタンプが送られてきた。

 中津はいつも通りの準備をしてから、気合を入れて寮を出発した。今日一日気を抜くことができない。なぜなら、急遽安心院が夢プラザに行くことになるかもしれないからだ。そうなれば、イメージで見たように、安心院が危険な状態に陥ってしまう。それだけは絶対に阻止しなければならない。安心院とは昨日約束したので、連絡が来なければ学園にいるということだ。つまり、連絡が来るまでは大丈夫ということである。それでも、講義中は終始スマホが気になり、気が抜けない時間が続いていた。

 昼休み、安心院の様子が気になった中津は、生徒会室を訪れたがドアをノックしても反応がなく、鍵も掛かっていたので、誰もいないようだった。どこかで昼食をとっているのだろう。アポイントメントを取っていなかったので、会えないのは仕方なかった。

中津は気持ちを切り替えて、どこで昼ご飯を食べようかと考えながら教員棟を出たとき、隣の図書館に天瀬が入って行く姿が視界に入った。少し気になった中津は、後を追って図書館に入った。

 周りを見渡しながら天瀬を探していると、夢人コーナーの本棚の前に立っており、本を探しているようだった。

「おはようございます。天瀬さん」

「ん? あ、中津くん! おはよー」

「夢人の本を探しているんですか?」

「うん。久しぶりだから、新しい本が入荷していないか確認に来たの」

「熱心なんですね」

「ううん。全然熱心なんかじゃないよ」

「そうですか? 俺から見たら熱心に見えますけど」

「……実は、この前キミが来るまでは、部活を続けようか迷ってたの」

「えっ、そうだったんですか!?」

「うん…」

「どうしてですか?」

「……一年間ずっと調べてきたけど、結局、夢人について新しい情報は得られなかったし、いつまでもこんなことしている場合じゃないなぁって…。親からも愛想つかされているし」

 学生なら多くの人が抱える悩みの一つだろう。自分が夢中になっていることがあまり世間的に認められていなかったら、このままでいいのだろうか、大丈夫なのだろうか、という不安はつきものだ。それに親が心配して口を挟んでくると尚更不安が募るだろう。

中津は天瀬の立場に共感して話を聴いていると、天瀬は続けてこう言った。

「でも、この前中津くんと国東ちゃんが励ましてくれたから、もうちょっと頑張ってみようって思い直したの。私はまだ夢人のことをほとんど知らない。だから、もっと知りたいって思った」

「そうですか」

「ありがとう。励ましてくれて」

「俺は何もしてないですよ。ただ話を聴いただけです」

「じゃあ、これからはキミも仲間だね! 夢人見つけ隊の」

「えっ、入部しろ、ってことですか?」

「ううん。別に入部しなくてもいいよ。あっ、したいならいつでも歓迎だけど」

「け、検討してみます」

「アハハ。待ってるね!」

 中津は意識していたわけではないが、天瀬が笑っていたので、結果的に励ますことができて良かった、と思った。天瀬の笑顔を見て中津も嬉しくなり釣られて微笑んでいたそのとき、頭がズキンとしてあるイメージが見え、頭を抱えた。

 見えたイメージでは、天瀬が頭から血を流して倒れている姿だった。天瀬は気を失っており、掛けている丸眼鏡のレンズにはひびが入っていた。身体はまったく動いていなかったので、生きているのかわからなかった。

今回も周りの風景はしっかり見えた。天瀬が倒れていた場所の周りはいろんな店が並んでいた。中津はその風景に見覚えがあった。なぜなら、少し前に見たことがあったからだ。そこは『夢プラザ』だった。

中津が頭を抱えていたので、天瀬が心配した様子で「どうしたの? 中津くん」と声を掛けてきた。

「えっ、あっ、天瀬さん。ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「ん? いいよ。なに? あっ! もしかして、この前の話の続きを聴きたいとか?」

