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夢人  作者: たか
29/64

夢乃森叶愛と中津夢翔

「だって夢翔様は、私の……王子様…ですから」

「えっ、私の、なんですか!?」

「フフ、秘密です!」

「えー!」

叶愛は中津と別れたあと、リムジンの中で右手首にしているミサンガを見つめて微笑んだ。そして、中津と出会ったときのことを思い出していた。


 叶愛が中津と初めて出会ったのは二年前の春である。

 中学三年生に進学したばかりの当時の叶愛は、現在よりも少し髪が短いくらいで、あとは特に変わらなかった。

 ある日、叶愛は一人で学校から歩いて帰っていた。帰り道の途中には、大きな川が流れており、そこに掛かる大きな橋は叶愛の通学路だった。その日もいつも通り橋の左側の歩道を渡っていたとき、橋の真ん中辺りで突然右から左へ強い風がビューンと吹いた。その風で髪とスカートがなびいたので、咄嗟に鞄を持っていた右手でスカートを押さえた。風が一旦止んだあと、乱れた髪の毛を整えた。

 まるで何かがすごい勢いで過ぎ去ったかのような突風が少し気になって、その場で風が向かった方角である川の方を見ていると、突然体が宙に浮いた感覚がした。不思議な感覚で「えっ!?」と戸惑っている間に、叶愛はそのまま橋の下の川に落ちてしまった。

 叶愛は決して泳ぎが苦手なわけではない。むしろ得意な方である。なので、川に落ちたことを冷静に理解した叶愛はまず顔を出そうと水面まで上昇しようとした。しかし、何度も水面から顔を出そうとしたのだが、なかなか出せずにいた。水面から顔を出そうとすると、上から風圧で押さえつけられているようだった。少し横に移動しても、風も付いて来て叶愛を押さえつけてくるのだった。そのため、叶愛は上手く息継ぎすることができずに、ただその場でもがくことしかできなかった。橋の上や河川敷には何人か人がいるようだったが、叶愛が溺れている川はとても大きくて助けるのが難しく、見ていることしかできないような状況だった。老人や子どもが助けに来ると被害が拡大する可能性がある川だった。

 そんな状況にも関わらず、橋の上から学ランを着た一人の男が川に飛び込んできた。それが夢翔だった。夢翔は溺れている叶愛の近くまで泳いで来て、叶愛を上から押さえつけている見えない風を手で切って追い払った。そして「もう大丈夫だ!」と言ったので、叶愛は力を抜いてあとは任せることにした。今まで必死に水面に出ようとしていたので、体力が残っていなかったし、余計なことをして助けに来た人まで溺れさせるわけにはいかないと考えたからだ。

叶愛が力を抜くと、夢翔は叶愛の後ろに回り込み、首に左腕を回して、顎を上げて叶愛が呼吸できるように仰向けの状態にして岸まで泳いだ。

 岸に到着すると、たくさんの人が協力してくれて川から引き上げてくれた。叶愛が先に引き上げられ、次に夢翔が引き上げられた。

叶愛は咳をして飲んでしまった水を吐いてから、呼吸を整えて落ち着こうとした。その隣では、夢翔が仰向けになって寝ており「ハァハァ」と激しく肩で呼吸をしていた。それくらい必死で助けてくれたということだった。

呼吸も整い始め、落ち着きを取り戻した叶愛は、助けてくれた人たちに感謝を述べた。夢翔はまだ落ち着いていない様子だったので、まずは引き上げてくれた人たちに感謝した。そして最後に一番恩がある夢翔に感謝を述べた。

「あの、助けていただきありがとうございました」

「あ、いえ。当然のことをしただけなので」

「あの、ぜひお礼をさせていただきたいのですが…」

「いえいえ、お気遣いなく。その気持ちだけで十分です」

「そんなわけにはいきません。命を救っていただいたのですから、相応のお返しをさせてください」

「それなら、そのお返しを俺一人ではなく、より多くの人に分けてしてください。その方がいいと思うので」

「えっ!?」

「あっ、すみません。俺、このあと行くところがあるから、失礼します」

「えっ、あっ、ちょっと待ってください」

 叶愛が呼び止めたときにはすでに夢翔は走り去っていた。夢翔は人助けをしたにも関わらず、自慢したり調子に乗ったりすることなく、自分の名前すら名乗らなかったのである。

これが叶愛と夢翔の出逢いである。

この日から、叶愛は夢翔のことを気にしていた。夢翔が名乗らなかったので、どこの誰かわからない。唯一の手掛かりは学ランを着ていたので、学生であるということだけだった。

