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夢人  作者: たか
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夢人からのメッセージ①

 新年度が始まってから数日が経った四月のある日の朝、「朝だよ。起きて!」という声が聴こえた。カーテンが自動で開き、朝日が中津の顔を照らした。中津は目を覚ましゆっくり目を開けると、目の前には銀髪セミロングの美少女が中津の顔を覗き込むように立っていた。といっても、美少女は生身の人間ではなく、ホログラムである。名前は『イヴ』。イヴは中津の部屋に搭載されているAIで中津の日常生活のサポートをしている。

「おはよう、イヴ。今何時?」

「午前六時四二分だよ。よく眠れたみたいだね」

「ああ。ぐっすり眠れたよ」

 中津が起きて朝の準備を始めると、イヴも浮遊しながらついて来る。

 イヴの見た目と性格は中津の好みが反映されている。自分で設定したわけではなく、AIが勝手に中津の情報を分析して設定したのである。そのため、中津はイヴが自分好みであることに気づいていない。ちなみに、世話好きの幼馴染という設定である。

 洗面所で顔を洗ったあとスマートミラーを見ると、ミラーには中津の健康状態が表示されている。体温は36.5℃、顔色は良好、睡眠時間は七時間五三分など、そのときの状態が逐一わかるのである。

 中津は制服に着替え始めた。半袖白Tシャツの上から白シャツを着てボタンを留め、チェック柄のパンツを履き、黒のブレザーを着た。それから赤のチェック柄ネクタイを結び、鞄を肩に掛け、母の形見である指輪のネックレスを首にかけて準備完了。中津が「行って来ます!」と言って玄関を出ると、イヴが「いってらっしゃい」と言って見送った。

 中津は家を出てワイヤレスイヤホンを装着し、「イヴ、昨日読みかけだった本の続きを読んで」と言った。すると、スマホの中にいるイヴが「了解」と返事をして朗読を始めた。中津は、登校中にオーディオブックを聞くのが、日課になっている。

中津の通っている学校は『夢乃森学園』という国内でも屈指のマンモス校である。今住んでいるのは学園管理の寮である。

 寮には夢乃森学園に通う一~三年生が住んでいる。十階建ての寮で、部屋の広さは一人暮らしには十分である。家具家電はすべてインターネット接続(IoT化)されており、日常生活を快適にしてくれている。

中津はA棟最上階一〇一〇号室の角部屋に住んでいる。隣は昨年度まで一つ上の先輩が住んでいたが、卒業して引っ越してから、今年度なぜか新しい人が入って来なかったのである。寮から学校までは徒歩一〇分ほどで着く距離である。

 その日もいつも通り通学していると、正門の前でチラシを配っている女子生徒がいた。彼女は、黒のブレザーの下にナチュラルカラーのベストを着ており、男子と同じ柄のリボンネクタイをして、黒とグレーのチェック柄スカートを履いていた。これは夢乃森学園女子生徒の制服である。ベージュカラーのセミロングに茶色い目をした可愛らしい女の子だった。

彼女は数日前からチラシを配っているが、手元には多くのチラシを持っていた。この時期は毎年部活やサークルの勧誘があるので、彼女はそれをしているのだろう、と中津は思っていた。彼女は恥ずかしがり屋のようで、声は小さく、チラシも全然受け取ってもらえていなかった。

今の時代、よくチラシ配りなんてできるな。

そんな風に思いながら彼女の横を通り過ぎようとしたとき、チラッと視線を送ると、彼女が涙目になっているのが見えた。多くの人に無視されて辛くなったのかもしれない。中津はそんな彼女に同情し、聴いていたオーディオブックを止めて、ワイヤレスイヤホンを鞄に入れてから、彼女の前で立ち止まり、チラシを一枚受け取った。彼女は驚いていたが、すぐ笑顔になり「興味があったら、ぜひ来てください!」と大きな声ではっきりと言った。中津は軽くお辞儀をして再び歩き出した。

 中津はもらったチラシに目を通しながら歩いていた。チラシの一番上には『歌でみんなを幸せに!!』と大きな文字で書かれており、その下には開催日時や場所が書かれていた。部活の勧誘ではなく、路上ライブについてのチラシだった。それによると、今日の夕方五時から一時間ほど、中央広場で路上ライブをするということだった。彼女は音楽科の二年生で、名前は姫島響歌ひめしまきょうかとチラシには書かれていた。

そのまましばらく歩いていると、ポケットに入れていたスマホの通知音が鳴った。中津は普段スマホをサイレントにしているため、通知音はならないはずなのだが、このときは忘れているようだった。イヴが大事なメールと判断して設定を変えたのかもしれない。

持っていたチラシを半分に折り、鞄に入れてから、ポケットに入っているスマホを取り出し、ロックを解除して確認すると新着メールが届いていた。差出人は未登録で、アドレス名は『Yumebito@…』だった。

知らないアドレスからだったので、迷惑メールかと思いながら一応中身を確認すると、こんな内容のメールだった。

「今日、あなたの運命を変える出来事が起こるでしょう。夢人」

なんだこれ? 誰かのイタズラか?

そう思った中津はメールを削除しようとしたが、最後の『夢人』の文字が少し気になったので、そのまま残すことにして閉じるボタンを押した。

夢人ゆめびととは、夢乃森学園のどこかにいるが、誰の目にも止まらないと言われている謎の存在である。夢乃森学園に伝わる七不思議の一つであり、学園では有名な存在である。懸命に努力している人の前に現れ、どんな願いも叶えてくれると言われている。大人になり夢を叶えたOBたちは、実際に会った、願いを叶えてもらったなどと言っているらしいが、夢人がどんな人物で、どんな格好をしているのか、どうやって願いを叶えてくれるのか、などの詳しいことは何一つ覚えていないという。謎の多い存在なので、その魅力に惹かれる人も多く、『夢人見つけ隊』というサークルまで作って探しているグループもあるほどだ。しかし、何一つ手掛かりはないのである。

 夢人はこの学校で最も有名だが、最も素性がわからない存在である。だから、そのせいで悪戯をする輩も出てきているらしい。たとえば、夢人のふりをしてメールを送り、お金を振り込ませるという詐欺事件が過去にあったそうだ。その詐欺事件の犯人は逮捕されたのだが、友達同士で行うからかい程度のなりすましメールは結構あるらしい。なので、夢人の存在を本気で信じている人、あまり信じていない人、まったく信じていない人がちょうど三割ずついるらしい。

中津は夢人の存在を本気で信じてはいない派である。この学園はレベルの高い生徒が集まり、努力を重ね、将来夢を叶える人が多い。なので、OBが夢見る自分たちを鼓舞するために、願掛けのつもりで作った話が勝手に盛り上がり、今のような七不思議の一つになったのではないか、というのが中津の考えである。


中津はスマホをポケットに入れ、本の続きを聴こうとしてワイヤレスイヤホンを装着したとき、突然頭がズキンとしてあるイメージが見えたのだった。そのイメージは正門での事故の瞬間だった。空飛ぶ車が正門にぶつかる事故の様子だったが、そこに先程チラシを配っていた姫島が巻き込まれる姿が鮮明に見えたのである。姫島は寸前のところで空飛ぶ車を避けるのだが、上手く避けきれずに、怪我をしてしまうようだった。




読んでいただき、ありがとうございます。

次回もお楽しみに。

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