「い、いえ。それじゃなくて、今日、夢プラザに行く予定ありますか?」

「夢プラザ? ううん。今日は行かないよ」

「あっ、そうですか」

「でも、日曜日に行くつもり」

「えっ、日曜日!? いつの日曜日ですか?」

「ん? 今度の日曜日だけど…」

 今度の日曜日!? 俺と生徒会長が夢プラザに行く日と同じ日! てことは、まさか、生徒会長と天瀬さんは同じ事件か事故に巻き込まれるのか!? いや、それはまだわからない。夢プラザは広くて大きいから、偶然違う事故が重なることもあるだろう。だが、同じである可能性も十分考えられる。天瀬さんがどうして頭から血を流して倒れているのかわからないが、高い場所から落ちたように見えた。それなら生徒会長と同じじゃないか! 違うのは、生徒会長が屋上で、天瀬さんが店内ということだ。つまり、二人は夢プラザという大きな施設の中の違う場所で事件か事故に遭うということだ。

 まずい! どうやって違う場所にいる二人を助ければいいんだ!? 日曜日に俺と生徒会長も行くから一緒に行かないか、と誘ってみるか? いや、気を遣って断られそうだ。なら、生徒会長のことは伏せて俺と一緒に行かないか、と誘ってみるのは? これもリスクが高い。当日知らせて俺が怒られたり、嫌われたりする分にはいいが、それで別行動になったら意味がない。そもそも生徒会長一人を護ることができるのかもわからないのに、二人になると一層難しくなる。じゃあ、どちらか、または二人ともその日夢プラザに行かないように説得するのは? できなくはないだろうが、どう説得すればいい? 二人とも納得のいく説明なんてあるのか!? クソ! どうしたらいいんだ!?

 中津がそんな風に頭の中で独り相撲していると、心配した様子の天瀬が「中津くん、大丈夫? すごい汗かいているけど、気分でも悪くなった?」と言った。

 天瀬のやさしい言葉掛けを聞いた中津は「えっ、あ、ああ。大丈夫です」と言って少し落ち着きを取り戻すためにその場で深呼吸をした。そして冷静になった頭で再考しようとしたとき、「あっ、天瀬ちゃんと中津くん!」という声がした。声のした方に視線を送ると、国東が立っていた。

「国東ちゃん!」

「国東さん…」

「奇遇だね。ここにいるってことは…夢人について調べてたの?」

「うん! 改めて学び直そうと思って」

「そっか」

 天瀬と国東が話している間も中津は対策を考えていた。

「あっ、そういえば、国東ちゃん、今度の日曜日空いてる?」

「日曜日? うん。空いてるよ」

「じゃあ、一緒に夢プラザに遊びに行かない?」

「夢プラザ! うん! いいよ!」

「やった!」

 日曜日に天瀬と国東が夢プラザで遊ぶことがあっさりと決まった。これは中津にとってラッキーな展開だった。国東が天瀬と一緒なら大丈夫だろうと思った。もちろん国東にはあとで、天瀬が事故に巻き込まれるかもしれないから注意するように、と説明するつもりだが、なぜか謎の安心感があった。国東には変な奴と思われるかもしれないが、天瀬のためなら致し方ないことである。

 その後、天瀬は夢人の本を数冊借り、中津と国東は何も借りないまま、一緒に図書館を出た。ここで中津は、天瀬に一緒に映った写真を撮らせて欲しい、とお願いした。あとで天瀬の写真が必要だったからだ。勝手に撮ったら盗撮だし、一方的に撮らせて欲しいとお願いしても嫌がられる可能性が高いので、一緒に撮ろうと控えめな態度でお願いした。国東もいたので、三人で一緒に夢人の正体を暴く同盟関係、という体でお願いすると、天瀬は快く受け入れてくれた。国東も了承してくれたので、中津、天瀬、国東の順に横に並んで、中津のスマホで撮った。

天瀬はその写真が気に入ったらしく、欲しいということだったので、連絡先を交換した。国東はあまり興味なさそうだったが、天瀬の促しと流れで連絡先を交換した。これで中津の連絡先が新たに二人追加された。