叶愛は夢乃森家の優秀なメイドに夢翔の特徴である黒髪黒目、当時の身長一六五センチくらいのやせ型体型の情報を元に探してもらったが、なかなか見つからなかった。

そのまま何の手掛かりもないまま一ヶ月が過ぎた頃、叶愛は一人で学校から帰っていた。叶愛は帰り道の途中で、ふと遠回りしようと思い立ち、近くの公園を散歩することにした。公園を歩いていると、木々の綺麗な緑や葉の擦れる音、心地良い風、綺麗な青空など、多くの自然が五感を刺激してくれるので、とても癒されていた。そんな散歩の途中、叶愛はある人物が目に入った。学ランを着た男子生徒が大きな木に登ろうとしていたのである。叶愛はその後ろ姿が気になったので、声を掛けた。

叶愛が「あのー、一体何をしているのですか?」と尋ねると、男子生徒は振り返り「えっ、あ、違いますよ。怪しいものじゃありません。木の上にいる猫を助けようと思って」と慌てた様子で言った。その男子生徒は夢翔だった。

「あっ! あなたは!」

「えっ、あっ、キミは!」

 このとき、二人はお互いの顔を見て思い出した。

 それから夢翔の言った通り、木の上には猫が動けない様子で細い木の枝に身を伏せていたので、二人で協力して助けることにした。助ける作戦としては、夢翔が木に登りそのまま保護する作戦、もし猫が怖がって夢翔から逃げようとして木から落ちてしまった場合に叶愛が下で受け取る作戦の二つで臨むことにした。

 まず、夢翔が木に登り、ゆっくりと猫を怖がらせないように近づいていたのだが、案の定、猫は怖がってしまい、バランスを崩して木から落ちてしまった。そしてちょうど真下に待機していた叶愛が猫を上手くキャッチしたので、猫は無傷だった。助けた猫が叶愛になついた様子だったので、夢翔も軽く触れようとしたのだが、「シャー」と言って威嚇されたので、夢翔はションボリして触れるのを諦めていた。

猫と別れたあと、二人は軽く会話をした。

「お久しぶりですね」と叶愛が言った。

「そうですね。体調はどうですか?」

「お陰様で元気です」

「そうですか。良かったです」

「あなたはどうですか?」

「俺も元気です!」

「……実は私、あれからあなたのことを探していたんです」

「えっ、どうしてですか?」

「助けてくれた人の名前を知りたいと思うのは自然なことではないですか?」

「あー、そうかもしれないですね」

「ですが、なかなか見つけることができずに、一ヶ月経ってしまいました」

「そうだったんですね」

「ですので、今日せっかく再会できたことですし、あなたの名前を教えていただけませんか?」

「まあ、そんな畏まらなくても教えますけど……俺は中津夢翔です」

「中津…夢翔。いい名前ですね」

「そうですか。ありがとうございます。じゃあ、キミの名前は何て言うんですか?」

「そうでした。人に名乗らせておいて、私はまだ名乗っていなかったですね。すみません」

「い、いえ」

「私は夢乃森叶愛です。以後お見知りおきを…」

「夢乃森…叶愛…。ん? 夢乃森? どこかで聞いたことあるような気が…」

「これでようやくお知り合いになりましたね。中津さん」

「そうですね」

「これも何かの縁です。もし今後お会いすることがありましたら、そのときはよろしくお願いします」

「えっ、あ、ああ。こちらこそ、よろしくお願いします」

 この日はここまで話して別れた。少しの会話だったが、ようやくお互いの名前を知ることができた大きな一歩だった。このときの叶愛は、これから夢翔とたくさん関わっていくことになるなど思ってもいなかった。


 数日後のある休日、叶愛は時音とショッピングをして楽しく過ごしていた。そして夕方になり、時音と別れたあと一人で帰っていると、突然目の前に二〇代くらいの男二人が立ち塞がった。男の一人が小さな声で「夢乃森叶愛だな。そのまま黙ってついて来い」と言って、持っていた拳銃を隠しながらチラリと見せた。叶愛の周りには通行人がいたので、この場で騒ぎを起こすと、周りの人を巻き込んでしまう可能性があると判断した叶愛は、男の言う通り何も言わずについて行くことにした。

 叶愛はついて行きながら二人を観察していた。男二人とも叶愛の知らない顔だったので、おそらく金に困った若者が愚かにも犯罪に手を染めたのだろうと推測した。それに、二人の言動からプロではなく、素人であることがわかった。なぜなら、移動中このあとの計画をもろに喋っていたからだ。

