夢人は誰だ!?【推理編】②
翌日の水曜日は、夢人についての有力な情報を得ることなく、淡々と講義を受けていると、あっという間に放課後を迎えていた。
中津が帰っていると、向かいから宇佐が一人で歩いている姿が見えたので、声を掛けようとしたところ、突然宇佐が何かを察した顔になり、辺りを見渡し始めた。そして誰かと話しているような、または独り言を言っているような感じで喋り出してから、歩いていた方向と逆方向へ走り出した。
中津はなんとなく宇佐の様子が気になったので、後を追って行った。宇佐の走りは予想以上に速く、全然追いつけなかったし、「宇佐さん!」と声を掛けても聴こえていないようだった。宇佐は途中で何度か立ち止まり、辺りを見渡して何かを確認してから向かう先を決めているようだった。まるで何かを追いかけているような感じだった。
そのまま後を追っていると、徐々に人気がなくなっていった。そして、宇佐が夢乃森学園敷地内の一番端にある建物の裏側に入って行ったので、中津もそのままついて行ったのだが、建物の裏側に入り込むと、先は柵で行き止まりになっており、宇佐の姿がどこにもなかったのである。
中津は「あれ!? 宇佐さん!?」と言いながらしばらく辺りを見渡したが、どこにもいなかったし、気配もなかった。柵を乗り越えたかもしれないが、ものすごく高いジャンプをしない限り、乗り越えている最中に追いついていただろう。
もしかして、俺が幻影を見ていたのか!?
中津は自分の体調を心配した。
中津は、宇佐のことは諦めて再び帰りながら考え事をしていた。
宇佐さんはどこか不思議な感じがする。それがなぜかは自分でもわからないが、ただなんとなくそう感じる。もしかして、この感じが夢人なのだろうか。そうかもしれないが、そうじゃないかもしれない。とにかく、わからない。
中津が宇佐と知り合ったのは少し前である。一応知り合いなので夢人候補に入れているが、あまりにも情報が少ないので、今の段階では判断できない。ということで、保留にした。宇佐は別府と仲が良さそうなので、直接本人に聞けないときは、別府に聞くことができる。それで最低限の情報は得られるはずだ、と中津は考えた。
翌日木曜日の昼休み、中津は別府と四人掛けテーブルで向かい合って昼食をとっているときに、宇佐について尋ねてみることにした。
「なぁ、別府って宇佐さんと仲が良いよな?」
「ん? まりんと俺が?」
「この前会ったとき、そんな感じがしたんだけど、どういう仲なんだ?」
「ただの幼馴染だよ。小さい頃からずっと一緒なだけだ」
「へぇー、そうなのか。いつから一緒なんだ?」
「赤ちゃんのときから」
「えっ、そんな前から!?」
「家が近所で親同士も仲が良いからな。今まで通った学校もずっと同じだった」
「そっか」
「どうしたんだ? 急に。もしかして、まりんに一目惚れでもしたのか?」
「いや、一目惚れはしてないけど、なんとなく不思議な感じがするから、ちょっと気になって」
「不思議な感じ?」
「あっ、別に悪い意味で言っているわけじゃないんだ。ただ、他の人とはちょっと違う雰囲気っていうか、不思議な力を持っているような気がして…」
別府が「中津…お前…」と言いかけたとき、彼の後ろに人影が現れ、背中をバシッと思いっきり叩いた。「イタッ! いきなり何すんだ! まりん!」と言って背中を押さえて振り返った。
「アハハ、おはよー、剣くん!」
「おはよー、じゃねえ。もう昼だぞ」
「じゃあ、こんにちは、だね」
「そうだな……じゃなくて、そんなのどっちでもいい! いきなり背中を叩きやがって」
「昨日来てくれなかったお返し」
「昨日は俺も立て込んでたんだよ。ちゃんと説明しただろ!」
「そんな言い訳知らなーい」
「クッ!」
「まっ、まあ、落ち着いて」と中津は言いながら、別府のこんな姿、初めて見たな、と思っていた。
「中津先輩、こんにちは!」
「あ、ああ。こんにちは。宇佐さん」
「先輩っ!」
「はいっ!」
「あたしのことは、『宇佐さん』ではなく、呼び捨てか、『ちゃん』付け、または名前で呼んでください」
「えっ?」
「まりんは、『宇佐さん』って呼ばれるのがあまり好きじゃないんだ。可愛くないんだってよ。ガキだろ?」
「もう一回背中叩くよ?」
「フン、返り討ちにしてやるよ」
「まあまあまあ」
一食触発な二人の間に挟まれる中津だった。
しばらく二人の睨み合いが続いていると、別府があることを思い出したようだった。
「まりん、今から昼食か?」
「そうだけど」
「じゃあ一緒にここで食べないか?」
「…別にいいけど……急にどうしたの?」
「中津がまりんと話したいって言ってたから、ちょうどいいと思って」
「先輩が…?」
宇佐が中津を見てきたので、中津は「あ、もし宇佐さ…宇佐ちゃんが良ければだけど…」と言うと、宇佐は「もちろん。いいですよ」と笑顔で言い、別府の横に座った。そして宇佐はタッチパネルで紅茶を注文し「剣くんの奢りね」と言った。
別府が「チッ」と不満そうだったので、中津が「あっ、俺が奢るよ」と申し出たが、宇佐は「いえ、先輩は気にしないでください」と言い、あっさり断られた。