天瀬は次の教室に早めに行って借りた本を読むということで、先に速足で向かい始めた。そんな天瀬を見送ってから、中津は国東に話し掛けた。

「国東さん。ちょっとお願いがあるんですけど」

「ん? お願い? あたしに?」

「はい。ちょっと変なことを言うかもしれませんが、真面目に聞いてくれるとありがたいです」

「変なお願いを聞くの、嫌なんだけど」

「あっ、変なことってそういう意味じゃなくて!」

「アハハ。冗談だよ」

「冗談ですか」

「で、なに? あたしにお願いしたいことって」

「はい。今度の日曜日、天瀬さんと夢プラザに行くと思うんですけど、気をつけて欲しいんです」

「気をつけるって、何に?」

「事件とか事故に巻き込まれないように…です」

「事件とか事故? 具体的にどんなの?」

「……わかりません。わからないんですけど、こうなるかもしれないっていう推測があります」

「なに?」

「高い場所から落ちる…かもしれません」

「高い場所から落ちる…か」

国東はそう言って顎に手を当てしばらく黙り込んだ。おそらく、こいつ一体何言ってるんだ、と思っているに違いない。これからバカにされるだろう。中津はそう思い込んだ。しかし、国東は「うん。わかった。一応気をつけておく」とあっさり受け入れてくれたのだった。

「え!? あ、はい。お願いします」

「キミはどうするの?」

「俺は…生徒会長と…見守ります」

「……そっか」

中津は国東の予想外の反応に驚いたが、何はともあれ信頼できる人が受け入れてくれたので、少し心配は減った。

国東と別れた中津は、もう一人信頼できる人を頼るために連絡を取り、その相手と放課後『ドリームバックス』で待ち合わせをした。

 

放課後、中津が先に『ドリームバックス』に着き、二人掛けテーブルに座って鞄を荷物置きカゴに入れてから、店員がお冷を持って来たときにオリジナルブレンドを注文した。そしてポケットに入れていたスマホをテーブルの上に置いた。少ししてコーヒーが届き、ゆっくり飲みながら待っていると、五分後に別府がやって来た。

そう。中津の頼れる相手とは別府のことである。友達の少ない中津には頼れる相手が彼しかいなかった。先程メッセージで「是非とも貴方様にお願いしたいことがあります。放課後、ドリームバックスで待っています」というとても丁寧な文を送ると、寒気を感じて震えているブバルディアのスタンプが返信された。これを了解したと解釈した中津が待っていると、約束通り別府が来たのである。

別府は「オーッス」と言ってから中津の向かいに座り、荷物置きのカゴに鞄を入れ、メニュー表を手に取り、オリジナルブレンドをブラックで注文した。中津は早速話題に入ろうとしたが、別府が来たことに気づいた周りの生徒(主に女子生徒)が別府に笑顔で手を振ってくるので、別府はその対応(笑顔で手を振り返す)で話ができる状況ではなかった。その間、中津はコーヒーを飲みながらただただ見守っていた。

そのまま数分経ち、別府が注文していたコーヒーが届くと、一旦落ち着いた。周りの女子たちは、別府がコーヒーを飲むのを邪魔してはいけない、というような感じで静かに見守っていた。

別府はコーヒーマグカップを左手で持ち、一口飲んでそっとテーブルに置いてから「で、俺に一体何をさせる気なんだ?」と言った。

「単刀直入に言う。別府にある人の警護をお願いしたい」

「警護? 誰の?」

 中津はテーブルに置いていたスマホを手に取り、昼休みに一緒に撮った写真を別府に見せた。

「この丸眼鏡を掛けている人なんだけど、名前は天瀬月歩さん。俺たちと同じ二年で宇宙物理学を専攻している。彼女は明後日の日曜日に夢プラザに遊びに行く予定なんだが、その日一日、別府に見守っていて欲しい。そして、もし彼女が危ない目に遭ったときは、助けて欲しい」