「このあとこいつを縛って動けなくしてから写真を撮って」と男の一人が言った。

「公衆電話で夢乃森雲海に電話して」ともう一人の男が言った。

「そこで身代金を要求する」

「いくらにする?」

「夢乃森財閥なら無限に持っているだろ。一億とか?」

「バカ! 無限に持っているならもっと出せるだろ。二億だ。二億」

「あっ、でも、たしか一人の生涯年収って二億じゃなかったか?」

「そうなのか? じゃあ、二人で四億必要じゃねぇか」

「じゃあせっかくなら、キリのいい五億にしないか?」

「そうだな。あっ、でも…」

叶愛は近くに誰もいない場所に着いたら隙をついて逃げ出すか、返り討ちにしようか、と考えていた。いくら拳銃を持っていようと、素人が簡単に扱える代物ではない。それに、隙をつけば男二人くらいなら倒せる自信があったからだ。

 男たちについて行っていると、予想通り人気のない大きな倉庫に辿り着いた。その倉庫の中に入り、男の一人が縄を持って来て叶愛の前に立ち、縛ろうとしたとき、もう一人の拳銃を持っていた男は二人の近くに立ち、スマホで誰かに電話を掛けようとしていた。拳銃はポケットに入れていたので、今がチャンスだと思った叶愛は、縄を持っている男の顎をめがけて右手の平の下部分で思いっきり突き、怯んだところに足を引っかけて倒した。それを見て驚いたもう一人の男が慌ててポケットから拳銃を取ろうとしている間に、叶愛は一瞬で距離を詰め、男の腹にパンチを五発食らわせてKOした。

 予定通り二人とも倒したので、このまま二人を縄で縛って動けないようにし、警察に電話しよう考えていたら、背後から「動くな」と男の低い声がした。そのとき「カチッ」という音が聴こえたので、おそらく頭の後ろに拳銃を突きつけられていると判断した叶愛は、そのまま動かなかった。

「お前、女のくせになかなかやるな。少し見くびっていた」

「まさかもう一人いたなんて、想定外です」

「金と交換するためだけにさらってきたから傷つけるつもりはなかったが、暴れられても厄介だ。足一本だけでも撃ち抜いておくか」

 男にそう言われた叶愛は、いつ動き出そうか迷っていた。後ろの状況が見えないので、拳銃が今どこに向いているのかわからなかったからだ。下手に動いて撃たれたら、当たった場所によっては命を落とすかもしれないし、致命傷を避けられたとしても男を倒すことができなくなる。叶愛の額には冷や汗が流れて始めていた。

 考えているだけじゃ意味がない。何かしなければ!

 そう決意していざ振り向こうとしたとき、「その心配はいらねぇよ」という男の声がして、そのあと「バゴン!」という音がしたかと思うと、低い声の男が「グワーッ」と言った。

叶愛が慌てて振り向くと、髭面の男が地面に倒れて気絶していた。そして目の前には夢翔が立っていた。男の頬は赤くなっており、蹴られた跡がついていた。

「中津…さん…?」

「間に合って良かった。怪我はないですか? 夢乃森さん」

「えっ、あっ、はい。大丈夫です」

「そうですか。良かった」

「ど、どうしてこんな場所に?」

「えっ、あー、たまたま近くを通っていたときに夢乃森さんの姿が見えたからついて来たんです。そしたら、こんなことになっていたので…」

 叶愛は予想外の人物が登場したことに驚いて言葉が出なかった。普段の冷静な叶愛なら、偶然でこんな場所に来ることがあるのか、こんないいタイミングで現れるなんて出来過ぎていないか、などと慎重に物事を考えるはずだが、このときの叶愛の頭の中は真っ白になっていた。

 そのとき、二番目に倒したはずの拳銃を持った男が意識を取り戻し、朦朧とした状態で起き上がり、拳銃を叶愛に向けて発砲してきた。叶愛は頭が真っ白になっていたので、反応が遅れて避けきれないと思ったが、咄嗟に夢翔が飛びついてきて、回避することができたのだった。そして夢翔はすぐに立ち上がり、男を蹴り飛ばして気絶させた。

それから二人は、縄で男三人組をグルグル巻きにして動けないようにしてから警察に電話した。

警察が到着するのを待っている間、叶愛の胸は激しくドキドキしていた。今までに感じたことのないドキドキで、胸が破裂しそうな程だった。このドキドキは命の危機だったからなのだろうか。いや、違う。叶愛は家柄的にすでに命の危機を何度か経験している。この程度の事件でここまでドキドキするはずがない。それなら、このドキドキはなんだというのだろうか。胸のドキドキは夢翔を見たときに激しさが増すようだった。もしかして、何か病気にでも罹ってしまったのだろうか。実は犯人がこの倉庫内にウイルスを撒いており、それに感染してしまったのだろうか。叶愛は胸の高鳴りのせいで、正常な判断ができなくなっていた。しばらくそんな状態が続いていたとき、夢翔が話し掛けてきた。