その後、すぐに注文した紅茶が運ばれてきた。宇佐は右手でカップの取っ手をつまむように持ち、最初に香りを堪能したあと、カップを口に近づけ、傾けて一口飲んだ。そしてそっとカップをソーサーの上に置き、「それで、あたしと話したいことってなんですか? 中津先輩」と言った。
「あっ、えーっと、宇佐さ…宇佐ちゃんが別府と仲良さそうだから、どんな人なのかなぁって思って」
「あたしと剣くんが?」
「はい。二人の様子を見てると、そんな感じがして」
「まあ、剣くんとは幼馴染ですけど、仲が良く見えますか?」
「はい。とっても」
「まりんは、おっちょこちょいだからな。俺がいねぇと危ねーから、いつも世話してるんだ」
「はぁ!? 誰がおっちょこちょいなの! それは剣くんの方でしょ!」
「俺がおっちょこちょいなわけねーだろ!」
「剣くんはおっちょこちょいだよ! この前跳び移りに失敗して落っこちたのは誰だっけ?」
「あれは…たまたまだ」
中津の発言をきっかけにまたしても一食触発な雰囲気になってしまった。こんな言い合いをするということは、お互いに近しい存在と認識しているからだと思うが、友達の喧嘩を目の前で見ているのは嫌だった。中津は少し戸惑いながら、どう仲裁しようか考えている間も、二人のやり取りは続いた。
「いつもあんな無理をして怪我するんだから、心配するこっちの身にもなってよね!」
「わかってるよ。ただ……もう俺の目の前で大切な人を怪我させたくねーんだよ」
「それなら、その大切な人の中に、ちゃんと自分も入れてよね」
「……そうだな」
中津が思っていた展開と異なり、二人の会話はヒートアップすることなく、沈静した。そして少し気まずい空気が流れていたので、中津が新たな話題を提供することにした。
「そういえば、宇佐ちゃんは昨日の放課後どこか行きましたか?」
「昨日…ですか? ……昨日は真っ直ぐ家に帰りましたけど」
「そうですか。じゃあやっぱり昨日のは見間違いか!」
「ん? 何を見間違えたんですか?」
「昨日帰っているとき、宇佐ちゃんに似た人を見かけたんですよ」
「あたしに…似た人…?」
「はい。声を掛けようとしたんですけど、急にどこかへ走り出して。気になって追いかけたんですけど、途中で見失ってしまったんです。宇佐ちゃんが真っ直ぐ帰ったってことは、きっと別人ですね」
「どこで見失ったんですか?」
「ん? えーっと、西側の一番端の建物付近…だったかな」
「えっ! 先輩……あたしが見えて…?」
「ん? どうしたんですか?」
「あっ、いえ。多分見間違いだと思います」
「そうですね。すみません、変なこと聞いて」
「い、いえ。それよりも、先輩はどうやって剣くんと仲良くなったんですか?」
「俺、ですか!?」
「はい。今度は先輩の話を聞かせてください!」
ということで、その後は中津が別府と仲良くなった経緯を宇佐に語ったのだった。そしてある程度話したところで昼休みが終わり、三人は解散した。
宇佐と実際に話してみてわかったことは、別府と幼馴染で仲が良いということだけだった。それ以外は特に変わった様子はなく、夢人であるかどうか、確信できる程の情報は得られなかった。初めて会ったときは不思議な印象だったが、実際に話してみると、どこにでもいる女子高校生のように見えた。ただ、それでも中津は宇佐に対して終始不思議な感じを抱きながら会話していた。その結果、宇佐が夢人であるかどうかは、まだ判断がつかないということで、保留にした。夢人についてどう思っているのか聞きそびれたので、そのことは次回聞いてみることにした。
これでほとんどの顔見知りと会話をした。あとは……。
放課後、中津は考え事をしながら帰っていた。
直接会いに行こうか。いや、仕事で忙しいだろうからメッセージで誘った方がいいか。でも、何時に送ればいいんだ? 仕事の途中で送ると集中力を途切れさせて邪魔するかもしれない。そうなると、仕事の効率が下がって長引いてしまう。そんなことはしたくない。それなら仕事終わりがいいだろう。でも、何時に仕事が終わるんだ? 六時か、七時か、それとも八時? いや、もし仕事が終わったとしてもそのあと部活に行くんじゃないのか? テニスコートには照明がついているから、夜遅くまで練習ができる。実際九時まで練習しているところを見たことがある。それなら寮に帰り着くだろう九時三〇分頃がいいだろうか。いや、その頃だと疲れ果ててすぐにでも風呂に入って寝たいかもしれない。睡眠は大事だ。邪魔はしたくない。じゃあ、朝一番がベストか。朝は気分がスッキリしているはずだから、メッセージを読む余裕もあるだろう。いや、でももし朝型ではなく夜型だったとしたら。そうなると、朝は苦手で頭が働かないため、メッセージを読む余裕がないかもしれない。夜型は昼からようやく目が覚める。なら、昼休みに送るのはどうだろうか。いや、昼休みは大事な昼食時間だ。それに友達と一緒に会話を楽しむ時間でもある。そんな貴重な時間にメッセージを送って邪魔したくない。ハッ! 詰んだ! メッセージを送る時間がない! 俺はどうすればいいんだ!?