「天瀬…月歩…。聞いたことねーな。何者なんだ?」

「ただの一般生徒だ」

「は!? そんなはずないだろ! 警護ってことは、夢乃森さんみたいな超大金持ちのご令嬢とかじゃねーのか!?」

「いや、違う」

「じゃあ何で警護する必要があるんだ? まさか元悪の組織で、抜けたはいいが追われて命を狙われているわけじゃないだろ!?」

「別府ってそういう設定好きなんだな! 知らなかった」

「まっ、まあな。……じゃなくて、俺は真面目に聞いてんだけど」

「誰かに襲われることはない…と思う」

「そうか」

「ただ、何かしらの事故に巻き込まれるかもしれない」

「事故? 交通事故か?」

「いや、詳しくはわからないけど、たとえば、高い場所から落ちる…とか」

「高い場所から? バンジージャンプか?」

「命綱がついていればな」

「……中津が警護すればいいんじゃないのか?」

「俺は生徒会長を警護する。だから別府にお願いしてるんだ!」

 しばらく別府は黙り込んだ。何か考え込んでいるようだった。おそらく、中津が言ったことを整理しているのだろう。実は別府には今までも何度か似たようなお願いをしたことがある。なので、中津のことを変人だと思うことはないだろう。初めてお願いしたときは、なかなか信じてもらえずに苦労したが、さすがに数回目になると、別府も慣れてきたようだった。別府はやさしいので、断られることもないだろう、と中津は予想しており、その予想通りに別府はこう言った。

「今回の報酬は?」

 別府がこう答えたということは、中津のお願いを受け入れてくれるということである。しかし、中津にとって大事なのはここからだった。別府がお願いを聞いてくれるということは、それ相応の対価を払わなければならない。別府は貴重な休日の一日をくれるのだから、中津もお返しをしなければならない。だが、あまり高価な物を与えられる程、中津には余裕もない。つまり、今から交渉タイムである。

「学食三日間奢るのはどうだ?」と中津が言った。

「十日」

「じゃあ四日!」

「九日」

「五日!」

「八日」

「七日!」

「……わかった。七日で成立だ」

 無事、別府との交渉が成立し、中津はホッとした。正直もう少し粘られるだろう、と思っていたが、思いのほかあっさりと引き受けてくれたので助かった。十日分は奢る覚悟で臨んだ交渉だったが、最初に三日と低めに提示したことが功を奏したのかもしれない、と中津は自分の采配に満足していた。

 

寮に帰った中津は、安心院に「今日も一日お疲れ様でした!」とメッセージを送った。安心院の安否を確認するためだ。現段階では、予知夢で見たのが日曜日だという確証はまだない。ひょっとしたら土曜日の可能性も十分あるからだ。メッセージを送った一分後に安心院から「お疲れ様! 私も今日は早く帰り着いて、今、夕飯の準備をしているわ!」という返信が来た。

 このメッセージを見た中津はホッとした。とりあえず、今日一日何も起こらなかったからだ。その後は、安心院の夕飯のメニューを聞いたり、自分の夕飯の予定を教えたりと軽いやり取りをした。

 夕飯、片付け、シャワー、歯磨きなどを済ませた中津は少し早めベッドに横になり寝ることにした。明日も気が抜けないからだ。

しかし、そんな中津の心配も杞憂に終わり、土曜日は何も起こらなかった。中津は安心院と天瀬の安否を確認するため、朝は「おはようメッセージ」、夕方に「お疲れ様メッセージ」を送ると、どちらも返信が来て、夜には寮にいるということだった。

ここで中津は改めて気合を入れ直した。予知夢で見たことは、日曜日に起こる可能性が高いと判断したからだ。明日がとても重要な日になる。中津はしっかり備えようとこの日も早めに寝るつもりだったが、なかなか寝付けずに気がついたら朝になっていた。




読んでいただき、ありがとうございます。

次回もお楽しみに。

感想、お待ちしております。

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