「夢乃森さんって、あの夢乃森財閥の方だったんですね」

「えっ、あ、はい。そうです」

 夢翔に話し掛けられると、叶愛の胸のドキドキが激しくなった。

「今まですみませんでした。失礼な態度で接してしまい」

「い、いえ。そ、そんなことはありません。同年代ですので、気軽に接してください」

「そうですか。ありがとうございます」

「そ、それよりも……きょ、今日も…助けていただきましたね」

「あ、それは偶然なのでお気になさらず。夢乃森さんが無事でなによりです」

「で、ですが…」

「やっぱりご令嬢となると、事件に巻き込まれることがあるんですね」

「そ、そうですね」

「あ、すみません。余計なことを言ってしまって」

「い、いえ、事実ですので、気にしないでください」

「……あっ、そうだ!」と夢翔は言って上着のポケットから何かを取り出した。「これ、よかったどうぞ」

 夢翔は手のひらサイズの小さな紙袋を渡してきた。

「こ、これは?」

「ミサンガです」

「ミサンガ?」

「はい。それをつけていれば、もし何か事件に巻き込まれたときでも、俺が必ず助けに行きます!」

 夢翔がそう言ったとき、叶愛はズキューンと胸を撃ち抜かれたのだった。

 叶愛がそのまま何も言わないでいると、心配した様子の夢翔が「あ、すみません。余計なお世話でしたね。いらないなら捨てても…」と言った。

「いえ、ありがたく頂戴します!」

 叶愛は早速袋から取り出した。ピンク、黄色、オレンジ色の三色の糸で編まれた綺麗なミサンガだった。そしてそれを右手首につけて夢翔に笑顔で見せた。

その数分後、ようやく警察と夢乃森家の執事、メイドがやって来た。叶愛は高鳴る鼓動を抑えながら、事件の経緯を説明した。犯人の三人が逮捕され、怪我人もいないということで、無事事件解決ということになったが、説明しているときにすでに夢翔がいなくなっていたので、犯人を捕まえたのは叶愛の手柄になってしまった。叶愛は必死に夢翔が助けてくれたことを訴えたのだが、あまり誰も信じてくれない様子で、謙遜していると思っているようだった。執事、メイド、警察など、ここに来た全員、夢翔の姿を見ていないということだったので、一瞬叶愛も現実と夢の区別がついていないのだろうか、と思ったが、叶愛の胸のドキドキは本物だった。この胸のドキドキは夢翔本人に出会ったからだと、叶愛は信じることにした。叶愛は、夢翔と別れてから徐々に落ち着き始めたが、夢翔の顔を思い出すと、またドキドキが激しくなるのだった。


 翌日からの学校でも、ふとしたときに右手首のミサンガに目が行き、夢翔の顔が思い浮かぶと、なかなか授業に集中できなかった。クラスメイトからも「どうしたのですか?」「どこか体調が悪いのですか?」と心配される程だったが、叶愛は「大丈夫です」と必死に取り繕っていた。

そんな状態が一週間続き、心配になった叶愛は親友の時音に相談してみた。すると、時音が「それは……恋だね!」とはっきり言った。

「恋…ですか?」

「そう! 恋! 叶愛もとうとう恋をしたんだね」

「恋とは、どんな感じなのですか?」

「うーん、私もまだしたことないからよくわかんないけど、よく聞くのは、好きな人のことを想うと胸がドキドキするとか?」

「し、します!」

「その人のことを考えると夜も眠れないとか?」

「昨日は一睡もできませんでした!」

「一日中その人のことを考えてしまうとか?」

「考えてしまいます!」

「それが…恋…なんだと思う」

「そうですか。これが…恋…なのですね!」

 このとき、叶愛はようやく自覚した。自分が夢翔に恋しているということを。

 

それから数日後のある日、その日は天気予報通り快晴でとても気持ちの良い一日だった。しかし、そんな快晴の中、一人で歩いて帰っていると、突然大雨が降り出し、雷も鳴りだして、あっという間に嵐のような天気に変わったのだった。天気予報では雨が降るなんて言っていなかったので、叶愛は傘を持っておらず、急いで近くの公園内にある屋根付きベンチに雨宿りしに行った。その公園は小さな公園で叶愛の他には誰もおらず一人だけだった。