中津は、最後の一人をいつ、どうやって誘おうか考えながら歩いていると、正門付近で「あら、中津くん。奇遇ね」という声がした。考え事に集中していたので周りが見えていなかった中津が前に意識を向けると、目の前に安心院が立っていた。
「あっ、生徒会長。お疲れさまです」
「お疲れ。中津くん、今帰り?」
「はい。生徒会長も今日の公務は終わりですか?」
「ええ。私も今から帰るところだったの」
「そうですか。じゃあ一緒に帰りませんか?」
「そうね。せっかくだし、一緒に帰りましょう」
ということで、二人は並んで帰り始めた。中津はラッキーだと思った。いろんな作戦を考えながらもなかなか良い案思いつかなかったときに、こうもあっさりと会うことができたのだから。誘った理由は、当然安心院の様子を確かめるためである。夢人とメールのやり取りをしてからまだ話していない最後の一人だ。中津は早速探りを入れてみることにした。
「生徒会長。ちょっと聞きたいことがあるんですが…」
「ん? なにかしら?」
「生徒会長は、夢人って信じていますか?」
「夢人? そうね、いたら会ってみたいと思っているわ」
「ってことは、半信半疑ってことですか?」
「そうね。作り話にしては話が出来過ぎているし、本当だとしたら、誰も覚えていないっていうのが、ちょっと気になるかしら」
「結構真面目に分析してるんですね!」
「なっ! 聞いてきたのは中津くんでしょ! フンッ、どうせ私はリアリストのお堅い頭をしているわよ!」
「そっ、そんなつもりで言ったつもりはなかったんですが、気に障ることを言ったようですね。すみません」
「えっ!? そ、そうだったの! ごめんなさい。私も早とちりをしてしまったわ」
「いえ。俺が紛らわしいことを言ってしまったのが悪いんで、生徒会長は気にしないでください」
「中津くんも悪くないから、気にしないで!」
「そうですか。ありがとうございます」
「ところで、中津くんはどう思っているのかしら? 夢人は本当にいると思うの?」
「んー、そうですね。俺もまだ半信半疑って感じです」
「そうなの?」
「はい。本当にいたら面白いと思いますけど、あまりにもファンタジー過ぎて信じ切れない感じです」
「私と一緒ね」
「そうですね」
ここまで話した感じでは、いつも通りの安心院だと中津は判断した。
特に変わった様子もないし、夢人についての見解も生徒会長らしい。立場上、多くの生徒と関わることがあるから、客観的に見ると可能性は高そうだが、逆に言うと目立つ存在でもある。そうなると簡単には忘れられないだろう。
生徒会長の学園生活は、一般生徒よりも忙しいはずだ。毎日の講義に生徒会の仕事、さらにテニス部に所属しているから、練習や大会もある。こんなに忙しい日々を送っている生徒会長が、夢人として活動できるのだろうか? たしかに、生徒会長は驚異的な身体能力を持っているが、超能力を使っているわけではない。多分……。でも、生徒会長は正義感が強くて、人を助けることが好きな性格だ。これは夢人のしていることと一致しているように思える。理事長と同じように、逆に目立つ立場になって、夢人であるということを隠している可能性もあるかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、横から安心院が「中津くん、どうかしたの?」と言った。
「えっ、あっ、何でもないです。ちょっと考え事をしていただけです」
中津がそう答えて安心院を見たとき、頭がズキンとしてあるイメージが見えたのだった。それは、安心院がビルの屋上らしきところから落ちるイメージだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回もお楽しみに。
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