しばらくそこで雨宿りしていると、徐々に雨が弱まっていき、止んだ。空はまだ灰色の雲で覆われていたが、今が帰るチャンスだと判断した叶愛が一歩踏み出した瞬間、突然目の前に白くて光り輝く四足歩行の動物みたいなものが降ってきた。その動物、トラのようにもライオンのようにも見える物体の体は、バチバチとしており、まるで雷を纏っているような見た目だった。叶愛は得体のしれない動物を目の前に驚いて固まってしまった。すると、その白い動物が突然強く輝き出し、さらにバチバチ感が増していき、体から放出した雷の一つが叶愛の隣に立っている木に命中した。そしてその白い動物は、何かを察知したような素振りをしてから逃げるように去っていった。

叶愛が呆気に取られていると、隣から「バキ、バキバキバキ」という音がした。叶愛が視線を移したときには、隣に立っていた木が先程の雷の力で折れて、叶愛の方へ倒れてきていた。避けなければ木の下敷きになる状況なのに、咄嗟に体が反応しなかった。そのままその場に立ち尽くしていると、「危ない!」と言って突然誰かが叶愛に飛びついてきて、ギリギリのところで木を避けることができたのだった。叶愛を助けてくれたのは、またしても夢翔だった。夢翔曰く「偶然近くを通りかかったから」ということだった。

冷静な叶愛なら、あまりにも頻繁に起こる偶然に疑問を抱くはずだった。いつも自分が危ない目に遭っているところへタイミングよく現れる夢翔は、ひょっとしてストーカーなんじゃないのか、今までのことは、もしかして夢翔の自作自演なんじゃないか、などという疑問を抱いても不思議ではない。しかし、このときの叶愛は、夢翔に出逢うと冷静な判断ができなくなっていた。

このとき、ちょうど叶愛を心配して車で迎えに来ていたメイドが偶然目撃しており、夢翔が叶愛を助けたということが祖父の雲海の耳に届き、夢翔を家に招くことになった。叶愛が雲海に、夢翔が今まで何回も助けてくれたことを教えると、雲海は想像以上に感動して涙を流す程だった。そして、ぜひとも夢乃森学園へ来て欲しいと提案したのだった。叶愛もその意見に賛成だったが、夢翔はお金がないという理由で断った。それなら、すべての費用を出すと提案しても、夢翔は了承しなかった。そんなとても謙虚な夢翔を見た雲海はさらに夢翔のことを気に入った様子で、なんとしても夢乃森学園に入学させようと粘りだした。結局、雲海の提案を夢翔が受け入れることはなかったが、夢翔自身が提案した、優秀な成績を収めている生徒なら学費が免除になるというルールを使ってなら入学する、ということで最終的に意見が一致したのだった。

そして夢翔は自分の宣言通りのことを成し遂げ、夢乃森学園に入学したのだった。それが叶愛は嬉しくて、涙が出る程だった。より一層夢翔への想いが強くなったのである。

このとき、叶愛は心に誓ったことがある。いつも夢翔に助けられてばかりなので、今度は自分が夢翔を助ける番であるということを。

夢乃森学園の入学式が終わったあと、たくさんの生徒に囲まれて挨拶をされていた叶愛だったが、叶愛は人の間から夢翔を探していた。そして夢翔を見つけたとき、急いで人の間をすり抜けていき、夢翔の元へ走って向かった。

叶愛が少し離れたところから「夢翔様!」と呼ぶと、夢翔は「ん?」と辺りを見渡していた。

「夢翔様!」

「ん? あっ、夢乃森さん! なっ、なんですか? 夢翔様って!」

「夢翔様は夢翔様です!」

「俺なんかに『様』はいらないですよ! むしろ俺が夢乃森様と呼ばないといけないのに」

「それはダメです。夢翔様だけは、絶対ダメです!」

「なら俺のことも…」

「それも譲れません!」

「えー!」


 というのが、叶愛と夢翔の出逢いだった。

夢乃森学園に入学したとき、叶愛は自分が夢翔を助けると誓ったはずだったが、相変わらず助けてもらってばかりだった。なぜか叶愛の周りでは不思議な現象が起こったり、何かしらの事件に巻き込まれたりして、その都度夢翔が助けてくれたのである。今回の誘拐事件もその中の一つである。その度にすでにマックスになっている好感度も上限を超えて上がり続けている。

二年生に進学すると、急に夢翔の魅力に気づいたライバルが増えたが、叶愛は自分も負けないようにしよう、と意気込んでいた。




読んでいただき、ありがとうございます。

次回もお楽しみに。

感想、お待ちしております。

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